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N-033 吹雪

 雪が強く降りだした。

 先頭を歩くエクレムさんの姿が、殿の俺には見えなくなってきた。

 俺の前を歩くエルちゃんも足元がだいぶ怪しくなってきたぞ。

 このままでは、エルちゃんが倒れてしまう、そんな事を考えた時に俺達の歩みが止まった。


 「この先の岩棚の下で野営するみたいにゃ」

 

 エルちゃんの前をあるいていたお姉さんが教えてくれた。

 早速、皆の後を付いて行く。

 なるほど、いい岩棚だ。3m程庇のようになって一枚岩が滑り落ちている。そして、その先端は地面から1m程の高さだ。


 岩棚の中は結構高さがある。身長1.8mの俺でも優に立って移動できる。奥は4mほどあるから皆で夜を過ごすのも問題が無い。

 エルちゃんとレイミーさんをその場において、俺とエクレムさんにお姉さん達の6人で野営の準備を始める。俺の持ってきた鋸で、近くの立木を根元から切り倒すとお姉さん達が運んで行く。次の1本は俺とエクレムさんで運ぶ。


 切り倒した立木を2m程の長さに切って岩棚の内側に柱のようにして立てると、その柱に枝を縛りつける。

 枝が足りないので再度6人で出掛けると同じように立木を切って運んできた。

 枝を柱に縛り付ける作業をお姉さん達に任せると、俺とエクレムさんの2人で薪を集めてくる。

 薪を取る者など誰もいないのだろう。直ぐに運びきれないほどの薪を集めることができた。

 3回に分けて薪を運び終えると岩棚の内側に天幕にも使用できるシートを柱にしばりつけて壁のようにする。

 岩棚の奥に小さな穴が空いてるから、中で焚火をしても酸欠にはならないだろう。

 岩棚の東端は別のシートを張って出入が出来るようにした。


 エルちゃんとレイミーさんは、岩棚の中に転がっていた石を集めて炉を作っていたようだ。

 乾いた薪を使って煙が出ないように焚火を始めた。その焚火にエクレムさんが柱の残材を使って三脚を作り、お茶のポットを載せている。


 別なシートを2つ使って、炉の周りに簡単な席を作る。

 やっと俺達は重い腰を下ろすことができた。


 「吹雪いてきたにゃ。30D(9m)先も見えないにゃ」

 「どうやら間に合ったらしい。吹雪が止むまでは此処で足止めだ。いつまで続くか分らんから、食事は朝晩の2回で済ませるぞ」


 体力を維持しなければならないから、それがギリギリの線だろう。

 だが、吹雪で一番怖いのは急激な気温の低下だ。風も強いから体感気温は相当下がって感じる筈だ。

 しかし、この岩棚の下は小さいながらも焚火がある。周りを枝で塞いでいるから直ぐに雪がこの岩棚の前面を覆ってくれる筈だ。たぶん、それほど気温は低下しないだろう。

 

 「追っ手はもう来ないんでしょうか?」

 「幾らイヌ族といえどもこの吹雪では無理だ。食料も十分持って来てはいないだろう。早くに峠を越えねば全滅する可能性が高い。それに、岩窟に来たのが5人。最初の攻撃で2人は足を傷めた」

 

 「出口の洞窟に行く前に更に1人を傷つけましたよ」

 「なら、残った兵は2人だな。追跡は失敗だ。傷ついた仲間を連れて山を戻るしかないな」


 正規兵だから傷薬位は持ってきているだろうが、骨を砕かれてはどうしようもないはずだ。仲間を見捨てて山を降りることになるんだろうな。


 「もう、下草が見えないにゃ。吹雪が止んでも何処にも行けないにゃ」

 

 お姉さん達がガッカリした面持ちで焚火の所に帰って来た。

 

