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N-056 俺の名前はレムル


 レイミーさんの作った光球で洞窟を照らしながら進んでいくと、何時の間にか洞窟の壁面が綺麗に削り取られた四角い断面の通路に変わっていた。

 更に進んでいくと、お風呂の通りに出た。

 確かに抜け道だな。


 そして、洞窟が思いのほか大きいのに驚いた。ネコ族の集落、それは精々村位の大きさだと思っていたのだが、想像より遥かに大きい。

 いったい、この村には何人住んでいるんだろう?

 数百人程度だと思っていたが、千人を上回っているんじゃないか? ひょっとしたら更に多いのかも知れない。

 そして、これだけの大きさの洞窟を住み良くするためにどれ位の年数を必要としたんだろう。

 ひょっとしたら、パラム王国の一大事に備えたシェルターとして維持されてきたのかもしれないな。

 王都からかなりの人達が逃げてきたと聞いたけど、その後どうなったかは教えてくれなかった。

 エクレムさんやお姉さん達のように山を越えて他の村に行った者達もいるようだが、山を越える体力やハンターとして生活できない者達だって大勢いたはずだ。

 それを考えると、この村の人口は少なく見積もって王都の人口の1割から2割、狩りに王都の人口を1万人とするならばやはり千人を越える人達が住んでいる筈だ。

 その生活物資を他国からの商船に頼っているのが現状なんだろうな。

 

 エクレムさんは俺を長老の部屋に連れてきた。

 長老の座る炉の前に俺達3人が座ると、直ぐ後からメイヒム夫妻も入ってきた。


 「姫達は来ないが、お前達5人なら経緯を説明できるじゃろう。クアルの娘達が持ってきた手紙、メイヒムの知らせ、そして先程港の見張りからも伝令がやってきた。港にやってきたのは商船じゃったが、降りてきたのは兵隊達じゃ。

 最初の知らせで、港に見張りを出してなければ今頃は兵を南に進めておったじゃろう」

 「兵の招集は?」

 「大隊2つに中隊が1つじゃ」


 「すみません。ちょっと教えていただきたいのですが、それって何人なんですか?」

 「1分隊は10人。そして1小隊の構成は4分隊だ。4小隊で1中隊が作られ、3中隊が1大隊となる」

 

 160人が中隊ってことだな。大隊が2つに中隊1つということは960人と160人で、1,120人ってことになる。

 精々ハンターを集合させて300人程を集める程度だと思っていたが、正規兵を持っていたようだ。


 となれば、この村の人口は俺が思っていたより数倍の規模があることになる。

 やはり、王都のシェルターとしてこの村は作られたようだ。村とは、平和な時代の此処を維持する者達の人数から来たのだろう。

 

 「問題はこれからじゃ。敵を背後から突くのは、アルトスに任せられる。じゃが、戦はそこで終るじゃろうか……?」

 

 流石は長老だな。この事態を数歩下がって見ている。

 たぶん、今回の戦は勝利できるだろう。だが、これが新たな火種となってサンドミナス王国との戦が継続することを憂慮しているってことか?


 「俺は、この世界の力関係は良く分かりません。ですが、港がある限りいつでもサンドミナス軍はこの地に来ることができます。商船を近づけることができる場所は外にもあるのでしょうか?」

 「この地は、大きな島じゃ。パラム以外の王国は南西に広がる大きなエイダス内海に港を作っておる。唯一、パラムは商船が2隻程停泊できる東の小さな入り江を港としておるのじゃ。そして、東の海岸は切り立った崖じゃ。他に船を付けられる場所は無い」


 「ならば、その入り江から市場への道を遮断するように砦を作るべきです。大軍であっても上陸を足止めできれば軍を派遣できるでしょう。そして、他国の軍が入り江を占拠しているとなれば商船を出している国が圧力を掛けてくることも期待できます」


 「連合王国に借りを作りたくはないが、やはりそうすることが一番のようじゃ。エクレム、1中隊を預ける。砦の建設をするのじゃ。じゃがその前に、軍船を追い払わねばならないぞ」

