N-052 俺の生きる世界
「そうだな……。この世界について少し話しておこう。俺もこっちに来てからだいぶ経ってそれを聞いたんだが……」
そんな前置きをしてユングが話してくれたのは、この世界が未来の地球だということだった。
最終戦争が起り、地球の姿さえも変えてしまったらしい。どんな兵器を使ったかは教えてくれなかったけど、未来で起きた戦争ならそれも可能かもしれない。
そして、幾つかの地下コロニーで生き残った人々が再び地上を目指した時、地上の環境は人類には耐えられなかったらしい。
遺伝子を操作して様々な耐性を人間に組込んでために今の色んな種族ができたと言っていた。
それが上手く行きそうな時に遺伝子改変の嵐が地上で起きたということだ。
更に種族が増え獣の種類が増えた。あるものは進化し、あるものは退行してその姿を環境に適応していったらしい。
それだけなら問題はなかったろうが、最終戦争で使った兵器が次元に歪を生じさせたということだ。
他の次元から地球に色んな者達が紛れ込んできて、種族的に近い者については交配が行なわれたという。
この世界の人間が魔法を使えるのはそうした他の世界から来た人類の遺伝子が組み込まれた結果だと言っていた。
「次元の歪からは魔気と呼ばれるエナジーが放出される。この大気には魔気と呼ばれる成分が含まれているのだ。それを魔法の力で凝縮して様々な魔法に転化することができる。あいにく俺達は魔法は使えない。俺達には遺伝子そのものが無いからな」
ユング達は将来的な次元融合による世界の消滅を防ぐ為に2つの大きな歪を消去したと言っていた。その前には、生きてさえいればその場で健康体に復帰できるような魔法や、大規模に爆裂を起こす魔法等もあったらしいが、いまでは極一部の者が使えるだけになったということだ。
「大きな2つの歪は消したが、大気中の魔気の量は半減した程度だった。小さな歪が沢山あるということだな。
そんな歪は魔気を放出すると共に、他の次元の生物をたまにこの世界に送り込んでくる。
俺達は、歪を消さずに送り込まれた生物を何とかする為に今は働いている」
今回のユング達の調査結果を聞くと、やはりその種の生物がいたらしい。
魔物使いとユング達が呼んでいる4本腕の人に良く似た生物と言うことだ。
「魔物使いはこの世界でもそれを生業とする種族がいる。だが、長い年月で遺伝子が拡散したのか、今の奴等の力はそれほど高くない。しかし、迷宮の地下にいた魔物使い3人はその力が強すぎる。周囲の魔物の思考回路を破壊するほどにな。魔物使いとの闘いでローブを失ったのでこの格好だ」
そう言って笑いながらお茶を美味しそうに飲んでいる。
「では、迷宮はどうなったんですか?」
「調査に邪魔になる魔物は排除していった。魔物使いはいなくなったから魔物の住み分けは昔に戻るだろう。そして、歪を破壊していくつかに分散させたから新たな魔物使いが現れることはないと思う。
ただ、俺達の前に立ち塞がった魔物は全て対処したが、それ以外の魔物は残っている筈だ」
それって、思いがけない場所にとんでもない魔物がいるってことにならないか? 初心者にはキツイ話だぞ。
「これで、俺達は帰ることになる。原因の調査が仕事だったが、再発防止は付録みたいなものだ。それに魔石を沢山手に入れたからな。全部長老に渡したら、半分を返された。まぁ、手土産には数個あればたくさんだ。残ったのはお前にやる。装備もあまり良くないようだ。これで装備を整えれば生き残れる可能性も高くなるだろう」
横にいた女性が俺に膨らんだ革袋を渡してくれた。
ズシリと重い。いったいどれだけ魔物を倒してきたんだろう。
「不思議そうな顔をするな。お前達はフリントロック式の銃を使うが俺達はこれだ」
ホルスターから取り出したのは……。
「ベレッタ!」
「知っているようだな。だが少し違うんだ。これはレールガン。射程は200と短いが、秒速数kmで弾丸を打ち出す。そうだな、20mmラティと同じ位の威力はあるぞ」
像狩りだって出来るじゃないか!