 「歩みは遅くなりますが、進めますよ。ちょっとした道具を作らないといけませんけどね」

 「深雪を歩く道具か……。カンジキを作るのか。確かに長くこの場に留まるのだ。ちょっとした道具は作れるな」


 俺達の会話を聞いて少し元気が出て来たようだ。

 エルちゃんは何時の間にか俺の肩に寄り掛かって寝息を立てている。


 「奥に寝かせてやれ。嬢ちゃんにはちょっときつかったからな」


 担いできた籠からシートを取り出して地面に敷くとその上に毛布を広げる。

 大きな封筒型の寝袋を引き出すと、その中にエルちゃんを入れてあげる。その寝袋に余裕があるとみたお姉さんの1人が早速潜りこんでしまった。

 まぁ、2人で寝るなら互いに温めあえるだろう。問題は俺が入る場所が無くなってしまったことだ。


 「おもしろい毛布にゃ。温かそうに見えるにゃ」

 「結構暖かいですよ。でも、俺だって使うんですからね」

 「大丈夫にゃ。私等は独身にゃ。てっちゃんも独身なら何にも問題がないにゃ」


 問題大ありだぞ。ひょっとしてネコ族には独身男女が寝所を共にしてもいいという風習があるんだろうか? 理解に苦しむな。


 「悩むことはない。もし間違いがあっても結婚すればいいと言っているのだ」

 「ダメですよ。これは俺とエルちゃんで使うんですから」


 エクレムさんがおもしろそうな顔をして教えてくれたので、キチンとお姉さん達に断わっておいた。

 残念そうな顔をしているけど、毛布は持ってきたんだよな。


 レイミーさんが入れてくれたお茶を皆で飲む。俺が何時も飲むお茶と少し違って渋みが無いな。甘味すら感じるぞ。


 「分るか? レイミーの家に代々伝わる秘伝のお茶らしい」

 「村で買うお茶と違って甘味がありますね。疲れたときは甘味が一番です」


 お茶を飲み終えたお姉さん達は順番に入口を少し開けて偵察をしているようだ。10m先も見えない吹雪の中を彷徨う人もいないだろうけど、大型の肉食獣がうろつく可能性はあるみたいだ。


 焚火の煙の流れを見て、パイプに火を点ける。

 そろそろ日が暮れる時刻だが、岩棚の中は焚火の炎が明るく照らしてくれる。


 レイミーさんが大きな鍋を籠から出して水をカップで測りながら入れている。どうやらスープを作るみたいだな。そしてレイミーさんから耳打ちされたお姉さん達が自分達の鍋を使ってライ麦をこねている。

 

 そういえば、串焼きの残りがあったな。バッグから魔法の袋を取り出すと、3匹残っていた串焼きをレイミーさんに渡した。

 喜んで受取ったけど、人数分は無いんだよな。


 どうするのかなと見ていると、ナイフでぶつ切りにして鍋に投入したぞ。

 乾燥野菜と干し肉を適当に投げ入れてオタマで掻き混ぜている。

 そして煮えてきたら、お姉さんがこねていたライ麦を皆で千切って投げ入れてる。

 ひょっとして、スイトン?

 まぁ、体が温まるし腹持ちもいいけどね。

 夕食の準備が終ったようで、手についた粉を【クリーネ】で落としている。やはり主婦には【クリーネ】は必携だよな。


 見張りをしていたお姉さんが体を丸めて焚火のところにやってくると手をかざしている。直ぐに他のお姉さんが入口の見張りに出かけた。

 

 「やはり、大型獣が徘徊するのでしょうか?」

 「それは無いだろう。大型獣だって吹雪きの怖さは知ってる筈だ。あれは、あの娘達の気晴らしだろう」


 そんな事を言いながらパイプを取り出した。俺が終わった所で、タバコを楽しむつもりのようだ。


 「入口が半分埋まってしまったにゃ」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 エクレムさんは、運んで来た柱材の端を使って2m程の棒を作る。

 

 「入口が閉じるのは不味い。この棒で、たまに穴を開けるんだ」


 直ぐにお姉さんが棒を入口に運んで様子を見ている。やはり、自分達の楽しみで外を見てるんだな。


 ごそごそと毛布が動き、エルちゃんとお姉さんが起きてきた。

 どうやら料理の匂いに釣られて起きてきたようだな。


 「もうすぐ出来るにゃ。此処に座って待ってるといいにゃ」

 レイミーさんがそんな2人に優しく声を掛けている。

 

