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N-057 衝突


勢いよく扉が叩かれ女性のハンターが入ってくると、長老の前まで進み席に座り長老に頭を下げた。


 「アルトス様とサンドミナス軍が衝突したにゃ。最初は勝ったにゃ。でも今はこう着状態にゃ」

 「ご苦労。それは何時の状況じゃ?」

 「本日早朝にゃ。入り江からおよそ200M(30km)程の場所で両軍が睨み合ってるにゃ」


 女性のハンターはそこまで言うと、世話係が出してくれたお茶を美味しそうに飲み干した。此処まで走って来たに違いない。

 

 「教えてください。サンドミナス軍の規模はどれぐらいですか?」

 「う~ん……、アルトス様の兵隊よりは多いにゃ。でも、今はそんなに差がないにゃ」


 確か、2大隊で960人だったよな。初戦に勝利して同規模になったとなれば、最初は3大隊ってことかな?

 だが、にらみ合いとなると、武器の優劣が勝敗を決めることになる。

 そして、もう1つ。補給の問題だ。


 アルトスさんへの補給は、たぶんあの亀を使ってるんだろうが、サンドミナス軍には補給路がない筈。

 本来は短期決戦で勝敗を決めて、この村を制圧する筈だったようだが、今となっては計画は頓挫している。

 このまま南に下がってくれればいいんだけど、ひょっとしてネコ族の軍が先にいると思っているのかな。


 「ご苦労じゃった。ゆっくり休むが良い」

 

 長老の言葉に、再度頭を下げると部屋を出て行った。

 アイネさん達が羨ましそうにそれを見ている。

 さっきから、長老に出された計算問題を2人で解いていたからな。

 まさか、こんなことになるとは……、って感じで、それでも長老に逆らわずに2人で頭を寄せ合って計算しているのだが果たしてちゃんと出来るかが問題だ。簡単な連立方程式なんだけど、そんな計算のしかたが分らないのだろう。数枚の紙にびっしりと数字を書き込んでいるぞ。片っ端から数字を変えて答えを見つけようとしているらしい。

 

 「どう見る?」

 「そうですね。このまま3日過ぎれば我等の勝利。でもその前に一度向かってくるのではないかと……」


 「食料じゃな」

 「この場合はそれが勝敗を左右します」


 「それで、作戦は?」

 「作戦といえるかどうか。サンドミナス軍の突撃力を弱める為の柵を作れば良いのではと。腰の高さの柵を2段にすれば、それを越える為に動きが一瞬止まります。そこを狙い撃てば良いでしょう」


 「確かに簡単じゃな。じゃが、アルトスはまだ柵は作っておらぬじゃろう。アイネよ今の話、伝えてくれぬか?」

 「いくにゃ!」


 ドヨーンとして雰囲気で鉛筆を走らせていた2人が勢い良く立ち上がる。そしてバタバタと部屋を横切り外に出て行った。

 ちゃんと聞いていたのかな?

 

 「まぁ、これで一安心じゃな。クアルの娘も元気になって帰ってくるじゃろう」

 「それが狙いですか?」


 俺の問い掛けに長老達は笑いを浮かべている。

 

 「これで安心か?」

 

 そう聞かれると、少し考えてしまう。

 たぶん敵兵は半減するだろう。だが、そこで再び膠着状態になるはずだ。

 ……決定打がないんだよな。

 この世界の科学は少し歪んでる。

 銃はあるんだが、大砲はない。銃を大きく作るぐらいはすると思うんだが、それがない。そしてバレルの長い銃もない。

 拳銃での戦は、至近距離で行なわれることになるだろう。やはり最後は剣は物を言うことになりそうだな。


 戦火を拡大しないことは良いのだが、戦線の膠着状態をもたらすのは問題だな。そして、弓は何故使われないんだろう。

 限定した戦を誰かが意図しているような気がしてならない。

 だが……そんな戦でも1つの王国が失われた。

 ここは、最後まで面倒を見るのが男だろうな。それに可愛い妹の種族でもあるし、俺を受け容れてくれたんだからな。

 

