N-076 こんな場所でも狩りはできる
あれから10日。あっという間に土台が出来上がる。
東に向かって段差が大きいから3段の階段まで付いているぞ。
石の接着はエルナーお爺さんが運んで来た素焼きの壷に入っていたどろりとした液体と砂を混ぜた物を使ってる。
ちょっと匂いを嗅いでみたら、磯臭い。その話をお爺さんに話すと、笑いながら教えてくれた。何と、ウミウシの体液らしい。
道理で……。と納得したが、ちょっとおかしな話だ。ウミウシからこれだけの体液を取るとなると、一体どれ位必要になるんだろう。
驚いている俺にお爺さんが最後に言った言葉は、ウミウシは牛よりも遥かに大きい……。
まったく、ファンタジーだよな。
そんな接着剤を使って巧みに石をくっ付けていく。
ちょっと大丈夫なのかなと心配して見ていたら、一晩で硬く固着するって教えてくれた。
確かに、土台はまるで一枚岩のようにぐら付く箇所もない。
科学はあまり発展していないと思ったけど、バイオ工学は発展してるのだろうか? 後で、ユングさん達に聞いてみよう。
ドォン……。
「何だ!何処だ?」
「次弾を撃ってないから、アイネさんが獲物を撃ったんだ。仕留めたようだぞ」
少し山に上がった所で周囲を見渡していた俺達は、聞こえてきた銃声に一瞬緊張したことは確かだ。
「だけど、何を仕留めたんだ? 俺達より下にいて、しかも水汲みでだぞ」
「だよなぁ……」
俺だってそう思う。まぁあんまり大物ではないだろう。精々ラッピナ、この世界のウサギってとこだろうな。
「しかし、あんな方法で水平を見るんだな。俺は初めてみるよ」
「同じ器の水の高さは変らないってことを利用してるんだ。垂直は錘を使う筈だ。糸で下げた錘は真直ぐ下にピンと張るからな。始まったら見とくといい」
レイクはその方法に驚いていたが、俺はその道具に驚かされた。ガラス管とそれにくっ付いていた柔軟な管はどうやって作ったのだろう?
ガラスの透明度はそれほど良く無いが、十分に目的を果たすことができる。管はどう見てもゴムではない。何かの生物の腸を使っているようにも思えるのだが、それらを組み合わせて水平を取る技術を生み出すのは簡単ではないぞ。
相変わらず、20人程が石を運び、その石を5人の兵士が元石工の指図で石を並べている。
10人が麓から1日2回の頻度で麓から数本の丸太を担ぎ上げて来るのだが、これは見ているだけで大変だな。
サリーネさんもその辺は考えているらしく、毎日の役割を交替させて不満が出ないようにしているようだ。それがキチンと出来るのは良い上官なんだろうな。
俺達は少人数だから、常に役割が決まっているようなところがある。軍隊とハンターのチームの違いってそんなところにもあるようだ。
「帰って来たぞ。何を仕留めたか、もうすぐ分るな」
「今度は俺達が薪取りか……。少し山の上に行ってみないか。西にちょっとした林があるだろ。あそこなら薪が取れるし、上手くすれば、獣を狩れるんじゃないかな?」
「一応、俺もライフルを持って行くが、狩りはレイクに任せるぞ」
「あぁ、良いとも!」
麓から3人がとことこと歩いてくるのが見える。双眼鏡で見る限り、杖をついて背中に散弾銃を背負った姿に変りはない。
獲物は解体して袋に入れているのかな。だとしたらそれほど大きな獲物ではない筈だ。
レイクが狩場に決めた林は、雑木が数十本程集まった場所だ。地下水が湧き出てるのかも知れないな。
距離は2km程先だが、敵に利用されると厄介な場所でもある。
俺達の作っている見張り所が丸見えだ。雑木を全て伐採しておいた方がいいのかも知れないな。
◇
◇
◇
「戻ったにゃ。ゆっくり休んだからレムル達が休む番にゃ!」
「それでは後をお願いします。ところで、何を狩ったんですか?」
