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N-037 新しい住処


 エルちゃんは1人のネコ族として集落の発展に協力すると言っていた。

 まぁ、無難な答えだと思う。

 今は戦乱の状況に近い。ネコ族を見捨てる選択肢だってある筈だ。

 炎に包まれる王宮からせっかく脱出したんだから、命は大事にしなければならない。アルクテュールさんにもエルちゃんを頼むって言われてるしね。

 

 それでも、王女が帰って来たことはネコ族達に告げると長老は言っていた。

 やはり、ネームバリューが大きいのかな。

 ある意味天上人だから、何処かの部屋にいるということで納得してしまうのが庶民の良いところだ。

 エルちゃんは今まで通りに俺と行動することができる。

 そんな俺達に長老は護衛を着けると言っていた。

 クアル家の4つ子のお姉さんがその重責を勤めるらしい。

 話に聞くと、パレム王国の近衛兵を務める一族だったらしい。お姉さん達意外は王族を守って最後まで奮戦したと長老が話してくれた。


 「これで、お兄ちゃん達に面目が立つにゃ。私等に任せるにゃ」


 軽いノリにちょっと安心できない俺だった。

 そして、俺達に提供してくれた洞窟の住居は奥まった所にある部屋だった。

 木製の扉を開くと、8畳位のリビングに部屋が3つ付いている。

 早速、お姉さん達は2つの部屋を確保した。残った1つが俺達の部屋になる。

 

 リビングの真中に小さな炉があり、炭火が赤く燃えている。

 そして3m程の天上には、エルちゃんが作った光球がほわほわと浮かんで部屋を明るく照らしている。

 ポットに水を入れて早速お茶を沸かし始めた。

 

 今は厳冬期なのだが、洞窟の中は温かだ。

 革の上下を脱いで綿の上下に着替える。そして、ラクト村で作って貰ったハンテンを着る。

 炉の傍にある毛皮の敷物に座れば結構、リラックス出来るな。

 エルちゃんも同じような服装になると、俺の隣で編み物を始めた。


 「あったかそうにゃ」

 

 着替えを終えたお姉さん達が炉の傍にやってきて、ハンテンを指差して呟いた。

 お姉さん達は綿の上下に革のシャツを着ている。

 動き易そうだが、見た目は寒そうだ。

 幅広のベルトにはロアルのホルスターが着けられて、ちいさなバッグが腰に付いている。そして背中にはベルトのスリングに沿わせて片手剣が取り付けられていた。


 それに引換え俺達は気楽な格好だな。

 一応装備ベルトをハンテンの下に着けているから武装的には問題が無いけど、ハンテンで隠れているから、何も持たないように見える。ライフル銃は部屋の端に置いてあるから、イザという時には持っていける。


 「食事は、この先の食堂で纏めて作るにゃ。時間が来たら取りに行くにゃ。お風呂は5日おきに入れるにゃ。普段は【クリーネ】で我慢するにゃ」

 

 お姉さんの1人、尻尾が黒いのがアイネさんだ。此処での生活の仕方を早速仕入れてきたようだ。

 

 「そして、少し休んだら早速レベルを上げに行くにゃ」

 「この洞窟の奥に、迷宮への入口があるにゃ。道具は最初は借りる事になるにゃ。任せておくにゃ」


 働かざる者、食うべからず。此処での暮らしは元王族といえども例外は無いらしい。

 まぁ、お姉さん達が一緒に付いてくるらしいから、その辺はありがたいと思うけどね。


 「迷宮へは1日掛かるにゃ。そこでバリアントを狙うにゃ。魔物のバリアントは少し手強いにゃ」


 バリアントを図鑑で調べると、ゼリーの大きな奴に見える。

 見るからに美味しそうな色をしてるぞ。

 小さなものはコップサイズだが大きなものは直径が2m高さが1mもあるぞ。

 獲物を見つけて近寄ってその体に取り込んでしまうらしい。

 取り込んだ後はゆっくりと消化するらしいのだが、こんなのが魔物なのか?


