N-066 コタツ
【クリーネ】をエルちゃんが俺に掛けてくれた。
魔物狩で、だいぶ革の上下が汚れていたらしい。自分にも【クリーネ】を掛けて俺の隣に並ぶ。その後ろで同じように【クリーネ】を唱えたのは、一緒に来ることになったシイネさんだ。
長老の部屋扉を叩くと世話役が扉を開けてくれる。
何時ものように長老の左側にあるベンチに腰を下ろすと、早速用件を聞いてみた。
「お呼びと聞いてやってきましたが、明日で良いとの意味が分かりませんでした。切迫した話であれば直ぐにでも来ましたが?」
「そう、急ぐ用件でもない。先ずは、これを読むがよい」
そう言って、書状を俺に世話役を通して渡してきた。
何だろう。……サンドミナス王国からの最後通告か?
訝しげな気持ちで書状の表紙を読むと、予想外の王国からだった。
「ガリム王国?」
「そうじゃ。中身はもっとおもしろいぞ」
俺は、表紙を膝に落として中の書状を読み始める。
美辞麗句で飾られてるけど、これって脅迫状って奴じゃないのか?
『王都を抜け出た宮廷魔道師と王女を保護している』って書いてあるし、『パラムの宝物庫前でお引渡しする』ってことは、まだ見つけられない宝物庫をこれで明らかにするつもりのようだ。
「どうじゃ?」
「脅しですかね。此処にエルちゃんがいることを知らないのでしょうか?」
「アルクテュールの名はエイダス中に広まっておった。この島では数少ない中位魔術の使い手じゃ。この前のサンドミナス軍との戦では誰も中位魔術を使っておらぬ。そして、姫と宮廷魔術師がドワーフの里に行ったことはある程度知られておるようじゃ」
ドワーフの里に姿を現したアルクテュールさんが、この前の戦で姿を現さなかった。その理由は何か。そしてこれを利用しての芝居って訳だな。
狙いは単純だ。無視すれば2人が村にいることになる。そしてのこのこ出てくるようなら、2人は村に帰れなかったということだ。
上手く交渉すれば、宝物庫の場所を聞きだす事も可能ということになる。
なかなか上手い手だな。
「さて、どうする?」
「そうですね無視しても、無視しなくとも敵に情報を与えることになるでしょう。ここは、正攻法で行きましょう。
礼状をガリム王国の王宮に届けるのです。そうですね、連合王国の商船に頼むのが一番ですね。この書状も連合王国の商船が届けてくれたものじゃないですか?」
「そうじゃ。ガリムの港で見知らぬ商人に頼まれたと聞く。他の王国がガリム王国を騙って謀をしたと知れば……。なるほど、おもしろいことになるのう」
そう言いながら長老3人は互いの顔を見合わせて微笑む。
「わし等も謀とは判っておった。じゃが、上手い対処法が思い浮かばぬ。レムルの案は中々じゃ。上手く運べば、レムナムを背後から脅かせられる」
「ですが、この書状はレムナムでしょうか? サンドミナスとも考えられます」
「どちらでも良い。ガリムはそのどちらの国に対しても懐疑心を持つ筈じゃ。そうなれば、同盟と言う考えには至らぬであろう」
確かに同盟されるとやっかいだな。特にレムナムと同盟された日には、国境警備の兵達がこちらに向かってくることになる。
今の所は傍観しているだけだが、これでガリム王国は傍観者から紛争の中に飛び込むことになるのだろうか?
「書状を届ければ、疑心暗鬼。時間が経てばレムナムとサンドミナスの両国とも国交を閉ざすこともありうるかと……」
「お主も悪よのう」
「いえいえ、長老様ほどでは……」
これでは、どっかの悪代官と悪徳商人の会話じゃないか。
だが、ネコ族に猜疑心が無いことを悪用するなんて、許せるものではない。
ここは、それなりの代価を払ってもらおう。
「ところで話は変わるが、わし等3人が気になっておったことじゃ。来春に港を造ることは連合王国が請け負ってくれたのじゃが、何故に工兵を用いるのかとな。明人殿は即答じゃった」
「俺にも真意は分りかねます。ですが、俺もそのことは気にしていました。俺の考えでは、工賃を払わずに最新の土木技術が使えるからではと考えました。それに、工兵ならば訓練も必要でしょう」
「わし等に金が無いと考えておいでか……」
「そして、もしも戦闘行為が発生した場合に迅速に介入できるということも考えているでしょう」
「そこまで頼っても良いのじゃろうか?」
「頼らずとも、明人さんはやるつもりです。。どんな妹さんか分りませんが、兄としての行為にやましさはありません」
2人でじっとエルちゃんを見ていたからな。少し面影があるんだろう。
本当は、明人さん自身で采配を振りたかったのかもしれない。
◇
◇
◇
冬の暮らしは退屈なものだが、此処ネコ族の村では活気がある。
何といっても、洞窟だから冬でも結構暖かい。俺達の住む部屋もリビングの炉で炭火を焚くだけで、少し厚着をすれば問題はない。
俺とエルちゃんの半てん姿が暖かく見えたのか、同じような綿入れをアイネさん達も作って貰ったようだ。
これでコタツがあればと思って、雑貨屋に注文したのが今日届いた。
炭火の炉の上に安全の為の鉄の網を被せて、高さ40cm位の櫓を載せる。最後にコタツ布団を掛けて1.2m四方の板を載せれば完成だ。
