N-060 援助の中身
美月さん達との商談が成立したところで、俺達の住処に案内する。
リビングはちょっと狭いけど、適当に座ってもらい雑談を始めた。
「……では、本当は大人なんだけど呪いで幼女に変えられたと?」
「実際は少し複雑なんだけど、簡単に言えばそうなるな。解呪の魔道具を使えば元の姿に戻れるけど、長時間その姿を保てない。それでも十分に強いぞ」
剣を自由に扱うから剣姫と皆が呼んでいるそうだ。そして、本当にお姫様らしい。なんとも物騒な御姫様だが、その母君は更に物騒だったと明人さんが言っていた。
そんな3人の角に座っているのがディーさんらしい。何となく美月さんと明人さんに似ているな。
「この世界に来たのは2年程前です。昼寝をするためにベッドに倒れたら……、気がついたときは此処にいました。
ポケットの紙切れに、手違いで送ってしまったと書いてありました。
俺の持ち物はこれとこれです。後はタバコやちょっとしたサバイバル道具でした」
そう言って、美月さんの前に片手剣とM29を差し出した。
取り出した大型拳銃を見て、明人さんが驚いている。
「俺も、これを持っている」
そう言って腰のバッグの下から俺と同じM29を取り出した。
少し形が違うようだ。
バレルの長さが、アキトさんの方が少し短い。
「特注だからな、レムルの持つM29が通常品だ」
「そうでもないです。これは弾丸を必要としないんです。魔道具の一種らしく、魔力を使って発射します。6発撃つと、【リロード】と言う魔法で再度発射状態に戻すことになります」
「送り込んだ神の違いか……。だとすると、それを積極的に使うのは問題があるな」
「はい。そこで、魔石を使ってライフル銃を作ってもらいました。弾丸に回転を与える魔石の組み合わせをマイデルさんというドワーフに作ってもらいました」
「弾丸を回転させるだと?」
「これです。できれば後装式にしたかったんですが、工作機械がありません。これで頑張るつもりです」
「後装式は俺達の会社で開発中だ。唯一ライフル化をどうするか悩んでいたんだが……」
「アキト、時間の問題よ。後100年もすれば登場するわ」
「たぶんな。でも、火薬は未だに魔石の粉体と炭だ。化学が進まない限り戦争は限定化される」
「ミーアちゃんは妹だし、ミケランさんそれにセリウスさんにはお世話になったわ。同じネコ族の人が困っているんだから、恩返しをするべきよ!」
「それは、俺も考えてる。だが、兵器の拡散を考えると、やはり限度があると思う。とはいえ、弾丸に回転を与える方法が簡単ならば、連合王国の軍備が向上するのは確かだ。レイガル族との戦は依然として続いている。
レムル、そのライフルを俺に預けないか?
その代わり、連合王国でライフル10丁を作るたびに1丁をレムルに送ろう。
当然、後装式のライフルだ。ただし、弾丸は1発ずつの装填だぞ」
俺は直ぐにライフルを明人さんに預けた。
正直、そこまでしてもらえるとは思わなかった。
これで、少ない兵力で敵に対処できる当てができたぞ。
「ありがとうございます。これで、版図を作ることができます。北と南、それに海を考えると、中々子供達を洞窟の村から出すことができなくて……」
「商人から経緯は聞いた。小さくとも、平和な国を作ってくれ。俺もネコ族の人には世話になった。ハンターになってどうやって生活するか悩んでいた俺達に狩りを教えてくれたのはネコ族の人だったんだ」
そう言って、明人さんはタバコにジッポーで火を点けた。
遠くを思い出すように見詰めている。
美月さんも小さく頷いている。そして、その目には涙が滲んでいた。
俺がパイプを取り出すのを見て、明人さんがバッグからタバコを取り出した。
「ユングから、てっちゃんに合う事があれば渡してくれと頼まれた。10個あるぞ。たまに送ってやると言っていたから楽しみに待ってるといい」
早速、1箱の封を切って1本取り出す。
炉で火を点けると、ふうっと煙を吐き出した。
パイプもいいが、やはりタバコが気軽でいいな。楽しみに待っていよう。
「で、明日はどうするのじゃ。ユング達の話を聞いてやって来たのじゃ。特上の魔石を手に入れなければ、奴等に笑われようぞ」
