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ハーレムコンプライアンス  作者: 日曜
一章 大氾濫
13/17

十三話

『じゃあ、次の恩恵について説明しようか』

「聞きたくねーって言ってんだろ!」


 スマートフォンのスピーカーから聞こえる声は、仙太郎の強い拒絶も意に介さず、飄々と説明を続けた。平原に響く仙太郎の怒声も、虚しく風に吹かれて消えていく。


『《魔法》についてそれなりに知ってたんだから、いくら君でもゲームについての前知識はあると考えていいよね?』

「……ああ」


 不承不承、仙太郎は肯定の返事を返す。その顔には、不満の色がありありと窺えた。


『よし。だったら残りの説明は簡単だ。君に与えた残りの恩恵は三つだけど、その内二つはゲームのような恩恵だからね』

「……残った一つはなんなんだよ……」

『ああ、最後の一つは、君には直接関係ない恩恵だよ。君の子供に、君の恩恵を遺伝させるっていう恩恵。これを知ったら、王女様だって喜んでお嫁さんになってくれるよ。政略結婚で選り取り見取り。よかったね!』

「よし、ぜってー隠し通す」


 やる気のない仙太郎にも、流石に譲れないものがあるのか、静かに強い決意を込めた言葉を吐く。たしかに、高校一年生の仙太郎にとって、子供目当てに結婚を迫られるのは、なかなか受け入れ難いものだろう。


『……まぁ、三つ目については、今はいいさ。どうせ、いつまでも隠し通せるものでもないしね。じゃあ、残りの二つについてだ。別に勿体ぶるつもりはないので、一気に教えてあげる。一つは《レベル》で、もう一つが《ストレージ》だね。どっちも、ゲームのそれだと考えて大過ないよ』

「すべてのスポーツマンの青春を嘲笑う、努力の全否定だな。死ね。滅びろ。悪魔。極悪悪魔。諸悪の根源にして、邪悪の権化」

『えぇえぇえぇえぇぇぇ……』


 ダンタリオンの説明を遮る、仙太郎の拙い語彙によって繰り出される罵倒。それに対して、電話口の化け物は、再び驚きと失望の混ざった声を上げる。


『いや、なにがそんなに不満なのさ?』

「なにが? なにがだと? ンなもん、わかりきってんだろうが。《レベル》なんつー、遍く全ての技能と、努力と、才能を軽んじる、不条理チートについてに決まってんだろうがッ!!」


 燻っていた仙太郎の心に、再び火が灯される。それは、純粋な怒り。

 自らの培ってきた、野球という競技に必要とされる技能と、それを下支えする身体能力。さらには、それを鍛え上げた努力と才能を、この電話口の化け物は全否定したのだ。これで怒らずすませられるなら、仙太郎はそもそも、ここまで野球に心血を注いでいない。

 しかし、答える悪魔の声は軽い。


『ああ、そっちかぁー……。あたし(・・・)はてっきり、《ストレージ》の方かと思ったよ。荷物持ちが楽チンになる恩恵だからね。一年生野球部員にとったら、苦労を嘲笑われたという流れかと……』

「それはあれだろ? よくゲームのメニュー画面にある、ゲームによって《リュック》とか《インベントリ》とか、それこそ《ストレージ》とか名前の付いてる、所謂いわゆる《アイテム欄》の事だろ?」

『イグザクトリィ! 冴えてるね!』

「んなもんは、どうでもいい」

『えー……。……いや、この恩恵も、ある意味でチートなんだよ?使い方次第で、巨万の富が手に入るくらいの……』

「こっちの世界で稼いでも、あっちの世界で使えねーだろうが。そもそも、俺に商売なんざできるわけがねー」

『んー、まぁ、それは一理あるか。とかく、商いの道というのは、海千山千の怪物ばかりだからねぇ。ど素人の高校生が、恩恵一つで意気揚々と参画しても、どうせ身ぐるみ剥がれて終わりさ』

「目に浮かぶようだ……」


 仙太郎は現実主義者である。日本という経済大国で生きてきたからこそ、商売という大人の社会に首を突っ込む無謀を悟っているのだ。こちらの世界に、クーリングオフなどという制度があるなどと、楽観するつもりはない仙太郎である。

 とはいえ、やはり稀有な恩恵であることは否めない。あるいは、仙太郎が軍人にでもなったりすれば、上官になった者は小躍りして喜ぶ事だろう。一人で輸送部隊ができる、反則級の人材が手に入るのだから。

