N-089 調査終了
迷宮のフロア調査の8割方が終ったかなと思ったところで地下に降りる階段を見つけた。荒削りの石段が下に続いている。
覗き込むとゾッとするような暗さだ。あまり長くいるもんじゃ無さそうだ。
早々に退散して残りの分岐路の先を調査する。
「やはり上級者向けなんでしょうか? さっきのバリアントは村の迷宮で見るものよりもかなり大きいです。弟達のハントでは核を傷つけるのがやっとでした」
「通常弾だからね。強装弾なら核を破壊できたんじゃないかな。まだ小さいんだからあまり期待しちゃかわいそうだ」
レイク達の弟妹が持つ銃はロアルモドキから中古のハントに替わってる。今回の調査でもエルちゃんと一緒になって結構役立ってくれてるぞ。
「でも、これで村の迷宮の1階なら安心出来るんじゃないかな。何と言ってもハントの命中率は良いからね」
「それは、私もそう思っています。今までは、沢山魔物が出て来ると爆裂球を使ってましたから、使用頻度が格段に減るんじゃないかと……」
4人のチームではそうなるな。やはりもう2人はほしいところだ。
俺達だって6人だし、クァルのお姉さん達は俺達よりレベルが上だ。
「行き止まりにゃ!」
前方からアイネさんの声がする。
俺の前でその言葉を聞きながら、急いで行き止まりの壁までエルちゃんが歩数を計っていた。
確か残っている分岐路は3つ位だったな。そろそろ俺達の調査も後1日は掛からないんじゃないかな。
「お茶を飲んで一休みだって!」
エルちゃんが俺達のところまでやって来て教えてくれる。
レイクが前方から移動してきた。俺と一緒にタバコを楽しむつもりらしい。
2人で後方を警戒しながらお茶を飲んでいると、10m程先にある光球の明かりで、通路の奥に動くものが見えた。
お茶を一気に飲み込んで、俺達は散弾銃を構える。
「何かいるの?」
「あぁ、バリアントみたいだが少し数が多そうだ!」
直に俺達の中で【メル】が使える連中が前に出る。
バリアントの数が多ければ焼けばいい。これは村の迷宮で覚えた事だ。
エルちゃん、ミイネさんそれにレイクの妹のキャルちゃんが一斉に火炎弾を放つ。
たちまちバリアントが炎に包まれた。
問題は、この後なんだよな。
こいつが燃えると何故かサーフッドがやって来るんだ。ここでも同じなんだろうか? 大きなサーフッドなんてしゃれにならないぞ。
バリアントが燃える煙は通路の天井に吸い込まれるように消えて行く。銃の硝煙やタバコの煙はそうはならないんだけどね。迷宮の不思議な特性のようだ。
それでも、通路の向こうが見えないくらいには煙が立つ。
次の魔物の出現を俺達はひたすら待っている。
「あれだけいても魔石は1個にゃ!」
不満そうにアイネさんが呟くと、魔石をエルちゃんに預ける。結構溜まったんじゃないかな?