 「やってみます。メイヒム達は?」


 「メイヒムには南の戦の状況を見てもらいたい。ハンターを何人か連れて行くのじゃ。そして、てっちゃんじゃったの……。我等から1つ名前を送ろう。てっちゃんでは余りにも威厳がないぞ」


 そう言って長老達は小さく笑い出した。

 まぁ、俺の愛称だからな。この先長く生きられそうだから、老人になっててっちゃんと呼ばれるのもちょっと抵抗があるな。


 「我等が考えた名前は『レムル』じゃ。これ以後、レムル・テツロウ・ミウラと名乗るが良い」

 「レムルは連合王国の将軍の名前ですぞ!」


 「200年も昔の話じゃ。将軍と言うことになっておるが、彼は戦場には出ておらぬ。サーシャ様の再来とまで言われた者じゃ。今回の件で我等はかの将軍を思い出してのう。それに、エクレムは知らぬようじゃが、建国時代の国王の名前でもある。……将来を考えれば良いとは思わぬか?」


 レムルと言う名前に、エクレムさん達は驚いたようだったが、長老の最後の言葉に改めて俺を見る。


 「長老の思惑通りになれば良いのですが、俺は賛同します」

 

 うんうんと言うように3人の長老達が頷いている。

 これは、ありがたく受取っておくべきなんだろな。


 「では、今後はレムルと名乗ることにします。でも、親しい者達の間では今まで同様にてっちゃんで良いんですよね」

 「もちろんじゃ。そして、しばらくはハンターを休業して此処に詰めて貰いたい。我等が考え及ばぬこともあるじゃろう。他の者の意見を参考としたいからのう」


 それって、相談役みたいなものか?

 親父にそんな職種があるとは聞いたことがあるけど、かなり年寄りがやる仕事だと言っていたぞ。


 「俺のような若輩にできることがあるのでしょうか? エクレムさんのような熟練したハンターが良いように思えるのですが……」

 「エクレムは現場の人間じゃよ。その場で最適な判断はできる。じゃが、全体を後ろに下がって先を見通すような判断はできないのじゃ。我等3人もそうじゃが、ネコ族の特性なのかも知れぬ。戦略を練ることが難しいのじゃ。戦術は容易なのじゃがのう……。」


 なるほどねぇ……。簡単に種族の特性と割り切ってるようだが、意外と根が深いような気がするな。

 指揮能力は高いけど作戦能力が無いってことなのかな?

 もっとも、作戦には戦術と戦略があるって誰かが言ってたから、戦術まではOKってことだな。

 何故に戦略を立てられないのかが不思議だが、戦略って騙しあいのところがあるからな。正直者が多いネコ族だから種族の特性って言葉には説得力があるぞ。


 「先ずはゆっくり休むがいい。必要な物はクアルの娘達に言えば叶えよう。そして、エクレムとメイヒムは明日から作業を開始するのだ」


 俺達は長老に頭を下げて退室する。

 

 「しばらくは会う事も無かろうが、長老を支えてやってくれ!」

 

 通路の岐路に差し掛かったとき、エクレムさんがそう言って俺の肩を叩く。

 

 「戦の結果は俺の方から届けることになるだろう。長老の部屋は退屈だが、話し相手になった気分でいればいい」


 メイヒムさんも俺の肩をポンっと叩いて岐路に入っていった。

 俺が暮らしている部屋はこのずっと先だから1人で歩いて行く。


 10分程歩いてようやく俺達の暮す部屋の扉の前に着いた。

入口の扉を叩くと、カチャリと鍵を開ける音がして扉が少し開く。

 

 「誰にゃ?」

 「今帰ったよ」

 「てっちゃんにゃ!」


 俺の声と姿を確認したんだろうな。勢い良く扉が開かれ中にグイって引き込まれた。

 

 「心配してたにゃ。あの後の話を聞かせるにゃ」

 

 俺をリビングの炉の何時もの席に強制的に座らせる。

 アイネさんは何時も通りだな。

 エルちゃんが俺の装備ベルトとライフルを受取って部屋に持って行く。

 そして、皆が揃ったところで、あれからの出来事を話してあげた。


 「これから、お兄ちゃんはレムル兄ちゃんってことになるの?」

 「レムルはいい名前にゃ。そんな名前の将軍を兄さん達に聞いたことがあるにゃ」

 「連合王国に昔いた将軍にゃ。2番目の兄さんが話してくれたにゃ」

 