10mm程の装甲なら軽く貫通するぞ。
「連発できるから大型の魔物でも十分対処できる。そして俺達の通常の筋力は人間の2倍程だ。短時間なら5倍まで上げられる。素早さも【アクセル】より大きく上げられるぞ。形はこんなだけどな」
「その顔をどこかで見た気がするんですが……」
「俺達の高校では美月さんに次ぐ人気があったぞ。どういう訳か、この姿になってしまったんだ。明人は呆れてたけどな」
ようやく思い出した。確か裕子さんだったかな。俺の友達が隠れて移した写真を持っていたっけ。
まぁ、見知らぬ人では無さそうだ。
これからもたまには会うかもしれないな。
「ということで、大雑把なこの世界については教えてあげた。これ以上知りたければ、此処に手紙を送ればいい。たぶん俺より詳しく教えてくれる筈だ。
そうだ。帰ったらここにそのタバコを少し送ってやろう。パイプもいいんだが、俺にはタバコの方が手軽に楽しめる」
そう言うと席を立つ。
その格好で帰るのはどうかと思うが、ハンターの奇癖ってことで世間は納得するのかな?
立ち上がろうとする俺を片手で制して2人は部屋を出て行った。
俺の手には魔石の袋と封を切っていないマールボロそれに小さな紙片が残された。
紙片には、連合王国モスレム州ネウサナトラム村ギルド、チームヨイマチ リーダーアキトとなっている。
明人さんなら見たことがあるぞ。俺達の道場仲間でも困ったことがあれば相談できる人ってことで認定されていたからな。
あの2人がいなくなっても、2人の家族が何も心配していないことに驚いたが、俺達門下生は少し残念に思ったことは確かだ。
紙片とタバコをバッグに仕舞うと、手元に革袋が残る。
いったいどれ位入ってるんだ?
エルちゃんに渡して分類して貰った。
「え~とね。上位の4色が6個に中位の4色が22個と白黒が3個だよ」
「凄いお宝にゃ!」
「一度に使わずに中位の4色を12個を市場に出しましょう。それで、ミイネさんとシイネさんの散弾銃が作れます。それに、だいぶカートリッジを使いましたからね。補給もそれだけあれば十分でしょう」
「私等が手に入れた魔石も中位が1つに低位が20個以上あるにゃ。良かったにゃ」
ミイネさん達も自分達の散弾銃が持てることを喜んでいる。やはりロアルの力不足を認識していたに違いない。
◇
◇
◇
次の日の朝早く、食堂からお弁当を貰ってきて俺達は村の周囲に広がる森の中に分け入った。
同じような考えに至ったチームもあるらしく、森の遠くから銃声が聞こえてきた。
俺達が狩るのは鹿の一種らしい。俺の知っている鹿との違いは角が頭の前に1本ある位の相違しかない。その1本が渦巻きの1本角ならユニコーンということになるのだろうが、生憎と普通の鹿のように枝が沢山ある。
エルちゃんのライフルの格好の獲物になるようで、エルちゃんが3匹、アイネさん達がエルちゃんのライフルを貸してもらって1匹ずつ仕留めている。木の枝に獲物を吊るして臓物を抜取り血抜きをした後で、俺の籠に入れるのはどうかと思うぞ。おかげで籠の背負い紐が肩に食い込んできた。
当初、3日程を考えていたのだが、獲物が多いこともあって早々に村へと引き上げる。
これも村の共有になるのかな?