「どうしても行くんですか?」
アルトさんの言葉に俺は念を押した。どうしても俺にはこの子が強いって信じられないんだよな。
「あぁ、その為に来たようなものだ。ユング達の守備を疑う訳じゃないが、姉さんが確認したいって言うからね」
「その迷宮とはどんな所なのじゃ? 詳しく話してみよ」
それには、アイネさん達が応えてくれた。
語尾に「にゃ」が付くから聞き取り難いと思うけど、4人は真剣に聞いている。そして、その言葉使いをおかしいとも思わないようだ。
いったいどんな暮らしをしてきたんだろうか。ちょっと聞いてみたい気もするな。
深夜遅くまで俺達と、明人さん達の会話は続いた。
最後にアイネさんが彼らを部屋に送って行ったが、明日朝早くに、迷宮へ出掛けるらしい。
本当に大丈夫なんだろうか? ちょっと心配だったが、明人さんは笑って10日で帰ると言っていた。
◇
◇
◇
それから、10日目。
俺達が夕食を終えて、お茶を飲んでいると扉を叩く音がする。
シイネさんが扉を開けに行くと、明人さん達のようだ。早速招き入れて迷宮の様子を聞くことにした。
「少し遅い時間で済まない。迷宮に問題は無かった」
「温い、迷宮よのう……。あれなら、黒の高位であれば、最下位まで到達できよう」
やはり、問題なく地下の最下層まで到達したみたいだ。
美月さんが強いのは分っていたが、その彼氏である明人さんの強さも半端じゃないってことかな。
俺が感心していると、美月さんが革袋を取り出した。
「私達への依頼分は手に入れたわ。これは余りで悪いけどネコ族のために使って頂戴」
そう言って俺の前に袋を差し出す。
その中は、魔石が詰まっている。しかも俺達が普段目にする低位の魔石ではない。いったいどれ位の価値があるか分らないぞ。
「でも、これは……」
「使って! 私達は色々とネコ族の人達には助けて貰ったわ。たった、10日の狩りで手に入れた魔石ではとても返せない位の恩を受けてる。それに、もう亡くしたけど、私達の妹はネコ族だったの。今は大きな石のガルパスの中で眠っているわ」
俺と同じように妹を持っていたんだな。数百年前では確かに寿命は尽きている筈だから、大きな石のガルパスはお墓なんだろう。
同情もあるだろう。そして憐憫もあるに違いない。
だけど、今の俺達には……。
「半分頂きます。ユングさん達にも頂きました。本来は俺達で何とかする話です」
そう言って、袋に片手を無造作に突っ込み、片手で握れるだけの魔石を取り出した。
その魔石をエルちゃんの膝に落とすと、袋を明人さんに差し出した。
「そうか。確かに自分達で出来る範囲で物事を考えるのは正しいと思う。……では、この残りの魔石は連合王国で金に換えて港の整備に使おう。工兵を使って短時間に形にしようと思っていたが、立派な物が作れるに違いない」
「ご理解頂きありがとうございます。……そして、1つ教えてください。この世界で火薬を作ろうと思っていますが、原料の調達は可能でしょうか?」
俺の言葉に明人さん達4人が顔を見合わせる。
やはり、この世界の科学技術をコントロールしているな。
「どうして必要なんだ?」
「銃での戦では、相手に多大な損害を与えることができません。港に敵軍が入ってきても銃では自ずと限界があります。ネコ族の軍の規模は千人程度。北と南の2方面で同時に戦うには、銃では対応できません」
「そういうことか。だが、この世界で火薬は使わせたくない。だが、俺たちも数百年前の大戦で大砲は使っているから、大きなことは言えないんだけどね。
レムルの言う大砲の飛距離は数百mで良い筈だ。それなら、大砲を使わずにバリスタを使うことで足りるんじゃないかな。バリスタで使うボルトの先に爆裂球を付ければ、野戦でも港の守りにでも使えると思うが?」
確かにバリスタなら200mは飛ぶ筈だ。鋼で弓を作れば更に飛距離が稼げるだろう。
「そうですね。その手がありました。火薬を使わなくても何とかなりそうです」
「バリスタは俺も昔使ったから、お古でよければ送ってやるよ。それを自分達で改良すればいい」
いったい過去にどんな戦をしたんだろう?
