N-079 長い夜の始まり
昼過ぎに北に向かって進みだした、敵の奇襲部隊は尾根を越えたところで本隊が停止した。
先行部隊の偵察要員がエクレムさん達が建設している見張り所を発見したようだ。
更に山上に向かった偵察要員はサリーネさん達が作っている見張り所を見つけている。
2つの見張り所が新たに作られていたのには敵も驚いたろう。
岩山の見張り所を迂回して奇襲を考えていたみたいだからな。
問題は見張り所間の距離だな。
エクレムさん達も塹壕や簡単な柵を作り始めたらしいが、如何せん距離がありすぎる。
敵がこの弱点を付いてくる可能性が高そうだ。
夕闇が迫る中、敵軍に変化がないことを確認して俺とアイネさんは俺達の陣に戻ることにした。
そして3人の兵士が俺達と交代する。
これで夜間に急変する事態でも遅れを取ることはないだろう。
見張り所に戻るとアイネさんと別れてサリーネさんの所に出掛ける。
教えて貰った席に腰を下ろしてタバコを取り出すと、早速副官がお茶をいれてくれた。
「日暮時点では敵に動きはありません。3人の兵士に後を任せて戻ってきました」
「ご苦労様です。マイネさんのメモを書き写してエクレム様にもとどけましたが、偵察要員に欲しい位だと行っていましたよ」
「ありがたい言葉ですが、俺はハンターですから。本職の方には笑われますよ。ところで状況は?」
副官が俺に折畳んだ紙を手渡してくれた。
広げてみると、簡単な地図だ。縮尺はあまり当てにはならないが確かに状況は判るな。
見張り所の壁は途中まで出来上がってるから、いざとなれば此処を指令所にできそうだ。
塹壕は200m程山裾まで出来てるな。山上に向かっては50m程の長さだ。
まぁ、小隊1つだからな。これでも1日で作ったのは大したものだと思うぞ。
問題は、エリクスさんの方で作った柵と此方の塹壕の間が大きく開いているということだ。
どう考えても1kmはある。
少し、間を空けすぎたかな……。
「どうですか?」
「この間隙を突かれるとイヤですね。およそ6M(約1km)大部隊なら容易に通過出来ます」
「エクレム様は1個中隊を派遣すると言っていました。そうなると、エクレム様の所に2個中隊。此方に1個中隊となります。これだけの兵員で敵の大隊を相手にするとなると……」
「全滅は覚悟しないでいいですよ。現在の段階で敵の作戦の1つは破綻しています。俺達に気付かれずに背後に回りこむという奴ですけどね。
俺達は、相手の戦力を把握しています。陽動の戦が今夜アルトスさん達の陣で始まるでしょうが、それは意味を成しません。その戦に呼応して進むべきこの1個大隊の前に俺達がいますからね。
そうなると、敵の攻撃は奇襲ではなく強襲です。
その攻撃目標ですが、エクレムさんのところが一番狙われやすいと考えます。
岩山の見張り所はそれ自体が砦のようなものです。アルトスさんからの援軍も期待できますが、エクレムさんのところはそうではありません。そして岩山の見張り所からも距離があります。
さらに、強襲する敵方との標高差が殆どありません」
「それなら、我等もエクレム殿の部隊に合流しませんと!」
「いや、合流するより此処にいたほうがエクレムさんを支援できますよ。
これがエクレムさんの陣です。見張り所を中心に山の斜面にそって東西に柵を作っています。この柵を利用して敵の足を止めて其処を射撃するつもりです。
そうなると、敵軍とは睨み合いになりますから、敵軍はこの陣の手薄な東を回るか、西を回るかしてエクレムさん達を側面から攻撃することを考えるでしょう。
これを利用します。
まず、東側を強行突破する方法ですが、岩山とエクレムさんの所の見張り所を考えると、敵は避けるでしょう。両方から挟撃されますからね。敵は我等の兵力を知りません。主力が南の森の柵に展開していることは分っていても、此方にいる兵力は知る術がありませんから。
