N-064 迷宮のストーカー
迷宮の地下へ降りるのは、本当は青レベルになってかららしい。
俺とエルちゃんは白6つだし、クァルのお姉さん達だってまだ白レベルなんだよな。
いったい誰に許可を貰ってきたのか分らないけど、俺達の地下1階行きはすんなり事務所は許可してくれたらしい。
お姉さん達とエルちゃんはやる気満々だけど、俺はちょっと心配になってきたぞ。
奥に続く迷宮の通りを真直ぐに進み、右に曲って更に進む。今度は四つ角を左に曲がって歩いて行くと……、見えてきた。
「此処で休んでいくにゃ。シイネ、ポットにデルトンを刻んで入れるにゃ!」
げっ! アイネさん、本当にやるつもりなのか?
俺達は互いに顔を見合わせた。
エルちゃんは別にお茶を用意するみたいだ。あれが口の中に残るのは俺だってイヤだぞ。
先ずは薄いパンにジャムのような物を挟んだ昼食を食べる。
そして、いよいよ例の奴だ。
緑のような茶色のような不思議な色をしたものがカップに注がれる。その隣にエルちゃんがお茶のカップを並べてくれる。
これはお茶の冷めるのを待って、一気に流し込んだ後に口直しって奴が正解だろう。
全員、デルトンを煎じたカップを見詰めている。たまにカップを手で持つのは、皆俺と同じ考えでいるようだ。
5分ほど経った時、俺は問題のカップを手に取ると一気にその中身を飲み込んだ。そしてお茶で流し込む。
ふう……っと一息ついて残ったお茶を頂く。
今回は上手く行ったぞ。デルトンはこれに限るな。
俺の安心した顔を見て、次々と真似をしている。
アイネさんがゴホンゴホンと咽ている。慌てて飲んだから気管支にでも入ったのかな。慌ててお茶を飲んでるけど、ちょっと涙目だぞ。
そんな感じだから改めてもう一杯お茶を飲んで俺達は階段を降りることにした。
これからは未知の世界だ。アイネさんから貰った散弾銃には散弾とスラッグ弾のカートリッジが1個ずつ入っている。
そして、槍の穂先のケースを取外してバッグ中に入れて置く。
「覚悟は良いかにゃ? では降りるにゃ」
光球を先行させて、アイネさんとミイネさんが慎重に階段を降りていく。
ミイネさん達が降りると後は俺とエルちゃんだけだ。
2人で顔を見合わせ小さく頷くと、俺たちもゆっくりと階段を降りていった。
降り口はちょっとした広場になっている。床は砂地だ。周囲の壁は岩がむき出しで、何となく薄気味悪い。
そして、階段から真直ぐ先に直径3m程の丸い洞穴のような通路が先に延びている。
「真直ぐ行くと、広場があって左右に道が別れてる。最初だから、先ずはこっちに行く方がいいと思うよ」
エルちゃんが地図を開いてお姉さん達と相談している。
たぶん直ぐに行き止まりの道を選んだんだろう。
先ずは様子見出いい筈だ。
相談がまとまったようで、アイネさん達がゆっくりと歩き出した。ちょこちょこと俺の隣に付いたエルちゃんが俺と一緒に歩き出す。
「簡単な道で3つほど広場を抜けると行き止まりになるの。今日はそこで野営することになると思うよ」
「なら、簡単だね。今のところ何の気配も無いし」
そうは言ったが、俺には気配を読むような真似はできないぞ。これはエルちゃんを安心させるための方便だ。
通路を歩いて10分も経たない内に最初の広場に出た。
広場の奥に水溜りがある。アイネさんが槍で突っついているけど、寝た子を起すようなことはしない方が良いんじゃないかな。
「こっちにゃ!」
右に進路を取って、颯爽とアイネさん達は歩き出した。俺は最後尾を後を振り向きながら進んでいく。
魔物が何も出ないというのも、ちょっと変な感じがする。
次の広場も、その次の広場にも魔物はいなかった。もっとも広場の半分近い水溜りがあったから、その中に何かいるのかもしれないけど、その時は何も出なかった。
確か、この先の広場でこの道は行き止まりだよな。
ちょっと不安になってきたぞ。
そして、遂にこの道の終点の広場に到達した。
直径20m程の広場の床は乾燥した砂地だ。光球に照らされた周囲には小さな虫さえいない。
壁も乾燥しており鑿の跡が見て取れる。
誰かが作ったんだろうけど、迷路みたいに作らなくても良いような気がするな。偉い王様の墓みたいに盗掘を恐れたのだろうか?
