N-082 ブラザーフォー
通信所と言うよりは、中継局と言うのが正しいような気がするな。
モールス信号を確認し、それを次の局に正しく伝えるのが目的だ。夜間と、昼間ではその伝送距離が異なるのが問題だが、望遠鏡を使えば少しは改善するだろう。
村の林を出た、道沿いに軍の駐屯地を作ってそこに通信のハブを作れば良い。そこを基点に、北と南そして港へ通信網を伸ばしていけば情報を迅速に把握できる。万が一に時には荷馬車で部隊を展開すれば南北の防壁に展開する部隊を縮小できる。
駐屯地の部隊を使って貯水池工事を進めることもできるな。
基本構想は、こんなものだろう。
そして、通信場所は出来れば櫓を作るべきだ。高い場所ならそれだけ遠距離で光の点滅を確認できる。
最上階を4m四方の部屋にして小さなガラス窓と机を置いておけば、楽な姿勢で信号のやり取りが出来るだろう。
そんなことを考えながら、メモ帳に概略の形と寸法を記載していく。
構想さえキチンと纏めておけば、大工さんに後は任せられるだろう。
「お兄ちゃん! ペンタムさんが訪ねてきたよ」
「分った。……入ってもらって」
ネコ族の人にしては太った人だな。初めてメタボ体形のネコ族に出会ったぞ。
そんな印象をおれが持っていることなど気にした様子もなく、ペンタムさんはエルちゃんの案内で炉を隔てて俺の前に座った。
年齢的にはアルトスさんより遥かに年上のようだが、長老までは老けていない。壮年期の終わりって感じだな。
「長老に、レムル様の所に行って彼の思いを形にせよと命を受けて参った次第です。私が作るのは何でしょうか? 木造であれば形にしますよ」
「実は、これを見てくれませんか?」
先程のメモ書きをペンタムさんに渡すと、彼は食い入るようにそれを何度も目を通した。
そんな彼の質問を、タバコを楽しみながら待つことにする。
エルちゃんがどうぞ!って言いながら俺達にお茶のカップを渡して俺の隣に座る。
「基本的には櫓ということで宜しいですな。作る数は最低でも東に2箇所、北に3箇所そして南に3箇所と言うところでしょう。櫓の間隔が櫓の中の光を昼間に確認できる距離とありますが、これはある程度試験が必要です。
この駐屯地には大型の櫓となっていますが、これは建物の最上階を転用すれば宜しいでしょう」
「やっていただけますか?」
「問題ありません。アルトス様より、中隊を1つ貸して頂けることになっていますから人手も十分です。
問題は、この光ですね。どのようなものかが分りません」
「それは、長老に相談すれば専門の人を教えてくれますよ。使える者は子供が殆どですが、少し大人もいる筈です」
後はお任せくださいと言って、ペンタムさんは部屋を出て行った。
これで、残りは貯水池だけだがアルトスさんに話をしてあるから、向うで考えているかも知れないな。
「明日からはどうするの?」
「また、皆で迷宮に行こう。レベルを上げておかないと、色々と不便だからね」
迷宮と聞いて、エルちゃんは嬉しそうだな。
人を相手にする戦より、魔物を狩る方が心情的には楽だし、何と言っても収入が得られる。
いくら、食料と住居がタダとはいえ、色々と欲しいものはある。
そろそろ俺とエルちゃんの服も買いたいし、魔法の袋ももう1つ位は手に入れておきたい。
今のところは籠に入れて持ち運んでいるけど、やはり邪魔なんだよな。
ユングさんと明人さんに貰った魔石は、村のために使おうと思ってるから、無駄には出来ない
売れば直ぐにでも必要な品物は手に入るだろうけど、それでは俺達が堕落してしまうのが怖いと思う。
