N-085 過去の戦と未来の戦
夏の最中、ユングさん達が俺の部屋にやってきた。
連合王国屈指のハンターでもあることから、アイネさん達はもちろんレイク達も遊びに来ている。一度は見ておきたかったんだろうな。
しかし、入ってきたのが俺達とさほど変らない年頃の娘だと知ってちょっとガッカリしているようだ。
「……と言う訳で、長老との謁見は終了だ。今日にもアルトス殿の手の者が見張り所に引っ越してくるだろう。俺達は今夜は商館に泊まって明日には連合王国へと帰る手筈だ」
「色々とありがとうございました。明人さん達にもご苦労をお掛けしますとお伝えください」
「まぁ、その辺は分ってるつもりだ。屯田兵は来春には家族を連れてやってくるだろう。再び先祖の苦労を味わうことになるだろうが、それを知って来るのだから頭が下がる。連合王国の防衛の要だという事が良く分かるよ。
それでも、ネコ族の暮す国を起こすということを伝えたら、収拾が付かぬほど志願する者がいたと言うんだから、まだまだ連合王国は発展するだろうな」
建国の理念を末端の兵士までもが理解してそれを守っているという事か。
そんな国に手出しをする国もあるんだから驚きだ。
俺なら、国交を開いてその文化を吸収することを考えるんだけどな。
「俺達が戻っても、心配するな。前に渡した通信機は、もう使えるはずだ。蓋の後ろに代表的なコールサインが付いているから、練習しておくといい。相手も、退屈してるから、練習でもちゃんとそれなりに応えてくれるぞ」
「ユングさん達は、村に戻ってこれからどうするんですか?」
「フラウは学校で先生だ。俺は村のギルドで初心者のガイドをするよ。俺のチームにいるもう1人のラミィは村の会社でアルバイト中だ。結構楽しい暮らしだぞ」
ユングさんの仲間はもう1人いるのか。それにしても会社でアルバイトってなんか前の暮らしを思い出すな。
フラウさんは大人しいけど、子供達をちゃんと教えられるんだろうか? ユングさんの初心者ガイドって勿体ないような気がするぞ。
「明人さん達もガイドをしてるんですか?」
「頼まれれば喜んでするんだろうな? ……だが、誰も頼まないな。明人達は山岳猟兵部隊の指導をしている。アルトさんは、亀兵隊の訓練指導で、美月さんは商会の相談役に納まってるぞ」
「連合王国はレイガル族と戦っていると聞きましたが?」
「そうだな。教えておいた方が良いかもしれない。フラウ、画像を出せるか?」
フラウさんはユングさんに従順だ。直ぐに腰のバッグから通信機のような形をした機械を取り出して操作を始めた。
俺達の目の前に1m四方の仮想ディスプレイが表示される。
「現在連合王国と交戦しているのはコイツだ。レイガル族という。レムルは知っているだろう。コンロンと言う地名を、あの辺りにあった地下コロニーの住民のなれの果てだ」
トカゲを無理やり人の形にしたような感じだな。そして、頭の両側に顔の前方に突き出た角があり、尻尾は足と同じ位に太いぞ。
隣に映し出されたシルエット比較では2.5m近い身長があるみたいだ。
ん? レイガル族と人の間に映し出された姿もかなり違和感があるな。
「これはリザル族だ。勇猛だが戦を好まぬ温厚な種族だ。彼らはレイガル族に追われてコンロンよりこの地まで逃げてきたようだ。一時は1千人を切ったのだが、今では3千人程の村を1つ持っている。彼らも連合王国の一員だ。そして山岳猟兵部隊は彼らリザル族で構成されている。
まぁ、これは現在の戦だ。将来は、コイツ等と戦うことになる」
次にディスプレイに現れたのは、どう見ても悪魔だろ!そして更に画像が変ると、地獄の住人のような姿をした別の生物が現れた。
「コイツは悪魔だ。そして、こっちがデーモンと俺が名付けた。南米大陸をほぼ制圧。そして彼らの使う魔法は単純換算で此方の魔道師が使う魔法の数倍の威力がある。
俺とフラウで数百万を殺戮して、かつ奴等の王都を核爆弾で破壊したが、絶滅させるには至らなかった。
あれから、数百年。彼らの勢力は北米大陸にまで及んでいる。将来的にはこのジェイナスの覇権を争うことになるだろうな。
だが、そう心配するな。その戦は早くて数百年後だろう。近々に起る訳ではない」
長命と言うのも考えものだな。現在だけでなく、遥か将来の戦にまで対策をかんがえねばならないとはな。
だが、それを俺達に教えるという事は……。
「とはいえ、数百年後には国難が待ち構えていることは確かだ。デーモン達にとっては俺達は動物以下の存在だからな。
陸路であれば連合王国がその進路に立ち塞がるだろう。だが海路になると、このエイダス島が奴等の補給基地になる可能性もある。
もっとも、大洋にはとんでもない生物が一杯いるから、この地に到達できる船は少ないとは思うけどな。
だが、お前達が国を作っても俺の言葉は忘れないで欲しい。必ず奴等はやって来る」
「子孫に言い伝えましょう。今の段階で俺達にできる事はそれだけです。そして常に備えろと言っておけば少しは安心できるでしょう」
俺の言葉にユングさんが頷いた。
それにしても核爆弾とは恐れ入った。
いったい、連合王国の科学力はどれ程なんだろう?
