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N-070 入り江の状況

 トントンっと俺達が宿泊したログハウスの一室の扉が叩かれる。

 早速、身支度を終えたミイネさんが扉を開けると、昨夜此処に案内してくれた兵隊が立っていた。

 ミイネさんと短い会話をして帰っていく。


 「アルトスさんが待ってるにゃ。朝食を準備してくれてるにゃ」


 それじゃ、待たせるわけにもいくまい。

 直ぐに装備を整えて籠を担いで杖代わりの槍を手に部屋を出る。

 皆が部屋を出てくるのを待って、アルトスさんのいる見張り所と合体したログハウスへと歩いて行った。


 「お早う。あまり大したものは出せぬが、朝食を一緒に取ろう」

 「お早うございます。では早速」


 そう言って席に着く。

 具の多いスープに薄く焼いたパンは定番だな。

 話を聞くと、兵隊も指揮官達も一緒の食事だそうだ。皆が一緒なら不平も出まい。


 「どうだ? 昨夜も色々と忠告を受けたが、更に何かないだろうか」

 「1つだけ……。柵をこのような形にして屋根を作ってください。所々で十分です。万が一にも敵が爆裂球を投げ込むようならこれで防げるでしょう」


 柵の高さは2m程、それに丸太を立て掛けるようにして壁と屋根を作る。その上に土を被せれば立派なシェルターになる。


 「早速作らせよう。爆裂球を抱えて突撃してくる者達を全て防ぐことはできん。銃撃を逃れた者がいた時の対処方が思いつかなかったのだ」

 「そういえば、俺達が此処を訪ねたのはちょっとお願いがあったんです。村から南に行くと集落が何箇所かあるんですが、それを統合して村を作りたいと思ってます。ですが、水が足りません。防衛の片手間に貯水池を作って頂けないかと

……」


 「あの集落だな。確かに水は無かろう。井戸はあるのだが、それを畑に撒く訳にはいくまい。場所が決まれば協力するぞ」

 「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」


 これで、大掛かりな貯水池は可能になった。

 後は、場所だけだな。


 朝食を終えると、俺達はこの陣を離れることを告げる。

 

 「また来い。今度来た時には新たな柵と見張り用の櫓がある筈だ」

 「たぶん、一月を待たずに来ると思います」


 俺達は、アルトスさんの部隊を離れると、東に向かって歩き出す。

 右手には低いけれど頑丈そうな柵が延々と続いていた。

 そして、5km程の所に小屋がある。

 あれが中隊単位の駐屯地なんだろうな。

 そして、小さな疑問が沸く。……部隊間の連絡はどうしてるんだ?

 伝令だと、どうしても1時間以上掛かってしまう。

 狼煙で合図を送るんだろうか? だが、それでは情報が少なすぎるぞ。


 「ガルパスにゃ。外だと速いにゃ!」


 アイネさんが遠くから土埃を上げて近付いてくるものを指差して教えてくれた。

 ガルパスって、通路で荷物を運んでた亀だよな。

 どう見ても、バイク並みの速度は出ているぞ。あれで亀なのか?


 だが、これで連絡手段が分った。あの亀を伝令にしてるんだな。あの速度なら東の端からでも30分は掛からないだろうな。


 結構使えそうな亀だけど、問題は冬だよな。その時は、敵軍も動かないから良いなんて考えてないだろうな。

 だが、情報は戦の勝敗を左右する。

 なんとか良い方法を考えなくちゃな。


 昼過ぎに、海が見えてきた。

 東の先は断崖が続くと言っていたから、東からの侵略の心配をしないですむのはありがたいことだ。

 

 そんな海辺に近い荒地を今度は北に向かって進む。

 これなら、入り江を見落とすことはないな。


 夕暮れを迎える前に適当な野営場所を探す。

 数本の低い潅木を背にした場所に俺達は天幕を張って野営のための焚火を作る。


 焚火の周りに串が並んでるけど、これってあの大蛇なのかな?

