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N-051 迷宮封鎖


 何と、荷車を引いてきたのは亀だった。

 たぶん陸亀の一種なのだろうが、それに乗って小さな荷車を引いている。

 たぶん100kg位は載せられるんだろうな。

 そんな荷車が2台やってきた。


 「ガルパスにゃ。初めて見るのかにゃ?」

 「えぇ、初めて見ます。でも、亀では輸送に時間が掛かりすぎるんじゃないですか?」


 「たぶんてっちゃんより早く走るにゃ。そして、この荷車なら2台は運べるにゃ」


 アイネさんは俺の質問に当たり前のようにこたえてくれるんだけど……。

 いや、それはないでしょう。亀ですよ。亀……!。

 俺の頭は、目の前の光景を見てフリーズしてしまった。

 

 何と、亀に乗った女の子の「行くにゃ!」の一言で、亀がテラスから通路に飛んでいくように走り出した。

 

 「な、何なんですか、あの亀は?」

 「ガルパスにゃ」


 「とんでもない速さで走って行きましたよ。あれだと途中でこっちに来るハンターがいたら正面衝突して、タダではすみません!」

 「ガルパスは事故らないにゃ。この通路を走っても大丈夫にゃ」


 にゃって言われても、いまいち信用できないな。

 幾らネコ族の人が勘が良くてもあの速度で走るのは問題だ。いや、その前に亀があの速さで走る方に問題がある。

 荷車は曳いても良いような気がするけど、あんなに早く走れる亀は初めて見るぞ。


 呆然と亀が去った方を見送っていた俺の肩を、ポンポンと叩く者がいる。

 振り返ってみれば、そこにはレイクが立っていた。


 「さぁ、始めようぜ。道具はこれだ」


 そう言って、鑿とハンマーを渡してくれた。それを渡されるままに受取った俺に、ゴーグルのようなものを掛けてくれる。


 「目に入ったら困るからな。手袋は持ってるな?」


 頷く俺を見て、「こっちだ」と、言って先を歩く。

 これは付いて行くしかない感じだな。

 テラスから通路に戻ると、あちこちで、鑿をハンマーで打つ金属音がカーン、カーンと聞こえてきた。


 「俺達は此処を削る。削ったらこの袋に小石を詰めるんだ。後ろに置けば他の連中が運んでくれる」

 「分った。やってみるよ」


 バッグの袋から皮手袋を取り出すとゴーグルモドキを掛け直す。

 このゴーグルプラスチックのようだが、この世界に石油化学工業があるとは思えない。いったいどんな素材で作られてるんだろう。


 右手に鑿を持ち、壁面に鑿を押し付けるようにして左手のハンマーで叩く。

 カーン!っと甲高い音がして、石壁の一部がこぼれ落ちる。


 この壁、結構容易に掘る事が出来るぞ。

 1時間もしないで、麻で作った土嚢1個分の石を詰めることができた。


 カーン、カーン……。無心に壁を掘っていると、何かを悟る事が出来るように無心になれる。

 昔読んだ本に、お坊さんがお経を唱えながら洞門を掘って村人の難儀を救ったことが書いてあったが、確かにこれは、修行になるのかもしれないな。


 2つ目の土嚢ができたところで、他のハンターと交替する。

 

 「てっちゃんも交替したのか。こっちだ、一服しようぜ」

 

 テラスに行こうとしたところでレイクと出会った。

 俺達はテラスの一角に作られた焚火の傍に腰を下ろす。


 そんな俺達にエルちゃんとレイクの妹のエリルちゃんがお茶を運んできてくれた。

 ちょっと似た名前もあってか2人とも仲良くなれたようだな。

 

 俺達にお茶のカップを渡すとトレイを持ってどこかに走っていったぞ。テラスの奥に幾つか天幕が張ってあるから、そんな場所に行って食事の手伝いでもしてるんだろうかな。


 そんなことを考えながらパイプにタバコを詰める。

 羨ましそうに見ているレイクにタバコの革袋を放り投げた。


 「ありがたい。切らしてしまったんだ」

 

 そう言って早速自分のパイプを取り出してタバコを詰めだした。

 そして俺に革袋を放ってよこす。


 「これをやるよ。去年この村に来る時に買い占めたのが残ってるんだ。こっちでも買えるのが分ったから」


 そう言って小屋暮らししていた時に購入して、1袋残っていたタバコをレイクにあげた。

 

 「すまないな。後で埋め合わせはするよ」

 