何事も、分相応って言葉があるぐらいだから、過大な援助は俺達の為にはならない筈だ。
「また、カエルと蛇が相手なの?」
「俺達のレベルではね。奥に行けば違った相手もいるんだろうけど、今はその2つでがまんするしか無さそうだ」
そう言いながら、バッグから地図を取り出す。
俺達の版図は小さいなぁ……。他国の五分の一が良いところだ。。作物はあまり収穫できず、森や林も少ないから獣を狩るのも限度がある。
上手い具合に、エイダス島最大の迷宮が2つあるから、魔物を狩るハンターが俺達の生活を支えてくれている。
富国強兵を考えるには、今までの生活を踏襲していてはダメだろう。何とかして食料を自給できるまでにしておくことが必要だな。
農園、牧場、漁業等の分野に進出する必要があるだろう。
そのためには、やはり貯水池か……。
東の海岸地帯を歩いた時に、崖から滝のように地下水が噴出しているのを何箇所か見掛けたな。
地下水を汲み上げて貯水地に溜めるということも出きそうだぞ。そうなれば林や森も育成できる。その落葉を利用して堆肥を作れば農園を作ることもできるな。牧場からも堆肥は供給できる。
これは、小さな農園を作って実践してみよう。上手くできれば大きくすることも可能だろうし……。
アイネさん達が迷宮に入る準備品を購入してきた。
俺とエルちゃんの物と共同で購入した物を分別して、エルちゃんが代金を支払っていた。
結構、残り少なくなっているようだ。
頑張って魔物を倒さねばなるまい。
次の朝早く、俺達は迷宮へと出発する。
ミイネさん達が食堂へお弁当を取りに行っている間に、アイネさんが長老達に迷宮へ出掛けることを報告に行ってくれた。
エルちゃんの言うとおり、地下1階はカエルと蛇なんだけど、流石に地下1階だけあって、中級の魔石が結構出る。
散弾銃なら楽に倒せる相手だから、無理をしないで大漁になることを期待しよう。
◇
◇
◇
「それで、どうじゃったな?」
「まぁまぁの戦果です。税の3割5分はハンターにとってはそれ程痛手ではありません。しかし、使われる目的がハンターの一時的な傭兵転用ですから、北の石塀の状況を見ながら、傭兵を順次縮小して税率を戻すべきかと思います」
「それはそうじゃ。近々、岩山の見張り所の上に作った見張り所が2つとも完成するそうじゃ。引き続き塹壕と柵を作ると報告してきたが、南の森に展開する部隊を北の石塀作りに移動させる時が、その機会だと思う。早ければ一月先じゃな」
「そして、その完成の後の話ですが、森を作ろうと思っています。何としても水がありませんが、地下水は豊富なんです。地下水を汲み上げて小さな貯水池を作り、それを足掛かりに森を作るという計画です。貯水池を作って農地を灌漑しようとする計画と平行して行ないたいのですが……」
「貯水池はアルトスが農家と相談して集落の少し上に作っておる。そこでも水が問題じゃ。地下水を汲み上げる方法があるのなら村の蓄えを使っても良いぞ」
「ユングさん達から頂いた魔石を使わせてもらいます。個人的に何個か頂いたのがありますからそれを有効に使わせてもらいます」
森を作るのは問題ないらしい。それよりも積極的に作って欲しいようだ。
森が豊かなら周囲の農地に安定した肥料を供給できることを経験で知っているのだろうか?
となれば、地下水を汲み上げるポンプが必要だ。
早速、部屋に帰ると一服しながらポンプの仕組みを考えることにした。
鋼鉄の丸棒の中グリができるんだから、シリンダーは作れるんじゃないかな?
