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N-035 雪原と雪洞

 吹雪が止んで、入口から顔を出すと遠くまで見通せる。

 そこは銀色の世界、水墨画の風景だ。

 

 「このままだと夜は相当冷えますよ。明日はこの岩棚を出られます」

 「そうだな。娘達の道具も出来た。明日は先に進もう」


 そうと決まればやることが沢山ある。

 店開きした荷物を袋に詰めて、雪を融かして水筒に水を補給する。

 後の荷物は籠に入れるだけにして焚火の火を強める。毛布まで必要最小限にしているから、結構冷えるからだ。

 薪が2束程残るので俺の籠に載せていくことにする。これだけ雪が積もっては薪集めも苦労するからな。


 エルちゃんの杖の先に、小枝を十字に組み合わせてしっかりと革紐で結び付けておく。

 こうすれば、雪原に杖を突いても深く潜ることはない。

 最後にパラロープを取り出しておく。

 エルちゃんのベルトと俺のベルトを結んでおけば、エルちゃんが雪原で転んでも斜面を転がり落ちる事は防げる筈だ。


 「ロープを出してどうするにゃ?」

 「俺とエルちゃんを結んでおくんだ。そうすればエルちゃんが転落しても俺が支えられるだろ」


 「確かにな。俺もロープを持っている。クアル達は持っていないのか?」

 「持ってるにゃ。私等もやってみるにゃ」


 最後に、エクレムさんがお姉さん達4人に急造のスノーシューを渡す。

 

 「これで足が沈まぬ筈だ。急場凌ぎだから、途中で太い蔦を見つけたら取っておくんだぞ。俺と同じようなカンジキを作れる筈だ」


 お姉さん達が貰ったスノーシューを抱えて頷いている。

 少なくとも俺達と同じペースで歩ける。

 簡単に思えても豪雪地帯では、それなりの道具がないと屈強な男でも歩くのが困難になるのだ。


 確かに此処で雪解けを待つという選択肢もないではない。

 だが、追っ手が直ぐそこまで来ていたことを考えると、雪解けに周囲を追っ手に囲まれているといった事も十分考えられる。

 少しでも早くこの地を離れ、ネコ族の集落へと辿り着かねばならない。


 普段の2倍は薪を使っているから岩棚の中は暖かい。

 エルちゃんは何時の間にか寝ているぞ。

 俺と、エクレムさんがパイプを使いながら焚火を見詰める。


 「明日は東へと歩くことになる。森を進むから雪は深いが傾斜はなだらかだ。だが、移動距離はそれほど稼げないだろう。森の中で野営をすることになるぞ」

 「雪洞を掘りましょう。積雪が5D(1.5m)近いですから、吹き溜まりに横穴を掘ってその中で野営すれば凍えることはありません」


 「確かに……。雪は冷たいが、風を防げる。小さな火を焚く道具はあるから、それで夜の寒さを防げば良いか」


 入口から外の寒さが入ってくる。入口の布をもう少し狭めようとして、ついでに外を見る。

 銀を散らしたような星空が広がっていた。

 見ただけで寒くなるな。星空が綺麗だと寒さが強まるって言っていたのは誰だったっけかな。


 「一面の星空です。明日はカチカチに雪が凍ってますよ」

 「少しは歩き易くなるか」


 そう言って、エクレムさんは咥えていたパイプを手にとって掃除を始めた。

 俺は、入口近くに置いてあった丸太を手に取ると、斧で櫂のようなスコップモドキを削り始める。

 俺の作業を興味深げにエクレムさんが見ているけど、言葉は発しない。


 形が段々と出来てくる。

 斧よりも鉈の法が作業はし易いのだが、無いものは仕方がない。

 そして、朝方になって、ようやくそれは完成した。

 長さ1.5m程の櫂のような木製のスコップだ。スコップの部分は横幅が15cm程しかないが、雪を掘るには役に立つだろう。


 それが終ると、焚火の傍で横になる。

 だいぶ冷え込んでいるから、数本の薪を炉に投げ込んでおいた。


 スープの匂いで目が覚めた。

 どうやら、俺が最後に起きたようだ。

 入口に行って外の雪で顔を洗う。周囲は朝日を浴びて眩しいぐらいに輝いている。


 「お兄ちゃんの分だよ」


 エルちゃんが、焚火の傍に戻った俺にスープのカップと薄いパンを渡してくれた、。


 「ありがとう。今日は沢山歩くからね。それと、雪メガネをちゃんと掛けるんだよ」


 俺の言葉に小さく頷く。

 

