N-063 迷宮の地下へ
晩秋に臨時のギルドが村にできた。
レベルの確認にエルちゃんと出掛けると、白の6まで上がっている。身体機能もそれなりに上がっているのだが、一番嬉しいのは魔力値の上昇だ。31まで上がっている。M29を12発撃っても魔力が9残るから、【アクセル】を使うチャンスがそれだけ広がる。
いよいよ、迷宮の地下1階へ降りていけると思うとちょっと嬉しくなるな。
「迷宮の地下1階は、レベル2の魔物が出るにゃ。蛇のガルバンが一番厄介にゃ。でも、前に倒したサベナスよりはマシにゃ」
図鑑で見ると長さは4m以内ってとこだな。ズングリした怪しい体形だが、魔物だからねぇ……。
そして、ガルバンの近くにはグロッグがいると書いてある。
グロッグは、太ったカエルだな。それでも体高は1mあるぞ。1mはある大きな口には小さな歯が並んでる。
どちらも厄介なことに毒を持っているようだ。
狩る前には毒消しを忘れずに!という注意書きがちゃんと書いてある。
「毒消しは余分に持つにゃ。1人10個あれば大丈夫にゃ」
「デルトンの球根が残ってますけど……」
「毎朝、お茶代わりに飲むにゃ。でも……あれは不味いにゃ」
あれは不味かった。でも、あれを飲めば眠気は一発で覚めることも確かだ。
早めに、エルちゃんの採取品を入れる袋からデルトンを無くさねばなるまい。でないと、夢に見そうだからな。
「それで、てっちゃん用にこれを貰ってきたにゃ」
アイネさんが籠から2連装の散弾銃を取り出した。
「はいにゃ!」って言いながらマイネさんが俺の膝に散弾銃とポーチを置いてくれたけど、どういうことだ?
「迷宮は地上と違って狭いからライフルは必要ないにゃ。相手によって散弾と1発弾を使えるこの銃が便利にゃ」
そういうことか。それに、銃の種類が統一されてれば何かと便利だ。
エルちゃんにはまだ散弾銃は無理だからロアルの通常弾を使うライフルをしばらく使ってもらうしかないけどね。それでも、ロアルはアイネさん達も使ってるから弾丸の互換性に問題は無いだろう。
「ありがたく使わせてもらうよ。それで、このポーチは弾丸用?」
「そうにゃ。皆お揃いにゃ。12個入るから十分にゃ」
地下1階は、少し今まで行っていた1階部分とかなり様相が違っているらしい。
地下1階の地図を広げて見せてくれたけど、格子状の通路というわけではなさそうだ。2、30m程の広さの広場が通路で繋がっているようにも見える。
幾つかの広場には沼のような書き込みがあるぞ。確かにカエルや蛇が出そうな感じだな。
「もうすぐ、冬にゃ。迷宮に四季は無いにゃ。でも温度は少し変わるにゃ」
夏涼しく、冬暖かといっても限度があるということか。蛇やカエルは冬眠しないまでも少しは動きが鈍くなるかもしれない。
「ということは、俺達も温かな格好で行くことになりますか?」
「綿の上下に、革の上下で十分にゃ。でも、毛布は必要にゃ」
寝るには少し寒いってことかな。
どうせ、籠を担いでいくから毛布やシートは増えても問題ないな。
「ミイネとシイネはエルちゃんと食堂へ行くにゃ。お弁当を人数分3食にゃ。私とマイネは武器屋に雑貨屋にゃ」
そう言うと俺を残してバタバタと出て行ってしまった。
俺も、どちらかに同行したかったな。
そんな思いを持ってタバコに火を点ける。
今度はいよいよ迷宮にある、あの階段を降りていけるのだ。
そして、今度は今までと違って通路での闘いではなく小さいながらも広場での狩りになる。
やはり、片手剣よりは長剣が良いだろう。
