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N-087 部屋の扉を叩くもの


 どうにか葛藤する心の片方を押さえつけると、俺達は落ちた敷石の間をすり抜けるようにして洞窟へと降りていく。


 「シイネ、エルちゃん光球にゃ!」

 

 アイネさんの指示に2人が光球を作りだす。前に2つそして後ろに1つは何時もの俺達のやり方だ。


 「3つも使うのか? 贅沢だな」

 「私等のやり方にゃ。前に1つ光球を先行させてるから、何かいれば直ぐに分かるにゃ。そして私等の直ぐ前の明かりで周囲が良く見えるにゃ。レムルの後ろの光球で追い掛けてくる魔物が分るにゃ」


 確かに贅沢なのかも知れないな。これもエルちゃんがエルフ族の血を引いているからネコ族の人達よりも遥かに魔法力が高いからなんだろうな。

 ネコ族だけなら精々2個、場合によっては1個のチームもあるだろうな。

 まぁ、それでもそれなりにネコ族は魔物を狩る事ができる。人間よりも遥かに暗闇を見通せるのがネコの特徴だからな。

 でも、明るければそれに越したことはない。


 洞窟は、前を行くアイネさん、マイネさんにレイクの3人が横に並んでも楽に通れるぐらいの広さがあり、頭の上も1m位の余裕がある。ゴツゴツとした壁面だが誰も躓く者はいないようだな。


 しばらく進むと前方がボンヤリと光っているようだ。

 光球の明かりを洞窟の壁面が反射するようなものではなく、壁面自体が光を放っているように見える。

 その光が段々と強くなると、俺達は大きな広場へと足を踏み入れた。


 「広場のようね」

 「あぁ、ここが、迷宮への入口だな」


 広場の反対側に一段と輝いている箇所がある。数個の列柱が並んだ奥に、一枚の岩をくり抜いたような四角い穴がポッカリと開いていた。

 規模は小さいがネコ族の村の奥にある迷宮の入口にそっくりだ。


 「このまま進むにゃ。エルちゃん地図を頼むにゃ。レムルに後ろは任せたにゃ!」

 「分った。レイク、2人を頼むぞ!」

 「おう! 任せとけ」


 3人がゆっくりと迷宮の入口に向かって歩いて行く。その少し前を2つの光球が進んでいく。

 3人の後ろに籠を担いだミイネさん達が続き、その後ろにエルちゃん達がレイクとミーナちゃんの妹弟と一緒に並んで進む。最後は俺とみーナちゃんだ。

 俺が槍を持っているのに対し、ミーナちゃんは散弾銃を肩に担いでいる。

 

 やる気は認めるけど、散弾銃って重いんだよな。前の3人は両手に持って厳戒態勢だけど、何時まで持つのか心配になってきたぞ。


 アイネさん達3人が入口前で停止した。

 入口の1枚岩には、やはり意味不明な象形文字のようなものが刻まれており、その刻み目からも光が滲んでいる。

 そして、この光は村の奥にある迷宮の光よりも強い光を放っている。

 と言うことは、魔物もそれなりに強いという事だろうか?


 「此処から迷宮にゃ。銃にカートリッジが入ってることをもう一度確認するにゃ。そして、爆裂球を1個ポケットに入れて置くにゃ……」


 アイネさんの指示に急いでカートリッジを確認する。散弾銃のロックを外してストックとバレルを折るようにしてバレルを覗くと、ちゃんと薬莢が入っていた。俺の薬莢は全て散弾だ。スラッグ弾はM29で代用できるからな。


 「その散弾銃は変ってますね?」

 「あぁ、特注したんだ。これは銃口からカートリッジを入れないで、バレルの後ろから入れるんだ」


 「それで縦にバレルを並べられるんですね。でも、後ろからだと強装弾がつかないじゃないですか?」

 「その辺はもう1つの工夫があるんだ。直ぐに分かると思うよ」


 入口前の数段ある石段をアイネさんが上って俺達の方に体を向ける。


 「それじゃぁ、出発にゃ。エルちゃん光球を先に送るにゃ!」


 俺達の上に輝いていた2つの光球がスイーっと迷宮の通路の奥へと向かって進んで行く。

 そして、横一列になったアイネさん達が足並みを揃えて通路に足を踏み入れる。

 いよいよ迷宮調査の始まりだ。


 最後の俺達2人が通路に踏み入れてしばらく進むと後ろから光球が付いてくる。

 前の方はアイネさん達に任せて、俺達は躓かぬように歩きながら後方の安全を確かめる。

 