俺の言葉にレイクもうんうんと頷いている。
「あれは、ドライズにゃ。ラッピナを狙ってるドライズをミーネが見つけたにゃ」
「と言うことは、狩ったのはミーネ?」
「そうにゃ。一発で仕留めたにゃ。今晩は串焼きにゃ!」
そう言って、アイネさんは小さな舌で口元を舐めている。確かにあの大蛇は美味しかったけど、よくも1発で仕留めたものだ。
ミーネちゃんはちょっと俯いてるけど、その表情は誇らしげだ。
これは、俺たちも頑張らなければなるまい。レイクを見たら目が燃えているぞ。あれはアニメだけの表現だと思ってたけどね。
アイネさん達に見張り場所を明け渡して下に降りていくと、何時もの焚火の傍に座って、とりあえずポットのお茶を飲む。
パイプに火を点けると、俺達の休憩の始まりだ。
「ミーネが1発とは驚いたな」
「たぶん、散弾を使ったんだろうな。頭に命中すればそれで終わりだ」
パレトの強装弾が撃ち出す5発の弾丸が頭に当れば原形も保てまい。
「俺も散弾で行こうかな?」
「2連なんだ。片方に散弾、もう片方にスラッグ弾で良いんじゃないか? 弾種の選択はコックを上げることで選択できるし」
「そうだな。それは迷宮でもやっていたんだ。まったく2連銃というのはありがたいと思ったぞ」
そんな工夫は直ぐにでもできるからだろうな。その内、前衛2人が2連散弾銃を持つのが魔物を狩るハンター達の常識になりそうだぞ。
「あら、見張りを交替したんですか?」
「えぇ、つい先程です。どうですか、お茶を一杯?」
サリーネさんは一緒についてきた若い男の副官と一緒に俺達の前に腰を下ろした。
早速、レイクがお茶のカップを渡している。
「ところで、さっきの銃声は?」
「どうやら、水汲みの途中でドライズを仕留めたようです。今夜の夕食はちょっと贅沢になりますね」
「そうでしたか。でも一発で良くも仕留めたものです」
「散弾を至近距離で使ったんでしょう。さすがパレトの強装弾です」
「その銃ですな。我等の方にも徐々に渡されていますが、この部隊に配布されるのはもう少し先になりそうです」
如何にも、早く渡してほしいような顔をしているな。
サリーネさんも待ち遠しい顔をしているぞ。
「狩ったのはミーネちゃんだと言ってましたよ。さすが妹さんだけのことはありますね」
「ミーネですって! でもミーネはパレトの通常弾をようやく撃てる……! 銃の重さですか?」
「散弾銃は結構な重さがあります。レイク!」
俺の言葉に、レイクはしょうがないなって表情を見せながら、散弾銃をミーナさんに手渡した。
「なるほど、納得です。これなら私達でも強装弾を撃つことができますね」
サリーネさんはしばらく散弾銃をいじっていたが、そう言って副官に銃を渡す。
副官も興味深そうに、それを持っていたがやがて「ありがとうございます」とレイクに銃を返していた。
「本来は、迷宮用の武器です。ですがスラッグ弾を使えば200D(60m)は必中距離になるでしょう」
「岩屋に1分隊いれば、小隊を相手にできるってアルトス様が言っていたのはそういうことでしたか」
俺はタバコに火を点けながら頷いた。
本当は散弾銃ではなくてライフルにしたかったが、明人さんの考えも分らなくはない。不用意に武器を発展させないようにしてるんだろう。それは加速し易いからな。
とはいえ、明人さん達の所の軍隊はライフル装備を目指しているみたいだ。それを使って戦う相手ってどんな奴等なんだろう。
そして、ユングさん達が率いてきた戦闘工兵は武器を携帯していなかった。たぶん、腰のバッグに入れてるんだろうけど、どんな装備なのか興味があるな。
サリーネさん達が帰ると、焚火の薪を間引いて出発の準備をする。
2人で籠を担いで、早速出掛けることにした。
