N-095 ミノタウロス
食事は最後のお弁当だ。お茶と一緒に食べたんだけど、魔法の袋って時間が停滞してるんだろうか? 弁当や食料は悪くならないし、水だってそうだ。平気で10日前のお弁当を食べる者もいるらしい。
それで当った人がいないんだから不思議だよな。
「さて出発じゃ。フラウ、まだ全体は掴めぬか?」
「残念ながら、たぶん今日中には概要が掴めると思います」
ナノマシンが形を取っているのがユングさんとフラウさんだ。ロボットの先を行っているといって良いだろう。地下1階を今まで歩いたマッピングからこの区域の全体像を形作るのは確かにまだ無理だと思う。でも、今日1日歩けばあらあら掴めるというのは凄いんじゃないか?
エルちゃん達が新たな光球を作り通路の先に送り出す。俺達の後ろに1個も何時も通りだな。
今まで浮かんでいた光球はその場に置いて行く。半日程度で消えてしまうから問題は無いようだ。
それでも、通路の奥に固まって光ってる光球を見ると何か寂しそうだな。
どこかのお城の廊下を進んでいるように、先頭のアルトさんは何の躊躇も無く道を進んでいく。
それが後ろを歩くフラウさんの周辺監視の賜物なんだろうが、その言葉を全く疑うことが無いというのは、それだけ信頼しているのか、それともどんな状態でも対応出来る自信があるのかどちらかだな。
1時間程歩いた所でちょっとした休憩。そしてまた歩き始める。
そんな感じで3回目の休憩は少し長めに取って軽くお茶を飲む。俺と、ユングさんはタバコを咥える。
「何も無いが、今朝のような奴が何時来るとも限らん。後ろは頼んだぞ」
「何時も殿ですからまかせてください」
そして、また歩き始める。
「何かいたにゃ!」
「何も見えないけど……」
アイネさんの言葉に後を振り返ったが、光球の揺らめく明かりに照らされた通路には何の姿も見えなかった。
「確かにいたにゃ……、いたような気がしたにゃ」
アイネさんの言葉が少し小さくなったぞ。
俺は立止まってジッと通路を覗う。
「お~い、どうした?」
ユングさんが俺達の姿を訝しがって声をかけてきたようだ。
「何でもありません。今行きます。……アイネさんやはり気のせいだったようだね」
「確かにいたような気がしたにゃ」
そう言って俺を見る。
そんなアイネさんの肩を叩いて戻ろうとした時、何かが通路の奥で動いた。
「アイネさん。俺も見ましたよ。やはり何かが此方を覗っています。マイネさん皆に伝えてください」
「分ったにゃ!」
直ぐに全員の歩みが止まった。俺の隣にユングさんとアルトさんがやってくる。
フラウさんは?と後をチラリと見ると1人で後ろに立っている。
「フラウ1人で後ろは大丈夫だ。ところで何を見たんだ?」
「動く影だけです」
「動体反応はあるな。だが、生体反応が脆弱だ。普通なら両生類以下なんだが……」
ユングさんがそう呟いた時、光球の明かりがぎりぎり届く所にそいつが姿を現した。
「何じゃ、あれは? 始めてみる姿じゃ」
「ミノタウロス!」
「だな……。あれは進化とは言わないな。キメラだ。合成獣に近いぞ」
「合成獣の脳髄はどこにあるか分らんのじゃな。まして心臓の位置も全く異なるぞ。骨格すらいじられておる。……さて、どうするのじゃ?」
悪戯っぽい目でをれを見上げた。
「そうだな。先ずはやってみろ。ダメなら加勢するが、一応見つけた者に権利がある」
ユングさんも恐ろしいことを言ってるが、それならアイネさんが先だと思うぞ。
そんなアイネさんも、「これを使うにゃ!」ってバヨネットを渡してくれた。
