N-097 迷宮の秘密
何か、弱い者イジメをしているような気がしないでもない。
光球を沢山連れて迷宮の通りを歩くと、行き止まりの袋小路では沢山のスパイムが蠢いていた。
それを散弾銃と爆裂球、もしくは火炎弾の連発でまとめて倒す。たまに苦し紛れに向かってくる奴は散弾銃で狙撃すればいい。
スパイムそのものは赤レベルの魔物のようだな。やり方さえ分ればバリアント並みに容易に倒せるぞ。
この階の魔物は鎧ダコとスパイムそれに、バリアントのような形を取ることが出来ない原生動物がいた。
ユングさんが最初に遭遇した時にバリュームと名付けたものは、ゼリー状の大きな草履って感じの魔物だ。
中心にボール状の核があり草履の外周にある無数の繊毛のような触手を使って滑るように通路を移動していた。
「バリュームをスパイムが食べて、スパイムを鎧ダコが食べるのじゃろうな。そうすると、バリュームは何を食べるのじゃろう?」
アルトさんの素朴な疑問に答えられるものはいなかった。
だけど、そういう事を突き止めて考えるのも面白いかも知れない。魔物博物誌って感じかな。
「確かにアルトさんの言う通りだな。食物連鎖の底辺はバリュームではないだろう。地上ならバリュームが草を食べるという選択肢もあるが、ここは地下の迷宮だからな」
ユングさんがアルトさんの疑問に相槌を打っている。
俺達には、無害らしいし、槍で核を突けば直ぐにやっつける事もできる。
確かに、この階では最弱の魔物だな。何度倒しても魔石が出ないのでアイネさん達も今では相手にしていないぐらいだ。
地下2階を調査すること2日目で地下3階に降りる階段を見付けた。
この階に降りた階段よりも更に荒削りだ。殆ど切り出した岩をそのまま使ったんじゃないかと思いたくなる。
その階段のある小さな広場が今夜の休息所になる。
俺達が盾や寝床それに食事の準備をしている時に、ユングさん達は階段の傍で何かを始めたようだ。
「それで下の階を探ると言うのじゃな?」
「3階程下まで行けるぞ。場合によっては、途中に伝送ロボットを送り込んで更に下を探れる。今回の依頼は地下2階までの調査だから、俺達は此処までだ。下は念の為に記録を取っておく。判断は明人達に任せる」
「明人も忙しいからのう……。また我等が来ることになりそうじゃ」
フラウさんがそんな2人の話を聞き流しながら、バッグの袋から次々とカブトムシを取り出して階段の下に投げ入れている。
確か画像が見えるんだよな。後で見せて貰おう。
階段に向けて盾を並べると、早速アイネさんとマイネさんが銃を構えて見張ってる。
フラウさんに聞いてみると、階段下で動きあるようだが階段を上るような動きはないと言っていたから少しは安心できるが、アイネさん達もその気配を感じることが出来るのだろうか?
盾の外れに通路を睨みながらユングさん達が腰を下ろすと、フラウさんの取り出した箱から投影される仮想ディスプレイをユングさんとアルトさんがジッと見ている。
そんな2人を無視するように、フラウさんは1匹のカブトムシを取り出して俺達が歩いてきた通路に飛立たせた。
残りの通路を調査させるようだ。
俺も、そんなユングさんの隣に腰を下ろして、タバコに火を点ける。
「フラウが残りの通路を調査している。俺達は此処で下の階を調査するつもりだ。やはり、この迷宮はちょっとおかしい。単なる危惧ならいいんだけどな」
「魔物が通常ではありえぬ方向に特化している。明人なら進化と言うのじゃろうが、我は少し違うような気がするのじゃ」
この2人がおかしいと言うなら、相当おかしいことになるな。おかしいと言うより異質と感じてるんだろう。
それは、キメラや擬態を言っているのか?
だが、あの形に擬態するなら、昔はこの迷宮にあの姿をしたものがいたという事になる。
擬態を能力として持っている魔物や獣は多いらしいが、あのミノタウロスの擬態は見事の一言だ。
「何も見えんぞ!」
「先ず、地下4階への階段を探してる。4台投入してるから直ぐに見つかる筈だ」
大型ディスプレイには、緑の輝点が目まぐるしく動き回っている。。
やがて、その中の1つが停止すると一際大きく点滅を開始した。
「見つけたようだ。フラウ、そっちの方はどうなってる?」
「地下2階の調査終了です。もうすぐ此方に戻ってきます」
「なら、地下の調査に向かわせろ。地下4階の階段を見つけたぞ」
「了解です。伝送用ロボット2台も出動させます」
バッグから取り出したのはトンボだった。トンボが直ぐに地下へと向かって飛んでいく。
そしてフラウさんが偵察ロボットの情報を整理しだした。
仮想ディスプレイがもう1つ立ち上がり、地下3階の地図が表示される。一部欠落しているようだが、これは早期に迷宮の最終階を探すのが目的だから仕方が無いだろうな。
「どうやら、四角錘を反対にしたような構造ですね。各階層とも四角形のフロア持っていますが、地下に潜るほど1辺の長さが、短くなっています。1階が2.5km、地下1階が2km、地下2階が1.5km、地下3階が1.2kmです」
「となると、現在調査中の地下4階は1km程になるのか……。意外と浅い迷宮だな」
「その割には魔物が強力じゃ。このままでは最終階に到達出来るのは銀レベルになるぞ」
「それは、報告書に入れておく。確かに、この迷宮の地下5階は銀でも危ういかもしれん」
そう言って分割表示されたディスプレイの1つを指差した。そこには大型の角を持ったトカゲが棍棒を持って隊列を組みながら歩いていた。
「レイガル族か? じゃが、あやつらは魔物ではないぞ」
「正確には元レイガル族だった、というべきだな。フラウ、この画像を拡大だ」
トカゲの姿が大きく映し出される。耳の少し前と額に角があるトカゲだな。武器を持ってるという事は知性があるのかな?
