N-042 白レベルと迷宮の奥
次の市場には、魔石を86個出す事ができた。その中には4個の白黒の魔石が入っている。
合計で1464L。俺達の取分は1024Lになる。半分は迷宮での消耗品に使い、残りを分配する。1人、85Lだな。半端は共同購入費に計上する。
「後一月もすれば臨時のギルドが出来るにゃ。そしたら全員のレベルを確認するにゃ」
「上手く、白になれれば良いんですが……」
「たぶん、だいじょうぶにゃ。そしたら迷宮の奥に行けるにゃ」
「奥には、更に変わった魔物がいるんですか?」
「バリアントは少ないにゃ。ケルバスとサーフッドがいるにゃ。それに、たまにイルートがいるにゃ。イルートはおもしろいにゃ」
直ぐに魔物図鑑を調べてみる。
イルート……。どうみてもタヌキだぞ。それもあの信楽焼きのタヌキそっくりだ。
そして攻撃は噛むのか。それほど危険は無さそうだが、よく読むと牙に毒腺があると書いてあった。
更に注書きで、化けると書かれている。
確かに、この種のタヌキだったら化けそうな気がするけど、どんな化け方をするんだろうか。
暗い迷宮の通路を歩いていて、突然一つ目小僧なんて出てきたら、思わず腰が抜けるぞ。
それでも、魔物の種類が増えるんなら、少しは楽しめそうだな。
そして、一月後に集落にギルドの職員が出張してきて臨時のギルドが開かれる。
アイネさんに連れられて、全員がレベルの確認を行った。
「てっちゃんとエルちゃんはレベルが変わりました。赤から白に変わっています。これが新しいカードです」
そう言って渡されたカードは真鍮製だ。
少し、黄色に見えるけどこれが白のカードらしい。穴は2つ空いている。エルちゃんも2つだから、俺達は白2つというレベルだな。
「白になったにゃ。これで迷宮の奥に行けるにゃ」
「奥に行く為に新たに必要な物ってありますか?」
「こっちで準備しておくにゃ。槍が必要になるとエクレムが言ってたにゃ」
「俺の杖も槍代わりに使えますよ」
「分ってるにゃ」
槍を使うということは、サーフッド対策だな。たくさん出てくるのだろうか?
まぁ、少し位出てきてもだいじょうぶだろう。
俺のレベルでの魔法力は27だ。安心して【リロード】を使うことができる。そして、【アクセル】だって使えるのだ。
エルちゃんは攻撃魔法を【メル】しか持っていないけど、毒を持つ奴が多いし、怪我を治す事も必要だろう。ミイネさんとシイネさんが魔法を持ってはいるが、ネコ族の魔法力は人族の7割程度と聞いたから、多用はできないことになる。
部屋に帰って炉を皆で囲みながら、次の迷宮入りを話し合う。
迷宮の1階は入口近くと奥では様相が異なるらしい。
「入口近くは綺麗な通路にゃ。でも奥に行くと荒削りだと聞いたにゃ」
「足場が悪いという事ですか?」
「そうにゃ。そして見通しも悪いと聞いたにゃ」
ということは、突発的に魔物と接触することになるな。
バリアントはほんのりと光っていたけど、サーフッドやケルベスは光っていなかったからな。見つけるのは厄介だ。
「今度は前に2つ光球を置くにゃ。シイネ、頼むにゃ」
シイネさんが小さく頷く。
意外と無口なんだよな。でも、何時もエルちゃんの傍にいるから、俺も安心してる。
「そして、これにゃ。」
俺達に1個ずつ持たせたのは、爆裂球だった。これだけで1200L、何となく無駄遣いにも思えるのだが……。
