N-034 スノウガトル
次の日、目が覚めると直ぐに、エルちゃんを起こしてエクレムさん達と焚火の番を交替しにいく。
「エクレムさん。交替しますよ」
「いや、俺も先ほど交替したばかりなのだ。もう少し寝ていても良いぞ」
そうは言ってくれるけど、起きちゃったからな。2度寝なんてしたら次に起きるのが何時になるか分らない。
エルちゃんは、レイミーさんのいる入口に行って外の様子を見ているようだ。
「吹雪はどうですか?」
「まだ続いている。外は3D(90cm)を越す大雪だ。吹雪が止んでも直ぐに動く事は出来んな。ところで、てっちゃんはスコップを持っているか?」
「小屋作りのおり買い求めました。折畳めるちいさな物ですけど……」
「それでいい。入口の前の雪を掃って欲しい。掃う事が出来なければ10D(3m)程の溝を掘ってほしいのだ。昨日作った棒だが、入口が殆ど埋まってしまったから斜め上に向けて穴を空けている」
それは早めに手を打たないと大変なことになるぞ。
急いでバッグから魔法の袋を取り出して中を漁ると、スコップを見つけ出した。
「早速、やってきます」
そう言ってエクレムさんのところから入口に向かって早足で移動する。
入口では二人ともシートから首を出して外を見ている。
「お兄ちゃん凄いよ。外が雪で埋まってる!」
そう言って俺を振り返った。俺が来たのが分ったんだろうか?
「ちょっと2人とも焚火の方に下がっててくれないか? 入口の周囲を掘ってみるから」
「うん、良いよ」
「その前に、このポットに沢山雪を詰め込むにゃ」
どうやらお茶を作るらしい。ポットにぎゅうぎゅう詰めてたけどあれが融けてもたぶん半分位にしかならないんだろうな。
ポットを持って焚火に向かった2人を見送って、入口のシートを捲ってみた。
そこは白い壁だった。横に置いてある棒を使って上に向かって穴を開けてみた。
どうやら入口の30cm程上まで雪が積もっているようだ。
早く入口を広げないと酸欠になりそうだな。
先ずは、スコップを叩き付けて左右に雪を寄せていく。
少し空間が出来たところで、上に向かって大きな穴を開ける。
ビュゥーと詰めたい風が雪と共に吹き込んできた。
その穴を少しずつ広げると、頭を出して周囲を確かめる。
吹雪が凄いことになっている。一面に真っ白だ。何がなんだか分らないぞ。
1m位の穴が出来たところで、入口の周りに雪を積み上げるようにして雪を取り除いていく。
と言っても、横1.5m長さ2m程の溝が出来た感じだな。
更に積もれば、同じように溝を作ってやればいいだろう。
革の上下に雪が張付いている。ぱんぱんっと叩き落して、岩棚の中に戻っていく。
「お兄ちゃん、真っ白だよ!」
エルちゃんが走ってきて俺の服から雪を叩き落としてくれた。
そして焚火の傍に手を引いてくれる。
かじかんだ手にエルちゃんの手が熱く感じるぞ。
「終ったか。ありがとう。次ぎは俺がやる。スコップは焚火の傍に置いといてくれ」
「雪の量は4D(1.2m)を越えています。とりあえず入口の周りに溝のような形で雪を掘ってきました。しばらくは大丈夫でしょうが、いまだに吹雪が続いています。やはり夕方近くで再度雪を掘る必要がありますね」
「まだ続いてるにゃ。ホントに動けなくなったにゃ」
「あぁ、ジッと待つしかない。薪は十分にあるが、なるべく焚火を大きくしないで過ごす事が肝心だな」
はい。ってエルちゃんがお茶を渡してくれる。冷え切った体にはこれが一番だな。
濡れた革の上下を籠に載せておく。こうしておけば自然に乾くだろう。綿の上下に、エルちゃんの編んでくれたセーターを着ていれば岩棚の中なら十分に暖かい。
全員が起きたところで朝食が始まる。携帯食料を使った簡単なスープが俺達の朝食だ。
「ところで、てっちゃん達は雪の中を移動するための道具を持ってきたのか?」
「かごの外側に縛り付けてきたスノウシューが俺達の道具です。カンジキより雪に潜らずに歩けます」
「俺達は雪靴とカンジキを用意している。クアル達はどうなのだ?」
「雪靴だけにゃ。これだけ雪が深いと歩けないにゃ」
ちょっと声が沈んでる。置き去りにされると思ってるのかな?
