N-053 南の森の監視所
市場に出した魔石の値段は約4,800L。7割が俺達に渡されたけど、それでも3,360Lにもなる。
ミイネさんとシイネさんの散弾銃の支払いやカートリッジを購入しても一人当たり120Lが残った。
エルちゃんと2人で雑貨屋に出かけて、お茶とタバコそれに飴玉と毛糸玉を購入した。残りはエルちゃんに預かってもらう。
ライフルのカートリッジは俺もエルちゃんも30個は手に入れたから、しばらくはこれで十分だ。
アイネさん達もたっぷり手に入れたようだ。ベルトの弾薬ポーチは2つになって、それぞれパレト用とロアル用のカートリッジを入れている。
まぁ、これで次の狩がどんなものでも何とかなりそうな気がするな。
そんなことを考えながら部屋でお茶を飲むのは、ちょっと年寄り臭いが、まぁ良いんじゃないかな。
エルちゃんの入れてくれるお茶は美味しいしね。
エルちゃんの編み物をする手付きもだいぶ様になってきたな。
今度は何を作ってくれるか楽しみだ。
そんな目でエルちゃんを見ていたら、「どうしたの?」って聞かれてしまった。
何でも無いよ。って答えたけど、ちょっと不自然だったかな。
「帰ったにゃ!」
そう言って賑やかなお姉さん達が帰って来た。
「邪魔をするぞ」
その声は? ……エクレムさんだな。
かつて知ったるって感じで俺の斜め横に腰を下ろすと、エルちゃんが皆にお茶を配り始めた。
「例の迷宮広場の闘いは俺も聞いたぞ。リングランは黒でも手こずる相手だと聞いた。まぁ、誰も怪我をしないで良かったと思う。それで得られた魔石をいい場に出して参加したハンター全てに均等割りだ。12,000Lの7割を36人で割ると1人233L。これがそうだ。1L以下は村への寄付だ」
銀貨2枚と穴の開いていない銅貨と穴が開いた銅貨が3枚ずつ。
ありがたく受取りエルちゃんに渡す。
「あの時いたハンターの多くが散弾を欲しがっているそうだ。散弾で触手を千切るとは中々考えたものだ」
「あれは、元々ケルバス用の散弾なんです。迷宮で手こずりましたから」
「まぁ、ケルバスの群れの対処が魔物ハンターが最初に受ける試練だからな。普通は古いハンターに聞くものだがお前達は自力で考えたようだな」
そう言って、お茶を飲みながらおかしそうに笑い始めた。
ひょっとしてケルバス対処の方法を俺達は間違えたのか?
「ひょっとして、簡単に対処出来るんですか?」
「普通はこれを使う」
そう言って、腰のバッグから革袋を取り出した。中に入っていたのは……骨だ。
骨を数cm位の大きさに割ってある。
「これをケルバスの前に投げるとこれに群がるのだ。それを銃で撃つのが普通のやり方だ。ハンターはたまに外の森で狩りをする。その時の獲物を解体して骨を手に入れるのだ。1日も干せば袋に入れても問題はない。狩りができない時は食堂で手に入れる。これだけの量で、10Lだな」
「アイネさん、知ってました?」
「私等は何時もこれで対処してきたにゃ」
そう言って腰のホルスターに収まったロアルをポンと叩いた。
「教えて頂き、ありがとうございます。これでかなり楽に倒せるでしょう」
「まぁ、色々考えるのも俺は良いと思う。だが、レベルの高いハンターはそれらに既存の武器で対処してきたのは事実なのだ。悩んだら相談するのも勇気だと俺は思うぞ」
その言葉に深々と俺は頭を下げる。
聞くは一時の恥じと言うことだな。確かにその考えが抜けていた。
「ところで、まだ迷宮は立ち入りができない状況だ。退屈だろうと思ってな。……俺達と南の森の監視に行かないか?」