となると、エクレムさんの見張り所の山上側、俺達の南から攻撃する可能性が極めて高くなります。
この、塹壕を更に延長して北側に曲げて下さい。ここから敵を狙い撃ちにします」
「今夜の月は下弦でしたな。月明かりがあれば我に見えぬことはありません。早速指示を出しましょう。幸いにもあと少しで1個中隊に我等は膨らみます」
「この曲がり部が一番敵が殺到してくるでしょう。薪を使って杭を打ってください。それにロープを使えば足を止められます」
「あえて、迎え撃つというのですか?」
「はい。そして、この辺りに焚火を3つ程作れば確実に敵の半数はこの塹壕付近を移動してくるでしょう。それを殲滅すれば敵は引き上げる筈です」
誰かが俺達の所にやってきた。
2人だが、この顔に見覚えがあるぞ。
「遅くなった。サリーネ、状況を説明してくれ?」
「了解です。ジェイム様」
副官が席を譲ったのは中隊長のジェイムさんだ。副官を従えてサリーネさんの開いた地図を見て説明を聞いている。
「作戦は理解した。良くもそんなところまで考えたな」
「全て、レムル様の発案です。私は覚悟を決めたんですが、そうではないと言ってこのような作戦を示してくれました」
「なるほど、エクレム様が上にはレムルがいるから心配いらぬと言った訳だ。そうすると、我等の率いてきた兵士はどこに配置すれば……」
そう言って俺の顔を見る。
その位は分ると思うのだが、俺を試しているのだろうか?
「この曲がり部に小隊を2つ。この先に小隊を1つでお願いします。此処から曲り部までに残りの小隊を1つ置いて、サリーネさんの部隊は此処におきます。必要に応じて3箇所に派遣できますから、ある意味火消し役ですね」
「この場所には何人置きますか?」
「1分隊でいいでしょう。此処までやってくるとは思いませんが」
「それでは、私の直営を此処に配置します」
そう言って、副官に指示を出した。
俺もアイネさん達を此処に置いておくか。何せ2連の散弾銃だし、アイネさん達の銃は後装式だ。かなり活躍できるぞ。
セリーネさんの副官に頼んでアイネさん達を呼び寄せて貰った。
これで、此処には10人以上集まった感じだな。此処で直接戦闘は起らないと思うが、小隊相手なら十分持ち応えられるだろう。
やってきたアイネさんは直ぐに3人を天幕の西に配置させていた。周辺には数人の兵士がいたと言っていたから、何かあれば俺達が急行すれば大丈夫だろう。
下弦の月がようやく上ってきた。
いよいよ敵が動きそうだな。
「アイネさん、南に焚火が見えるか見てきてくれませんか? そして、この塹壕がどれ位出来てるか誰か確認してください」
「塹壕の方は、私が確認してきます」
アイネさんとサリーネさんの副官が席を立って出て行った。
「動くと見ましたか?」
「はい、あの月が出ましたからね。ネコ族ならば夜の行動も問題ありませんが、サンドミナスの連中は人間主体です。星明りで部隊を移動することは困難だと思います」
そして、藪で監視をしていた1人が帰って来た。
「敵は2手に分かれて移動しています。本隊はエクレム様の陣に向かっていますが、1個中隊が大きく山側に迂回しています」
そう言って、再び天幕を出て行った。
「レムル様の言われたとおりに動きましたね」
「すると、この焚火に気付く訳ですな」
俺が頷いたところにアイネさんが帰って来た。
「小さい焚火が4つあったにゃ。場所はエクレムさんのいる見張り所の上だけど少し北にあるにゃ」
俺の後ろに座りながらそう教えてくれた。
「小さい焚火で大丈夫でしょうか?」
「その方が本物らしく見えますよ。これで、迎撃準備は塹壕次第となります」
敵の夜間移動はきわめて遅いものになるだろう。強襲は迂回した部隊の奇襲と連動させるのが望ましい。となれば、夜明け前がその時刻に違いない。今から軍を動かしてその位置に着かせるのだろう。
俺はパイプを取り出して火を点けた。この先、待つのが長いんだよな。少なくとも戦闘が始まるまで1時間以上ある筈だ。