「となると、カンジキを作らねばならんな」
「いや、もっと良い方法がありますよ。エルちゃん俺達のスノーシューを持って来て!」
直ぐにエルちゃんが籠から自分のスノーシューを外してきた。
それを皆に見せる。
「これが俺達のスノーシューです。竹で作ってありますが、木で作っても同じこと。足の裏を広くすればいいんです」
「木で作るのか? 確かに簡単な構造だが、これで潜らずにあるけるのか」
最初に切って来た柱用の木材が残っている。薄く割って革紐で雪靴に結べばスノーシューになる。足の裏になる場所に短い杭を作っておけば坂道だって登れる筈だ。
「革紐はあるのか?」
お姉さんの1人が大きく頷いた。
「なら、俺が作ってやろう。分らないところはてっちゃんに教えて貰うぞ」
「いいですよ。今日も外は吹雪です。此処でジッとしていなければなりません」
簡単なスープだけの朝食を終えると、レイミーさんはお姉さん達とライ麦をこね始めた。
大鍋を裏返しにして焚火の傍に置くと、ピザのように伸ばした生地を鍋の底に貼り付けて薄いパンを作り始めた。
その傍でエクレムさんがスノーシューを作っている。
結構、器用だぞ。
何も教える事はない。1cm位に割って作った板の先端は火で炙って曲げてる。
エルちゃんは焚火の傍で編み物をしているから、俺は見張りをすることにした。
吹雪の状況は定期的に見ておく必要があるだろう。それに入口が埋まってきたら、再度雪を掘らなければならない。
籠に掛けた革の上下はまだ乾かないから、マントを羽織って入口に向かった。
掘ってから3時間も経っていないのに、もう入口の三分の一が雪で埋まっているぞ。
これでは夕方にはまた入口が埋まってしまうかもしれないな。
しばらく吹雪を眺めていると、風の中にかすかな獣の鳴き声が聞こえたような気がした。聞き耳を立てていると、やはり鳴き声が聞こえる。しかも1匹じゃ無さそうだ。
急いで入口を閉じると焚火の所に戻って皆に告げる。
「この吹雪の中で複数の鳴き声となれば、ガトルの大型ということになる。分厚い毛皮をしているから吹雪の中でも行動できるのだ。
問題は、この場所の補強だな。回りは枝で遮った上に天幕用のシートで覆っているから入るのは難しかろう。来るとすれば入口だ。柱の残りと薪で簡単な柵を作るしか無さそうだ」
と言っても、柱の残りは2本だし、薪の束は4個しか残っていない。それに薪は焚火に必要だからな。
後は……、俺とエクレムさんの背負ってきた籠があるか。
「エクレムさん。籠を借りますよ。これを2つ並べて柱の残りで補強します」
「その手があったか。頼むぞ」
早速入口の雪をスコップで退かして、入口を少し空かして布で塞ぐ。5cm程のスリットが縦に空いた感じだからそれほど寒気は入ってこない。
そして布を押さえるように2つの籠を並べた。
籠の中身は取ってあるから空っぽの籠だが、動かないように柱を立ててロープで縛り付けた。
全員の銃にカートリッジが入っていることを確かめて、それぞれのホルスターに入れる。
俺達の籠から取り出した荷物を一箇所にまとめ、その上に俺のマントを乗せると、小さいけれど立派な障害になる。
焚火の端に作った障害の脇にエルちゃんを退避させると障害にライフル銃をたてかけている。ちょっとした銃座だな。
「さて、これで待つだけになる。やつらは獲物を集団で狩るんだ。もし、此処に来た場合は次々と入ってくるぞ」
岩棚の中は俺が立てる位の高さはあるが、剣を振り回す広さはない。銃で対応するしか無さそうだな。それでも撃ちつくした場合にと、ベルトに斧を挟んでおく。
そして、前に作ったイヤーカバーを着けておく。
俺を見て、エルちゃんも耳を覆っている。
「それは、何の呪いだ?」
「これの射撃音が半端じゃ無いんです。それを防ぐ手立てなんですが、皆さんもマフラーでも布でもいいですから耳を覆っていた方がいいですよ」
「音が大きいという事か。それも威嚇には使えそうだな」
エクレムさんがそう言いながらマフラーで耳を覆っている。お姉さん達も思い思いの方法で耳を覆っている。
そんな光景を見たレイミーさんは革の防寒帽子を被って顎紐を締めている。まぁ、それなりの効果はあるのかな?
