『機械の町』
12月12日21時27分18秒。
これは、俺の腕時計が示す時間。
異世界に飛ばされた時から約二ヶ月が経とうとしていた。
この灰色の地に飛ばされたあの時からは一ヶ月だろうか。
襲いかかる機械の化物。碌な生物の居ない死んだ土地。俺達は果ての見えない道を、樹と共にゆっくりと歩いて来た。
この灰色の土地は、平地だけでなく、高い山のような起状を持った場所もある。
そんな場所は足が疲れる事この上ない。
丁度今、その起状の頂点に達した所。
いつもなら、一息ついて休憩でも入れるところ。
しかし俺達は――その場に立ちつくし、遥か彼方の光景を凝視していた。
まるで、何か信じられないものを見るかのように。
12月12日21時27分30秒。
俺達はようやく、この旅の『変化点』に至ったかもしれない。
「なんだよ、あれは……」
いつもなら夜の曇天のような霧が覆う暗い道。
それが――遠く、目の前の方向の降りた先に、誘うように何かが霧の中で灯っているのが、微かに見えた。
見間違いじゃない。
きっとこの先に、『何か』がある。
「行こう、樹」
「……!」
新たな光へと、向きを変えることはしない。
此処は一体何処なのか?その答えは、ヒントの一つすらも分からないままだった。
我武者羅に強くなる事を考え時間が過ぎていって、この地の謎や抜け出す方法は後回しにして来た。
「樹」
「……?」
俺の顔を、不思議そうに覗き込む樹。
「……俺から、離れるな」
「!う、うん」
真っ直ぐに、俺達は歩いていく。
――――――――――――――――――――
身体の震えに、俺は気付く。
何かが――俺達を待っている。
この感覚は恐怖なのだろうか?期待なのだろうか?
この一ヵ月で、俺と樹は強くなった。
その辺の化け物には余裕の勝利を得られるようにもなってきて。
ようやく俺達は、『進んだ』、だろうか。
身体の震えを、そのままにする。
「……っ」
唾を飲み込む。
さっきの灯りは、俺達の見間違いではない。
証拠にそれは消える事無く、近付いてく度に強く、大きくなっていく。
やがてその灯りの正体は、一つの光でなく大量の光だと分かる。
そうだ、俺達の前方に待ち受けているのは――とんでもない規模の大きさの何か。
歩いても歩いても何も見えなかったのに、その向こうにだけ、確実に何かが存在している。
待ち受ける何かへの感覚は増大していった。
―――――――――――
「……聞こえるよな、樹」
この地で一ヵ月過ごして来た俺達は、当然ながら聴覚が鋭くなった。
魔物や機械達は、僅かながら音を発する。その音を一早く発見し、対処してきたからだ。
……しかし今、それ以外の『音』が微かに聞こえる。
重い重量物を引きずるような音。
プロペラが回るような稼働音。
金属を削るような掘削音。
何も鳴らない無音だったはずの世界に、付加されるのは魔物と機械だけだった。
――確定だ、この音はあの『何か』から。
近付いて来ている、明確な証。
まだ分からない、分からないが……もしかしたら、街のような場所が広がっているかもしれない。
少し見えた希望の音。
足を止めること無く歩いていく。
――――――――――――――――――
やがて。『それ』は見えた。
人など寄せ付けない、独特な雰囲気。決して静かではないが、人の気配もまるでしない。
青の光が存在を見せつけるよう光り、轟轟と動く工場のような場所を照らしている。
中央に聳える、まるでこの世界を監視するかのような巨大な塔。
それを取り囲む、果てしなく続くベルトコンベア。
煙を吹き出す剛鉄の棒。大量の金属の管。
回るプロペラ。時折響く機械の音。
その場所だけ、一つの生き物のように逞しく、美しく脈動しているかのように。
それは、『生きていた』。
まるで、『何か』を守るように。
そんな印象。
――言葉にするなら、『機械の町』。
続く灰色の霧の中に見えた、その場所。
今まで見た見事な風景よりも――その規模は大きかった。
「……」
「……」
二人して黙って立ち尽くす事しかできない。
身体が、息をのむほどに壮大な景色に鳥肌を立たせた。
「……本当に、この世界は分からないな」
転移した時から、元の世界で中世と呼ばれるような世界で驚いてばかりだった。
やっと慣れたと思えば――今度は『こんな』、光景だ。
機械の化け物へやっと俺達も適応した所で、今度は機械の町か……
「……藍、君?」
俺の顔を見て、不思議そうにそういう樹。
俺は……今、どんな表情をしているのだろう。
前にいた世界からずっと、俺は自分の知らない世界を見て憧れていた。
エジプトのピラミッド。
フンザの桃源郷。
南極大陸のオーロラ。
父さんの影響か、昔はそんな本ばっかり読んでいた気がする。
遥か遠くの光景は……見れないからこそ心の中で憧れる。
そして今――
そんな光景が、今、目の前にあるような気がした。
ああ、分かるよ、今なら。あんたの気持ちが。
「ごめんごめん、ちょっとな」
そう言って、俺は目をこする。
この光景を――今は、感じていたい。
本当に、綺麗な場所だ。
「……ああ、そうだ樹、ちょっといいか」
――――――――――
「……撮れた、かな?」
「うん、良い感じだ」
向かう前に、この機械の町の写真を撮っておいた。
もちろん写真を残したい、ってのもあるがメインは違う。
こんな上から見れるのは運が良い、全貌とは言えないがある程度の地図として使えるからな。
「こんなもんかな」
「……藍君、地図書くのうまい、よね」
「はは、樹は褒めるのが上手いな。樹の絵には勝てないよ」
そう言えば樹はぶるぶると首を横に振る。本当に上手いと思ってくれてるのかな?
……今俺が何をしているのかといえば、写真とは別にまた地図を作っている。
この未知の場所を闇雲に歩くのは絶対にしてはいけない。ある程度のルートを作っておかなくては。
その為の簡易的な地図だ。
「……樹、この場所で一番重要そうな場所ってどこだと思う?」
「ここ、かな……?」
「だよな」
樹の指す先は、中央に聳え立つ塔。
この場所を象徴するそれは、見るからにといった感じだ。
やっぱりここだよな……ここをゴールとして良いだろう。
「んじゃ、ここが目標地点でいいな」
頷く樹を確認して、適当にルートを作っていく。
……さて。
そろそろ俺の心臓も落ち着いただろう。
「行こうか。 ……『あの』場所に」
「……」
頷く樹。
樹もまた、進もうとしている。
俺達は、未知の場所へと足を踏み出す。
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