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N-044 迷宮での暗黙の了解 


 それにしても、迷宮の一階と地下1階では余りにも魔物に開きがありすぎるような気がするぞ。

 俺達は、この階段のある広場の一角でお茶を沸かして休憩を取ることにした。


 「白の中レベルの魔石にゃ。いったい幾らで売れるか楽しみにゃ」

 「でも、あれは流石にちょっと問題ですよ。運良く倒せたから良いようなものの……」


 「分ってるにゃ。今回の件はエクレムに報告しておくにゃ」

 「でも大きかったね。下の階にはあんなのがごろごろしてるのかな?」


 「いや、あれは特別にゃ。サベナスのサイズは精々30D(9m)位にゃ。さっきのは50D(15m)以上あったにゃ」


 確かにあれでは魔物ではなく怪獣だ。

 あんなのがごろごろしてるとなれば、銃ではなくRPG-7が欲しくなる。

 

 のんびりとお茶を飲み先程の興奮を冷ます。

 そしてパイプを吸いながら広場を観察してみた。


 体育館程の大きな部屋の片隅に地下に下りる階段。この部屋にあるのはそれだけだ。

 改めて気が付いたが、この部屋の仕上げはかなり出来ている。

 迷宮の入口付近と同じように壁や床の仕上げが終っていた。


 そして、俺達が来た通路の反対側に通路が口を開いているのだが、なんと……俺を見ている信楽焼きのタヌキがいた。


 「あそこにいるやつがイルートですか?」

 「そうにゃ。中々倒せないにゃ。どうするかにゃ?」


 アイネさんは悩んでいるようだが、ライフルで1発じゃないのかな?

 エルちゃんに教えてあげると直ぐにライフルを構えた。

 慎重に狙いを定めている。


 ドォン!

 ライフルの音で全員が先程いたイルートを見る。

 そこにはもう姿が見えない。奥に逃げ込んだようだ。


 「お兄ちゃん、逃げられちゃった!」

 「あぁ、だけどこっちには来てないから奥に行ったみたいだね。あの奥は、どうなってるんだい?」


 「え~と、あの通路の奥は岐路があって、どちらも行き止まり!」

 「なら、追いかければやっつけられるね。」


 俺の言葉に笑顔を見せると、早速ライフルにカートリッジを装填し始めた。


 「追い掛けるのかにゃ? 私等も手伝うにゃ」


 あのタヌキって攻撃してこないのかな?

 噛み付く位のことはするかも知れないけど、あれを倒すのは簡単な気がするぞ。


 「エルちゃん。あの通路を進んだら良く回りを見るにゃ。イルートは化けるからにゃ」


 アイネさんが優しくエルちゃんに言い聞かせている。

 そういえば化けるって言ってたよな。オバケは俺だってイヤだぞ。


 籠に荷物を押し込んで、ぞろぞろとイルートが消えた通路に向かう。

 先頭はエルちゃんとシイネさんだ。

 直ぐ後ろにアイネさん達が緊急介入する為に控えている。

 この場合、イルートに攻撃するのは、エルちゃん達になるんだけど、安全なんだろうか?


 前方の光球に岐路が見えてきた。

 そして、そのT字路の真中に壷がある。良く見ると、壷の口部分が一部欠けて血が滲んでいるぞ。

 これが、化けるという事か……。まるでタヌキの化かし合いじゃないか。


 要するに擬態を高度に発達させた獣らしい。一度見たものに体を変えるのだろう。正しく化けるということになる。

 まぁ、迷宮内のちょっとしたイベントなのかもしれない。

 初心者歓迎の相手らしいから、俺達は後ろで状況を見て楽しもう。本人達からしてみれば、一生懸命なのかもしれないけれど、後ろで見てる分にはおもしろそうだ。


 2人が慎重に壷に狙いを付けている。

 

 ドォン! と言うと共に硝煙が辺りを覆う。そしてそれが晴れた時には岐路の真中にあった壷は姿を消していた。


 シイネさんがアイネさんから鏡を受取ると、慎重に左右に延びた通路を見ている。

 そして、右に向かって駆け出した。俺達は急いで岐路のところに行くと2人の先にある物を見た。


 今度は、バリアントだな。

 傷が3箇所表面にあって、そこから血が脈を打って出ている。どう考えてもバリアントに血液があるとは思えないし、傷から噴出す血とバリアントの透明な姿がミスマッチこの上ない。

 どうせ化けるんだったら、もうちょっと強そうな奴に化ければいいと思うのは俺だけだろうか?


