N-078 迎撃準備は念入りに
夜を迎えると、南の森の彼方に光が見える。
知らせを受けて見張り所の建設現場から双眼鏡で眺めてみると、森の奥に沢山の光球が浮かんでいるのが見えた。
人影は分らなかったが、東に向かって横にずっと続いているぞ。
「どう? 何が見えるの」
「光球が浮かんでるな。とんでもない数だ。魔道師が1人で10個作ったとしてもその人数は100人前後はいると思うな」
「魔道師部隊を連れてきたということね」
「サンドミナス王国は魔道師を主体にした中隊規模の部隊を持っていると聞いております」
ネコ族には魔道師は少ないが、人族ならば魔力をそれなり持っているから魔法攻撃を主体とする部隊があるのかも知れないな。
だが、【メル】の飛距離は30mに見たない筈だ。銃が攻撃の主体となったこの世界でそれほど役に立つとも思えない……。
そうでもないか、銃の確実な命中距離は意外と短い。パレトならば30mにも満たない筈だ。そして、射撃間隔が長いからその間に確実に相手に当って、連発できる【メル】は有効なんだな。
俺達はしばらくその光を見ていたが、やがて元の焚き火のところに戻ってきた。
全員が無言で焚火を見詰めている。
俺はタバコを取り出して燃えさしで火を点ける。
「余裕ですな。魔道師部隊は士気も高く攻撃的ですぞ」
「たぶん、最初の攻撃で殲滅出来ますよ」
「それは、あの武器を使うからですか? でもあれは使いどころが難しいと思っているのですが?」
「バリスタではなくて、ライフルと散弾銃をアルトスさんの部隊が持っているからですよ。
ライフルは1M(150m)先を狙えますし、散弾銃は200D(60m)を狙えます。ライフルは100丁、散弾銃は300丁以上装備していますから、魔法を放つ前に殲滅出来るでしょう」
「我等の銃をハントにできたのは、散弾銃がそれだけ軍に配備されたからなのか……」
「たとえそうでも、ハントの命中距離は150D(45m)。前のパレトの1.5倍です。十分に渡り合えます。此方に敵が向かった時は更に1小隊を派遣してくれるとエクレム様の伝言もありますれば、とりあえずは何とかなるのではと推察します」
なるほどね。400人に新しい武器が渡ったんだから、ハントが行き渡ったんだな。確かにパレトよりは使えそうだが、バレルが少し長いことを考えないといけないな。次弾の発射が遅れるってことを分っているのだろうか?
だが、エリクスさんが1小隊を増援してくれるのはありがたい。明日は早速塹壕を作っておこうか。少しでも身を隠せればそれだけ銃弾に当たることが避けられる。
「何を考えてるんですか?」
「あぁ、明日は塹壕を掘って貰おうと思ってたんだ」
「塹壕?」
「身を隠す溝だよ。少しでも身を隠せればそれだけ弾に当らないだろう」
「そうなると結構深い溝が必要ですね」
「俺の国では深さが俺の身長位あったと聞いている。掘った土は前に積み上げて小さな土手を作るんだ」
俺はm焚火の脇の地面に簡単な断面を書いてみせる。
それを身を乗り出して皆が見ていた。
「なるほど、ですがこれ程深くしなくとも良さそうですな。膝うちができる深さならそれほど苦労無く作れるでしょう」
「そうね。早速明日から2分隊で作業を開始しなさい。レムルさんは敵部隊を見つけた藪で昼間の監視をお願いします。残りの2分隊はガレ場から石を運ぶ作業を継続させます」
まぁ、そんなところだろう。あの藪での監視は俺も望む所だ。此処より先に敵の動きを知る事ができる。
しかし、予想よりも早かったな。俺は今年は来ないんじゃないかと思っていたぞ。
◇
◇
◇
ふと、目が覚めた。
辺りをきょろきょろと見渡している俺を分隊長が見て微笑んでいる。
横から渡されたお茶のカップを受取るとグイって飲む。
うぇぇ……、これは苦い。
「目が覚めたでしょう? あれから特に変化はありません。今朝の食事は簡単ですが量はあります。そして日中は監視をお願いします」
「いやぁ、苦かったですよ。ありがとうございます。戻って食事を取ったら、直ぐに出かけます」
お茶の礼を言って、ライフル片手に俺達の焚火の所に帰ってみると、すっかり朝食を終えている。
それでも、俺が朝食を済ませていないことを知ると、鍋の残りを椀に入れて出してくれた。軽く炙った薄いパンをミーナちゃんが渡してくれる。
「昨夜は、南の森が明るかったな。やはり敵軍が展開してるってことだよな?」
「……まぁ、そんなところだと思う。今日は俺と一緒に昨日の藪で見張りだ」
食べてる最中にレイクが話し掛けてくる。少し待ってもらいたいな。
皆が聞きたがってるから、急いで残りのスープを流し込むと、マイネさんがお茶のカップを渡してくれた。
ちょっと温いけど、俺にはこれ位がいいな。ゴクリって飲み干したところで、状況を簡単に説明した。
「それなら、私等は水汲みと薪を集めるにゃ。これは、レイクにあげるにゃ」
アイネさんがそう言ってバッグから望遠鏡をレイクに渡してる。使い方を説明してるのは良いんだが、アイネさんは必要ないんだろうか?