「ケルベスが群れたら、これが一番にゃ。【メル】でダメそうなら、直ぐに使うにゃ。長老に迷宮の奥に行くと言ったらくれたにゃ」
使いどころを間違えるなってことだよな。でも、長老がくれたってことは、エルちゃんのレベルを上げるのは賛成だが心配でもあるってことだろう。
俺達はついでかも知れないがありがたいことには違いない。
「そして、これはエクレムがくれたにゃ。エクレム達のチームで武器を新調したんで余ったと言ってたにゃ」
そう言って、壁のところから2本の槍を持ってきた。槍と言っても長さは2m程度。俺の杖より少し長い位だ。
「私と、マイネで持つにゃ、てっちゃんも持ってるから槍が3本にゃ」
前衛と言う事だろう。後ろのミイネさん、シイネさんそしてエルちゃんが援護攻撃をする形だ。
「今度は1度入ると数日は迷宮で魔物を倒すにゃ。下がゴツゴツしてるから毛布が必要にゃ」
シート以外に毛布も必要か。そうなると荷物が増えるな。
いっそのこと、籠を担いでいくか。薪や炭だって持っていくんだから丁度良いだろう。携帯用コンロだって、そのまま入れられるしな。
「俺達が担いできた籠に入れていきましょう。炭やコンロも入れられますよ」
「頼むにゃ」
やはり迷宮の奥は入口付近とは訳が違うということだろう。
アイネさんは何時に無く入念に装備を確認していく。
たとえ、その知識が他人から聞いたことであっても、ネコ族は嘘を言うことがない。少しは誇張して伝えられたであろうが、その程度は予測の範囲内として扱っておけば、どんなことがあっても慌てずに済む。
そして俺達は次の日に迷宮へと出発した。
◇
◇
◇
「早速、行くにゃ。迷宮の奥には2つのチームが先行してるにゃ」
迷宮前の事務所に向かったアイネさんが帰ってきて、俺達に教えてくれた。
確か最初の時も入口付近に先行チームがいたんだよな。迷宮内でまったく会う事は無かったから今度も同じような感じだろう。
とは言え、同士討ちをする可能性だって無い訳じゃない。先行しているチームがいる。それだけ覚えておけば十分なんじゃないかな。
「それじゃ、出かけるにゃ。先頭は私とマイネにゃ。その後ろがてっちゃんにエルちゃんにゃ。最後はミイネとシイネに任せるにゃ」
神殿の列柱を通り、入口に入る。
直ぐにエルちゃんが【シャイン】を唱えると、前に2つと後ろに1つの光球が出現した。
前方10mと30m付近と後ろ15m付近に、光球がほわほわと浮かんで俺達の歩みにあわせて移動する。
入口から奥に向かう通路を真直ぐに進んでいく。
途中にある十字路や分岐路は、エルちゃんがキチンとメモ用紙に記録をしている。
そして、先頭を歩くアイネさんは、最初の十字路から鏡を使って左右を確認している。
普段は軽い感じがする人だけど、狩りではその性格が慎重さに変わる。
どんな時でも石橋を叩く人だな。こんな人と一緒なら安心して迷宮の奥に進めるような気がする。
1時間歩いて10分ほどの休憩。これを数回繰り返したところでアイネさんが俺達の足を止めた。
「この辺でお茶にするにゃ。てっちゃん、籠からコンロを出して欲しいにゃ」
籠を下ろして、中から携帯コンロを取り出す。そこに薪を入れてライターで火を点けた。後は炭を数個の載せておく。
俺の準備が終ると、ミイネさんがポットをコンロに載せた。
後は彼女達に任せて、周囲を監視しながらパイプを使う。
こんな生活をしているからネコ族の人達は勘が良くなるんだろうか? そして薄暗い通路を遠くまで見通せる目を持ったのだろうか?