「まぁ、それ程深刻になる事も無い。小規模ではあるが連合王国のハンターはやつらの手先と戦って勝利している。まだ、銃が出回っていない時代にな。パレトクラスなら十分やつらと太刀打ちできるぞ」
そう言って、帰り支度を始める。
最後に、ほら!って俺にタバコの箱をバッグから投げてよこした。最後に小さな金属製の箱を渡してくれる。
「ライターだよ。原理はカートリッジの着火方式と同じだから、火が出なくなったら、港の商館に持っていくと魔石の交換をしてくれるぞ。そっちの奴もタバコをやるんだよな。お前にも渡しておく」
レイクはライターを受取ると蓋を開けて色々見てるようだな。カチっと音がして1cm程の炎を見て驚いてるぞ。
「さて、俺達は村に帰るが、通信機で連絡は可能だ。困ったことがあれば連絡するんだぞ。美月さんが何時も心配してるからな」
ユングさんは席を立つと、フラウさんと共に部屋を出て行った。
たぶんその内また会う機会はあるだろうな。
「……で、ユングさんは、結局何を俺達に伝えたかったんだ?」
「たぶん、頑張れ!ってことじゃないのかな。港と移民の話は長老達と合意してるから俺達には関係ない。案外、顔見知りだから帰る前に挨拶しに来ただけかも」
「違うにゃ。2つあるにゃ。1つは早く国を作れってことにゃ。もう1つは国を作っても安心するにゃって言ってたにゃ」
「確かに、不思議な映像を見せてくれました。連合王国は大陸一番の軍事力を持っていると聞いていますが、あんな者達と争うことを前提にしてるんですね」
確かにそれもあるだろう。だが、俺にはそこまでの話には思えない。
数百年後の話等、俺達の孫にだって関係しないぞ。
あれは長命を得た者のみが考える必要のあることだ。ユングさん達の存在意義について話してくれたんだと思う。
とはいえ、建国は重要だ。最も何を持って建国になるんだか良く分からないけどね。長老達と相談することが増えたな。
「しかし、あの歳で連合王国屈指のハンターなんだから驚きだよな。俺達とさほど歳が違って見えないぞ」
「迷宮の最深部まで行っています。ネコ族では誰も到達した者がおりません」
「そこはあんまり追求しない方が良いぞ。ユングさん達は数百年を生きてるんだ。俺達では理解できないような技をきっと持ってるに違いない」
そう言って、先程貰った箱を開けて、タバコを3個取り出してレイクに渡す。
「貰って良いのか? パイプを使わないから興味はあったんだよな」
「あぁ、貰ってくれ。せっかくの土産だからな」
「お兄ちゃん。本当にユング姉さん達は数百万の人々を殺したの?」
「ユングさんは嘘を言わない。それに使ったのが核爆弾なら被害はそれ以上だ。都市を丸ごと破壊できる大きな爆裂球みたいなものさ。
だけど、理由もなく人を殺す訳はない。それだったら俺達を助けることなどしない筈だ。余程のことがあったんだと思うよ。そして、あの怪物達が攻めてくる理由は、殺戮の仇討ちとは違うと思う。
たぶん決定的な違いがあるんだろうね。だけどそれは教えてくれなかったな」
「そうなんだ。フラウ姉さんは優しいから、そんな人には思えなかったの」
たぶん2人の本質はエルちゃんの言う通りなんだろう。
そんな人が大量殺戮を行なった理由は何なんだろうな。興味はあるが誰も教えてくれそうも無いな。
◇
◇
◇
レイク達が帰った後、港と屯田兵のことが気になったので長老の所に行ってみた。
席に座ると、早速長老が話をしてくれる。
俺の来た理由が分かったのかな?
「連合王国の全権大使の役を持っていると言っていた。港は30年の借款ということにしたぞ。30年後に我等に港を一旦引き渡して、再度交渉したいと言っておった。その代償として小麦粉100袋が毎年手に入る。港の維持管理は連合王国が行なうということは了承した。ただし見張り所と関所の運営は此方になる。
屯田兵は来春にやって来るそうじゃ。全てネコ族ということじゃから移民に問題はないじゃろう。この村でも20家族が開拓に名乗りを上げておる。これで、レムルの心配は少し減ったのう」
「先程、部屋にユングさん達がやってきました。そこでの話で国を作れといわれましたが、長老はその話をどうお考えになりますか?」
「パラムの再興は我等が願でもある。だが国とはいったい何じゃろうと考える時もあることは確かじゃ。
我等ネコ族でこの村を新たな王都として版図を守る。じゃが、それは国と呼べるのじゃろうか?
パラムには治世を王族が、司法を我等が、そしてそれらを補完する貴族組織があった。それに国軍もじゃ。
今我等にあるのは共同体の運営がどうにかできる状況じゃ。そして国軍は以前の三分の一にも満たぬ。
さて、どこから手を着けるべきじゃろうな?」
国とは何かを考えて作らねばならないようだな。
現状はボランティアを主体とした共同体というイメージらしい。
長老を皆が敬愛しているからこそ纏っているに過ぎないのか。原始的な部落社会に近いような気がするな。
それでも皆が不満を言わないのは、衣食住に困っていないからなんだろう。
「まぁ、現状はそんなところじゃな。今の状況に誰も不満はないようじゃ。だが、人が少しずつ増えておる。何時までもこの状況を維持することは困難じゃ。
それに、産業が増えれば別の意見も出てくるに違いない。そして、周囲は全て敵国と認識しても過言ではない。
さて、どんな国作りを始めようかのう……」
そう言って3人の長老が笑いを浮かべる。
ひょっとして俺に丸投げってことか?
まぁ、しばらくは周辺諸国の侵略も無いだろうから考える時間はあるのだが……。