 「雪メガネか……。やはり必要になるな」

 

 エクレムさんがそう言って、レイミーさんとお姉さん達に木切れを渡している。


 「手作り品だから、紐は自分で付けてくれ。太陽が出ていれば1日で目をやられるぞ」

 「分ったにゃ」


 そう言って、お姉さん達は木切れに紐を付けている。

 荷物を纏めて籠に入れると、エルちゃんのベルトにパラロープを結んで端は丸めて俺のベルトに通した。


 「杖の先に棒が付いてる!」

 「そうしておくと棒が深く潜らないんだ。それと、エクレムさん。これを使ってください」

 

 「これは?」

 「雪深い地方で使われる杖みたいな物です。雪を掘るにも使えますよ」


 「ありがとう。杖代わりにも使えそうだな」

 そう言って、櫂を受取ってくれた。


 ロープで互いを結んで、エクレムさん達はカンジキを履き、俺達はスノーシューを履く。

 入口の布を取外して、レイミーさんがエクレムさんの担いだ籠に入れる。

 そして、俺達はエクレムさんを先頭に雪深い森を歩き始めた。


 「これだと雪に潜らないにゃ」

 

 俺の前を歩くお姉さん達が感心している。

 その後を歩くエルちゃんは少し踏み固められた場所を選びながら慎重に歩いている。

 殿は俺だから周囲の警戒をしながら皆の後を付いて行く。


 雪が深いから結構足を取られて歩きづらい。

 30分程歩いて5分程休憩を取りながら、俺達はひたすら歩き続ける。

 それでも、普段の半分程も進むことが出来ない。

 昼食も取らずに歩き続けて、夕暮れ前に今日の野営地を探す。


 「止まれ! てっちゃん、あそこはどうだ?」

 

 先頭のエクレムさんが俺を見ながら、櫂で右側にドームのように盛り上がった吹き溜まりを指している。

 たぶんあの下に岩でもあるんだろうな。それが吹雪の雪を受けてあんなドームのように雪を集めたに違いない。


 「ちょっと調べてみます」

 

 そう言って、腰のパラロープを解いて吹き溜まりに歩いて行った。

 槍で岩の在処を確かめてみると、かなり右手に寄った所に手応えがある。

 これだと、横からトンネルを掘れば中を2m位に広げられるぞ。


 「十分です。此処で野営しましょう」

 

 俺の言葉に皆がドームに集まってきた。

 早速、俺とエクレムさんで雪洞を掘り始める。10分位で交替しながら掘れば、汗をかかずにすむようだ。

 汗は急速に冷えるから、体温を奪われる。場合によっては凍傷で死んでしまうことだってあるのだ。

 

 そんな俺たちの傍らで近くから薪を集めた女性陣が焚火を作ってお茶を沸かし始めた。


 「どうやら、出来たな。岩棚のようにはいかぬが、十分夜を過ごすことが出来る」

 「小さな火があればいいんですが、そうもいきません」

 「あるぞ。これを使う」


 そう言ってエクレムさんが持ち出したのは、小さなカン詰程もあるロウソクだった。

 

 「迷宮で使う調理器具だ。これをこの台に入れて、上にあるサントクにポットを載せればお茶位は湧かせるのだ」

 

 携帯用コンロって訳だな。

 