長老の世話をしている事務所のところで獲物を下ろして部屋へと戻ることになったが正直肩の荷が辛かった。
部屋に戻ると早速、アイネさん達は武器屋へと出掛けて行った。
俺とエルちゃんはお留守番だ。
のんびりとユングから貰ったタバコを楽しんでると、エルちゃんは炉でお茶を沸かし始めた。
「帰ったにゃ!」
そう言ってアイネさん達が部屋へ入ってきた。
ミイネさんが満足そうな顔をして鍋を持っているところを見ると、武器屋との相談は上手くいったに違いない。その足で、食堂に出かけたんだな。
「今日の獲物の肉は村のものになるけど、皮は私等のものにゃ。次の市場で売りに出すにゃ」
「散弾銃の方はどうだったんですか?」
「10日で出来るにゃ。支払いは魔石の代金で十分にゃ。4人で昨夜相談して、強装弾を使える散弾銃にするにゃ。でも普段は通常弾にゃ」
確かに、強装弾にしておく方が後々有利だろう。【アクセル】が使えれば2人とも強装弾を撃つのに苦労はしない筈だ。
スープにパンを浸しながらこれからのことを話し合う。
「迷宮の魔物狩りは少し先になりそうにゃ。それまでは山で獣を追うにゃ」
「今日も沢山取れましたからね」
アイネさんの言葉にエルちゃんがにこにこしながら応えてる。
やはり、迷宮の再開はもう少し後になりそうだ。
俺としては獲物を運ぶのがきついから迷宮の方がありがたいんだけれど、まぁ、命あっての……って言うぐらいだから、此処は体力作りを兼ねて付き合うしか無さそうだな。
「長老の依頼があって、3つのチームが村を発ったにゃ。レムナムとボルテナンの様子を見るためにゃ」
「ラクト村がどうなったか、ですね」
「それもあるにゃ、でも長老はサンドミナスを気にしてたにゃ」
サンドミナスはボルテナンの南の王国だ。レムナムと争って弱体化したボルテナンを背後から突くつもりなんだろうか? それって、戦国時代みたいな話だぞ。
「サンドミナスにも迷宮はあるにゃ。でも砂漠地帯の中にあるから簡単にはそこまで行けないにゃ」
「ボルテナンには迷宮がなかったんですか?」
「あそこは農業国にゃ。魔石はパラムとの交易で手に入れてたにゃ」
ボルテナンのパラム侵攻は魔石が原因だったんだよな。パラムは滅びたけど、魔石を生む迷宮を破壊したことからパラム王都から逃げ出したと聞いた。魔物をパラム王都から出さない為の結界を張る為にパラム王都でえた魔石をかなり使ったらしい。
侵攻の意味が無かったということだろうか?
いや、ボルテナンはパラム王国の宝物庫を見つけることができなかった。その在処を求めてレムナムはボルテナンに攻め入っている。
ひょっとして、レムナムとサンドミナスはパラム王都の宝物庫がどこにあるのか分っているのかな?
「レムナムとサンドミナスはパラム王国と何らかの繋がりがあったんですか?」
「王族が昔輿入れしたにゃ。でも遥か昔の話にゃ」
なるほど、伝承として残っているのかも知れないな。
そこには莫大な魔石があるとみなしているに違いない。ネコ族を捕らえてその様子を聞く位のことはやりそうだ。
「だとしたら、この村を狙って、他国の軍が攻めてくる可能性がありますよ」
「それも気にしてたにゃ。でも、見張りを立てているから安心にゃ」
確かにここはラクトー山の麓にできた大洞窟だ。此処に来るためには北の平原を進むか南の廃都パラムの近くを通らねばならない。
その両方を監視していればいいということなんだろうな。どちらも大規模な軍隊を進められそうな場所ではない。
この地は天然の要害なんだろう。畑も少なく、冬は厳しいけど上手い具合に海を隔ててやってくる商人達がそれらを運んでくれる。
だが、それも魔石目当て。この地で魔石が得られなければ商人達はもう此処へは来ないだろう。