早速、皆でコタツに足を入れると、アイネさんとエルちゃんがおなかの辺りまで潜り込むと座布団のような毛皮の敷物に寝転んでしまった。
まぁ、ネコ族だからねぇ……。熟睡して風邪を引かなければいいんだけど。
これで、コタツ板の上にある笊の中身がミカンだったら最高なんだが、生憎と干した杏のような果物だ。
贅沢は言えないが結構酸っぱいんだよな。それでも1日、1個以上食べるのが慣わしらしい。冬の貴重なビタミン源なんだろうな。
シイネさんが入れてくれたお茶を飲みながら、のんびりと杏を齧っていると、トントンと扉を叩く音がする。
ミイネさんがなごり惜しそうにコタツから抜け出して扉を開けると、入ってきたのはエクレムさんとアルトスさんだった。
部屋に入ると俺達の姿に驚いてるぞ。
「どうぞ、ブーツを脱いで布団の中に足を入れてください」
俺の言葉に、2人は顔を見合わせながらもブーツを脱いでコタツ布団の中に足を入れる。
「ほう、これは中々だな。後で、雑貨屋の親父に紹介してやろう。結構売れると思うぞ。ところで姫は?」
「これは、コタツと言う俺の国の暖房具なんですが、1つ欠点があって……、これに長く入ると眠くなるんです。エルちゃんとアイネさんは入って直ぐに寝てしまいました」
「確かに、長く入るとそうなるかもしれん。まぁ、大した用ではないからそのまま寝かしておけ」
「戦場には向かぬが、住居であればくつろげる。俺も早速作らせよう」
2人には好評のようだ。
コタツ板には新たに2つのお茶のカップが増える。それでも板が広いから不安定になることはない。
そんなお茶を飲みながら、2人が話してくれたことは雪解け後の対応だった。
「基本的には迎撃だ。アイネの持つ2連散弾銃と同じものを数作らせている。 大隊の内、1中隊を特殊中隊と位置付けて2小隊にライフルを持たせた。残り2小隊でバリスタ16台を運用する。バリスタ兵はミイネの持つ散弾銃を支給した。
問題は、残りの2中隊だ。散弾銃の絶対数が足りぬ」
だよな。この村の武器屋にいるドワーフは3人だ。どうやっても1丁作るのに2日は掛かるだろう。一月で出来る散弾銃は精々1小隊分と言うところだ。
旧パラム王国の軍隊の残りは2大隊と1中隊。小隊に直すと、28小隊なんだよな。全軍の武装を改めるのに2年は掛かるぞ。
「やはり、連合王国の商人に頼むのが適当でしょう。部材を作ってもらい此方のドワーフの人達に組み立ててもらうんです。
組み立てだけですから、1日に10丁はできるでしょう」
「分った。バリスタは俺達でも作れる。これまでに4台作ったが、北用にも数台追加する。ところで、迷宮はどうだ?」
「結構上手く運んでます。来春には青を目指したいんですが、中々地下1階の魔物は手強いです」
「確かに後ろから魔物が来るからな。だが、常に後ろからだけではない。その辺の心配りが地下1階で覚えることなのだ。地下1階を無視して地下2階に行く輩もいるが、お前達はじっくりと、その勘所を掴んでおけ」
気配を覚えろってことなのかな? 俺は気配なんて読めないけど、ネコ族の人達は不思議と勘がいい。それを磨くのが地下1階ということなのかもしれない。
「先程の話に戻りますが、散弾銃の部材の発注と同時にカートリッジも発注してください。この戦、弾数が勝敗を決めます」
「確かに……。ありがたく忠告を受けるぞ」
そう言って2人はコタツを抜け出した。
ちょっと、名残り惜しそうな目でコタツを見ていたけど、これからやる事があるのだろう。直ぐに部屋を出て行った。
「私等の散弾銃を進呈した方が良いのかにゃ?」
「大丈夫ですよ。それにまだ間があります。でも、カートリッジは今の内に集めておいた方がいいと思いますよ」
「カートリッジは大丈夫にゃ。1人30個以上持ってるにゃ」
「となれば、弾丸用のポーチをもう1つ用意しておくといいですよ。迷宮でもポーチ1つでは心許ない時がたまにありますからね」
迷宮で、一度だけ前にトカゲ後ろにグロッグという事態があった。トカゲを倒した後の銃弾の数は5個を切っており、その状態でグロッグとその後から来るガルバンを殆ど同時に対応するというとんでもない事態だったが、エルちゃんが皆に素早く弾丸を手渡して事なきを得た。
あれから数個の弾丸をポケットに入れるようになったけど、やはりポーチがあれば便利だ。
そういえば、銃のストックに取付けるポーチがあったよな。たしかこんな感じかな。
手近なメモ用紙に簡単な絵を描く。
そうだ。金属薬莢方式を散弾銃に応用すればもっと便利になるんじゃないかな?
基本の構造を描いてみる。
銃を2つに折って後装式にする。できれば水平2連銃ではなくて垂直にできないかな? その場合は発火装置にハンマーが使えないから内部のバネを利用することになりそうだ。
機械仕掛けを考えられない部分はその動きを書いておけば良いだろう。
さて、書き終えたところで宛先を明人さんにするとシイネさんに頼んで長老に託しておく。後は長老から定期的に訪れる商船に渡されて明人さんの所に届くだろう。
少し、雪解けが待ち遠しくなってきたな。
その前に後、数回は迷宮で狩りをするんだろうな。
そんな俺の思いを知らずに、アイネさんとエルちゃんは小さな寝息を立てている。