 迷宮の通路は意外と広く感じる。そして壁面はキチンとブロックのような大きさの石が隙間も無く積み上げられていた。

 本当に迷宮なのかと心配になってきたが、それでもこのフロアを調査して下に降りる階段を見つければ俺達の仕事は終了だ。


 不意に俺達の歩みが止まる時がある。道の分岐で十字路の左右に魔物が潜んでいないかをアイネさん達が調べているのだ。

 その時間を利用してエルちゃんが図板の紙に地図を描いている。図板の革紐には20個程の穴の空いた銅貨がついた金属の輪を通していた。カウンター代わりに使ってるのかな?たぶん歩数を書き込んでるんだろう。後で整理すればこのフロアの全体の大きさが分るな。


 「左に進むにゃ!」


 アイネさんの号令が下り、俺達はまた迷宮の奥へと歩き始めた。

 

 そんな迷宮の通路にも行き止まりや扉がたまに出現する。

 行き止まりは問題ないが、扉は厄介だ。

 1分ほど扉近くで聞き耳を立てた後に、扉を蹴破るようにして開けると、3人が乱入して行く。

 そんな部屋が2つほどあったけど、中には魔物がいなかったようだ。


 そして、今しがた3つ目の扉を開けたが、やはり中には誰もいない。

 教室ほどの大きさの部屋には、朽ちたテーブルと椅子が端の方にあったが、目ぼしい調度は無かった。


 ミイネさんと何か話していたアイネさんが俺達を集める。


 「昼から迷宮に入って、8時間も過ぎたにゃ。ここで皆で休むにゃ」


 確かにちょっと疲れたな。

 早速籠を下ろして床の敷石の上に広げる。ちょっとクッションが欲しいので古い毛布を丸めてベンチの代用にした。

 レイク達もミーナちゃんが担いでいた籠の中から同じようにシートと毛布を取り出してベンチにしている。


 携帯用コンロに火を点けてお茶を沸かして皆で先ずは一休み。

 それが終ると、手分けして食事の準備を始める。

 俺とレイクは入口の扉の前に籠を並べて、槍を使って連結する。扉が開いても、少しは防御することが出来るだろう。


 アイネさんとマイネさんは部屋の壁を槍で叩きながら異常がないことを確認している。

 隠し扉でもあったら大変だからな。

 

 一通り部屋の中を確認した所で、俺達はお弁当を食べる。明日の朝からは食事を作らなくちゃならないな。

 食事が終ったところで小さい連中を早めに休ませ、俺達はお茶のポットの周りに集まる。


 「ちょっとおかしいにゃ。まだ一度も魔物にあっていないにゃ!」

 「たまたま、魔物がいない方向に歩いていたんでしょうか?」


 「まだ、油断は出来ないよ。村の奥にある迷宮の地下1階だって、出会うんじゃなくて追い掛けてきたからね。この迷宮もそれと同じじゃないかな?」

 「そうなら、この階であっちの迷宮の地下1階に相当するにゃ。あんな、障害で大丈夫かにゃ?」


 そうは言っても、この部屋には何も無いぞ。

 上手い具合にこの部屋の扉は小さな物だ。大型の魔物は入って来れ無いだろうから、入ろうとするところを順次殲滅すれば良いんじゃないかな。


 「レムル達は先に休むにゃ。私等4人で4時間ほど番をするにゃ」

 

 アイネさんの言葉に俺とレイクそれにミーナちゃんが毛布を広げて横になる。

 光球は一箇所に集まって低い場所にあるから部屋全体はほんのりとした明るさに包まれている。

 俺も疲れてるんだろう。何時の間にか眠ってしまった。

              ◇

              ◇ 

              ◇

 