 だが仙太郎は、そんな事をするつもりはなかった。


「そもそも、こっちの世界に基盤を作っちまったら、帰れなくなるだろうが」


 大人の社会は、部活とは違う。今日『辞めます』といって『ハイ、そうですか』とはいかないものだと、仙太郎は社会人の方の姉から聞いていた。特に、軍人になんてなってしまえば、形の上では国に仕える事になる。つまり、上司の上司の上司の上司の、その頂点の上司は王様なのだ。仙太郎の目的上、一国に縛られるのは得策ではない。


『まぁ、そうだね。でも君、この《ストレージ》には文句ないのに、《レベル》には文句あるの? 《魔法》のときも、そこまで嫌がってなかったよね?』

「その《ストレージ》や《魔法》は、世間の荒波に揉まれた事もない学生の俺が、未知の異世界で生き、お前のだした課題を達成する為には、許容しなければならない範囲のズルだ。だが、それでも《レベル》ってのは看過できん!」

『むぅ……、なにがそんなに気に食わないのさ。ぶっちゃけ、この《レベル》っていう恩恵は、異世界に送った日本人、全員に与えたものだよ? しかもそれに対し、誰もが文句を言わなかったし、どころかびすらしなかった(・・・・・・・・)ような、地味なものなんだよ?』

「馬鹿じゃねーの!?」


 力一杯の嘲りを込めて、仙太郎は先に異世界に連れてこられた者たちを罵る。そこにあるのは、お金がないなら法を犯せば楽に稼げる、などと考える愚か者に対する侮蔑に近い。


「その《レベル》ってのは、あれだよな? モンスター倒せば強くなって、最終的に魔王も倒せるやつ。その認識で間違いないんだな?」

『まぁ、そうだね。魔王が倒せるかどうかまでは、保証しないけど……』

「馬ッッッ鹿じゃねーのッ!!」


 さらに力強く、仙太郎は先任者たちを罵った。


「お前、俺たちアスリートが、どれだけ! どれだけ、血の滲むような思いで練習して、記録を伸ばしていると思ってんだ!?」

『あー、ごめん。ちょっち、あたし(・・・)にはわかんない話だわ』

「バットを振り、豆を作ってはそれを潰し、あとからまだ血が出てるうちに、その下に豆を作る。何百周とベーランを繰り返し、ダイヤモンドを回る最適なフォームを研究し、何時間もダッシュを繰り返しては、今度は一塁ベースまでの最適な走り方を研究する。同じ練習ばかりを繰り返してると、同じ筋肉しか鍛えられず、むしろ体のバランスを崩してしまうから、自主練は同じ事を繰り返さないよう注意する。かといって、反復練習をおざなりにはしない。技術とは基本的に、反復練習と研究だ。捕球、スライディング、ヘッスラ、バント。技術が必要なものは、ひたすら繰り返すのみだ。また、体を動かすだけが練習じゃねえ。栄養バランスという程もないが、最低限、糖質、脂質、たんぱく質のバランスがいい食事を心がける事は必要だ。炭水化物の多く含まれる、芋類やかぼちゃなんかは、ご飯と同じ分類で、油分の多く含まれるピーナッツやアボカドなんかは、油と同じ分類というのを意識しておかないと、摂取する栄養のバランスが崩れて、せっかくの訓練も台無しになる。また、ある程度のカロリー計算も必須だ。注意が必要なのが、やはり大豆製品だ。大豆は畑の肉という言葉は有名だが、栄養学上も大豆は、たんぱく質を多く含む肉類と同じ分類に属する。特に、ヘルシーに思われがちの豆腐は、一丁でごはん茶碗約二杯分くらいのカロリーが——」

『ごめん! アスリートの覚悟を舐めてたのは謝るから、話進めてくれるかなッ!?』


 流石のダンタリオンも、仙太郎が怒涛のように捲し立てる練習内容に、焦って止めに入った。ダンタリオンにとって、得意分野にいてなら一日中でも喋っていられるという心理はわからなくもないものだったので、このまま放置すれば、本当にいつまでも終わらないと焦るのも、無理からぬ話ではあった。

 ダンタリオンに遮られ、仙太郎も少々気まずい思いで言葉を切る。感情に任せて、脇道に全力投球してしまった事を、遅まきながら気付いたのである。


「……。つまり、俺が言いたいのはだな、そんな努力をして、少しずつ、少しずつ記録を伸ばしてきたアスリートにとって、モンスターを倒せば必ず強くなるなんてシステムは、その努力への冒涜以外のなにものでもないって事だ」