「来たぞ。俺の勘で分る位だか、100D(30m)位だな」
そんなエクレムさんの言葉にエルちゃんが外を指差す。入口より少し横にずれてるぞ。
「合ってるにゃ。1人で方向まで分るなんて凄いにゃ!」
俺には、4人で尻尾を絡ませて首を捻っているお姉さんの方が不思議に見えるぞ。
「やはり、ハーフの感覚は俺達を凌ぐのか……。だが、今は助かるな」
「数は10を越えてるにゃ」
「最初は俺達にてっちゃん達で撃つ。それが終ったらクアル達が撃て、俺達のカートリッジ装填が間に合わない時は、……てっちゃん、頼むぞ」
俺達は、エクレムさんの言葉に頷く。エルちゃんは減装弾を使うロアルを取り出して傍に置いた。ライフルは装弾に時間が掛かるからな。
「かなり近いぞ。用意しろ」
俺と、エクレムさんが前になる。直ぐ後ろにレイミーさんが壁に張付くようにして銃を構えた。
その隣の障害に隠れてエルちゃんがライフルを構えている。
お姉さん達は焚火の後ろで並んで銃を構えた。
「【シャイン】」
エルちゃんの魔法で光球が出現して岩棚の中を明るく照らす。
ガルルル……
すぐ外で唸り声が聞こえる。
そして、入口の布が少し開いて鼻先が出た。
ドォン!
すぐさまエルちゃんのライフルが火を放つ。
ギャォン!!
叫び声を上げて仰け反るように獣が下がると同時に2匹の野犬のような奴が先を争うように入ってきた。
エクレムさんとレイミーさんが銃を発射すると硝煙で前が見えなくなる。
続いて入ってきた野犬をお姉さん達が同時に銃を放って倒す。
見えないのに気配で撃ったのか?
そして、急いでカートリッジを補給している所に、一段と大型の獣が入ってくる。
硝煙の中でもその獣が放つ威圧は凄いものだ。
かすかに見えるその姿に向かって、M29を発射する。
ドオォン!
今までの銃声が玩具に思えるほどの銃声だ。
グラリと揺らぐ影に向かって更に1発を発射する。
そこに、カートリッジを詰め終えた者達が一斉に銃撃を加えた。
ドサ……。
まるで、大木が倒れるような音を立てて獣が倒れる。
それが合図となって、外でうるさく吼えている獣達の鳴き声が遠のいて行く。
「終ったのか?……動くなよ。しばらく様子を見る。カートリッジは今の内に補給しておけ」
途端にカチャカチャと、バレルにカートリッジを詰め込む音が後ろから聞こえてくる。
今撃てるのは、俺とエクレムさんとエルちゃんの3人か?
「だいじょうぶ、みたいにゃ」
硝煙がだいぶ晴れた中、レイミーさんが俺の槍で大きな野犬に見える獣をツンツンしている。
しかし、野犬には見えないぞ。どう見ても熊だな。
「襲ってきたのは、スノウガトルだ。良く見ろ。足の裏が大きく広がってその上毛に覆われている。こいつ等は雪が深くても行動できるのだ」
銃を片手に獣に近付いた俺にエクレムさんが説明してくれた。
「こいつ等の毛皮を剥ぐ。レイミー、手伝え!」
外はまだ吹雪だが、勢いはだいぶ衰えてきている。
そんな中に2人は岩棚から獣を引き摺りだして、毛皮を剥ぎ取りはじめた。




