N-005 冬越しの計画
要するに棒を振り回せばいいんだ。そう自分に言い聞かせる。
槍よりは短いが、この槍モドキは軽いから簡単に振り回せる。
俺達のところに走りこんできたところを此方から数歩走って、先頭の野犬の腹に振り回した槍をぶつけた。
ずぶっとナイフの先端が脇腹に食込むとキャンキャン!!と激しく吼えてぐったりする。
素早く槍を次の野犬に突き刺すと、上手く胴に刺さった所で槍が俺の手を離れてしまった。
そこに別の野犬が俺に飛び掛かってきたが、すかさず野犬をルミナスが長剣で斬り付ける。
ボコ!って音がして野犬が昏倒する。
残り2匹がジリジリと近寄ってきた所にドォンっと火炎が飛び散った。ひるんだ野犬の片方を俺が素早く抜いたM29で撃ち抜く。もう片方はラミスが長剣で倒した。
ルミナスと顔を見合わせて、ふう……っと息を吐く。
「ご苦労様。……エルミアちゃんは魔法が使えるの?」
リスティナさんは俺達を労った後に、エルちゃんに確認した。
エルちゃんは、うん。と小さく頷いている。
「確か、……【サフロ】、【メル】、【クリーネ】が使えるって、エルちゃんの姉貴が言ってたよ」
「それって、凄いじゃない! 私は、【サフロ】と【クリーネ】だけよ。サンディは【デルトン】だけだし……」
俺の言葉にリスティナさんが驚いている。
剣と魔法の世界って訳じゃ無さそうだな。
エルちゃんとルミナスが野犬の牙と毛皮を集めている。俺達は野犬を埋める穴を掘った。
「ところで、魔法って何処で覚えるんですか?……俺も覚えれば使えるって言われたんですけど。」
「山奥に魔法を研究している魔道師達がいるの。年に1回、秋に村に下りてくるわ。彼らから買うのよ。1つ銀貨5枚が相場ね。私達みたいな駆け出しのハンターには高くて中々手が出ないわ。」
銀貨5枚……500Lか。1,500Lあれば村で冬が越せるって言うから、かなりな高額だな。
しかも、赤10を越えれば一気に冬越しの費用が増える。たぶん3,000Lを越えるはずだ。
「あのさ……宿じゃないと冬って越せないのかな?」
「村の外に小屋掛けして冬を越す人達は少なくないわ。でも、この村の冬は3ヶ月も雪に閉ざされるの。それこそ人の背丈を越す程よ。亡くなる人もいるって聞いたわ」
「でも、リスティナさんのレベルだと、来年には冬越しをしなくちゃならないと思うけど……」
「そうなの。それが問題なのよ。村の宿では、とてもじゃないけど支払いは出来ないわ。かと言って、この2人を残して村を去るのもね」
そう言って溜息をついた。ルミナスとサンディも俯いてる。
「あのさ。この冬、皆で冬越しをしないか?」
「「「えっ!」」
「それって、村の外に小屋掛けして皆で暮すっていう事?」
リスティナさんが、俺に問いかけるようにして確認する。
「あぁ、ギルドの2階だと息が詰まりそうだし、早く魔法も覚えてみたいし……」
「すし詰めに詰め込まれるわ。ホールにだって寝泊りする人がいるのよ。でも、私達でこの村の冬が越せるのかしら」
「冬越しがどんなものかは、まだ判らないけど…」
そう言ってストローでお茶を一口飲んだ。
「部屋にギューギュー詰めは嫌だ。出来れば俺も冬越しを選びたい」
ルミナスがリスティナさんに詰め寄る。
「私もギルドの2階は嫌だな。何も出来ないし、ただ春をじっと待ってるだけだし、それに寒いわ」
サンディも賛成のようだ。
「そうね……。来年には冬越しは間違いないし、1年早く皆で過ごしてみましょうか」
そう言ってリスティナさんは俺達を見渡す。
「では、冬越しに絶対に必要な物……。大型の魔法の袋を調達する事から始めましょう。寝具や食料、それに衣類も纏めて入れておけるし、小さく折畳んでバッグに仕舞う事も出来るわ」
「それって、何処に売ってるの? それと、値段は?」
「ギルドで300Lで売ってるわ」
要するに荷物を纏めておけるって事だな。エルちゃんが持ってるような物だと思えばいいか。
300Lは大金だ。今日は依頼の数は採取したけど、もっと採取しておこう。
「俺達はギルドの2階の一番奥の部屋だ。雨の日は採取は休みだよね。その時は是非訊ねてくれ」
俺の言葉に3人が頷いてくれた。
昼食を終えると、野犬の毛皮と牙を分ける。どちらのパーティも2匹分ということだな。