 ゆさゆさと体を揺すられて俺は目を覚ました。

 大きく伸びをしながらアイネさん達の所に行くと、ミイネさんがお茶のカップを渡してくれた。

 苦いお茶が急速に俺の頭を覚醒してくれる。

 タバコを1本取り出して、携帯用コンロの残り火で火を点けていると、眠そうな顔をしたレイクを連れたミーナちゃんがやって来た。

 2人がミイネさんからお茶のカップを受取ると、シイネさんが俺に蚊取り線香のような時計を渡してくれた。


 「4時間お願いするにゃ」

 「あぁ、後は任せてくれ」


 俺の応えに頷いてアイネさん達は俺達が寝ていた毛布に包まった。


 「これは、苦いなぁ……」

 「だけど、目が覚めるだろ」


 「まぁな。しかし、本当に魔物がいるんだろうか?」

 「それは何とも言えないな。だけど、出るとしたらバリアントの比じゃないぞ。後ろから来るのは村の奥の迷宮の地下1階のやつらだからな。レイクは白になったのか?」


 「いや、まだだ。だが赤の9だからもう一息だな」

 「私も同じです。どうにか迷宮の奥にまで行けるようになりましたが階段はまだ降りていません」


 「出来れば弟や妹達がパレトを撃てるようになるまで待った方が良いかも知れないな。でなければ、仲間を増やした方がいい。俺達はアイネさん達の4姉妹がいるからかろうじて何とかなってるぐらいだ」

 「だよな。……だけど中々良い相手がいないんだ。メイヒムさんに頼んでるんだけどな」


 確かにレベルの高いハンターに紹介して貰う手はあるな。

 レイク達の状況も分ってるから最適なチームを紹介してくれるだろう。


 退屈凌ぎに、ラクト村でのハンター暮らしを話してあげたら、2人は興味深々で俺の話を聞いていた。

 2人とも王都から家族とこの村に逃げて来たらしい。

 王都を去ってから5年以上が過ぎているとのことだ。それ以来ずっとあの村で過ごしてきたから、四季の暮らしを忘れていたみたいだ。


 線香の渦巻きがだんだんと小さくなってきた。

 4時間で良いとは言っていたが、ぐっすりアイネさん達は寝入っているよう

 30分位は余分に休ませて上げよう。


 そんなことを考えながらお茶をミーナちゃんに注いで貰って、3本目のタバコを楽しんでいた時だった。


 「今、何か聞こえなかったか?」

 「何か、乾いた音でしたね」

 「俺には何も聞こえなかったぞ!」


 だが、レイク達はネコ族だ。目と耳の良さは抜群なんだよな。

 俺も聞き耳を立てるようにジッと集中して周囲の音を聴いてみる。


 カチャカチャ……と小さな物音が聞こえてきた。

 そして、それは段々と大きくなってきた。


 「ミーナちゃん急いでアイネさん達を起こしてくれ。レイク、急いで扉にテーブルの残骸を立て掛けておこう。いよいよやってきたぞ」

 「あぁ、そうだな」


 俺達がテーブルの残骸を使って扉につっかえ棒をして戻ると、アイネさん達が起きだしていた。


 「嫌な音にゃ。あれは虫の足音に聞こえるにゃ。ミーナちゃん、エルちゃんたちを起こすにゃ。虫は群れるから嫌いにゃ」

 

 直ぐにミーナちゃんがエルちゃん達を起こし始める。

 虫ってどんな奴だ?

 俺とレイクで籠を後ろに下げて、エルちゃん達の障害にしてあげる。散発的な援護を期待できるだろう。


 「アイネさん、虫ってどんな奴ですか?」

 「少なくとも硬い足を持ってる奴にゃ。数は数匹にゃ」


 そして、はっきりと足音がきこえるまでに奴等は接近したようだ。扉は板を使ってるから、大きな奴だと破ってくるかも知れないな。


 そして突然に足音がとまると、扉がガツンと音を立てる。

 力任せに扉を破る気だな。


 

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