「この濁った目は、死んでかなりの年月が経ってるぞ。たぶん視力は全く無いだろう。それでも隊列を組み地下4階の通路を廻っている」
「死霊じゃと! それは禁呪じゃ。誰がそのような……。まて、となると、いやしかし……」
アルトさんの言葉が怪しくなってきた。
そんな時に、ミイネさんが食事を告げにきた。
首を捻りながらもアルトさんがスープ皿を受取ってる。
ユングさん達はスープだけを貰って、ディスプレイを見ながらスプーンを動かしている。
俺もエルちゃんからスープを受取ると、薄いパンをそれに浸けて食べ始めた。
さっきのアルトさんの反応が気になるな。
レイガル族の話は前に聞いたことがある。あれは明人さんだったかな。確かレイガル族と連合王国は戦っていた筈だ。そのレイガル族は何でエイダス島の地下にいるんだ?そして死んだ後にも魔物となって動き回るなんて問題だぞ。
これは、連合王国だけの問題とは言えないんじゃないかな。
そう考えて、食事を終えると直ぐにユングさん達の覗いているディスプレイを隣で見ることにした。
「どんな感じですか?」
「地下4階が終って地下5階に行ったところだ。偵察ロボット1台が破壊された。残り4台だが、やはりフロアの大きさが小さくなっている。地下4階の1辺は900mだった。地下5階は500mと言うところだろう。直ぐに終わる筈だ」
映し出された地下5階の通路は、ビルの通路のような感じに見える。明かりが無くロボットのライトで照らされた通路は、何となく洞窟と言う感じが全く無い。
「病院の廊下のような感じだな」
「だいぶ部屋がありますね。入ってみますか?」
「とりあえず、全域の調査が先だ。部屋の位置は記録されてるな?」
「もちろんです。……全域調査終了です。この迷宮は地下5階までになります」
「後は、部屋の調査だな。幾つあった?」
「215室です。朝までには終了させます」
何時の間にかアルトさんはアイネさん達とスゴロクに興じている。
俺は、ユングさん達の邪魔にならないように少し離れた所でタバコを吸い始めた。
初めて迷宮の最深部を見たが、皆こんな感じなのかな?
もっと岩盤がむき出しのおどろおどろしい場所を想像していたんだが……。
あの部屋のどこかに魔物を生み出す歪があるのだろう。歪の大きなものは無くなったようだが、この世界に魔気をもたらすと共にそれを凝縮して魔物を生み出すのは良いんだか、悪いんだか分らないな。
バリアント位の魔物だけなら良いんだけどね。
ジッと仮想ディスプレイを見詰める2人を残して、毛布を被って横になる。光を嫌う魔物が多いから光球が多いから広場は結構明るい。
毛布を頭まで被ると何時の間にか寝てしまったようだ。
体を揺さぶられて目が覚める。
エルちゃんが起こしてくれたようだな。皆の所に行くと直ぐに濃いお茶を渡された。
「昨夜は?」
「静かなものじゃ。下の階にも行ってみたいが、あの魔物ではのう……」
どんな奴だ? アルトさんが行きたがらない魔物とは。
フラウさんがこれだと思います、と言いながら見せてくれたのは歩く磯巾着だった。
確かに俺でも嫌だぞ。
朝食を取りながらユングさんが教えてくれた所では、やはり部屋の1つに歪があったそうだ。
だが、それ程気にするほどの大きさではなく、むしろその歪を使って誰かが地下で研究をしていたらしい。
「偵察ロボットの自爆装置を使ってやばそうな物は破壊した。しばらくはこのままだが、将来的には村の迷宮並みになるだろう。だが、これを明人に報告すると、お前達の所にちょっと変った種族が訪ねてくるだろう。見た目はちょっとだが、けっして暴力的な種族ではない。俺達よりも遥かに進んだ文化を持っている」
そう言って謎めいた言葉を俺に言った。
どんな種族だ? 確か連合王国ではパンダが職人をしていると聞いたな。トラ顔の戦闘工兵も見たし、レイガル族はトカゲだった。後、どんな所属がいるんだ?
「カラメルが絡んでいるのか?」
「あぁ、あの骨格はカラメルと見て間違い無いだろう。だが、何ゆえ、この地でカラメルが?と言うことをよくよく確認しておく必要がある。その辺は明人に任せれば良い」
会話を聞いてエルちゃんと顔を見合わせると、エルちゃんは首を振った。知らないという事だな。アイネさんに顔を向けても同じように首を振っている。
これは帰った後で長老に確認せねばならないようだな。