 アイネさんの言葉にシイネさんが小さな呟くような口調で話した。お兄さんを思い出したのかな? 仲の良い兄妹だったみたいだからな。


 「これから魔物狩りはできないの?」

 「ちょっと難しいみたいだ。アルトスさんが兵を率いて南に向かうみたいだし、メイヒムさんはハンターを連れてその観測に行くらしい。エクレムさんの方は港付近に砦を作るらしいよ」


 「それで、てっちゃん……、これからはレムルにゃ。 レムルはどうするんにゃ?」

 「長老が詰めてくれって言ってたから、明日から行ってみるよ」


 「私等はどうなるのかにゃ?」

 「今までのままでいいんじゃないですか?」


 「それも退屈にゃ。私等はエルちゃんの傍に2人残って、レムルに2人付いてくにゃ。連絡係りがいれば便利にゃ」


 凄く自分達の趣味丸出しの考えだな。

 とはいえ、確かに連絡係りは必要かも知れないな。全員で来ずに2人を残すってのもアイネさんらしいな。


 「また、戦争になるのかな?」

 「ちょっとの間ね。この村が落ちることはないから、此処にいれば安心だよ」


 俺の言葉に5人は安心したようだ。

 だが、エルちゃんは何故この村を離れたんだろう? お姉さん達やエクレムさん達はたぶん情報を仕入れにラクト村に行ったんだと思うが、エルちゃんはアルクテュールさんと2人で何をしていたのかな?

 

 風呂に行って夕食を食べた後、寝る前にエルちゃんに聞いてみた。

 

 「お姉さんとはシダル山の北にあるドワーフの集落を訪ねたの。多くのドワーフの叔父さん達が王都にはいたんだけど、あの時私達を逃がすために戦ったから……」


 マイデルさんみたいなドワーフ族なら義侠心が高いからな。

 たぶんそのお礼と経緯を話すために行ったのかもしれない。そして、ラクト村へ向かったのは単なる気まぐれなんじゃないだろうか。だが、そこでアルクテュールさんは亡くなってしまい、俺には妹ができたということなんだろう。


 次の日、早速長老達の部屋に出掛けてみる。アイネさんがミイネさん達にエルちゃんを託して俺の後から付いて来た。

 流石に装備ベルトだけで、ライフルは置いてきている。アイネさん達も散弾銃は置いてきたみたいだな。


 長老達の部屋を叩くと、世話係りが俺達を中に入れてくれる。

 こちらに、と案内された場所は長老のまん前ではなくて、左手の位置だ。前の席とは違って、低いながらも背もたれの付いたベンチには獣の皮が敷いてある。


 「ワシ等の相談役じゃからの。前ではなくてその場所じゃ。お茶やパイプは好きにするがいい。そして、何か必要な物はあるかの?」

 「でしたら、小さな机に筆記用具、それとこの村の地図と周辺の地図があればと……」

 

 俺の頼みは直ぐに形となって目の前に出された。机は俺の横とマイネさんの前に置かれた。アイネさん達は筆記用具を見て溜息をついてたけど、字を書くのが苦手なのかな?

 地図は意外と小さく少し厚手の紙に描かれていた。大きさはA3よりも少し大きい位だが、その地図を初めて見た俺は驚いてしまった。


 ちゃんと、縮尺がかかれているのだ。北が上に描かれた地図には経度、緯度まで書かれている。

 そして、村の地図は想像通り大きなものだった。

 通りとそこにある部屋が全て描かれている。これからすると、この村は数千人が暮す地方都市に匹敵する。


 「驚いたか? この村の総人口は約8,500人じゃ。食料等は商船がもたらしてくれるが、備蓄は1年以上持っておる。水場も10箇所程あるし、風呂場も3箇所にあるのじゃ。パラムが焼かれる前に大量の魔石や食料、武器も運び込んだ。この村を破ることは困難じゃろう」


 確かに……。村の攻め口は限定されている。1つは大きいが通常は閉じているらしい他の出入口は10人いれば容易に守る事が出来るような場所だ。

 

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