『ええー、そうかな? 努力すれば必ず成果が出るんだから、君たちアスリートこそ、この《レベル》という恩恵は喜ぶべきなんじゃないの?』

「は? 結果が保証された努力なんて、努力じゃねーんだよ。結果がでる事が決まってんなら、そもそもそれは努力なんかじゃねえ」

『酷い暴論だねッ!?』


 あまりに身も蓋もない仙太郎の言葉に、非道の悪魔の方が非難の声を上げる。だが、それに答える仙太郎は、淡々と、自明の理とばかりに語る。


「いいか、クソ化け物? レベルを上げれば必ず魔王が倒せるなら、そんなもんはただの作業だ。努力をすれば必ず甲子園に行けんなら、そんなのはただの観光地だ。叶わないかもしれないからこそ、届かないかもしれないからこそ、挫折し、頓挫し、道半ばで終わるかもしれないからこそ、夢は夢たり得るんだろうが」


 恐らくは、仙太郎にとってそれは、一片の嘘偽りなく正直な言葉なのだろう。

 叶わなくてもいいと思っているわけではないが、叶わないかもしれないという事は、叶うという保証があるよりも、ずっと眩しいものに見える。仙太郎が野球に青春の全てを懸けているのは、ただその眩しいものに魅せられているからだ。

 現代の日本で、学生という身分に甘んじている仙太郎にとって、そのようなものと出会える機会は、限られている。そういった、全身全霊を懸けられるものがない、閉塞感を覚えていた頃に出会ったのが、たまたま野球だったというだけの事だ。特に、深い理由があるわけではない。

 単純で、純粋で、愚直で、安直。そんな理由で、仙太郎は中高生というかけがえのない時間と、その身に宿る熱意のすべてを、甲子園出場という夢に全賭け(オールイン)したのである。


『しかし、だからこそ君はブレない』

「あ?」

『いや、なんでもないよ。こっちの話。とはいえ、いまさら嫌だとごねられても、既に与えてしまった恩恵を取り上げるのは、ちょっと憚られるんだよねぇ』

「じゃあ、使えないように封印してくれ」

『それもなぁ……。ねぇ、東城仙太郎くん。たしかに君はアスリートで、高校生にしては運動能力も高いんだろう。けど、それでもこの世界で切った張ったをして生計を立ててる人と比べれば、別に特別優れた身体能力を有しているわけじゃないってのは、わかってる?』

「まぁ、そりゃあ、な……」


 プロアマ問わず、成人の格闘技選手と比べて、仙太郎が持っている運動能力は、特別高いものではない。また、鍛えている種目が違う以上、格闘技という分野において仙太郎は素人なのだ。

 仙太郎もまさか、自分がオリンピック級のアスリートで、マルチプレイヤーだなどと思っているわけではない。鍛え上げた実力に対してある程度の自負はあるものの、だからといってそれを過信したりはしていなかった。


『じゃあさ、そんな中に入って、君にはいったいなにができるんだい? さっき言った中には、とても人に顔向けできないような事を生業としている、犯罪者だって多いし、これから君がなるであろう、冒険者という職種の者も多い。だというのに、君はあえてアドバンテージをなくし、それでなお活躍できるとでも思っているのかい? それこそ、その職で生計を立てて、人生を賭している者たちの努力を、軽視しているとは思わないっかな?』

「…………」


 あまりにも的を射たダンタリオンの問いに、仙太郎は押し黙る。


『《魔法》があるから、ある程度は重宝されるだろうね。でもね、こっちの世界の人間にだって、君程有用でも、多くもないけど、《魔法》という才能を生まれ持った者は多いんだよ。おまけに、魔法を模倣する《魔術》という学問まであるんだ。たかが《魔法》を六つ持ってるだけじゃ、そこまでチヤホヤしてもらえないよ?』

「別に俺は、チヤホヤして欲しいわけじゃ……」

『んー? いやいや、わかってんでしょ?君の目的を達する為には、ある程度強い地盤が必要だ。お金もない。商才もない。運動能力は平凡。身分不詳。それでどうやって、あたし(・・・)の課題を達するつもりなのさ?』