「姉さん!」
マイネさんの言葉にアイネさんが振り向くと散弾銃を握る。俺達は2番手だから、光球の明かりに照らされて近付いてくる魔物を見ている。
やってきたのは案の定、サーフッドだ。だが大きさが2回り程大きい。
すかさず、シイネさんが尻尾を使って光球を1個通路の奥に送り込んだ。20m程先に蠢くサーフッドが良く見える。
「村の迷宮のとちょっと違うにゃ!」
「中々近付いてきませんね」
2人の言葉に双眼鏡を取出してサーフッドを見てみると……。
何んと、胴体が1つしかないぞ。そして1m程の足程の太さの胴体がその丸太のような胴体から10本位突き出ているのだ。
蛇ならヤマタノオロチって名付けるんだけど、虫なんだよな。
「キメラにゃ。魔物の突然変異にゃ」
アイネさんは急いで銃身を折ると、薬莢をスラッグ弾に変更して続けざまに発射した。
つられて、前衛の2人が銃を撃つと後ろに下がる。
替わって前に出てきたのはミイネさんとシイネさんだ。銃を構えて動きを見ている。
胴体に4発のスラッグ弾を受けた筈だが、キメラ・サーフッドの動きにあまり変化はない。
ゆっくりと俺達に近づいてくる。
そしていきなり胴体から1匹のサーフッドが分離して俺達に迫ってきた。
ドォンっと2発同時に発射された散弾でサーフッドがひっくり返る。
次々と胴体から離れたサーフッドを俺達が散弾で始末していると、エルちゃん達が再び火炎弾で胴体を攻撃する。
胴体から、もぞもぞと新たなサーフッドが顔を覗かせていたからだ。
数人が散弾銃を一斉に放つと、アイネさんが爆裂球をキメラ・サーフッド本体の胴部に転がした。
俺達が身を屈める先で爆裂球が炸裂する。
千切れたサーフッドが辺りに飛び散っているが、胴体からは更にもぞもぞとサーフッドが頭を出し始めた。
散弾銃を籠の中に放り込んでM29を胴体に連射した所にエルちゃんが火炎弾を放った。
「やったのか?」
「いや、分らん。……少し様子を見よう」
体節のある太い胴体が身震いするように動いた。
まだ死なないのかと、散弾銃を前衛が構えたが、どうやら、それが断末魔の動きだったらしい。
床に溶け込むようにキメラ・サーフッドが消えていく。
「黒の中位にゃ!」
アイネさんが床に残された魔石を高く掲げて喜んでる。
その言葉に俺とレイクは苦笑いの表情で顔を見合わせた。正直言って再び会いたい敵ではない。
俺達は再び迷宮の調査を始める。
何といっても、もう少しで終了だ。俺達には少し荷が重かったような気がしないではない。
とはいえ、最後まで気を抜かないようにしよう。迷宮を出るまでが迷宮調査だからな。
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◇
・
どうにか、最後の通路を確認して、俺達は迷宮の出口に向けて歩いている。
最後まで何があるか分らないから、最後尾の俺とミーナちゃんは交互に後方を確認することに余念がない。
最後の突き当たりでお茶を飲んだ時にミイネさんに迷宮に入ってからの時間を聞いてみたら、蚊取り線香のような線香を7本交換してると言っていた。確か1本で12時間だから3日めが当に過ぎていることになる
さぞかし、村の連中が俺達の帰りを待ってるだろうな。
「見えてきたにゃ。出口にゃ!」
アイネさんの言葉に俺達全員がほっと胸を撫で下ろす。
あと100mたらずでこの迷宮を出る事が出来る。
迷宮を出て遺跡の出口までの洞窟を歩いて地上に出ると、満天の星空だった。
そんな遺跡の傍らにシートを敷いて俺達は腰を下ろす。
シイネさんが中心になって夕食のスープを作る中、アイネさんとマイネさんは周囲を散弾銃片手に警戒中だ。
俺とレイクは邪魔にならない場所でタバコを楽しんでる。
「全く、とんでもない迷宮だぞ。俺達のチームだけなら帰ってこれたか怪しいものだ」
「全くだ。俺達だけでも難しいと思う。レイクがいてくれて良かったよ」
「本当か? 俺とミーナはともかく、妹達は邪魔じゃなかったか?」
「火炎弾で援護はしてくれたし、ハントで牽制してくれた。決して邪魔じゃなかったさ。何時までも子供じゃないんだ。少しは兄貴として妹達を認めてやったらどうだ?」
「最初は俺達の邪魔ばかりしてたんだ。危険だからと赤の5つまでは採取だけだったんだが、今では赤の8つだからな」
結構レベルは高かったんだ。落着いて狙いを定めてたからな。
後1年もしたら、兄貴を十分にサポートしてくれるだろう。
ミーナちゃんの弟が夕食が出来たと俺達に教えてくれた。
