N-062 4カ国の関係
ドォン!
強装弾をアイネさんが放つ。続けてもう1発。
距離は分隊の練習していた距離の約2倍。だが、アイネさんの放った弾丸は的に命中したようだ。的が小さく揺れている。
2発目も同じように命中している。
問題は、どこに当たったかだな。
アルトスさんが分隊を指揮している者に手を振って、的を持ってこさせた。
的の端の方に穴が2箇所開いている。
「中々に使えそうだな。バレルを長くすれば重さで発射時の跳ね上がりを押さえられるということか。そして、この重さも役に立っているようだ」
「次ぎはこれを使います。俺も撃つのは初めてですから離れてみていてください」
若者が的を元の位置に戻すと、俺と的の間から人影が消えた。皆後ろに下がって俺の銃を見ている。
拳銃だけの世界だ。俺のような長銃を見るのが初めてなんだろうな。
肩膝を地面に着けると、ストックを肩に当てるそして構えながら左の親指でセーフティを倒す。
照準はバレルの先に付けた山と手元の谷型の金属板だ。谷は直角に作られた金属板を倒せるようになっている。片方には1M(150m)、もう片方は300D(90m)と刻まれていた。
当然、谷の照準器は300Dに倒している。
ゆっくりとトリガーを引くとドォン!っと言う音とと共に弾丸が発射される。
そのままの姿勢でボルトを引くと金属製の薬莢が飛び出てくる。
次の薬莢を入れてボルトを閉じると、2発目を発射した。
「的を持って来い!」
アルトスさんが大声で後ろの若者達に怒鳴る。
直ぐに1人が走って行った。
「これか?……これ程当るものなのか」
「こうやって持ちます。肩と、左右の手で支えますからバレルが安定します。そして、この照準器。これを覗いて的と山と谷が一直線になるようにすれば、的に命中します」
直径1m程の的には同心円に3つ程の円が描かれていた。
俺の撃った弾が全て真中に当っている。
「50丁だったな。1小隊に渡すことができるか……。できれば、もう50丁程欲しいところだ。」
大隊毎に1小隊をライフル化したいってことだろう。
それも、理解出来る。御礼の手紙を出す時に強請ってみようかな。
次の日、今度はバリスタを組み立てる。
昨日練習場にいた分隊が組み立てを手伝ってくれたが、このバリスタの弓は鋼だ。確かに強力なバネになる。そして弦は細いワイヤーだった。
ロクロで弦を引き絞り、カタパルトに先端に爆裂球の付いたボルトを載せる。
爆裂球から伸びる紐をバリスタに結んで準備完了だ。
「どれ位飛ぶのだ?」
「この説明書には1M以上と書いてあります。この場所にある飛距離を表す仕掛けがありますから、1M(約150m)で試してみましょう」
バリスタは結構な重さがある。弓部分だけでも3mはあるから、それを支える架構も広葉樹の太い柱でできている。
1m位ある木製車輪が付いてはいるのだが、男達5人でどうにか動かせる。
広場の端まで移動すると1M先の的に照準を合わせる。
距離を角度調整して、安全装置であるクサビを弦から抜取る。
そして弦を押さえている金具に結ばれた紐をグイっと引いた。
ブゥーン……と言う風切り音の後に鈍い爆裂音がして的が吹き飛ぶ。
「とんでもない兵器だな。2Mは飛ぶというのか」
「そうなりますね。これで、敵の突撃の出鼻を挫くことができます。港に2つもあれば良いでしょう。後は南へ……」
「ライフル銃を1小隊とバリスタ部隊を作るのか。少し編成を変えねばならんが、それは喜んで中隊長達が協力してくれるだろう。ボルトの構造は単純だ。戦までには十分備えられる。後は俺達に任せておけ。ライフル1丁はお前の物だ」
「後は、望遠鏡とコンパスですが、使い方は分りますか?」
「お前達に1個ずつ。残ったものを引き渡してくれ。使い方はクァルの娘達に教えて貰う」
「分りました。一応、明人さんにもう1分隊分ライフルを頼んでみます。あまり強請るのも気が引けますが、あれば北の守りも有利になります」
「頼む!」
アルトスさんが俺の両手をしっかりと握って呟いた。
「あの伸びる物と、小さな箱にゃ。私達が取ってくるにゃ。先に部屋へ行ってるにゃ」
俺が振り返えるのを見たアイネさんはそう言うと、4人で倉庫に戻って行った。
自分達も貰えると聞いて喜んでるみたいだな。エルちゃんも嬉しそうだ。でも、何に使うのか分ってるんだろうか?