 ちょっとびくびくしながら少し下がってタバコを楽しんでると、エルちゃんがお茶を持ってきてくれた。


 「あの蛇を焼いてるの。美味しいんだって!」


 エルちゃんは待ち遠しそうだけど、俺はちょっとね。だが、爬虫類って鳥のササミみたいだと聞いたことがある。

 ここは、我慢して食べねばなるまい。


 皆で輪になって串焼きをガブリっと齧る。……ん? 予想した生臭さがないぞ。何だろう、脂身の少ない肉って感じだな。鶏肉よりも美味しく感じる。

 なるほど、アイネさんが舌なめずりしてた訳だ。


 薄いパンに挟んで食べても、中々だ。パン生地の薄いハンバーガーみたいな感じだけどこうして食べるほうが俺にはいいな。

 皆は、ダイナミックに齧ってるけどね。

 だがこの味は……、今度見かけたら何処までも追い掛けて倒さねばなるまい。そんな決意をするほどに大蛇の肉は絶品だった。


 少し大きめに焚火を作ると、俺達は交替で睡眠をとる。

 周辺の視界は良いし、こんな荒地の片隅に大型の獣がいる訳もない。それでも野犬位はいそうな感じだから、散弾銃に弾を装填して自分の隣に置いておく。

 エルちゃんもライフルを傍らに編み物を始めたぞ。


 そんな時だ、辺りの音を探って動いていたエルちゃんの耳がピクリと一点で停止した。

 それでもエルちゃんの編み棒を動かす手元に変化はない。

 やがて、思い出したかのようにまた周囲の音を探って耳が動き出す。

 まったく、レーダーみたいな耳だよな。あれで周囲の状況が判るんだから驚きだ。

 少なくとも半径100mは、その耳で接近を教えてくれるからな。迷宮で、ネコ族が優位に立てるのもこの能力のおかげなんだと思う。

 

 「何か、いたの?」

 「たぶん、ラッピナだと思う。罠を今度買って置かなくちゃ」


 たぶんそれでも難しいと思うぞ。

 ラッピナはかなり臆病で直ぐに逃げ出すって聞いた事がある。

 ハントを使って狩る者はいるらしいが、それでも必中範囲に入る前に逃げられてしまうらしい。

 ライフルなら50m位でエルちゃんなら狩れるんじゃないかな。

 

 「たぶんライフルならば、エルちゃんに狩れると思うよ。でも今夜は止めといた方が良いな」

 「お姉ちゃん達が寝てるから?」


 頷くとエルちゃんの頭を撫でる。

 子供って感じじゃなくなってきたから、頭を撫でるのもそろそろ卒業しなくちゃな。そう思っても、ついついなでてしまう。

 髪が細やかだから撫で心地が良いんだ。


 残念そうにライフル見ながら編み物をしているっていうのも、ちょっとおかしいような気がするけど、此処は世界が違うからな。

 そんなエルちゃんを見ながら俺はタバコを楽しむ。

 そして、俺達の見張りの時間は終わり、アイネさんをエルちゃんに起こしてもらう。

 

 熱いお茶を飲み始めたアイネさん達を見ながら、俺はエルちゃんと毛布に包まった。

 まだまだ夜は冷える。天幕を作らなかったのは失敗かな。

 そんなことを考えながら眠りに落ちる。


 ドォン! っという銃声で目が覚めた。

 直ぐに、装備を整えてライフルを持つと、焚火の所に行く。エルちゃんも俺の後ろで急いで準備をしているようだ。


 「どうしました?」

 「何にゃ? あぁ、あの銃声にゃ」


 そんな会話をしていると、ラッピナを下げたミイネさんがシイネさんと一緒に歩いてきた。

 そういうことか。

 やはり、エルちゃんと同じように狙ってたってことだな。

 まぁ、分らなくもないけど吃驚したぞ。

 エルちゃんの入れてくれたお茶を飲んでちょっと高揚した気分を落着かせる。

 

 ミイネさん達がエルちゃんと一緒に朝食を作っている隣で、アイネさんが獲物を捌いている。

 今夜はラッピナのスープなのかな? 美味しいって聞いたことがある。思わず涎が出てしまうな。


 スープと薄いパンを焼いたものが朝食だ。

 簡単に食事を終えると、北の入り江に向かって歩き出した。


 たまに低い潅木が生えるような土地は雑草だって余り生えない不毛の土地にも思える。

 何故にこのような大地なんだろう。この島は全てこんな大地なんだろうか?


