N-094 大蟻
ふと目が覚める。身を起こして周囲を眺めると皆が寝てるな。
そうだ! 俺は今、遺跡の迷宮にいるんだった。
慌てて立ち上がって周囲を再度見渡すと、俺を眺めて微笑んでいるユングさん達と目が合ってしまった。
「まだ皆が寝てから6時間程度だぞ。もう少し寝ていたらどうだ?」
「いや、目が冴えてしまって……。皆が置きだすまで一服を楽しむことにします」
そう言って2人に近付いて腰を下ろすと、フラウさんがコーヒーを出してくれた。
「久し振りに飲みます。ありがたく頂きます。」
「そうか、前に来た時にはそれ程渡さなかったな。フラウまだ持ってるのか?」
「50個を持ってきました。マスターが飲むのが殆どですから、20個程残しておきますね」
そう言ってスティックコーヒーをバッグからワシ掴みにして渡してくれた。
「ありがとうございます。これでしばらく楽しめます」
「インスタントだから気にするな。豆ならばテーバイ地方で栽培してるから、連合王国の町には喫茶店があるぞ」
何となく連合王国が羨ましくなってきたな。
だが、それは明人さんやユングさんが努力した成果もあるのだろう。
俺も、この地で努力しなければなるまい。
「どうですか。なにか魔物の気配はありました?」
「そうだな……。これだけだ」
そう言って2個の魔石を俺の手に載せた。
黒の中位じゃないか!
だが、物音1つしなかったぞ。
「たしか寝る前に……」
「大丈夫だ。言い訳はバッチリだぞ」
何か、論点がずれてる気がするけどね。
とはいえ、3人で飲むコーヒーは美味しい。この匂いで誰も起きないのが不思議な気がするな。
「……俺達が倒したのは、連合王国でスラバと呼ばれる双頭の蛇の一種だと思う。スラバでない。頭が3つあったからな。亜種にしては2匹は妙だ。やはり進化種と考えねばならないだろうな」
「頭が3匹のへびですか? 見てみたいような、見たくないような……」
「なぁに、直ぐに見る事が出来るだろうよ。だが、毒を持つから気を付けとよ」
「薬は持ってます。それに、そんなことを言うと……大変な物を飲まされますよ!」
「ん! 戦う前にデルトンを服用するのは常識じゃないのか?」
「そうなんですが、精製されてないのを飲まされるのはちょっと……」
「たぶん球根を煮込んだものを服用したのだと推測します。その場合、薬効成分のデルトナは中和されない状態ですから、とんでもない苦さとエグ味があると味覚シュミレーションの答えが出ました」
味覚をシュミレーション出来るのか?
それであの味が分るとは、たいしたものだと言わざるえないな。
パイプにタバコを詰めて一服を楽しむ。
ユングさんもパイプを取り出した。紙巻タバコだけを愛用する訳では無さそうだな。
こっちの方が長く楽しめるから、こんな時には便利だ。
フラウさんがポットのコーヒーを追加してくれた。
「話は戻るが、スラバの進化種を倒すのはかなり苦労するだろう。スラバには元々脳髄が3箇所にある。首の付根が本当の脳髄なのだが、進化種はその脳髄が更に複数ある。分散した脳髄を捜すのがほねだった。結局は背中と尾の3箇所にあったのだが、それを見つけるまでに中堅クラスのハンターならば3つ目の頭にやられているだろう。舌を矢のように繰り出すからな」
「この通路で、背中と尾を狙うのは難しいですよ」
「だから、少しずつ斬り刻んでやった。それで分ったのが3つの脳髄だ」
スラバはまだ見た事がないけど、一般的なんだろうな。それが更に進化したとなると、中堅クラスでは手に負えないのかも知れない。
「ハンターの上級と言われる黒や銀ならどうでしょうか?」
「う~ん……。フラウ、どう思う?」
「銀なら対応出来るでしょう。黒の5つ以上なら5人いれば何とか……。黒の低位では全滅は免れるでしょうが何人かは……」
と言うことは、青の中位では無謀以外の何ものでもない。やはり全滅だったのか。
これは早めに、この階と地下2階の地図と魔物の種類の調査を終えて引き上げた方が良さそうだぞ。
「マスター!」
「あぁ、アルトさんを起こした方が良いな。レムルも仲間を起こしてくれ。お客さんが大勢だ」
急いでアイネさんを起こして、エルちゃんを起こす。
直ぐに全員が銃を構えたが、フラウさんは置きだした連中にカップに半分程のお茶を配っている。半分寝ぼけたような顔をしてるからな。同士撃ちをやりかねない。
「う~む、苦いのじゃ!」
アルトさんがうぇーって感じの顔をしているが、目の輝きが先程までとは段違いだ。
フラウさんと短い会話をすると、俺達の配置を指図し始めた。
「我等3人が前衛じゃ。盾の無い場所に陣取る。盾にはレムル達の前衛が付いて、その後ろに後衛が立つのじゃ。
どうやら、昆虫種らしい。銃には散弾とスラッグ弾を詰めて置くのじゃ。効果的な弾種に次の装填時に変えればよい」
俺達が銃を持って盾の影に隠れてると、ユングさん達はアルトさんの左右に立っている。
ユングさんはのんびりと咥えタバコだな。
アルトさんは背中に毛布を畳んで積んでいる。後ろにコロコロは嫌なんだろうな。
ユングさんとフラウさんがレッグホルスターからベレッタを引き抜く。アルトさんは前方を睨んだままだ。
「前方100D(30m)に光球だ!」
ユングさんに言葉に、エルちゃんが【シャイン】で光球を作り前方に飛ばした。
その明かりに照らされた通路にはおびただしい数の体長2mはありそうな蟻が蠢いている。
「タグじゃな!」
「いや、タグは鎌を持っていない。あれも新種だ!」
「先ずは、小手調べと行くぞ。【メル】が使えるなら2発放て!」
アルトさんがそう言うと、エルちゃんとミイネさんが火炎弾を通路の彼方に放つ。
火の子が飛び散るけど効果は無いみたいだな。
それを見たアルトさんが爆裂球を投付けた。何時の間にか【アクセル】を掛けていたようだ。俺も急いで自分に【アクセル】を掛ける。
ころころと転がって先頭の大蟻の足元で炸裂する。
吹き飛んで数体の大蟻がバラバラになったが、その残骸を他の大蟻がたちまち喰らい尽くした。
こいつ等、共食いをしやがる!