「お兄ちゃんできたよ!」
エルちゃんの声に振り返ると、美味しそうにポットから湯気が出ていた。
エルちゃんの隣に座ると、お茶のカップを渡された。木製カップは手で持っても熱くない。でもカップの中のお茶はかなり熱い筈だ。しばらく冷ましてから飲むことにする。
「エルちゃん、今どの辺りなの?」
「え~とね。この辺りかな。」
えるちゃんが肩掛けバッグから取り出した地図を、メモを見ながら指差した。
もう少しで真中付近ってところだな。
真中を過ぎた辺りで、サーフッドが出て来たときがあった。幸いにも此処まではバリアントの姿を見ていない。中央の通路付近には、あまり魔物も出ないのかもしれない。
「エクレムの話だと、迷宮の真中を過ぎて少し歩くと壁と床がゴツゴツしてくると言っていたにゃ。この辺りが真中ってエルちゃんが言ってたにゃ。いよいよ奥地にゃ」
コンロから炭を取り去り床に転がす。燃える物は何も無いから火事になることはない。10分ほど過ぎて冷えた携帯コンロを籠に入れると、俺達は奥に向かって出発した。
1時間程して短い休憩を取る。改めて周囲を見ると、なるほど、壁や床が荒削りだ。壁を良く見ると鑿の跡が刻まれている。
更に1時間後にはゴツゴツした岩肌に変わってきたが、通路の縦横の長さに変化はない。まるで迷宮の出入り口から最後の仕上げをして、途中で放棄したようにも見える。
突然、アイネさんが片手を横に上げて俺達の歩みを止める。
前方を凝視すると、30m程先にある光球に照らされて蠢く物が見えた。
「サーフッドにゃ。5匹はいるにゃ」
「殺りますか?」
「もちろんにゃ。てっちゃん、籠を下ろして銃を使うにゃ。全員で一撃して後ろの3人は直ぐにカートリッジを装填するにゃ。私等は槍で近寄って来るサーフッドを牽制するにゃ」
サーフッドにはとにかく傷を沢山作って体力の消耗を図るしかないようだ。
となれば、少しでも威力が高いほうが良いだろう。
ライフルを籠に入れると、M29を腰のホルスターから引き抜いた。
「準備はいいにゃ……。3、2、1、撃て!」
アイネさんの合図で一斉に銃を撃つ。
目の前が硝煙で見えなくなったが、アイネさんとマイネさんが急いで槍を持って前方を見据える。
俺は床すれすれにもう1発撃ったところでM29をホルスターに戻した。杖の上部のカバーを外して籠に投げ込むとアイネさんの隣に移動する。
硝煙が晴れると2匹がこちらに向かって来るのが分った
その内の1匹は10m程の距離まで近付いたところで、エルちゃんの【メル】で作った火炎弾がぶつかって体が炎に包まれた。意外と油体質だったのかな?
もう1匹は、更に近づいたところでアイネさんの槍で串刺しになった。
「これで終わりかにゃ?……ちょっと様子を見るにゃ」
しばらくすると、数匹のサーフッドの姿は消えてしまった。
急いで魔石を探すと3個も見つけることができた。しかも1個は黒の魔石だ。幸先が良さそうだな。
そして、更に奥に向かって俺達は進んでいく。
サーフッドを倒してしばらく歩くと前方が突き当たりになっているのが見えた。
突き当たりの手前30m程の所に右へ曲る岐路がある。
「丁度いいにゃ。あの奥で今日は野営するにゃ」
岐路を慎重にアイネさんが調べると、俺達はそのまま奥へと歩いて行った。
突き当たりの壁はゴツゴツした石壁だ。
俺達はその石壁近くにシートを敷き、その上に毛布を2枚載せた。
籠からコンロを取り出して、今度は夕食を作り始める。俺は岐路付近に2つ浮かんでいる光球の明かりを頼りに監視を始めた。
ついでにパイプが楽しめるから丁度いい。
監視方向が一方向だと少し楽に思える。
大きな群れが来た時には逃げられないというデメリットはあるのだが、左右をキョロキョロしながら監視するよりは遥かに楽だ。
魔物の群れが押し寄せたら、例の手榴弾を使ってみよう。確か、爆裂球って言ってたな。