 「これ1つで2日は持つ。5個あるから、十分だろう」

 「俺も、これを持ってます。灯り用ですが、夜はこれを使いましょう。ロウソクは3本持ってます」


 ロウソクの芯を切って小さな灯りにすれば1本で3夜も灯りにすることができる。

 2つを組み合わせればしばらくは何とかなるんじゃないかな。


 レイミーさんが雪洞の中にシートを敷くと、そこに毛布を載せる。エルちゃんが早速中に入って毛布に包まっている。

 スノーシューや杖は雪洞の入口近くに籠と一緒にしておく。籠には枝を乗せておいたから中に雪が入ることは無いだろう。


 一段落付いたところで、皆でお茶を飲む。

 冷え切った体に沁み込むように体が温まる。


 お茶を終えると、レイミーさん達が夕食を作り始めた。

 俺と、エクレムさんは少し茂った枝を切取ってくる。

 

 夕食が出来上がると、鍋を持って皆が雪洞に入っていた。焚火には雪をたっぷり詰めたポットを載せておく。

 湯気を上げる鍋を雪洞の真中に置くだけでほんのりと中が暖かくなる。

 携帯食料を使ったスープに薄いパンを浸して食べ始めた。昼食を食べていないから、あっという間に食べ終えてしまった。

 外で沸かしたお茶のポットを運んで食後のお茶を頂く。

 後は寝るばかりだな。


 雪で鍋や食器を洗うと入口近くに置いて、運んで来た枝で入口を塞ぐ。そこに布を被せれば、夜の寒気も入ってこない。

 小さなロウソクの灯りを洞の真ん中に刺した枝にぶら下げると皆で毛布に包まった。

 入口には、念のために俺とエクレムさんが待機する。

 枝で入口を塞いでいるから、獣も直ぐには入って来れまい。

 

 「雪洞か……。思いのほか暖かく感じるな」

 「雪は冷たいですが、熱を逃がさないところもあります。雪山で夜を迎えるときには雪洞が一番ですね」

 

 俺達は交替でパイプを使う。幸い、気流は入口の上から外に出ている。雪洞にタバコの煙が充満する事は無さそうだ。


 更に夜が更けた時にエクレムさんが大きなロウソクでお茶を沸かしてくれた。

 流石に換気が気になったので雪洞の天井に槍で穴を開けた。

 カップに半分程のお茶だが体の芯まで温かくなる。

 そして、俺達も毛布に包まって寝ることにした。


 次の日。

 まだ、朝日も登らない内に俺達は目を覚まして、朝食を取って出発する。

 再び吹雪が来る前に出来るだけ東にいく必要がある。

 朝日に当ってキラキラ輝く森の中を俺達はゆっくりと歩いて行く。


 そんな日が何日か続いて、遂に森が尽きた。

 目の前には荒涼とした雪原が現れた。


 「何にも無いにゃ」

 「この先はずっとこんな感じだ。初夏には薬草が取り放題なんだが、冬の今は荒涼とした土地だな」


 「どれ位この先があるんですか?」

 「雪がなければ3日でラクトー山を迂回できる。だが今は雪があるから早くて5日は掛かるだろう」


 吹雪が来ればもっと先になるか……。

 それでも、半分位は来てるんだろうな。もう少しの辛抱だろう。


 互いを繋いだロープを外して、森の中と同じように俺達は東へと歩いて行く。

 見通しは良いから、獣の接近は十分察知できる。

 だが、北から吹く風が俺達の体力をどんどん奪っていくのが分る。

 

 休憩は窪地に身を潜めるようにして、皆で固まって体温の低下を防ぐ。

 夜は雪原に溝を掘って、上部を布で塞ぐ。

 森よりは歩き易くなったが、雪原の方が苦労が多くなったように思えるな。

 

 そして、4日目に遂に吹雪がやってきた。

 急いで溝を掘って布を上部に載せると、布が飛ばないように雪で周囲を固める。

 溝の断面を台形に整形すると、掘った雪を使って溝の出入り口を半分ほどにした。

 急速に気温が低下してくる。

 エクレムさんが溝の真中で、足が付いた鍋のような物を取り出して薪を入れると火を点ける。その上に炭を載せれば、暖房用の簡単なストーブになる。


 それでも、気温が下がってきた。毛布を被って互いに身を寄せて寒さに耐える。

 ストーブでお茶を沸かしてカップ半分ほどを飲むと少しの間体が温まる。

 寝るにしても寒さがきつい。

 更に毛布を取り出して包まるようにして夜を明かした。


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