「行くにゃ。行けば骨も手に入れられるにゃ」
アイネさんは即答だ。
確かに獣を狩る事もできそうだな。
「よし、ならば村の入口に明日の朝集合だ。俺のチームは4人だが、それなりの腕はある」
そう言って席を立つと部屋を出て行った。
明日か……。早速準備しなくちゃな。
お姉さんとエルちゃんは早速相談を始めてる。
あのモードだと俺が入るのはちょっとね。部屋で荷物の確認でもするか。
◇
◇
◇
基本装備はこの季節の狩りの装備だ。俺が背負った籠に天幕や毛布も入っている。2丁のライフルが毛布に刺さってるけど、これはこれで取出しやすい。
アイネさん達は背中のホルスターに散弾銃を入れている。俺と同じように籠をミイネさんが担いでいる。
籠には何でも入れられるし、直ぐに取り出せるから結構便利だな。
杖代わりの槍を持つと帽子を被る。エルちゃんは村で買った麦藁帽子だ。
そんないでたちで村の入口に向かう。
入口の門番さんに挨拶して外に出ると、そこには4人の男女が俺達を待っていた。
久しぶりに会ったレイミーさんに軽く頭を下げる。
同じように挨拶したエルちゃんの頭をレイミーさんが帽子を取って撫でている。
「紹介しよう。俺の古い友人夫妻、メイヒムとフリオナだ。メイヒム、これが昨夜話した連中だ。こっちからてっちゃん、エル、アイネ、マイネ、ミイネ、シイネになる。あのクアルの4姉妹だ」
「話は聞いている。お前の気転でリングランを倒せたと聞いたぞ。そしてクアルの兄弟達とは良く飲んだものだ。助かってよかったな」
どうやら、アイネさん達の兄貴とも古い付き合いがあったらしい。見ず知らずと言う訳では無さそうだな。
そして、メイヒムさんもエクレムさんと同様に渋い感じがする。嫁さんが綺麗なのも同じだな。俺も渋い顔立ちになると綺麗な嫁さんをもらえるのかな?
「さて、揃ったところで出発だ。南の森の監視所で10日間が俺達の監視任務の期間になる。食料は大丈夫か?」
「食堂で渡されたにゃ。大丈夫にゃ」
その上、俺達は非常食を10日分も持っている。迷宮での狩りでたっぷり買い込んでいたんだ。
村の門の前はちょっとした広場で東に道が続いている。固められた土の道だが轍が出来てるな。あの亀が曳く荷車で出来たのだろうか。
2時間程歩くと海が見えてきた。道が左右に分かれたところで休憩をとる。
小さな焚火を作ってお茶を沸かして30分程休むのだが、しばらくぶりで海を見るな。厳冬期には見えなかったからな。
休憩が終ると道を南にとって進む。森の近くに数軒が纏った家が立っている。そんな家の周りには畑が広がっているから農家のようだ。
そんな集落が何個か見えると遠くに森が見えてきた。
この道はその森に向かって伸びている。
昼食は取らずに、1時間程歩いて10分程の休憩と言う繰り返しで俺達は歩いていく。
森の中に入ると、道は途端に小さくなる。
荷車がかろうじて通れる位だ。轍も消えかかっているから、此処しばらくは荷車が通ったことなど無いんだろうな。
森は深く、鬱蒼としている。周囲が良く見えないのだが、エクレムさん達は気にせずに歩いている。そして前方に小さな岩山が見えてきた。
それは山裾の一部に露出した岩なんだろうけど風景の中にポツンと白い岩肌を出している。
「あの岩が目的地だ。常に2つのチームが監視に当っている」
エクレムさんが俺の見ていた岩を指差して教えてくれた。
1時間も経たない内に岩山に辿り着く。
岩山の中腹に天幕が見える。あれが見張り小屋なのかな?