「良いか、接近されたらあの鎌と顎で八つ裂きじゃぞ。次の光球の場所まで引き付けて一斉攻撃じゃ!」
距離にして10m程度じゃないか。近すぎるぞ!
「もうちょっとじゃ。まだじゃぞ……撃て!」
アルトさんの攻撃合図より少し早かったようだが、前衛の6人が一斉に銃弾を放つ。
2発撃った俺達が下がりながら薬莢を交換する間は、エルちゃん達が攻撃する番だ。
スラッグ弾の薬莢に変えた散弾銃を素早く2射すると後ろに下がる。
薬莢を交換しながらユングさんを見ると左腕を伸ばして、軽くベレッタを撃ち続けているようだ。だが、発射音と硝煙は全く無い。
構えようとした俺の目の前に鎌を振りかざした大蟻が迫ってきたが、エルちゃんの火炎弾を頭に浴びてそのまま転倒した。
頭に1発浴びせて、次ぎは水平に撃った。
「止め!……弾は込めて置けよ。よし、どうにか凌いだな。フラウ、動体反応に注意。動くタグは頭を落とせ」
「了解しました。現在数匹に反応があります。処置します」
フラウさんがベレッタをホルスターに納めると、背中の長剣を引き抜いた。俺と同じような片刃の剣だがだいぶ肉厚だぞ。
それを片手に持つと床を滑るように移動して数回その剣を振るった。
そして、ユングさんに終了報告をしている。
「イチチ……。この銃は強力じゃが、我には少し合わぬな。帰ったらディーに進呈しよう」
毛布の中からアルトさんが体を起こした。やはり、最初の一撃で毛布の中に吹っ飛んだようだ。俺でも無理なんだろうか?
「初めて見るにゃ。こんな虫がこの迷宮にいたんにゃ!」
「でも、この図鑑に似た姿がありますよ」
「それ位は知ってるにゃ。でも大きさが合わないにゃ。それに鎌は持ってないにゃ!」
「ですね……」
エルちゃんが図鑑を見ながら確認してる。
確かに似たような姿の絵はあったんだが、やはり目の前の大蟻とは違ってた。
「たぶんタグとして載せられてる筈だ。本当は魔物ではないんだが、魔物の中にも同じ姿をしてる奴がいる。だが、目の前の奴は確かに違うな。
レムル達が遭遇した1階の魔物と地下1階の魔物は出所は同じだろう。これは調査のしがいがあるぞ。
とりあえず朝食だ。そろそろ奴等も通路に消える。どんな魔石かが楽しみだな」
ミイネさん達が朝食を作り、エルちゃんがポットに水を足し、新たにお茶を作ろうとしている。
俺とユングさんは並んで通路の奥を眺めていた。
「レールガンとは聞いてましたが、音が聞こえませんでした」
「そこが少し不満なんだ。威力は対戦車ライフル並みなんだがな。30連だから、そこそこ使えるぞ。そして半自動なのもちょっとな」
まぁ、贅沢な悩みと言う奴だろう。
武器に満足しないというのは、良いんだか悪いんだか分らないけど、それなりに使いこなした上での判断に違いない。だが、レールガンの連射なんてチート以外の何者でもないぞ。
「アキトは狙撃銃と散弾銃を使い分けている。圧倒的に散弾銃が多いけどな。そして、美月さんはボーガンを使ってるが、グレネードランチャー付だ」
どんなボーガンなんだ! と突っ込みたい気はするけど、グレネードランチャーなんてこの世界にあるんだな。
「だから、レムル達が散弾銃を作ろうとしても明人はそれを禁じなかった。俺も北米大陸からお土産を色々と持ってきたのだが、明人は受取らなかった。武器は発達する。その原理が分れば性能を上げた方が圧倒的に優位に立つ。それが世界大戦を生んで地上の生物の殆どを滅ぼしたことを気にしてるようだな」
「と言うことは、この世界は……」
「地球の未来だよ。信じてなかったのか?」
「間違いであって欲しいと……」
やはり未来だったのか。それでも少し偏った未来だな。
文字はローマ字みたいだし、何故か日本語で話してるし……。
しかし、それならどうして色んな種族が生まれたんだろう。そして俺達の故郷はどうなったんだろう。
それは、追々聞けるだろう。
「白の上位にゃ。3つもあるにゃ!」
大蟻の消えた通路で魔石を探していたアイネさんがこっちを見ながら大きな声で知らせてくれた。
それって、地下1階ではありえないんじゃないか?
青の中位ではどうにもならない場所が俺達の前に広がっているように思えた。