仕方なく、散弾銃にバヨネットを付けて強装弾の散弾の薬莢を装填した。
そんな俺の仕度を、生暖かい目でアルトさんが見てる。
介入するチャンスが来るのを待ってるみたいだな。それなら最初からお任せしたぞ。
「お兄ちゃん。頑張ってね!」
「あぁ、任せとけ。見てろよ、お兄ちゃんの勇姿を」
エルちゃんはうるうる目で俺を見てる。これは逃げる訳には行かないよな。
ユングさんは噴出す寸前の顔だぞ。涙が出てるのが人間臭い。
【アクセル!】そう小さく呟くと、皆の中から数歩通路の奥に向かって歩き出した。
頭の上を光球が通路の奥に向かって飛んでいく。
身長2mを越える人間の体躯に牛の頭を持つミノタウロスが、巨大な両刃の斧を持つ姿が俺達の前に姿を現した。
「レムル。奴の生体反応が極めて小さい。魔物は獣に比べればかなり小さいんだが、あの体でこの反応は異常だ。油断するなよ!」
突っ込もうとした俺の背中でユングさんが教えてくれたが、もう俺は行動に移ってる最中だぞ。
急には動作は止められない。そのまま走りこんで行く。
俺を袈裟懸けにしようと斧を振り上げた奴の両手に散弾を至近距離で撃つ。
振り下ろされる斧を持つ手が散弾で千切れ飛んだ。
俺の横手に巨大な斧が床に落ちて大きな音を立てる。後ろに飛び下がる前に奴の腹にバヨネットを突刺した。
数m離れて奴を眺めながらM29を取出す。奴は全く表情を変えずに声を上げる様子もない。
6発のマグナム弾を奴の顔面に発射すると、元の形が分からない程に頭が粉砕された。
それでも、最初の姿勢で通路に立ち続けている。
M29をホルスターに納めると、背中の長剣を抜いた。
両腕と粉砕された頭から泡が吹き出したかと思うと、そこから触手が伸びてきた。数本の触手の先にはカタツムリのような目まである。
「擬態じゃったか。トリフィッドのように見えるが……」
「植物性の魔物か。道理で反応が小さい訳だ」
後ろで何か言ってるけど、参考にはならないな。
それに、植物ならどうやって倒すんだ? 頭をふっ飛ばしても生きてるぞ。
粉砕された頭の首が縮まって肩に届くと、頭の形状が変化して直径50cm程の円筒形の口に姿を変えた。鋭利な刃物のような牙が口の周囲を幾重にも取り囲んで、その筒の周りからは職種がうねっている。
腕から出た触手が空中を伸びて俺を絡めようとしたところを長剣で斬り落とす。パタパタと斬り取られた触手がのたうってる。
「少しずつ斬り取るのも手じゃな。……長く掛かるぞ」
「まだ大丈夫でしょう。介入はもう少し様子を見てからということで……」
後ろは完全に観戦モードだな。意外と皆で座りながらお茶でも飲んでるような会話が聞こえる。
確かに、少しずつ削っていけば、いつかは相手の触手の再生は出来なくなるんだろう。だが、それでは俺の体力が持たないぞ。
本体を削るか……。
だとしたら……。
本体に接近して、素早く腹を横に薙ぐ。
触手が俺を捕らえる前に後ろに下がった。深く腹を裂いたつもりだけど血も出ていない。
再び触手の動きを見ながら奴の腹を裂くと、ガタンと突刺した散弾銃が床に落ちた。
3檄目を与えたところで、伸びてきた触手を掃う。
奴が前かがみになって大きく開いた口が俺に向いた時、その口に爆裂球を投げ入れる。
条件反射的に閉じた口の中で爆裂球が炸裂し、奴の上半身が吹き飛んだ。
「エルちゃん。火炎弾だ!」
直に後ろから3個の火炎弾が奴の傷口に弾けると、全身が炎に包まれた。
「ほう……。まぁまぁじゃな。明人と同じ手を使ったか」
「やはり、植物は焼くに限るな」
後ろから感心したような声が聞こえる。
これで、終わりなのか?