バリスタを作って、大砲までも作ったらしいが、火薬は使わなかったんだろうか?
「明人さん達がこの世界に来たのは数百年前なんですよね。でしたら、このような物は、もう試作されたんですか?」
俺がバッグから取り出したのは双眼鏡とコンパスだ。
「作ってある。連合王国の軍人や船乗りは使っているはずだ。もっとも双眼鏡ではなく、海賊が持ってるようなテレスコピック式だけどね。……次の商船に船積みしてもらおう。確かにあると便利だからな」
「それで、終わりかしら?」
「今のところは……。もっとも、安全な区域ができれば子供達の学習用品が欲しいところですが、これは、もうしばらく後になります。それに、それ位は俺達の手で何とかしたいと思ってます」
「そうだな。それを忘れなければ良い国が出来ると思う。早く、国としての体制を作れ。そうすれば、連合王国としても援助を行い易い。
俺達は明日には此処を発つつもりだ。約束の品は届けるし、来年の春には港作りが始まる。たまには様子を見に来るから、頑張れよ。ユングもいるし、俺や姉さんもいる。お前は1人じゃないんだ」
そう言って、俺の方に体を乗り出して俺の両手を力強く握った。
1人じゃないんだ……。その言葉が胸に滲みる。
彼らが立ち去ると、エルちゃんとシイネさんがエルちゃんの膝の魔石を鑑定している。
どうやら、高位の魔石らしい。10個程ある魔石を売りに出したらいったい幾らになるんだろう。
これは、軍資金として長老に預けておこう。
この先、資金が幾らあっても足りない筈だ。
◇
◇
◇
次の日の昼下がり、長老の呼び出しに応えて俺とエルちゃんが長老の部屋へとやってきた。
何時もの席に座ると、早速長老が話しかけてくる。
「今朝方、明人殿達が挨拶に参られた。今頃は船に乗っておろう。これを新しい国作りに使えと置いて行ったぞ。まったく、損得を考えぬ人達じゃのう」
そう言って革袋を取り出した。結局全て置いていったということか?
確かに数百年をハンターとして過ごせばその貯えは莫大だと思うけど、そこまでして貰っていいのだろうか?
「妹はネコ族でした。と言うておった。どちらかと言えば昔助けて貰ったネコ族の娘がいたのであろうが、彼らは妹だという。その種族が困っていれば助けるのは当たり前と言うっておった。人間族にしておくのは勿体無い限りじゃ」
エルちゃんを美月さんはジッと見ていたもんな。妹さんに似ているのかな。
でも、俺達にとってはありがたい限りだ。
連合王国の表立った後ろ立てではないが、連合王国の明人さんを知らない王族はいないのだろう。
表立っては動けないと言っているけど、俺達に敵対する王国にかなりのプレッシャーが掛かるに違いない。
「少し、彼らに強請ってみました。彼らが帰ってからの動きにもよりますが、新型の銃が手に入りそうです。そして、防衛では絶大な威力を持つ兵器が手に入りそうです」
「まさか、スマトル王国20万の軍を2万で防衛した大砲ではあるまいな。あれは伝説として語られておるが、今でも連合王国の兵器庫に厳重に保管されていると聞いておる」
「いえ、違います。この世界ではまだ見ておりませんが、弓矢に近いものです。爆裂球を2M(300m)程飛ばす能力があるそうです」
「それだけでも、使いではあるということか……」
長老に頷くと俺は頭を下げた。
確かにその性能だけでも、この世界では異端なんだろうな。
とはいえ、それがあれば防衛は遥かに楽になることは確かだ。