「レムルの望遠鏡みたいだな。でも、本当に貰っていいんですか?」
「いいにゃ。もう1つ持ってるにゃ」
何と、余分に取ってきてたのか? まぁ、結果的には問題ないと思うけどね。
外に持ってきたものは無いよな……。
ミーネちゃんも欲しそうな顔をしているけど、その内また入手することもあるだろう。その時渡せばいいな。少なくとも小隊長と副官には分配出来る数が欲しいな。
お茶を飲んで一服したところで、レイクと共に昨日の藪を目指して歩いていく。
ガレ場では兵士達が石の運搬を始めたようだが、その数はだいぶ少ない。見張り所の南側に塹壕を掘っているからな。
準備は出来るだけしておくべきだ。それが使われなくても問題はない。むしろ使われる事がないのが望ましい。そして万が一にも使われる時は、ちゃんと機能することが大事だからな。
オヤジが言っていた危機管理ってこんなことなんだと思う。
ビールを飲みながら、俺に想定外とは絶対に言うなって話してくれたのは、こんな考えを元にしたシステムの考え方なんだろうな。……もっと、良く聞いておけば良かった。
山の斜面を歩くこと1時間弱。
荒地だから足場が不安定なので歩きづらいことこの上ない。
ようやく藪に辿り着いた俺達は背丈の高い草むらに身を潜めた。
周囲を良く見渡して、異常がないことを確認した上で、森を望遠鏡で眺める。
今のところはまったく異常なしだな。
「今の内に此処を少し掘り下げよう。その上に天幕のシートを載せて草でも載せておけば、ちょっと見ただけでは俺達に気がつかない筈だ」
「分った。それほど深くなくても良いな。俺が掘るからレムルは監視を続けてくれ」
そんなことで、昼過ぎには1m四方の深さ50cm程に掘った穴に俺達は座っている。レイクがバッグから取り出したシートは結構痛んでいたが、かえってそれが迷彩の役割を果たしている。濃い茶色のシートに雑木の枝を載せると、殆ど茂みに同化して見える。これで雨が降っても凌げるな。
シートは屋根型で南北に開いているから風通しが良い。この中でならタバコを吸っても風が煙を拡散してくれるから安心できるな。
「レムル、あれが見えるか?」
レイクの声に、彼が覗いている望遠鏡の方角を見て、俺は双眼鏡を取り出した。
10人程の兵士が槍を杖代わりにして山を上ってくる。
100m程の距離をおいて次の部隊がその後に続いている。更に後続もあるぞ……。
距離は3km位だな。ここまで来るのに1時間は掛かるだろう。
「どうやら、敵の奇襲部隊みたいだな。距離があるから、もう少し様子をみてから知らせよう」
「俺が行く。レムルよりは足が速い」
「その時は頼む。もうちょっと待っててくれ」
続々と森から出てくるな。俺達は尾根1つ離れているから、エクレムさん達のいる見張り所や、俺達が作っている見張り所からではまだ見る事が出来ない筈だ。
敵の方もゆっくりと移動してくる。状況が判らないからだろうが、俺達には都合がいい。
森から先頭部隊が1km程でた所で、部隊の陣形を整えている。アルトスさんの部隊の横手に奇襲を行なう部隊は1中隊程の軍勢みたいだが、これで奇襲とは片腹痛いぞ。
「レムル、また出て来たぞ!」
レイクの声に急いで森に視野を移す。
ぞろぞろと敵の兵士が現れてくる。ちょっと不味い状態だな。あれだと中隊規模って感じじゃないぞ。少なくとも大隊規模の軍勢が迂回攻撃を意図しているようだ。
「レイク、サリーネさんに報告だ。敵の奇襲部隊は大隊規模。現在岩山の上に建設中の見張り所から南300M(4.5km)付近で陣形を整理中。以上だ」
「大隊規模で岩山の上の見張り書の南300Mだな。了解だ」
簡単な復唱をすると直ぐにレイクは飛び出していった。
敵軍に変化はないようだな。
問題は何時動くかだ。
大隊規模だとすると、命令伝達に時間遅れが出てくるから、動き出すとしてももう少し後になるだろうな。
双眼鏡から目を離すと、ポケットからタバコを取り出して低い姿勢で一服を始めた。
3kmは離れているから、これ位の煙で発見されることはない。夜なら自粛するところだけど……。
一服を終えたところで改めて敵軍を見る。
どうやら、1小隊を先行させてその後ろに本隊が続くらしい。
少し山上に小隊が1つ移動している。
そして後ろの本隊も左手を前に出した斜めの陣形だ。迎え撃つ側は時間差で攻撃を受けることになるな。兵士の展開が難しくなるぞ。
がさっと音がして俺の隣にアイネさんが入って来た。
ちょっと油断したな。俺1人ではどうしようもないけどね。
「どうにゃ?」
「あれを見てください」
新しい望遠鏡を取り出して敵軍を眺めたアイネさんは声も出ないようだ。
後ろを振り返ると、マイネさんがアイネさんの肩越しに敵軍を望遠鏡で見ている。
俺はバッグからメモ帳を取り出すと鉛筆で状況を書き込む。敵軍の陣形と想定する進行方向も簡単に描いておいた。
「マイネさん。これをサリーネさんに届けてくれませんか? ここにはアイネさんもいますから安心です。急な展開があればアイネさんを伝令に出します」
「分ったにゃ。レムルも気を付けるにゃ」
そう言うと俺のメモ書きをポケットに仕舞いこんで後ろに下がると、見張り所の方に駆け出して行った。
「敵が多すぎるにゃ」
「あれ位なら大丈夫ですよ。そのための見張り所の建設ですからね」
敵の足止めが見張り所のもう1つの目的だ。
そのために頑丈な石作りで見張り所を作っている。この戦で見張り所の存在は敵に分かってしまうが、それゆえにこの場所を越えようとする作戦を未然に防ぐことが出来るだろう。
できれば、もう少し後で戦をしたかったがこればかりは相手の事情もあるからな。