夕食は具沢山のスープに大きな硬いビスケットだ。
これは、割ってスープに入れとくんだよな。
任務を終えた達成感もあり、味気ない携帯食料での料理を、それなりに満足して俺達は食べ終える。
食後のお茶は俺達は飲まずに、アイネさんが持ち込んだ蜂蜜酒のお湯割を飲む。
エルちゃんが報告してくれた魔石の個数は中位が16個に低位が12個だ。
中位には白と黒が1個ずつあるし、低位の中にも3つほど黒がある。
単純計算で4,548L。現在の税は3割5分だから残りは、2,956Lになる。俺達は調度10人だから、1人295Lだな。6Lは駄菓子を買って皆でお茶でも飲めばいい。
夕食が終って、アイネさん達が見張りに付く中で俺達は毛布に包まった。
夜中に俺達が見張りを代わる。
朝までレイク達と世間話をしながら過ごすと、お日様が上がった頃にアイネさん達が目を覚ます。
昨夜と同じような朝食を取ると、俺達は村へと足を運ぶ。
来る時はガルパスの曳く荷車に乗ってきたが、イザ歩くとなるとけっこう遠いな。
適当に休息を取りながらのんびりと村を目指す。
ようやく、村の出入り口に着いた時には、だいぶ日が傾いていた。
先ずは長老達に帰還の報告だ。俺と、エルちゃんの2人で向かう。レイク達とはここで分れて、魔石を売り上げを渡された時に再開することになった。
アイネさん達は2手に分かれて、食堂と武器屋に向かって行った。早速、使った分のカートリッジを手に入れるつもりだな。
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◇
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「ほぉう、それは災難じゃったな」
「レムル達ならじゃろう。同じレベルの他のハンターでは無事には済まなかったじゃろう」
「まぁ、何より無事で良かったわい」
「それで、これが迷宮1階の地図になります。そしてこれが魔物の落とした魔石です」
「確かに預かったぞ。これで、次のハンターが迷わずに地下へと向かえる」
「じゃが、キメラとはな。王都の迷宮でたまに噂を聞くことはあったが、それが1階で出るとなれば白レベルでは問題じゃな」
「地下に向かわせるハンターは黒が適当でしょう。青ではちょっと心許ないです」
「確かにな。まぁ、それは我等で適任を探そう。レムルはゆっくりと休むがいい」
俺達は長老に別れを告げると、自分達の部屋へと帰った。
アイネさん達も帰っており、リビングの真中の炉には食堂から貰ってきたシチューの鍋が載っている。炉の傍にはポットも置いてあった。
「先ずはお風呂にゃ。帰ってきてから食事にするにゃ!」
アイネさんの一言で、エルちゃんとシイネさんが俺達に【クリーネ】を掛ける。
風呂に入る前に体の汚れが取れるのは何時になっても違和感が残るけど、確かにしばらく入ってないな。
俺達は途中まで連れ立って歩いて、最後に男湯と女湯に分かれた。
大きな脱衣所で棚の籠に服を脱ぐと早速風呂に飛び込む。
早い時間だから、まだ誰も入っていないな。
のんびりとお風呂で泳ぎ回ると、湯の中にある岩に腰を下ろしてのんびりと体を伸ばした。
ふと、脱衣所で話し声がする。
何人かの男達が風呂にやってきたようだ。
風呂に入ってくると俺に片手を上げて挨拶してきた。
俺も同じように挨拶をかえすと、早速話し掛けてきた。
「おい、聞いたか? 新しく見つかった迷宮の1階の調査が終ったらしいぞ。聞いた話では白の連中を放ったらしいから、今度は青の番だ」
「そうだ。迷宮一番乗りを逃したのは残念だが、おかげで地下へ降りる階段までは分った筈だ。地下に到達して初めて本当の魔物だからな」
だとしたら、やはり青では無理だと思う。
少なくとも、俺達はまだその階段さえ見ていないが、地下2階、いや3階まで降りる実力が欲しいところだ。そしてチームも数人では足りないだろう。
「行くおつもりですか?」
「あぁ、俺達は5人でチームを組んでいる。青になったばかりだが、風呂を出たら早速長老の所に出掛けるつもりだ」
そこに、バシャンと飛び込んできた奴を良く見るとレイクだった。
「レムルも来てたのか? いやぁ、初めての迷宮は大変だったな。食事を終えたから風呂が終れば寝るだけだ。しばらくは村の迷宮で腕を磨くよ」
その一言で、男達が俺達に詰め寄ってきた。
そうなるよな。全く、とんでもないタイミングでレイクがやってきたものだ。