皆もお茶を飲んだり、パイプを吸ったりしているぞ。
「ところで、兵士の武器は片手剣とハントですよね」
「えぇ、我等の中隊に優先的にハントを支給してもらいました。敵兵の銃はパレトの筈ですから、我等が少し優位に立てます」
「となれば、この場所に来る敵兵がいないと分った時点で俺達はこの曲がり部に移動します。散弾銃ならばパレトの2倍以上を期待できますから、膠着状態になれば都合がよくなります。とにかく敵を100D(30m)以内に寄せ付けないことが大事です」
「それは?」
「爆裂球の投擲距離です。塹壕に潜んでいる時の最大の弱点は爆裂球ですから、その投擲を行なおうとするものは優先的に倒す必要があります」
俺の話を聞いたジェイムさんが副官に耳打ちしている。神妙に聞いていたが直ぐに席を立つと走っていった。
「全部隊に今の話を聞かせます。その他に大事なことはありませんか?」
「そうですね。此方は斜面の上になります。此方が爆裂球を使うなら相手より飛距離が長く出来るということぐらいですかね……」
ちょっとしたことだが、意外と知られていないことのようだ。俺の話を聞いて更に1人が伝令に走っていった。
「連合王国のミズキ様の教えを受けたという話は本当のようですな。アルトス様から聞きましたが、我等を鼓舞する為の話だとばかり思っていました」
「確かに美月さんの教えを受けましたが、それは体術ですよ。ですが、戦の心得は体術の心得にも通じるところがあると話してくれたことがあります」
「たぶん、今回の戦で他国は我等に偉大な軍師が着いたことをおもいしらされるでしょうな。連合王国の深部と繋がり、その協力を得られるだけでも脅威ではありますが、実力を持つとなると、おいそれと手出しができなくなるでしょう」
「どうでしょうかね? 連合王国としては俺と美月さんの関係を否定する筈ですよ」
「そうでしょうとも。ですが、それが疑心暗鬼をもたらします。我等だけでは簡単に制圧できる筈のところがそうではなかった。今までの武器とは異なる武器で構成された部隊の存在……。各国はどう判断するでしょうな。考えただけでも笑いが込み上げてきます」
そう言ってジェイムさんは笑いながらお茶を飲んでいる。
とは言っても、戦はこれからだ。俺としては撃退してから笑って欲しかったな。
1人が天幕に駆け込んできた。
「藪から来ました。本隊より離れた1個中隊が尾根を越えたところで進路を変えました。このまま進めば、小1時間程でこの見張り所より下に到達します」
それだけ怒鳴るように話すと、再び天幕から駆け出して行った。
「まるで未来が見えるようですな。確かにこの屈曲部を目指しているようです」
「例の焚火のせいですよ。あえて焚火に向かっては進みません。奇襲部隊ですからね。敵は分散して進んでいません。となればモロに曲り部にぶつかります。
残った小隊はこの位置に配置してください。それとアイネさんも皆を連れてこの位置で敵の爆裂球を持った者を狙撃してください」
「分ったにゃ。任せるにゃ」
アイネさんはそう言うと勢い良く席をたった。
「あの散弾銃は少し形が変ってますね?」
「えぇ、普通の散弾銃はカートリッジを銃口から入れて装填しますが、あの散弾銃は後ろからなんです。迷宮で使おうと試作したんですが思いの他、装填時間を短縮できます」
「あれが、正式になれば……」
「高くつきますよ。それとこの国では出来ません。明人さんに交換条件を出して作って貰ったんです」
俺の言葉に全員が溜息を漏らす。
「考えを形に出来るということがどれだけ大変かを余り理解していないようですな。確かにこの世界では珍しい武器でしょう。村のドワーフが作れなければ他国が作れる筈もない。武器で優劣を決める戦は色々と問題を起こしそうですな」
そう言って俺のライフルを見ている。
これは散弾銃の比ではない。確かに使わずに済むならその方が良いだろう。