タバコを炉の中に投げ込むと、早速部屋に戻って装備ベルトの吊り具に長剣をしっかりと結びつける。片手剣はバッグの上の位置に横向きで取り付けられているからこのままでいいだろう。予備の剣ってことになるのかな。
これで、杖代わりの槍を持てば俺の方は終わりだな。
エルちゃんは、ライフルは俺の籠に入れておけばいいから、ダリル山脈を越えた時から使っている竹の杖を持てばいい。
かなり、年期が入ってきたな。先の方も少し割目が入ってる。
これは、ちょっと問題だな。
俺は部屋を出ると、扉に鍵を掛けて雑貨屋に出掛けた。
道はエルちゃんに聞いてるから直ぐに付いたけど、看板に雑貨屋と書いてあるのはちょっとね。もうちょっと捻りが欲しい気がするな。
武器屋には剣の彫刻があるから直ぐに分かるんだけどね。
扉を開けて中に入ると結構広い部屋に棚が3列並んでいた。
端から順に見て回るけど、杖って無いんだな。
「何を探してるにゃ?」
後ろから若い娘さんに声を掛けられた。
驚きながらも後を見ると、娘さんと言うより、お嬢ちゃんだな。お手伝いをしているようだ。
「ん、ちょっとね。これ位の太さでこれ位の長さの棒を探してるんだ」
「真直ぐな棒ならこっちにあるにゃ」
お嬢ちゃんの後を付いていくと、其処は沢山の布が置いてある場所だった。
絶対にこんな場所に杖は無いと思うぞ。
それでも、その後を付いていくのが俺の辛いところだ。せっかく親を助けながら働いてる小さな子供の期待を裏切るようなことはできないからな。
「これにゃ。太さは丁度良いにゃ。長さはちょっと長いけど、丁度良い長さに切って上げるにゃ」
そう言って、棒を俺に持たせてくれた。
これって、カーテンを吊る棒だよな。俺の身長ぐらいあるぞ。
だが、この絶妙なしなりは何の木から切り出したんだろう。そして緻密な年輪はどう見ても広葉樹だ。
これを1.2m位の長さに切れば、杖としては申し分ない。
「ぴったりだ。ところで、長さを4D(1.2m)位に切って、この部分に革紐を巻けないかな?」
「御祖父ちゃんに聞いてくるにゃ!」
そう言ってトコトコと棒を持って奥に行ってしまった。
とりあえずカウンターに行って待つことにする。
アイネさん達はとっくに此処を訪れたみたいだな。
雑貨屋の品目について教えて貰おうと思ってたけど残念だ。
しばらく、棚を眺めていると奥の扉が開いて、長老並みの老人がさっきのお嬢ちゃんと一緒にやってきた。
「これを、杖にするつもりのようじゃな。確かに良い考えじゃ。使うのは小さな女の子らしいから革紐は明るい色のものを使ったぞ」
「ありがとうございます。喜ぶと思います。ところでお幾らでしょうか?」
「棒が5Lに革紐が2Lで7Lじゃ」
「それだと、加工賃が入ってませんが?」
「何、今まで誰も買わなかった品じゃ。それが売れるだけで十分じゃ。迷宮には注意することじゃ。ちゃんと守るのじゃぞ」
俺はバッグから小さな革袋を取り出すと、銅貨を7枚お嬢ちゃんに渡した。
店を出ようとすると、後ろから「ありがとうございました」とお嬢ちゃんの声がした。
ちゃんと店番が出来るなんて偉いよな。
そんなことを考えながら俺達の部屋に向かった。
◇
◇
◇
次の日、俺達は朝早く迷宮に出発した。
エルちゃんは新しい杖を気に入っているようだ。杖を見ながら歩いているから何度か躓きそうになっている。
先頭を歩くアイネさんとマイネさんは何時ものように槍を持ってその後ろに小さな籠を背負ったミイネさんとシイネさんが続く。2人の持っている杖は籠を連結する為の棒だけど、杖に丁度良いみたいだな。
その後ろに俺とエルちゃんが並んで歩く。