ピストンは旋盤があれば加工は容易だ。
後装式の散弾銃や、ボルト操作式のライフル銃が作れるなら、連合王国では鉄を加工する技術が発達している筈だ。
部品レベルで注文を出して、此方で組み立てれば何とかなるかも知れないな。
2日程掛けて書き上げたメモを持って、エルちゃんと一緒に港の工事現場へと足を運ぶ。
アイネさん達は友人達とスゴロク大会をするらしい。誰が最初に作ったのか分からないが、この種の遊びは夢中になるらしいな。
◇
◇
◇
「それで、俺の所に来た訳か……。結構良くまとまってるが、これは作ってやれないな」
「どうしてですか? ボルト式のライフル銃を作れる位ならこの程度の金属加工は容易の筈です」
俺の言葉をテーブルの向うで、微笑みながらユングさんが聞いている。
「改めて作る必要がないということだ。フラウ、サマルカンドの映像を見せてやれ」
フラウさんがバッグから四角い箱を取り出して、その蓋を開けると其処に現れたキーボードの操作を始めた。
すると、箱の上部に1m四方の仮想ディスプレイが現れた。そして、其処に1つの都市が映し出される。
「数百年前に明人達が作り上げた都市だ。中心部には蒼のモスクと呼ばれている神殿がある。
まぁ、この都市自体は余りおもしろくはないんだが、お前に見せたいのはこの町の西にある貯水池だ」
画像がゆっくりと移動して大きな貯水池が映し出された。周囲を林が囲んでいる。そして、その林から少し離れた場所の光景を見て驚いた。
「風車ですね。貯水池の近くということは潅漑用の揚水設備ですか?」
「そうだ。お前の作りたいものは形として存在するんだ。購入すれば良いだろう。今でも使われている以上、性能に問題はないんじゃないかな」
となると、費用が問題だな。果たしてどれだけの値段になることやら……。
「このような立派な物でなくとも地下水を汲み上げるだけなら、1台銀貨20枚程度で購入できるぞ」
「そんな廉価で購入できるんですか?」
「技術的にはそれ程高度ではないからな。漏れが合ってもそれ以上に汲み上げれば無視できるから意外と作るのは簡単なんだ」
これは、助かる。
1台金貨1枚は覚悟していたんだが、その金額で5台も購入出来るなら他の地域へも普及できるぞ。
「たぶん魔石を持ってきてるな。もうすぐ此処に商人が来る。ブラザー・フォーと呼ばれる元王家の御用商人の末裔だ。明人達との関係は御用商人時代から続いている。お前のことも明人達から便宜を図るように頼まれている筈だ。彼らと交渉してみろ」
かなり古い時代から明人さん達は活躍してたみたいだな。それでも、全く歳を感じないのはどういう訳があるのか分らないが、現状では助かるな。
そして、俺達の部屋に入ってきたのは若い男女の2人組みだった。
「レムルさんが見えられたと聞いてご挨拶にやってきました。連合王国で商いをする4つの商家の1人サーミストのデリムと言います。こちらはモスレムのエイシャです」
「始めてお目に掛かります。パラムのレムルと覚えてください」
直ぐに2人はフラウさんの隣に座る。なかなかの美男美女だな。最初のサーミストやモスレムは確か連合王国の地名だったような気がする。その場所で王家に仕えた商家なんだろう。
「早速ですが、魔石を買取って頂きたい。そしてできればその金額で風車式の揚水機を5台ほど購入したいのです。これがお売りしたい魔石です」
そう言ってポケットから透明な魔石を取り出した。
若者は俺の手からその魔石を受取ると早速鑑定を始める。
「白の上位ですな。上位魔石は通常値で、1,200L。そして白ならば更に10倍……。この1つで12,000Lの価値があります。風車式揚水機の値段は1台2,000L。購入は可能ですが、残り銀貨20枚で何か必要な物はありませんか?」
「できれば揚水機に使う配管が欲しいですね」
「分りました。そのように手配しましょう。今、契約書を作りますから、少しお待ち下さい」
その言葉を聞いたエイシャさんがバッグから書類ケースと筆記用具を取り出して、サラサラと手書きで書類を書き始めた。
「彼らは連合王国でも屈指の存在だ。魔石の持ち逃げ等はしないから安心しろ。その内、もう1つの組織が接触してくるぞ。商会と言って、かなりのやり手だぞ」
「やはり、商会にもお引き合わせをするのですか?」
「美月さんが頼んだようだ。ブラザーフォーで独占はできないよ」
「仕方ありませんね」
残念そうに呟いたデリムさんが印象深かった。