 20m程の距離でエルちゃん達がバリアント?を狙う。

 その狙いの先は核ではなくてバリアントの上部だ。


 ドォン!っと銃が撃たれると、バリアントはタヌキに姿を変えて、ゆっくりと床に吸い込まれていった。

 キラリと光る物を急いでシイネさんが取ってきた。綺麗な赤の魔石だが少し濁りがあるな。


 「イルートを狩るのはそれほど難しくは無いにゃ。色んなのに化けるからおもしろいにゃ。でも初心者はつい忘れてしまうにゃ」


 俺にそう言いながら素早く後を振り返り、銃を発射した。

 ドン!っと言う音の後にドサリという音が通路の奥から聞こえてきた。


 「迷宮では前だけをみてはダメにゃ。常に周囲を見ていないといけないにゃ」

 

 ケルバスは1匹だけだったようだ。アイネさんが急いで床に消えていくケルバスのところに走っていったが、やがてがっかりした表情で帰って来た。魔石は無かったみたいだな。

               ◇

               ◇

               ◇


 迷宮の奥の狩りを4日程行なって、俺達はネコ族の集落へと帰って来た。

 早速、風呂に出かけて汗を流す。


 ちょっとお湯を嘗めてみたらしょっぱかったから、弱塩性のお風呂のようだ。

 温まって部屋に戻ると、帰ってくるエルちゃん達のためにお茶を沸かしておく。


 一緒に出かけて、帰ってくる時間が30分ほど違うのにちょっと考えてしまうが、まぁ温泉だからね。ゆっくり浸かっていたいのだろうが、ネコってお風呂が嫌いなんじゃなかったかな?


 そんなことを考えながら、部屋においておいたカップの水を飲む。

 まだまだ冬だから1時間も部屋に置いておくと冷たくなる。やはり風呂上りには冷たい水が一番だ。


 のんびりと炉のポットが沸くのを待ちながらパイプを使う。

 ちょっとした事だが幸せを感じる瞬間ではあるな。


 「「ただいまにゃ!」」


 エルちゃんとお姉さん達が帰って来た。

 途端に炉の周りが賑やかになる。

 この賑やかさもだいぶ慣れてきたな。

 ジッと座っていると、マイネさんが俺にお茶を入れてくれた。


 どうやら、お風呂で迷宮の奥で出会った2人に合ったらしい。

 サベナスの毒に3人ともやられていたらしく、エルちゃんに【デルトン】の魔法を掛けて貰ったらしい。

 

 「チームの拡充をするって言ってたにゃ。地下で1人亡くしたといってたにゃ」


 4人では地下はキツイのかもしれないな。

 俺達は一応6人だけど、もう少し頑張らないといけないのかな……。


 トントンと扉を叩く音がした。

 シイネさんがそっと扉を開くと、のそりと入ってきたのはエクレムさんだった。

 

 炉の入口に近い側にアイネさんの勧めで腰を下ろすと、エルちゃんから受取ったお茶を一口飲んだ。

 そして、アイネさんに視線を移す。


 「あれ程、迷宮の奥は気を付けろと言っておいた筈だ」

 「サベナスに終われてたハンターがいたにゃ。毒を受けて仲間もやられていたにゃ」


 「それでもだ。……迷宮に入る者で迷宮で命を落とす者は少なからずいる。例え、その場に居合わせて、見て見ぬ振りをしたとしても誰も責めることはない。

 自分達の分を越える狩りをすることはその者の命を危険に晒す。これは、迷宮で魔物を狩るハンターの暗黙の了解なのだ」

 