休憩を取りながら昼には、あの大きなテラスに着いた。
テラスの端でお弁当を広げてお茶を飲む。
もうすぐ、冬だからこのテラスはだいぶ冷え込んでいる。次に来る時にはきっと氷のカーテンができてるんだろうな。
俺と、レイクで作ったテラスの反対側の部屋は丸太や板が納められている。また事態が急変したら、此処を封鎖するための資材だろう。
そして、夕刻には迷宮前の広場に着いた。
早速、何時もの場所に天幕用のシートを広げて場所を確保する。
お茶を沸かしてお弁当を食べれば明日はいよいよ迷宮での狩りが始まる。
食事を終えて、アイネさんが新しく建てられた事務所へと出掛けていく。
迷宮の状況を聞くのは、ハンターがしなければならない情報確認の為だ。
俺達はのんびりとアイネさんの帰りを待つ。
ミイネさん達はエルちゃんを交えて薄いパンを焼き始めた。この先は迷宮だからたっぷりと焼いておくみたいだ。
事務所の扉が開いてアイネさんがこちらに走ってきた。
携帯用の炉を囲んでいた俺達の中に入り込むと直ぐに迷宮の状況をお茶のカップを持ちながら話してくれた。
「迷宮に入っているハンターが少ないにゃ。地下2階以上に2つのチーム。地下1階は誰もいないにゃ。でも1階は4つのチームが狩りをしてるにゃ」
「だいぶ少ないですね」
「この先の通路に3つのチームが行ってるにゃ。廃都から通路に入り込む魔物が多いらしいにゃ」
「でも、この先には見張り所があるんでしょう。それなら安心じゃないんですか?」
「そうでもないにゃ。廃都の出口は見張り所から、ずっと先にゃ。それに道が迷路みたいだから、其処に住み着いた魔物を狩っているみたいにゃ」
一度、廃都までの通路を地図で確認しなくちゃな。
廃都はボルテム王国の勢力圏内だが、レムナム王国がかなり押している。ボルテム王国が作った結界には沢山の魔石が使われているらしいから、それを手に入れようとレムナム軍が結界を作る塔を破壊したら、通路を使って此処にやってくる魔物だっているはずだ。
見張り所がどれだけ頑丈なのか分らないけど、今の内に強化しておいた方がいいのかも知れない。
そんな話を聞いた後で、俺達は毛布に包まって体を寄せ合う。
やはり、少し寒い気がするな。
迷宮の中がもう少し暖かいことを期待しながら俺達は眠りに就いた。
そして、次の日の早朝。
簡単なスープに昨日焼いたパンを食べると、急いで出掛ける準備を始める。アイネさんが事務所に出かけて、迷宮に入っているチームと時計の確認をしてくると言っていたから、もうすぐ帰ってくるだろう。
籠を背負って、事務所近くまで足を運んだ時、アイネさんが事務所からでてきた。マイネさんがアイネさんに槍を渡すと俺達の準備は全て終る。
「出掛けるにゃ!」
高らかにアイネさんが宣言すると、迷宮の入口を目指して歩き始めた。
迷宮の地下1階は初めてだからな。
そんなことを考えていた俺をエルちゃんが見上げる。顔に出てたのかな?
「地下1階は初めてだからね。エルちゃんも注意するんだよ」
俺の声に大きく頷いてくれる。
そんなエルちゃんの毛糸の帽子を取ってガシガシと撫でてあげると、くすぐったいのかエルちゃんが首を竦める。
「エルちゃん、シイネ【シャイン】にゃ!」
アイネさんの言葉に、何時ものように2人が光球を前に2つ、後ろに1つ作りだす。光球は俺達の歩みに合わせて移動してくれるから便利だよな。
そして、迷宮に俺達は足を踏み入れる。
此処からは俺も後方の確認をやらなければならない。
もっとも、ネコ族の人達は勘がいいから、俺より早く異常を感知してくれるんだけどね。