すこし斜面を登るように西に歩いて行くとガレ場に出る。下では兵士達が石を運んでいるから落石を起こさないように注意しながらガレ場を横切ると、林に向かって進んでいった。
見通しは良いのだが、林の中が気になる。
500m程のところで一旦足を止めて、双眼鏡で様子を覗う……。
「いたぞ!」
イノシシのような奴が1匹、地面を掘り返している姿を視野に納めると、横でジッと林を見ていたレイクに双眼鏡を渡して場所を教える。
「あれはイネガルだ。ピグレムよりもずっと大きくて強暴だぞ。あの額の角が特徴なんだ」
そう言って俺に双眼鏡を返してくれた。
「やれるか?」
「昔なら逃げてたが、これがあるからな。あいつは頭が弱点なんだ。スラッグ弾2発ならいけそうだ」
そう言って背中の籠の中から散弾銃を取り出した。
素早くバレルにカートリッジを詰め込んで棒で押し込んでいる。
「できれば俺1人でやりたいが、外したら手伝ってくれ」
「あぁ、分った。だがレイクが頼まない限り俺は介入しないぞ」
俺の言葉にレイクが俺をジッと見詰めてニヤリと笑う。
「それでいい。このまま真直ぐだ。奴は逃げない。どちらかと言うと襲ってくる筈だ」
「本当にやれるんだよな?」
「あぁ、そのためにレムルもいるんじゃないか!」
連携って言うよりもバックアップってことだよな。となれば、ライフルよりは拳銃か……。
M29を引き抜いて左手に持つと【アクセル】を唱える。
だいぶ腕力もついたと思うが、この魔法は身体機能2割増しだ。結構使えると思うぞ。
300m程まで近付くと、イネガルが此方を見ているのが分る。まだ警戒しているだけのようだ。
「良いか、絶対に急な動きをするなよ。ゆっくり近付くんだ」
とはいえ、ちょっと大きすぎないか?
どう見tも、子牛程あるぞ。額の角と口の脇から突き出た牙がまるでトリケラトプスのようにも見える。
頭が急所らしいけど、あれを倒すのは半端じゃ無さそうだ。
残り100m。レイクが少し先行する。
そして、イネガルの顔を見ながらそろそろと50m付近にまで近付くと、レイクは散弾銃を構えてコックを2つとも上げた。
今度は、イネガルがゆっくりと近付いてくる。
それを見てレイクは散弾銃を構える。俺は少し右手に位置を変えてレイクに近付いていく。
30m付近まで近付いたイネガルが、急激に速度を上げて突っ込んできた。
M29を片手にレイクに向かって駆け出す。
ドォン!、ドォン!
山に2発の銃声が木霊した。
血を流しながらそれでもレイクに体当たりをしようとしたイネガルを、軽くかわしながら散弾銃のバレルで殴りつける。
ドオォン!!
散弾銃の発射音を凌ぐ大音響が木霊した。
そして、イネガルは俺の手前でドサリと崩れ落ちる。
「やったか?」
「あぁ、此処までで終わりだったな。俺が撃つ必要も無かったんじゃないかな?」
「いや、そうでもないぞ」
レイクが倒れたイネガルを検分している。200kgを越えてるんじゃないか?
「俺のスラッグ弾は此処だ。頭骨にヒビを入れてるようだがそれだけだ。もう1つは口に入って右頬に抜けている。レムルの撃った奴はこれだな。目空は言って頭の後ろに大穴を開けてるぞ」
レイクの撃った弾で脳震盪を起こしてたんだろうな。ヨタヨタとやってきたから。いままでで一番狙いを付け易かったようにも思える。
「止めを刺したのは俺かも知れないけど、それができたのはこの傷だ。スアッグ弾を頭に喰らったからな。冷静に突進してくるイネガルに2発も撃ちこんだんだ。それは紛れも無くレイクだよ」
俺の言葉に、レイクが俺と軽く拳をあわせて顔ををほころばせる。
さて、これをどうやって持ち帰るかだな。
それに気がついた俺達は互いに顔を見合わせた。