だが、迷宮は魔物が生まれる場所のようだ。わざわざこのような造りにしないで、目的地まで一直線に作れば苦労しないで済むと思うのは俺だけか?
「ここで、良いにゃ。籠を下ろして迎撃準備にゃ!」
アイネさんの言葉にミイネさんとシイネさんが広場の奥に天幕用のシートを広げて籠の中身を下ろし始めた。俺も急いでそれに加わる。
ミイネさんの指示で籠3つを籠に入れてあった棒を使って連結する。その上に天幕用シートを被せれば立派な塀ができる。
「光球を移動するにゃ。この上に2個、そして通路に1個にゃ」
直ぐに、シイネさんとエルちゃんが尻尾を振って光球の位置を修正する。
何が始まるんだ?
此処まではまるで魔物の姿は無かった。
そしてアイネさん達は行き止りの広場に来た途端に、迎撃の準備を始めてる。
地下1階の魔物は、俺達が来た事を知って追い掛けてくる連中なのか?
「クラウスから聞いたにゃ。地下1階の魔物は後ろから来るにゃ。準備はできたかにゃ?」
アイネさんの言葉に4人が頷いた。エルちゃんもライフルを持って、ミイネさん達と共に籠の後ろにいるみたいだ。
となると、迎撃担当は俺とアイネさんそれにマイネさんということになるな。
アイネさんとマイネさんより2歩前に出ると、砂地に槍を突き刺した。背中の長剣が飛び出さないように柄に巻きつけてある革紐を解く。左手でちゃんと抜けるかどうかを確かめて、肩から下げた散弾銃にカートリッジが入っていることを確認する。
「てっちゃんは其処で良いのかにゃ? 一番狙われるにゃ」
「アイネさん達を前にはできませんよ。ここでいいです」
男の辛いところだ。
タバコを1本取り出して火を点ける。だいぶライターの液が残り少なくなってきたな。
これは、強請っても無理かもしれない。そんなことを考えながら前方に伸びる通路を見ていると視界に動く物を見つけた。
「来たぞ!」
俺の声に全員が銃を持ち直す。まだ距離があるから構えはしないようだ。
「カエルです。5匹以上やってきます!」
望遠鏡を取り出して覗いていたエルちゃんが大きな声で教えてくれた。
「グロッグにゃ。皮膚は弾力があるにゃ。ロアルの通常弾は利かないにゃ」
「エルちゃん。目を狙え!」
アイネさんの呟きを聞いて、急いでエルちゃんに教えてあげる。
エルちゃんはロアルの通常弾だ。皮膚はダメでも目なら、目の瞬膜は貫通できるだろう。
「3人で撃ったら後ろの毛皮に散弾銃を投げて槍を使うにゃ」
振り返ると、何時のまにか俺の後ろに毛皮が敷かれている。
アイネさんに顔を向けると大きく頷いて肩から散弾銃を下ろす。
グロッグはだいぶ近付いてきた。距離は50mと言うところだろう。
「広場に出る瞬間を狙うにゃ。なるべく左側で戦うにゃ」
右に出るとエルちゃん達の援護の邪魔になるってことだな。
グロッグ達のペタペタと言う足音が聞こえてくる。
広場への出口まで後数mというところだ。
「構え!……てぇ!!」
俺の号令で、3丁の散弾銃からスラッグ弾が発射される。続けてもう一度。
後ろの毛皮に散弾銃を投げ捨てると、槍を掴んで左手に走る。
数匹どころじゃないぞ。どんどん増えてくるみたいだ。
俺に向かってきたトノサマガエルのオバケみたいなグロッグに槍を突き刺す。
グンっと鈍い感触が腕に伝わってきた。
確かに、皮膚の弾力が異常だ。
【アクセル】と小さく呟き、自分の身体機能を上昇させる。