 「その理由は納得できます。ですが、逃げるには余りにも近すぎました。あの場合は介入して、手負いのハンターの助けを狩りながら相手を倒すしかなかったと思います。

 それよりも俺が確認したいのは、レベルの高い魔物が1階に現れることが普通にあるのか、ということです。

 頻繁にあるようでしたら、少なくとも階段周辺は俺達には危険な区域になります」


 「実は俺も初めて聞く話なのだ。お前達に助けられたチームの男は、長老の査問を今も受けている。俺は、もう1つの関係者であるお前達にその状況を聞きに来た。

 長老でさえ、初めて聞く話らしい。本来はレベルの異なる区域には、例えそこに餌があろうとも移動しない」


 アイネさんはエクレムさんにその場の経緯を説明している。

 たまに、他のお姉さんに状況の確認をしているようだ。


 俺は先程のエクレムさんの話しに違和感を感じた。

 レベルの異なる区域に移動しない……。それが気になるな。

 区域という、人が作り上げた概念を魔物は守ることができるのか?

 区域……ある意味、テリトリーということだよな。

 それを違えることがない理由は何だろう?

 俺達には分らない、何らかの結界が存在するのだろうか?

 そしてエクレムさん達が、そのことになんら疑問を持っていないのもおかしなところだ。


 アイネさん相手の聴取が終わったところで、俺の疑問をエクレムさんに聞いてみた。


 「昔からそうなのだ。……ただ、1つの例外がある。ボルテム王国がパラムに侵攻した時だ。パラムの王都内にあった迷宮への入口をボルテム王国軍が破壊した時、迷宮から魔物が溢れ出した。それこそレベル等関係なくな」

 「凄かったにゃ。後から後から迷宮から出て来たにゃ。あれが無かったら、パラムに帰れたかも知れないにゃ」


 そうは言っても、その時にパラムの王都にいるのはボルテムの連中なんだろうな。

 魔物を狩って魔石を取る。それを自国の物とするためにパラム王国を滅ぼしたが、思わぬ事態となったんだっけ。

 ある意味自業自得ではあるのだが、パラム王国にとっては堪ったものじゃなかった。国を滅ぼされ、王国の民は流浪の民となったんだからな。

 かろうじて、此処に小さな集落を作ってはいるのだが、昔の面影は此処にはない。


 この世界の人間は疑問を持たないのだろうか? あるがままを受け容れ、そこに疑問を投げることがないのだろうか?


 その疑問に対しては、「昔からそうにゃ」と言う一言だった。

 変化を望まない、ということなのかも知れないな。


 「事情は分った。だが、余り危険を冒さぬようにな。姫を任せれているという事は、かつてのクアル家と同じなのだぞ。兄達の名を汚すことが無いようにな」

 「だいじょうぶにゃ。てっちゃんもいるし、頼りになるエルちゃんの兄貴にゃ」


 「あの魔道具か……。反動は強いと聞いたが至近距離ではパレトの強装弾を凌ぐからな。だが、あれは魔法力の関係で1日に6発と聞いたぞ」

 「白になりましたから、今なら1日に12発を撃つことができます」


 俺の答えに全員が目を丸くする。

 

 「それなら、殆どカートリッジがいらないにゃ!」

 「でも、狙いをキチンと付けられないんです。何せ反動が大きいですから」


 「それで、長剣を使って訓練してたにゃ。青になるまでにはちゃんと狙えるようになるにゃ」

 

 確かに継続は力なのだろう。人族の血を半分持っているなら、そんなトレーニングでも少しずつ筋力を上げることができるに違いない。


 「俺の話は、此処までだ。ようやく迷宮1階の奥まで歩くことができるようになったのだ。慢心することなく確実にレベルを上げていけ」


 そう言って、エクレムさんは席を立つと部屋を出て行った。

 慢心することはないと思うけど、慣れが怖いな。

 エルちゃんにも良く言い聞かせておこう。

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