 「普通のバリアントと魔物の違いはそのコアにゃ。コアに目玉が付いてるのが魔物にゃ。そして、魔物は触手を出すにゃ。その先に付いている鉤爪には毒があるにゃ」


 毒を持つ触手か……。遠くから銃で仕留めた方が良さそうだな。

 

 「ロアルの減装弾ではコアまで届かないにゃ。通常弾ならどうにか届くにゃ。私等の銃は強装弾が使えるから問題ないにゃ」

 「魔法は利くの?」

 

 「【メル】が有効にゃ。ゆっくり燃えるにゃ」

 「槍も使えるにゃ。でも、近付くと触手でやられるにゃ」

 

 「コアが傷つくと動かなくなるにゃ。そして地面に吸い込まれていくにゃ。上手く行けば魔石が残るにゃ」


 死骸を残さないのか……。まぁ、その方が始末する手間が省けていいけどね。

 

 「てっちゃんの魔道具は問題ないにゃ。エルちゃんは【メル】が使えるにゃ。それにあの大きな銃も使えると思うにゃ」


 確かにライフルなら、使う球がロアルの通常弾でも強装弾並みの貫徹力はあるだろう。

 

 遠くで鐘のなる音が聞こえてきた。

 そして、通路を走る足音が聞こえる。


 「食堂の開店にゃ。此処で食べるにゃ。マイネ、頼むにゃ」

 

 アイネさんの言葉に「分ったにゃ」と言って立ち上がったお姉さんがマイネさんのようだ。尻尾がトラ模様だぞ。


 小さな鍋を下げて部屋をマイネさんが出て行った。

 お茶も、丁度沸いたようだ。

               ◇

               ◇

               ◇


 「ほう、ここが姫達の部屋か」

 

 そう言いながら、尻尾の茶色いミイネさんに案内されてエクレムさんがやってきた。

 俺達の前にドカッと腰を下ろすと、バッグから袋を取り出した。


 「途中で仕留めた獣の毛皮の代金だ。全部で624L。8人で均等割りにすれば1人78Lになる」

 

 そう言って、俺達に報酬を渡してくれた。ちょっとした臨時収入だな。


 「そういえば、此処の食事代ってどうなってるんですか? 早速頂いたんですが」

 「食堂はタダだ。この集落の収入は魔石の販売から得ている。迷宮探索をするために必要な道具は集落の雑貨屋で手に入るし、武器屋もあるぞ。ギルドは無いが、年に2度ギルドの出張所が開かれる。レベルの確認はそこで行なうことになる。

 魔石の販売は責任をもって長老が行なっている。市場でセリを行い、その売り上げの3割が集落の取り分だ」


 集落の中ではお金が使えるそうだ。先払いをすればお店で品物を取り寄せることもできると説明してくれた。


 「村から、食料をかなり持ち込んでいるんですが、これは食堂に預けた方が良いんでしょうか?」

 「そうしてくれると助かる。だが、何が起こるか分らん。5日分程度は残しておくんだぞ」


 何となくただ飯を食べているような気もするので、早いところ食堂に届けておこう。

 

 「それと、絶対に奥には行くなよ。まだ赤だ。クアル達が白とは言え、奥の敵は危険すぎる」

 「近場で、バリアントを狩りますよ。今の俺達にはバリアントでも手強そうです」

 

 俺の言葉に頷くと、エクレムさんは俺達の部屋を出て行った。

 俺達は、食料を取り出して袋に詰め直す。

 逃避行で消費した食料は極僅かだ。

 エクレムさんの言葉に従って、携帯食料を5日分残すと、残りは全部食堂に寄付することにした。

 迷宮に行く時は別に買い込めばいい。さいわいその費用は先程、エクレムさんから貰っている。


 「アイネさん。迷宮に行く為に必要な道具を集めてくれないかな」

 「分ったにゃ。ついでに値段も聞いてくるにゃ」


 そう言って、シイネさんを誘って部屋を出て行った。シイネさんは黒と白のゼブラ模様の尻尾だな。


 部屋でジッとしてるのも暇だな。

 エルちゃんは編み物をしてるし、お姉さん達はロアルのバレルを掃除している。

 俺はパイプにタバコを詰めてのんびりと一服を始めた。

 

 そして、改めて図鑑を見る。

 巻末は魔物の特集のようだ。

 バリアントが最初に出てくるところをみると、これが最弱なんだろうな。

 その先には、3m程のムカデや、頭が2つもある野犬のような魔物がいた。

 レベル1と書かれているのはこの3つだ。

 この辺りが当座の俺達の敵となるんだろうが、あまり気持ちのいい奴等じゃなさそうだ。

 レベル2で爬虫類が出てくる。蛇やトカゲの類だが少しスケールがでかい。

 レベル3は昆虫だ。芋虫やトンボのような奴までいるようだ。

 レベル4で哺乳類に似た獣が出てくる。牙の長いイノシシや3m程もある熊もいるみたいだな。

 