少しキツイ斜面ににはロープが下がっている。どうやらこれを使ってよじ登るみたいだな。
「おうい! 交替だぞ」
エクレムさんがそう言ってロープを使って軽々と斜面を上っていく。
俺達はエクレムさんを真似て斜面を上がっていく。
斜面を苦労して上るとそこは広場になっている。その広場の岩に近いところに天幕が張ってあった。結構大きな天幕だな。
「エクレムか。だいぶ若い奴を連れてきたな」
「だが結構使える奴だぞ。こいつ等と一緒に厳冬期に山を越えたのだ」
「あぁ、あの話か。なら問題ないだろう。今の所変化無しだ。迷宮はどうなった?」
「しばらくは閉鎖だそうだ。残った黒を使って地下1階までを探索すれば、いよいよ再開だ」
「なら、そっちに参加するのもおもしろそうだ。後を任せたぞ」
天幕に入ったエクレムさんと先の見張り人との会話が漏れてくる。
そして、エクレムさんと10人近いハンターが天幕から出て来た。
俺達をジロリと見ていたが、悪気はないようだ。どちらかと言うと心配そうな顔だったからな。
ロープを伝って斜面を降りていく。そして1団となって北に歩いて行った。
「さて、これから10日間が俺達の仕事だ。先ずはこの天幕に入ってみることだ」
エクレムさんの言葉に俺達は天幕に入ってみた。
大岩が横に大きく割れている。2m位抉れた先に3m程の長さで岩が割れていた。その割目から森が見える。
先程まで歩いてきた道が更に南へと伸びている。そして森の木立の合間から森の中が見通せる。
確かに見張り場所に適した場所だ。
この岩山の周囲の斜面はキツイから容易に上る事も出来ない。
1つ難点は水場だな。近くにありそうもないぞ。
「この天幕は南からは見えない。持ってきた天幕はこの天幕の中に張るのだ。付近にいる獣避け程度に考えておけばいい。焚火はこの炉を使う。使うのは炭だけだ。パイプは構わないが大きな焚火は相手に気取られる。夜は2重の天幕の中ならランタンを使えるぞ」
「水場は近くにないんですか?」
「この岩山の上にある。流れは南に下っているからこちらには流れてこない。トイレはあの岩の所にある。夜は危険だから広場の片隅にある小屋を使うんだ」
岩の切れ目には簡単なベンチが置いてある。これに座って監視するんだな。
早速アイネさん達が座って下界を眺めてる。歩いてきた道よりも30m程高い場所にあるから眺めはいいな。
「てっちゃん早速水汲みだ。この大型水筒2本を頼む」
そう言って俺に2つのポリタン見たいな真鍮製の水筒を見せる。魔法の袋に入れれば簡単だな。
バッグから袋を取り出して水筒を入れる。
水場は100m程上にあるらしい。
俺は天幕を出ると、山の斜面に沿って登り始めた。
俺の後をマイネさんが付いて来る。
水場は直ぐに見つかった。
なるほど、小さな流れを少し広げて深く掘った場所を大きな石で囲んでいる。
マイネさんが周囲を監視してくれる中、俺は水筒を水場に沈めるようにして水を入れる。
水汲みを終えた俺達は山を降りて天幕へと急いだ。
大きな天幕の中には4つの天幕が張ってあった。
その手前に金属製の炉が据えられ大きめのポットが載せられている。
ポットから湯気が出ているから、もう少しでお茶が飲めそうだな。もっとも、その前に、腹が減ってきたぞ。
ポットの傍に運んで来た大型水筒を置くと、エルちゃんの隣に腰を下ろした。
「ご苦労。毎日1回、運んでくれ。お前が運んで来た水の片方は、全員の水筒を交換するのに使う。水筒の水はお茶用にそっちの鍋に入れておけばいい」
「この天幕が目立つように思えるんですが?」
「ここで俺達が見張っていると思えば天幕に見えるが、そうでなければ岩にみえるのだ。通常使わぬ大型天幕だからな。傍に大岩があるからその一部に見えるのだろう」
先入感って奴かな。確かにこの大きさの天幕は初めて見るぞ。
天幕の中に4人用天幕が6つは張れる。そして、ちょっとした広場が出来るんだからな。
お茶が沸いたようで、俺達は早速お弁当を食べる。少し大きめの黒パンにハムと野菜が挟んであるサンドイッチのようなお弁当だ。
そういえば、メイヒムさん達の姿が見えないな。
見張りをしているのかもしれない。早めに食べて代わってあげよう。