 「更に軍を送るべきでしょう。あればの話ですが……。無ければハンターを動員して仮の軍を向かわせるのも手です」

 「それで、どうなる?」


 「南に逃げるでしょうね。東は海沿いで視界が開けています。ですが森はそうではありません」

 「わざと逃がすということか……。確かにそれが一番じゃろう。我等の力はまだ少ない。あの戦で大勢が死んだのじゃ」


 そう言って世話係りに向かって小さく頷くと、直ぐに若者が長老の傍に寄ってきた。左側の長老がその若者の耳元で小さく囁いている。

 

 「分りました。直ちに召集します」

 

 今度は若者が出て行く。

 早速ハンターに召集を掛けるようだな。


 「やはり、若者の意見は役に立つ。エクレムの推薦は真であった」

 「老人3人ではな……。意見は保守的になるわい」

 「さよう、かといって先ほどの若者では恐れ入って話にもならぬ」


 どうやら、俺が此処にいるのはエクレムさんの暗躍があるのか。

 確かに村の長老に向かって、意見をまともに言える相手は限られてるのかもな。

 俺は、偉い人って奴には余り会わなかったから、普段通りで話せるのかも知れない。それとも、同族でないからこんなにフランクに話せるのだろうか?


 「問題は次のサンドミナスの手じゃな。このまま終るとは思えぬ」


 長老の1人がそう言って俺を見る。

 そんな長老達の手元にカップにお茶が入っていないのに気がつき、ポットからお茶を注いだ。ついでに自分のカップにもお茶を注ぐ。


 炉の火でパイプに火を点けると、先ずは一服。

 ゆっくりとタバコを楽しみ、紫煙越しに3人の長老を眺める。

 お茶のカップを手に取りながら俺を見ている。


 「時期と方法が問題です。少なくとも次の市が終了するまでは何事もないでしょう。聞くところの連合王国は強大です。その商人の商売を邪魔をしてまで連合王国と事を構えるというのは、この地に3大隊程の兵力を送るだけの国家では荷が重いでしょう。

 さらに、今回の出兵がどれ程の兵力低下に繋がるかが問題です。

 サンドミナスがボルテム王国の後ろにいるということは、レムナム軍に対する備えも必要としていることになります。

 国境を守る兵も必要でしょう。場合によっては新たな兵を徴集して兵とするための訓練が必要になります。そうなると、直ぐには軍を展開できません」


 「直ぐには来ぬ。ということか……。だが備えは必要じゃ」

 「確かに備えは必要でしょう。ですが、その備えは何を目的とした備えかを考える必要があります」


 「備えとは準備ではないのか?」

 「それは受動的な考えです。能動的というか、積極的な備えと言う考え方もできると思います」


 そう前置きすると、俺の考えを長老に話す。

 俺の考えている備えは、聖域化というか絶対防衛圏の確立だ。その中ではどんな状態であっても、子供が外で遊べる。そんな場所を何処まで広げられるかが問題となる。

 

 「点の防衛ではなく、面の防衛と考えれば答えが出やすいです。例えば……」


 この洞窟を利用した村の玄関口は森の中だ。最初はこの森にネコ族以外の者を立ち入らせぬような策を考えれば、森が聖域化する。

 柵で囲えば簡単なんだが、そうも行くまい。

 どうしたら、森を守れるか。それを考えるのが能動的な備えだと俺は思う。


 「なるほど……、最初は小さくとも良い。それを少しずつ広げるのじゃな。最後は我等の王国の再現となる」

 「だが、容易ではないぞ。我等が動ける内にそれを見ることは無かろう。しかし、その考え自体は我も賛同する」

 「ふむ、我も賛同する。この騒動が終り次第、主だった連中を集めて早速意見を聞くべきじゃろうな。それまでに計画を纏めることじゃ」


 それって、俺がプレゼンテーションを行なうのか?