 この図鑑ではレベル4で終っていた。大きな迷宮と言っていたから更にレベルの高い魔物もいるとは思うのだが……。


 「早速見てるにゃ。でも、しばらくは迷宮の入口でバリアントにゃ」

 「この図鑑には、レベル4までしかありませんが、魔物はこれ位の種類なんですか?」


 「もっと多いにゃ。そしてレベル5以上の魔物もいるって兄さんに聞いたことがあるにゃ。でも、私等はバリアントと2つ頭のケルバスしか倒したことがないにゃ」


 レベルが低いんだからそんなとことに行くことは無いだろうが、気になるよな。

 しかし、迷宮から魔物が出てくることはないんだろうか?

 この集落から歩いて1日といえばそんなに距離も無いように思える。

 あふれ出すようなことがあれば大変だと思うけどな。


 そして次の日。アイネさん達が雑貨屋に出掛けて行った。

 迷宮で魔物を狩る道具を揃えに行ったのだが、俺の担いできた籠を背負って行ったぞ。

 軍資金は、エクレムさんから貰ったお金を出し合ったから486Lになる。

 余分に銀貨2枚をエルちゃんが渡していたから、何とか足りるだろう。でも、何を買いこんでくるのかがちょっと楽しみだな。


 昼少し前にお姉さん達が帰って来た。

 重そうに籠を背負っているぞ。

 

 「帰って来たにゃ。これを分担して持っていくにゃ。……でも、その前に昼食にゃ」

 そんなことを言って、鍋を持って出かけて行った。


 昼食を終えると、お茶を飲みながら、買いこんだ荷物を籠から取り出して並べ始めた。

 籠の中にかさばっていたのは、薪と炭のようだ。暖を取るのと調理用でどうしても必要らしい。麻の大きな袋に10kg程入っている。

 その調理を行う為の携帯用のコンロがあるのだが、どうみても寸胴鍋にしか見えない。

 中を覗くと、鉄の網が入っている。鍋の下部と上部には親指程の穴が沢山空いていた。

 続いて出て来たのは、真鍮の水筒だ。5ℓ位は入りそうだぞ。

 

 「初心者でも、これがいると言っていたにゃ」

 

 そう言って取り出したのは、1枚の地図と磁石だった。

 20枚程の紙を束ねたメモ用紙と鉛筆のような筆記具はいったい何に使うんだろうな?

 

 「これも使う人がいるみたいにゃ」

 

 今度は鏡だ。ガラスではなくて青銅を磨いた5cm程の手鏡だが、確かにこれはいるかもな。

 次に出て来たのは、革袋に入ったチョークだった。目印ってことかな?


 「ランプはてっちゃん達が持ってたから買わなかったにゃ。松明はエルちゃんとシイネが【シャイン】を使えるから買わなかったにゃ」


 何でも買い込んできた訳では無さそうだな。

 そして、最後に取り出したのは、小さなボトルに入った毒消しと薬草だった。

 バリアントは毒を持ってると言ってたからな。確かに必需品に違いない。


 迷宮は年間を通して温度がそれほど変わらないらしい。


 「服装は革の上下で良いにゃ。雨が降らないから雨具は必要ないにゃ」


 体を横に出来るものと、ちょっとした掛け物があれば寝る事も出来るらしい。

 天幕用のシートとマントで十分だな。俺のマントは大きいからエルちゃんと一緒に使えそうだ。


 魔法の袋から毛布や衣類を取り出すと籠に入れて部屋に置いておく。

 俺とエルちゃんで魔法の袋1個、お姉さん達が魔法の袋2個を空にすると、その中に道具を詰め込んでいく。

 地図はエルちゃんが持っていた肩掛けバッグに入れて置く。メモ用紙や鉛筆それにチョークも一緒だ。

 初めて磁石を見たのだろう。エルちゃんが不思議そうな顔をして磁石を見ていた。


「食堂にお弁当を頼んできたにゃ。明日早速出掛けるにゃ」

 

 しばらく休んでから狩りに出掛けるんじゃなかったかな。

 嬉しそうに俺達に報告してくれるお姉さんを見ると、そんな言葉は言えなかった。




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