3人と別れて、俺達は再び薬草の採取を始めた。
「お兄ちゃん。ここにデルトン草が集団で生えてるよ」
俺が周囲を見張る中、エルちゃんがせっせとデルトン草の球根を集め始める。
意外と今日は大漁だぞ。
エルちゃんの肩掛けバッグに入っていた球根と合わせるとデルトン草は50個を越えてるし、サフロナ草も50個近い数が手に入った。
時計を見ると3時を過ぎている。村に戻りながらも薬草を採取していった。
村の南門に着いた時は、もう夕暮れ時だ。
「日が暮れると野犬や獣が活発に動くんだ。レベルが低い内はなるべく早く帰って来るんだぞ」
門番さんにそう忠告を受けたけど、確かにその通りだと思う。丁寧にお礼を言って、ギルドに向かう。
ギルドのホールには誰もいない。俺とエルちゃんは肩掛けバッグから小さな笊を取り出してサフロン草とデルトン草の球根を25個ずつ笊に入れた。
それをカウンターのお姉さんに渡す。野犬の牙も一緒に出した。
「デルトン草、サフロン草共に25個ですね。それに牙が1本。完了報酬は55Lに余分の球根が10L、そして牙が10Lですから、75Lになります。ここから今夜の宿泊料10Lを引きますから、都合65Lをお渡しします」
報酬はエルちゃんに預かってもらう。エルちゃんはバッグから小さな革袋を取り出すとその中に銅貨を仕舞いこんだ。
食堂に行く前に、雑貨屋に寄って野犬の毛皮を売り払う。5Lで売れると聞いたけど、なるほど5Lでお姉さんが買取ってくれた。ついでに、お茶の葉を5Lで購入する。紙袋に入ったお茶は2人で5回分位の量だ。
食堂で何時もの食事をすると部屋に帰って後は寝るだけになる。
寝る前に、エルちゃんに【クリーネ】を掛けて貰う。汚れと一緒に疲れも取れるような気がする。
◇
◇
◇
次の日は朝から雨だった。
「「雨ね(だね)」」
毛布の中で確認しても雨は雨だ。屋根に落ちる雨音が煩い位だ。
それでも、ごそごそと起き出して何時もの服に着替えると、顔を洗いに裏の井戸に行く。
ギルドのホールに戻ると結構な人がホールにたむろしている。
数人がカウンターに並んでいるのは、こんな日でも依頼を受けるんだろうか。そんな事を考えながら2階に上がっていく。
俺達の部屋の隣の扉が突然開いてルミナスが出て来た。
「おはよう」って互いに挨拶する。
「今から、食堂に昼食を買いに出かけるんだ。何ならお前達の分も買ってくるぞ」
「有難う。お願いするよ」
俺の応えを聞いてエルちゃんが6Lをルミナスに渡す。
そんな通路の話し声を聞いたのかリスティナさんが扉を開けて顔を出す。
「2人ともいらっしゃい。ここは奥の部屋よりは大きいわよ」
入ってみるとなるほど大きい。ベッドだって2つあるぞ。
「今、ルミナスが食堂に出かけたから、お茶を作っておきましょう。お茶は水でも出るのよ。時間がかかるから今からなら丁度良いわ」
皆のお茶のカップはそれぞれ絵柄が違うようだ。俺のはドラゴンみたいな絵柄だし、エルちゃんのは一回り小さくて花柄だ。リスティナさんのは一角獣だし、サンディのはえるちゃんのような花柄で、ルミナスのは熊のように見える。
一列に並べてお茶の葉っぱを入れると、さっき汲んできた水筒から水を入れる。これでしばらく待てば良いらしい。
「買ってきたぞ!……てっちゃん達もここにいたのか。丁度いいや」
ルミナスはそう言って皆にお弁当を渡していく。
「え~とね。お弁当を私達が買ったのは、これを朝食と昼食にするからなの。半分をお昼に残しとくの。雨だから部屋にじっとしてる訳だし、少しでも切り詰めないとこの雨が何時まで続くか判らないでしょ」
成る程ね。確かに一理ある。日本の梅雨みたいに何時まで続くか判らないような雨だったら大変だ。
エルちゃんと顔を見合わせると、エルちゃんのお弁当を仕舞いこむように言った。そして、俺の持っている弁当をフォールディングナイフで半分に切り分けてエルちゃんに渡す。
「有難う。」ってエルちゃんが受け取りながら応えるのを聞いて、残った半分をお茶を飲みながら美味しく頂く。
「食べながらで悪いんだけど、さっきホールで雨でも依頼を受けている人を見たんだけど……。」