だが、全身炎に包まれながらも奴は前進してきた。おぼつかない足取りはまるで幼児のようだが、確実に俺に近づいてくる。
シュタ!っと触手が伸びて俺の両手を掴んだとき、俺の横を風が通り過ぎた。
奴の体が斜めに両断されてズルズルと床に崩れ落ちた。俺の両腕に絡んでいた触手も力なく床に落ちる。
そして、奴の後ろから、フラウさんが片手に長剣を持って歩いてきた。
「60点ですね。次は頑張って下さいね」
小さな声で俺に呟くと俺を通り過ぎて先頭位置へと歩いて行く。
一応合格点だよな。
そう自分に言い聞かせながら後ろを振り向くと、全員がシートを床に敷いてお茶のカップを片手にお菓子を摘んでた。
どっと、疲れが出てきたな。
散弾銃を回収して、皆の所に行くと早速お茶のカップが渡された。
「凄かったにゃ!」
「さすが、お兄ちゃん!」
「ちょと詰めが甘かったな。次は頑張れよ」
「フム……。鍛えれば銀には行ける可能性が少しはあるのう」
とりあえず、賞賛の言葉として受取っておこう。
俺が一服を始まると、すっかり床に消えてしまったミノタウロスの魔石をアイネさん達が探している。
そして横では、アルトさん達が情報を整理していた。
「キメラだと思っていたが、植物種の魔物とはのう……」
「たぶん、昔は本物のミノタウロスがいたんだろう。でないと、擬態をする事も出来ないからな。魔物自体はそれ程レベルが高くはない。キメラ化した後に増えたものとキメラに擬態した魔物がこの迷宮にはいるんだろう。通常の魔物は淘汰されたのかもな」
「だとしたら、誰がキメラを作ったのじゃ?」
「それは、今回の目的ではない。帰って明人に相談だな。……まぁ、こんなことをする奴はデーモン位だとは思うけどね」
「だが、それならエイダス島はデーモンの拠点になっている筈。う~む。やはり今すぐに結論は出せぬか」
「地下2階の調査で階段を見つけたら偵察用ロボットを放つ。まる1日あれば、地下の深い場所まで調査出来るだろう。その結果を村に持って行って検討だな」
連合王国としても、今回の迷宮には興味があるって事なのかな。
一応、依頼はこなすけどそれ以外の情報も持ち帰るようだ。まぁ、何かあれば知らせてはくれるだろうけどね。
「黒が1個にゃ。上位の魔石にゃ」
アイネさんがそう言ってエルちゃんに魔石を渡していた。地下1階で上位とはな……。このまま地下に降りて行ったら、どんな魔石が手に入るんだ?
俺達が一服をしている間にミイネさん達がシートを片付け始めた。
俺にとっては貴重な休息が10分も経たない内に終ってしまったぞ。もうちょっと休んでいたかったが、先があるからな。
たぶん次の休憩はもうちょっと長いに違いない。そう自分に言い聞かせながら皆に遅れないように歩き始めた。
何事もない1時間後に俺達は床に腰を下ろして今度こそ長めの休息を取る。
ミイネさん達がお茶を沸かす間に、折れとユングさんは一服だ。
光球がぼんやりと照らす、歩き終えた通路を眺めながらのんびりと過ごす。
「たぶん、村にある迷宮と比べると、ここの迷宮は1階が地下2階。そして地下1階は地下4階位に相当するな。となると、地下2階は……」
「地下6階に相当すると言うことですね。黒レベルが必要ということですか」
「そうなるな。このフロアならお前達の装備と能力で切り抜ける事も可能だが、次のフロアは俺達に任せろ。援護もいらん。……だが、アルトさんが要求する場合にはちゃんと応えろよ」
「了解です」
たぶん狩りの仕方の違いなんだろう。ユングさんとフラウさんは一緒のチームだし、アルトさんは明人さんのチームだからな。