 早速封を切って自分の革袋に入れなおしている。

 慣れた習慣ができないというのは辛いからな。

 1箱あれば3日は持つだろう。俺はアイネさんから貰った2箱があるからしばらくは大丈夫だ。


 テラスからのんびりと谷間を見る。

 だいぶ草木が茂ってきたようだ。春は何時の間にか過ぎたみたいだな。


 「ところで、迷宮で稼げないとなればお前はどうするんだ?」

 「そうだな……、また獣を追うことになるのかな。問題はレムナム王国のネコ族狩りだ。俺達を追って山越えまでやっている。まだ終ったとは思えないんだよな」


 「それもあるか……。ボルテム王国はサンドミナス王国の傀儡になりつつあるから、南にも行けないぞ。かと言って、廃都パラムは青でなければ入る事も困難だ」


 「村にいれば食うには困らない。でも、迷宮の魔石の収入がなければ先細りだ」

 「だよな。迷宮を何とかして貰いたいよな」


 その為にあの2人は迷宮の地下へ下りていった。あれから今日で何日目なんだろう。少なくとも3日以上経ったような気がするぞ。

 だが、幾ら熟練のハンターでもリングランのような、いやもっと凄い魔物に出会ったらタダでは済むまい。

 せっかく美月さんの消息が分るかも知れなかったけれど、この世界にいるならば何時か会えるかも知れないな。


 2時間程休憩して、再度俺達は通路の岩を削り始める。

 そんな作業を3回繰り返すと、別のハンターが俺達の作業を引継ぐ。

 次の作業は6時間後だから、その間に仮眠を取り食事をすることになる。

 

 単調な作業だが2日もすると、1m近く掘り進んだのでちょっとした洞穴のようになってきた。

 左右の洞穴を50cmほど中に入ったところで連結する。

 左右の仕切りみたいな通路の壁が残った所は円形に仕上げて柱にした。

 意外と器用なハンターがいると、その柱を見た時に思ったものだ。

 更に3日掛けて奥行き2m横幅6m位の部屋を作りあげた。天上は1.5mほどだが、何かあった時の資材置き場として使えるだろう。


 粗い仕事が終わった所で、俺達白レベルのハンターに村への帰還が指示された。

 だいぶ疲れてはいるが、4チーム程が村に向かって歩き出す。

 テラスの柵は3m程の厚さで小石を詰めた袋が積み上げられたから、そう簡単に破られる事は無いだろう。


 部屋に着くと荷物を下ろして早速風呂へと出掛けた。

 【クリーネ】を掛けて貰っているから、それなりに清潔ではあるのだが、やはり風呂が一番だ。そして疲れも取れる。


 誰もが同じような考えに至ったらしく、風呂は混んでいた。

 衣服を入れる笊も今日は殆どが塞がっている。

 やっと棚の端に1個見つけて、衣服を脱いで風呂へと急ぐ。


 お湯に浸かると、誰かの会話が聞こえてくる。大きな風呂で、湯気が充満しているから、何人入っているのかさっぱり分らないな。


 「連合王国のハンターの話は聞いたか?」

 「あぁ、腕利きと聞いたぞ。だが、かれこれ10日近くなるな。そして、迷宮ではあの騒ぎだ。リングランが出て来たらしい。そうなると……」


 「たぶん、って奴だな。となると、次のハンターを送ってくるのかな?」

 「分らん。腕が伴わなければ何にもならん。先のハンターも大方、王族のお抱えハンターだと思うぞ」


 やはり、絶望視しているようだ。

 そして、次に来るハンターはいないとおもっているようだな。

 確かにあの迷宮にハンターを送るのは死にに行かせるようなものだからな。


 だが、そうなるとこの村の将来は暗いものになる。

 何とかしないとな……。


 風呂を出ると脱衣所にレイクが立っていた。

 どうやら、籠が見当たらないらしい。


 「俺が出るから、これをつかえよ」

 「おう、使わせて貰う。結構早く来たな」

 「あぁ、でも俺が来た時だって、残ってた籠は1つだったぞ」


 そんな話をしながら素早く衣服を整え、レイクに籠を渡す。

 軽く、互いの手を叩いて俺達は別れた。


 そしてのんびりと部屋に歩いて行く。

 部屋にはいつものように誰もいない。まぁ、想定内だな。

 炉に炭火を起こしてポットを載せておく。これで皆がそろった時にはお茶が飲めるだろう。


 何時もの席に座り、のんびりパイプを楽しんでいるとエルちゃん達が帰って来た。

 鍋と笊を持っているから食堂に寄ってきたらしい。


 「今回は余り狩れなかったにゃ。早く迷宮が再開しないと詰まんないにゃ」

 「しばらく再開は無理だと思いますよ」


 「今回手に入れた魔石で少しは暮らせるにゃ。問題は一月先にゃ。少し休んで山で獣を狩るにゃ!」

 

 アイネさんらしい前向きな意見だけど、やはりそうなってしまうのかな?