 「あれを見るにゃ!」

 

 先頭を歩いていたアイネさんが断崖のカーブの先を指差した。そこは、20m程の断崖の途中から勢い良く海に落ちる滝があった。


 「この辺りの地面は砂と小石にゃ。地表の雨は直ぐに滲みこんで地下に川を作ってるにゃ」


 と言うことは、森や林のある部分は比較的砂利の層が薄いってことになるのかな? だとすると、この地域の農業は土作りから始めなきゃならないぞ。


 昼を過ぎるころ、遠くに小高い丘が見えてきた。

 ちょっと低い山のように見えなくもない。その丘は緑に覆われている。と言っても、木々が茂っているわけではなく、雑草に覆われているように思える。


 「あれが、入り江にゃ。あの丘の根元にグーンっと食い込んでるにゃ」


 こちら側も少し丘になっているらしく、入り江の全景はまだ見えない。

 ユングさん達が港を作っている筈なんだが、どんな感じで工事をしているのか楽しみだな。


 1時間程歩いて行くと、少し地面が傾斜している場所に出た。

 更に歩くと、道がある。2つの緩やかな丘の谷間に道が伸びている。


 「この道を東に行くにゃ。もうすぐ入り江が見えてくるにゃ」


 アイネさん達の足取りが急に軽くなる。今日の目的地がもう直ぐだからだろうな。

 道は緩やかな坂道だ。低い丘に見えた両側の丘が今では見上げるようになってきた。そして、その先に関所のような門が見えた。

 これが、入り江を封鎖するための見張り所だろう。

 番人に挨拶しながら門を潜って数分も歩くと突然目の前が開けた。


 直径1km程の丸い入り江が其処にあった。外洋に向かって四分の一程ひらいているから、確かに良港ではあるな。

 その奥は砂地だったようだが、其処に石が並べられようとしている。

 どっから切り出してきたのか分らないが、ブロックのように大きさが一定だ。あれを作るだけでもとんでもない労力だと思うぞ。


 その工事現場に歩いて行くと、大きなターフがあった。その中のテーブルで話し合っている2人に見覚えがある。ユングさん達だな。

 俺達は、そのターフに向かって歩いて行くと、工事をしている人達の体格がどれも素晴らしいことに気がついた。


 「トラ族にゃ。ネコ族とは仲が良いにゃ。でも、こんなに沢山のトラ族を見るのは初めてにゃ」


 トラ族なのか……。ドワーフ族並みの筋肉を持っていながら俺達よりも大きな体だ。切り出したブロック4個分程の石を軽々と担いでいる。

 そんな光景に驚かされながらも、俺達はターフの机で相談しているユングさん達の所に辿り着いた。


 「今日は。お言葉に甘えて様子を見にやってきました」

 「あぁ、てっちゃん達か。ちょっと待ってろよ」


 そう言いながら近くにいた兵隊に指示を出すと、直ぐに折畳みができる椅子が運ばれてきた。


 「まぁ、座ったら良い。もう直ぐお茶も出るだろう。あそこにあった大岩をバラして、ブロックにしたから、かなり早く工事が進むぞ」

 「でも、工兵隊の人達なんでしょ。此処に港を作る工事なんて良くもやってくれますね」


 「それは、この戦闘工兵を作って、スマトル戦で活躍したのが明人だからだ。当時の戦闘工兵はもういないが明人は生きている。自分達の活躍の場を提供し、大陸にトラ族の名を高めたのだ。彼らは明人の命なら直ぐに動くさ」


 そんなものなのかな。トラ族って名誉を重んじ、かつ義理堅い種族ってことか?

 

 「ところで、どんな港になるんですか?」

 「こんな感じだ。沖に長さ200mの岸壁を作る。そして、あの崖の下には商館が並ぶ筈だ。この場所にはバリスタの砲台を作る。たとえ上陸されても、此処に作る城壁で食い止めることができるぞ」


 そんな大工事を1年で出来るのだろうか?

 怪訝そうに図面を見ている俺を、おもしろそうにユングさんが見ていた。



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