「ライフルの使い方は分りますよね」
「あぁ、大丈夫だ。先程見ていたからな。此処にいる連中に使わせてみる。全員が300D(90m)で的を当てられるなら、俺達はかなり優位に立つ。ライフルは後で部下に届けさせるぞ」
俺はアルトスさんに頭を下げてその場を立ち去った。
これで、何とかなるかも知れない。
アルトスさん達はアイネさん達の散弾銃を模擬した銃を武器屋に作らせている。まだ纏った数はできていないようだが、春には中隊規模の数が揃うだろう。
部屋に帰ると早速、明人さんに手紙を書く。
今回のお礼と、ライフルの入手だ。流石にタダとは行くまい。金貨10枚で買えるだけと書いておく。
金貨10枚は明人さんから貰った魔石の代金だから、明人さんからすれば何を考えているんだと怒られそうだな。
それでも、俺が自由になる金額はこれだけだ。長老から出してもらうことも可能だろうが、それはネコ族の国作りに取っておいた方が良いだろう。
手紙を書き終えた俺にエルちゃんがお茶を入れてくれた。
タバコに火を点けてのんびりとお茶を飲む。
「お兄ちゃんは、ずっと此処にいてくれるの?」
「エルちゃんの兄貴だからな。頼りにならないかもしれないけど、アイネさん達や、エクレムさん達もいるんだ。誰からも逃げなくて良い場所を作れるなら頑張るよ」
そう言ってエルちゃんを見ると、ちょっと俯いてる。
小さな声でありがとうって呟いたのが聞こえてきた。
そんな所に、アイネさん達が帰って来た。
炉の回りに座ると早速、望遠鏡とコンパスを取り出す。
「これはエルちゃんの分にゃ。これはレムルの分にゃ。私等も貰ったにゃ。それで、これは何にゃ?」
そう言って俺に、期待する目を4人が向ける。
やはり、何のためかは分らなかったみたいだ。
「これは、両方にガラスがあるだろ。大きい方を見たい方向に向けて、小さい方を覗くんだ。此処から、あそこの壁掛けを見ながら、筒の長さを両手で調整するんだ。綺麗に見えるところがある筈だ」
「ホントにゃ!」
「何で大きく見えるにゃ?」
「これは望遠鏡と言って遠くの物を見る仕掛けなんだ。魔道具ではないよ。でも、1つだけやってはいけないことがある。お日様を見ないこと。見たら目が潰れてしまう。これだけは守って欲しい」
「分ったにゃ。外で試してみるにゃ。それで、こっちの小さいのは何にゃ?」
「これは、コンパスと言って方向を知る道具だよ。こうやって持つんだ。ガラスの中に針があるでしょ。この片方に赤い印の付いた針は何時でも赤い方が北を向くんだ。このボタンは針の動きを止めるんだ。この蓋にある線をこっちの小さな穴から覗いて目的にあわせて押すと、針が止まる。すると、北からその目的の方向がどれだけ偏っているかが目盛りで判るんだ」
「難しいのは良いにゃ。赤い針が何時も北を向くって分れば使い方はあるにゃ」
アイネさんはそう言ってるけど、ミリタリーコンパスの使い方は砲兵部隊の基本のような気がするぞ。バリスタ部隊にはちゃんと教えてやろう。
「テラスで望遠鏡を試すにゃ。エルちゃんも出掛けるにゃ」
お姉さん達はエルちゃんの腕を取って出掛けて行った。
ちょっとしんみりしてたからアイネさん達の快活さはありがたいな。でもちょっと勉強するのは嫌いなんだよな。
俺には元々双眼鏡とミリタリーコンパスがあるから、コイツはレイクに渡そう。あいつは妹思いのハンターだ。ハンターならこの2つは重宝するだろう。
トントンと部屋の扉を叩く音がする。
扉を開けると若い兵士がライフル銃を持っている。
アルトスさんが後で届けると言ってたな。ありがたくライフル銃と金属薬莢を受取ると、早速薬莢にカートリッジを入れて弾丸用のポーチに入れて置く。ゆるゆるのカートリッジケースだから丁度薬莢が収まって都合が良い。
ライフルを俺達の部屋に置いて、ポットの渋くなったお茶を飲みながら地図を取り出して眺めることにした。
南の森が、サンドミナス王国からの侵略方向に間違いないと思うが、他の新緑路についても一通り検討はすべきだろう。
一番気になるのは北の荒野だ。
俺達がダリル山脈を越えるのに苦労したぐらいだから、北からの侵略はめったなことでは起こりえない。だが、可能ではあるのだ。
ボルテナン山脈は、ドーナツの形をした島の北側に沿って東西に伸びている。4つの2千mクラスの山を持っているのだが、レムナス王国の領内には山脈が低い場所があり、北の荒地にまで森が伸びている。
その森を抜けて、この場所に来るには300km以上を踏破しなければならず、その間に水以外を補給することは困難だ。
一月を掛けて踏破するような行動を取るだろうか?