 今回の事件で、少なくとも10チーム近いハンター達が迷宮から出てきていないらしい。

 迷宮の地下に降りて行った、黒レベルのハンター達は全滅だ。村に残った黒レベルのハンターは数人もいないだろう。そして、同じように青や白のハンターも数を減らしている。


 この村の収入源は魔石で殆どが賄われている。魔石を食料や生活用品、武器や銃のカートリッジと交換しているのだ。

 その交換が出来ないとなると、市場に商人はやってこないに違いない。

              ◇

              ◇

              ◇


 2日はのんびりと部屋で過ごしたが、3日目になるとお姉さん達がジッとしていられない様相だ。

 銃を分解して掃除したり、革の上下を繕ったりと、ソワソワしだして落ち着きがない。

 そして遂に、その日の夕食が終ったところで……。


 「明日は狩りに行くにゃ!」


 アイネさんがスプーンを高らかに掲げて宣言した。

 途端に、俺を除く全員が拍手をしてその宣言を歓迎してる。当然エルちゃんもだ。

 此処は遅ればせながら俺も拍手しておく。

 

 この後の展開は少し分ってきた。ミイネさん達が食堂へお弁当を手配しに出掛ける間に、マイネさん達はエルちゃんを連れて買出しだ。アイネさんは長老の所に出掛けていった。実際には長老でなく長老の世話をしている事務所みたいな場所らしい。ギルド的な役割を兼ねているようだな。


 俺も部屋に帰って荷を確認する。

 魔物ばかりで獣はしばらく相手にしていなかったからな。

 問題は、アイネさん達が狩の日数をどれ位考えているかと言うことだ。

 エルちゃんがいるから1週間ということはないだろうけど、3日位は考えられるな。

 となると、簡単な野営用具は用意しなければなるまい。

 天幕用のシートがあるから、ロープと籠を連結する為の棒を使えば簡単な天幕は作れそうだな。

 ポンチョはバッグの上に固定して、エルちゃんのマントもエルちゃんの装備ベルトに俺と同じように革紐で固定しておいた。

 野外だから携帯用コンロはいらないし、薪や炭も置いておける。

 毛布を1枚ぐるぐる巻いて籠に入れ、それに俺とエルちゃんのライフルを突き刺しておく。

 日差しがあるから、帽子も必要だな。


 そんな作業をしていると、皆が続々と帰って来た。

 エルちゃんが部屋にやってきてすっかり終った準備を見て、「ありがとう」って言ってくれる。


 「外は日差しがあるから帽子を準備しておいて。それに初夏だから綿の上下で良い筈だ」

 「分った。それと、お兄ちゃんにお客だよ」


 エルちゃんの言葉に部屋を出ると、そこにいたのはユングとフラウだ。

 修道服のようなローブを着ていた筈だが今は体に密着した黒いスーツを着ている。どこかで見たような感じがするが……、コンバットスーツか?


 俺が炉の傍に座ると、ユングが俺に顔を向ける。

 この顔にも覚えがあるぞ。けっしてこちらの世界で見た顔ではない。


 「そう驚くな。依頼を果たして先程戻って来たところだ」

 「迷宮が変わってしまった原因を調べる……でしたか」


 ユングと名乗る俺と同年齢に見える女性は、タバコの箱から1本取り出して口に咥える。

 

 「しばらくぶりだろう。これをやるよ」

 

 そう言ってバッグから別のタバコの箱を取り出して放ってくれた。

 銘柄は、ラッキーストライク! 何処で手に入れたんだ!!


 「たぶん、俺の顔に見覚えがあるんじゃないか? 意外と有名な顔だからな」

 

 そして、手に持っていたタバコの箱を俺に差し出す。1本取れってことか?

 ありがたく頂いて、ライターで火を点ける。これもだいぶ液が減ってきたな。もう四分の一位が残っているだけだ。


 「さて、どこから話をするかな。この世界のことならある程度おしえることができるぞ」


 ユングはそう言ってタバコに火を点けた。

 指先から火花を飛ばすなんて、どんな魔法なんだ?





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