「宿に泊まっている人なら、可能性が高いわ。一晩20Lは、意外とキツイのよ。獣を狩ることになるんだけど、何時も獣を狩れる訳では無いしね。それでも、3日分位は持ってるはずなんだけど、何かの理由でそれが無い場合は雨でも狩りに行く事になるの」
お茶をズズーってストローで飲んでいたルミナスが俺達を見る。
「俺達なら一月は雨が続いても大丈夫だ。でも、それを使い切ると冬は確実に小屋暮らしになってしまう」
「冬に赤クラスの依頼は少ないわ。殆ど無いのよ。毎日こうして部屋に閉じこもるの。…部屋は暗いし、寒いし……そして、知らない人が同じ位ここに入るのよ。私は、小屋掛けして知ってるもの同士で暖かく過ごしたいわ」
サンディが、あんな暮らしはもう嫌って顔で呟いてる。
「そうね。昨日の話だけど、冬になってから小屋は作れないのよ。その前に準備しなければならない事が多いの。魔法の袋もそうだけど、小屋は頑丈に作らないと雪で潰れる事があるらしいの。となれば、秋には作り始めなければならないわ。その為には、場所を探さないとね」
夏には場所を決める必要がありそうだ。
「それで、どんな小屋を作るの?」
俺の問いに、リスティナさんはバッグから雑な紙を綴じた手帳と粗末な鉛筆を取り出した。
「だいたいこんな感じの小屋をハンター達は作っていたわ」
手帳に描かれたスケッチは、竪穴式住居だ。確かにあれは比較的簡単に出来るし、真中の炉で火を焚くと暖かいって聞いた事がある。
「これだと、中はこんな感じですね。作る時はこんな感じに広くて浅い穴を掘ります。中心付近に4本の柱を立てて……」
「てっちゃんは作ったことがあるのか?」
俺の説明に驚いてルミナスが聞いてきた。
「いや、無いよ。この形の住居は俺の住んでた国の古い時代の家なんだ。構造と作り方なら習ったよ」
「それでも、その知識は有難いわ。私は遠くから見ただけでどのように作るかはまるで判らなかったのよ」
リスティナさんは目を輝かせている。小屋作りの最大の難問だったんだろうな。
俺達は昼食も忘れて、小屋の作り方と大きさ、そして作るための道具とどんな材料を集めなければならないかを話し合った。
「ところで、リスティナさん達は銃を持ってるよね。ちょっと、見せてくれない?」
小屋の話が一段落付いたところで、気になっていた事を聞いてみた。
「良いわよ。これはパレトと言う銃で、ハンターに普及しているわ」
バッグの後ろから鈍く光る銃を取り出して俺に渡してくれた。
門番さんの持っていたフリントロックと同じような形状だ。銃身が20cm位でバレル径は、1cmはありそうだな。
「これって、どうやって使うんですか?」
銃を返しながら聞いてみた。
「これが、カートリッジなの。これを銃口から入れて、この棒で奥までしっかり詰めるのよ。そうして、このコックを引いてトリガーを引くと、コックの先端とこの受け口にセットした魔石が反応して短い火炎を銃身の中に出すの。それがカートリッジの中の炸薬を爆発させて弾丸を発射できるのよ」
リスティナさんが銃の部品を示しながら説明してくれた。
旧式なんだか新しいんだか分らない構造だな。フリントロックと言う訳では無さそうだ。
魔石を使って発火させるなんてちょっと信じられないけど、最初に出会った時聞こえてきた銃声はこれを発射した音だったんだな。それで野犬を倒してるんだから、一応使える武器と言う事なんだろう。
「リスティナさんとサンディがパレトを持ってるんだ。1丁銀貨5枚はするんだぞ。俺も欲しかったんだけど、冬越しを考えるとまだ無理は出来ないな」
「でも、小屋を作るんだからサンディにハンテを買って、サンディが今持っているパレトを譲って貰えばいいわ」
「そうか!……そうだよな。うん、それが出来るな」
ルミナスは嬉しそうだ。
「でも、そうなるとカートリッジの代金も必要になるわね」
「私は、残り5本です。そろそろ、購入しなければなりません」
ちょっと、3人が暗い顔をしている。カートリッジの値段は結構高いという事だな。
「まぁ、それは何とかなるでしょう。6本で15Lは今の私達には高価だけど、狩りが成功すれば十分に相殺できるわ」
リスティナさんの言葉にルミナスとサンディの顔が明るくなる。
銃を使うって、結構な費用が掛かるって事だな。
俺も1丁欲しかったけど、しばらくはM29を使う事になりそうだな。だけど、1日6発だからな。