深い森を抜けることから荷車などは使えない。いくら魔法の袋があるとはいえ、食料、水、それに武器を携えての遠征だ。
それに、もう1つの王国の存在も気に掛かる。
レムナム王国の南にある王国なのだが、ボルテナン山脈の反対側に2つの町を持っているようだ。
遠征するとなれば、更に距離は長くなるが荷車を使えるから補給の点ではレムナム王国よりも容易ではある。
レムナム王国とガリム王国の仲も気になるところだ。
仲が悪ければ、両者とも国境に兵を駐屯させている筈だから、遠征軍に兵力を割くことは困難だろう。だが、両者の仲が良ければ、ボルテナン山脈の北を利用した兵力の展開を互いに協力して行なうことも考えられる。
疑いだすと限がないな。
ここは、長老と相談してみるか……。
長老の部屋を訪ねてみると、俺の来訪を意外な顔で見ている。
俺は何時もの席に腰を下ろすと、タバコの箱から1本取り出して炉で火を点ける。
長老達は俺が話し出すのをじっと待っていた。
「相談役としては役立たずで申し訳ありません。1つ教えてください。
ボルテム王国とサンドミナス王国を1つの勢力として考えると、その勢力とレムナム王国は事を構えていることになります。
ところで、レムナム王国とガリム王国との関係はどうなのでしょうか?
両者の仲の良し悪しで、レムナム王国軍の東方への兵力展開の規模がある程度分ると思うのですが……」
「ガルム王国とレムナム王国は必ずしも良い関係ではない。そして、ガルム王国の兵力はレムナム王国との国境線を守る程度じゃ。
その王族達も先代はレムナムそして現国王の妃はサンドミナスから迎えておる。片方に助力すれば国が割れるじゃろう。今回の戦乱では国境に兵を送り傍観しておるようじゃな」
「失礼ですが、その情報は確かなのでしょうか?」
「ガルム王国から戻って来た旧パラムのハンターからの報告じゃ。どの国もネコ族への締め付けは厳しくなっておるようじゃ。レムナムでは拷問まで行なっていると聞く。続々と同朋がこの村に集まっておる」
それはちょっと問題だな。
かといって、救出できるものではない。だが、その恨みは何時か晴らさねばなるまい。
ここは、俺の暮らしていた世界とは違う。人道的な行動は場合によっては身を滅ぼすことにもなりかねないぞ。
ん?……ちょっと待てよ。
普通は、こんな世界なら宗教がそれを補うんじゃないかな。異端は弾かれるが、同門であれば、手厚い保護を受けられると思うんだが。
「もう1つ、教えてください。この世界に神はいるんですか? それと、その神を信仰する宗教はあるんでしょうか?」
「4神がおる。連合王国にその神殿があり、そこから分神殿に神官が派遣されてくる。パラムにも風の分神殿があったのじゃが、王都が焼かれた時に分神殿も焼け落ちた筈じゃ。神官は今でもこの村で分神殿の御神体を守っておる」
少なくとも信仰はあるようだ。
だが、4神とはおもしろいな。地、水、火、風と言ったところだろう。
そして、問題はその教えと行動だ。一度、神官に会ってみたいな。