 ちょっと面倒なことになってきたな。

 

 傍らの地図を広げる。

 この村を中心とする300M(45km)の地図だ。

 どんな人達が作ったか分からないけど、絵地図ではなく、等高線まで引かれている。その間隔は30D(9m)と大きなものだがおおよその地形を思い浮かべることは可能だ。


 絶対防衛権を作るのは2つの方法がある。

 1つは柵で物理的に隔絶する方法。もう1つは、兵力を展開して防衛線を維持する方法。

 この2つを組み合わせることで安心して暮らせる場所を少しずつ広げていけば良い。


 先ずは南の地だ。

 此処は、岩山を基点として東西に柵を作れば良いだろう。森が尽きた東の荒地を越えて断崖まで延長すれば、その先は大海原だ。

 監視所まで歩いて行った道に関所を作ればハンターの出入に問題はない。

東に1つ、西に1つ簡単な監視所を作って相互に連絡し合えば他国の軍勢をいち早く発見して、対処する事も可能だ。


 村の西はラクトー山から続く斜面だ。20M(3km)も登れば森も消えて荒地になる。更に登ると針葉樹の森が広がっている。森と森の距離は30M(4.5km)は離れている。

 この荒地を利用して敵を発見することは簡単だろう。森に隠れた見張り所を何箇所か作ればいい。


 問題は北の地だ。ここは森が無く荒地が広がっている。

 荒地に点在する岩を砕いて塀を作ることになるな。

 それには長い年月が必要だ。ネコ族の人達は結果を早く知りたがるから、果たして長期的な防衛線の構築にどんな反応を示すかが問題だ。

 だが、北の防衛線は是非とも必要だ。

 派兵する側とすれば軍船や商船で容易に兵隊を輸送できるのだ。この村の東には小さな入り江が1つあるだけだが、北の海岸線に入り江が1つもないとは思えない。

 場合によっては砦を作ることも視野に入れねばなるまい。

 常時2中隊程の部隊を展開するならば北からの侵略を容易に跳ね返せるだろう。

 

 だが、村の戦力は大隊2つに中隊が1つ。できれば、もう2つ中隊が欲しいところだ。

 そして、敵よりも優位に立てる方法が1つある。

 銃の改良だ。ロングバレルの銃を作って敵よりも長い飛距離と命中率を上げることができれば、敵の接近を簡単には許すことがない筈だ。


 「あのう……、提案があるんですが」

 「何じゃ?」


 「軍の持つ銃を特注したいのですが、予算はあるのでしょうか?」

 「ハンター資格を持つ者達が迷宮で得た魔石の売り上げ高の3割が村に入ってくる。王都から逃れて来た時に持参した金貨もある。何を作るか知らぬが、金貨1枚の範囲でなら、試作するが良かろう。試作して他の者が評価するなら量産すればよい。」


 となれば、早速簡単に絵を描く。

 ロングバレルと言っても長さは3D(90cm)と言うところだろう。ストックを入れれば1.2m前後になるはずだ。

 パレトの強装弾を使えるように頑丈に作れば、銃口にバヨネットを付けることができる。


 夕食を取って、お茶を飲みながら長老にこの島の王国について教えて貰う。

 流石に長老だけあって詳しく教えてくれた。

 南北300km、そして東西が500kmもある大きな島がエイダス島だ。南側に開いた内海を持ち、外洋から内海の最奥部は200kmも伸びている。

 丁度、ドーナツを一口齧ったような形だな。


 そしてエイダス島には5つの王国があった。ネコ族が起こしたパラム王国、その西隣のボルテム王国、南にあるサンドミナス王国。

 さらに、ボルテム王国の西にはレムナム王国、その南にはガリム王国がある。

 こんな島に5つも王国があれば争いは絶えないよな。

 そして、5つの王国はこの島から離れた東に地にある大陸の王国との通商が盛んに行なわれているらしい。

 得にレムナムの鉄鉱石とパラムの魔石は重要な島の輸出品となっていたようだ。

 

 「レムナムの人口は10万人を越えておる。他国ともレムナムの鉱山は欲しがっておったが、その軍を破ることは困難じゃろう。我等パラムであれば総人口は3万を下回る。

 数万の国民を持つボルテムが侵略するのは容易じゃった」


 微妙な力加減で睨みあっていた王国の一端が崩れたということだ。やはり、戦国時代になってしまうのかな。


 夜は更けていくけど、長老の話は終らない。

 そして俺のこの島に係わる興味も尽きなかった。

 

 ドンドンと、扉が勢い良く叩かれる音で俺は目が覚めた。何時の間にか寝ていたようだな。

 いったい何時の間に寝たのかが分らなかったが、とりあえず衣服を正してベンチに座りなおした。

 俺の行動を見ていた長老の世話係が俺に小さく頷いて扉を開ける。

 入ってきたのは、戦の様子を告げる伝令だった。


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