エルちゃんに向かってのそのそと歩いていたグラッグに槍を投げ突けると、M29を引き抜いてグラッグに連射する。
狭い広場でマグナム弾を撃ったから反響が強烈だ。俺も思わず耳を押さえたい衝動に駆られたが、グラッグの方は一瞬その動きを止めた。
其処にアイネさん達が槍で突き刺す。
俺もM29をホルスターに戻すと長剣を引き抜いてその中に乱入していった。
どの位の時間が経ったのだろうか。
俺達の前に山のようになってグラッグが倒れている。ピクピクと動くグラッグにアイネさん達が止めの槍を突き刺していた。
「ありがとう」
そう言って、エルちゃんが俺の槍を持ってきてくれた。
ライフルにカートリッジを詰め込んでいた最中だったらしい。
シイネさんにグラッグには火炎弾が余り効果がないと聞いて、ライフルだけに専念していたみたいだ。
「エルちゃんも頑張ったにゃ。目を射抜かれたグラッグが3匹いたにゃ」
アイネさんが俺達の所に来ると、そう言ってエルちゃんの頭を撫でてる。
「で、これからは?」
「少し、待つにゃ。今度はガルバンが来る筈にゃ。私等は散弾を使うにゃ。ミイネ達が1発弾で牽制するにゃ」
グラッグがいるとガルパンって奴だな。確か太さの割りに長さが無い蛇だったぞ。
砂地に槍を突き刺して長剣を鞘に戻すと、毛皮の上に投出した散弾銃に散弾のカートリッジを装填する。カートリッジの色が赤だから直ぐに区別がつく。
そんな作業をしているときでも、シイネさんとエルちゃんは持ち場から通路の奥を監視している。
ミイネさんがそんな俺達にお茶を入れてくれた。
カップに半分程度のお茶だが、一仕事を終えた後のお茶は格別だ。丁度喉も渇いていたしね。
「200D(60m)先で何かが動いています」
エルちゃんの報告が俺達に届く。
いよいよ来たか。でもあの体形でどんな攻撃をするんだろう?
お茶のカップを砂地に置いてあった笊に入れると、散弾銃を手に最初の位置へと移動する。
「2匹来ます。私の胴位の太さに見えます。距離100D(30m)を切りました」
エルちゃんの淡々とした報告が聞こえる。
M29の発射音で耳鳴りがしていたけどどうやら戻ったようだ。
「さっきと一緒にゃ。触手に気を着けるにゃ!」
一瞬ドキリとした。
触手なんて聞いてないぞ。
しかし、大きな相手にあえて散弾を使うというのは触手対策ということか?
そうなると、どうやって倒すか迷うところだ。皆の顰蹙を浴びそうだが、まだM29には2発残っている筈だ。
「もうすぐ、広場です!」
「構え……てぇ!!」
再び俺の号令で3丁の散弾銃が一斉に放たれる。
触手はガルバンの口の中から2本伸びている舌が触手状になったという事なんだろうか?
そんな触手を3発の散弾が引き千切る。
太い胴体をバタバタとのたうたせて転がるようにして俺達に迫ってくる。再び千切れた触手が伸びてきた。
ドォン!
残った散弾を発射して後ろの毛皮に散弾銃を投げると、その間にミイネさん達がスラッグ弾を発射した。
槍を掴んで素早く駆け寄ると、胴にズンっと突き刺す。
後ろに下がりながら長剣を抜いてガルバンに迫った時には更に1本の槍が刺さっていた。
飛び上がって、裂帛の気合を込めて長剣をガルバンの頭に振り下ろす。
重力と筋力それにマイデルさんの鍛えた長剣の切れ味が一体となって、ズンっという鈍い手応えが腕に返ってくる。
そして、俺が砂地に降りると同時にガルバンの首が落ちた。