「…………」


 再び突きつけられた正論に、やはり仙太郎は沈黙する。ぐうの音もでないとはこの事である。


『ああ、いやいや! できる事はできるよ。最初に言った、遺伝の恩恵を公表しさえすれば、君の目的はある程度達しやすくなるだろう。種馬として、王侯貴族に引っ張りだこだ。その関係で、ある程度の地位は約束される。まぁ、あたし(・・・)としては、それでも全然構わないんだけど』


 ダンタリオンの目的である、仙太郎に子供を作らせる事で、仙太郎の目的は達しやすくなる。まるでパズルのピースのように、過不足なくピッタリとはまる状況だが、それも当然だ。なにせ恩恵も課題も、どちらもダンタリオンが仙太郎に与えたものなのだ。まるでもなにも、最初からそうであるように誂えられているのである。

 遅まきながら、この悪魔が与える恩恵という罠に気付いた仙太郎は、ギリリと歯を食いしばった。


『まぁ、この選択肢を選んでくれると、あたし(・・・)としては一番ありがたいけど、君はどうせ、この選択肢は選ばないんでしょ?』

「ああ。俺は地球に帰る。だから、こっちの世界で子供を作るなんて、不義理な真似はできない」

『それでもいいよ。君のすべてを肯定し、君のすべてを同定する。だけど、だからこそあっさりと死なれては困るんだ。追い剥ぎ、盗賊、チンピラ、マフィア、貴族、王様、皇帝、魔物、野生動物、ドラゴンだっている。なにが君の命を奪うかわからないし、どれも普通の君を殺す事のできる存在だ。この世界は、現代日本と違って、死がすぐそばにある。だからこそ、ある程度の恩恵がなければ、すぐ死んでしまう。君の前任者が何人死んだか、覚えてる?』

「……全員だろ」

『そ。二十二人、全員が死んだの。しかも、その全員が、君のいう不条理チートであるところの、《レベル》という恩恵を有していたにもかかわらずだ。さて、現実主義者の東城仙太郎君? 君が自殺志願者でないというのなら、君は与えた恩恵を持っておくべきだと思わないかい?』

「…………」

『理解してもらえたようで、なによりだ』


 満足そうにそう言ったダンタリオンの声と、苦虫を噛み潰したかのような仙太郎の表情は、まるで鏡像のように正反対だった。


『じゃあそろそろ、あたし(・・・)のお役も御免かな?』

「……そうだな。改めて確認するが、俺がちゃんと課題をクリアしたら、元の世界の、元の時間に戻してくれんだな?」

『うん、間違いなくそうしてあげる。まぁ、どう考えても、君が一人でその目標を達する事なんて、できやしないしね。結局は、あたし(・・・)たちの思惑通りに動く事になるともうよ?』

「ふん、どうだかな。俺は、お前たちの言うところの特異なんだぞ。意味知らねえけど」

『うぃうぃ♪ その負けん気、嫌いじゃないよ。是非是非、目標を達成してあたし(・・・)たちを悔しがらせて欲しいところだね。それでも別に、あたし(・・・)は満足だしね』

「…………」


 再び襲ってきた倦怠感に、仙太郎は自らの意識にあった怒りが鎮火されていく感覚を覚える。さっきまでは、フツフツと煮えたぎっていた、ダンタリオンに対する怒りも、もうどうでもよくなってきていた。仙太郎にとって、ダンタリオンの目的を挫くのは、第一目標である地球への帰還が叶うなら、無視してもいい程度の事だ。

 そもそもが、この悪魔とまともにやりあって、勝てるとも思えない現実主義者の仙太郎にとって、その第二目標は憂さ晴らし程度の意味合いしかない。


『さて、それじゃあそろそろお別れだね。寂しくなったら、いつでも電話しておいで?暇だったらでてあげるから。じゃあ——あ』


 ガシャンというガラスの割れる音と、パキパキというプラスチックの壊れる音が響く。

 仙太郎は手に持っていたスマートフォンを、手近な岩に叩きつけて破壊すると、覚えたての魔法を使い、地中深くへと埋葬する。

 ここまでは必要だから、仙太郎はダンタリオンのふざけた口調でされる説明に耐えてきたのである。この世界の事。また、自分に与えられた恩恵について、聞き出す為に。だが、それが終われば、あのクソ化け物との間にホットラインがあるなど、悪寒を通り越して絶望的ですらある。

 やや無表情であるものの、どこかスッキリとした色を滲ませた仙太郎は、遥か遠くに見えるに向かって歩き出した。

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