 外が暗くなって良く見えなくなってきたらしく、お姉さん達は入口から焚火の傍に移動してきた。


 「ちゃんと穴を3つ開けたにゃ。寒い空気が入ってくるから大丈夫にゃ」


 そんな事を言いながら、入口が殆ど雪に覆われたことを教えてくれた。

 岩棚に入って5時間近く経っている。話を聞く限りでは豪雪ってことだな。


 「たまに穴を開けてくれ。そして、焚火がある限り凍死することはない。水は雪を融かせばいいし、食料は十分だ。薪も3日程なら持つだろう」


 ここまで来たんだ。あわてる事はない。これから俺達の敵になるのは、追っ手ではなくてこの島の厳しい厳冬期なのだ。


 「皆、食器を出すにゃ。1人2杯は食べられるにゃ」

 

 レイミーさんの言葉に俺達は食器を取り出す。そしてレイミーさんのお玉で大鍋からスイトンモドキを受取った。


 フーフーと息をはいてスプーンで掬い取ったスイトンを食べる。うん、結構いい味だぞ。

 

 「レインボウが入ってるにゃ!」

 

 隣で食べてるお姉さんが嬉しそうに声を上げる。

 俺とエルちゃんは思わず顔を見合わせて微笑んでしまったが、エルちゃんのスプーンにレインボウのぶつ切りが載っているのを俺は見たぞ。


 2杯目は、1杯目よりも具沢山だった。

 綺麗に大鍋一杯のスイトンを俺達は食べてしまったようだ。

 エルちゃんももう食べられない……。なんて言っているくらいだ。


 それでも食後のお茶は欠かせない。

 ちょっと甘さが感じられるお茶を飲みながら、俺達は夜を過ごす。

 

 「2人ずつ交代で焚火の番をする。最初はてっちゃんと嬢ちゃんだ。その後はお前達が2人ずつ、そして最後が俺達だ。火はもう少し落として薪を節約したい。だが消す事が無いように注意しろ。後は時々換気用の穴をあの棒で開けてくれ」

 「分った。ゆっくり休んでくれ」


 俺とエルちゃんは焚火の傍に寄り添って座る。

 焚火の炎が揺れているから、ちゃんと入口の穴から空気が入ってくるようだ。

 少し、時間が経ってから入口の様子を見に行こう。


 俺達の毛布はお姉さん達が使っているようだ。気に入ったのかな?

 俺のマントを広げてエルちゃんと一緒に背中に羽織る。焚火は前は暖かいんだが背中が冷えるのが難点だな。


 そんなエルちゃんは俺に寄り添って編み物を始めた。

 少し形がわかるぞ。編んでいるのは靴下だな。寒いからきっと役立つだろう。


 「だいぶ上手くなったね」

 「サンディお姉ちゃんに良く教わったから、もう何でも編めるよ」


 嬉しそうにそんな事を教えてくれた。

 サンディには感謝しなくちゃな。


 ザザザーっと外で音がした。急いで入口に走っていくと、後ろからライフルを持ったエルちゃんが付いてくる。


 入口はすっかり雪に覆われていた。3箇所に5cm程の穴が空いている。その穴からそっと外を覗くと、吹雪が今だに続いている。



 ザザザー……っと再び音がする。その音は風にのって遠くからも聞こえてきた。

 どうやら積もった雪が枝から落ちる音のようだ。

 枝の折れる音も聞こえてくる。

 一気に雪が積もるから弱い枝は折れてしまうのだろう。


 そして、此処は寒いぞ。よくもお姉さん達はここで外を監視できたな。


 俺とエルちゃんは入口に空いた穴を棒で広げて、焚火の元に戻ることにした。

 少し離れてパイプを取り出すと、エルちゃんがお茶を入れてくれた。


 此処では気にならないけど、入り口では強い風が吹いている音がした。そして吹雪きだ。この山の至る所に吹き溜まりが出来ているに違いない。

 ちろちろと燃える焚火に薪を継ぎ足す。

 火が消えない位のところで焚火を続けるのは結構スリリングだな。まぁ、消えかかったら急いで細かな薪を投げ入れられるように焚火の脇に準備はしてあるから、心配はいらないらしいんだが……。


 3時間程過ぎたところで、エルちゃんに俺達の毛布で寝ているお姉さんを起こしてもらい、後を引継ぐと俺達の毛布でゆっくりと眠る。

 明日になったらどれ位積もったか分るだろう。それを調べるのも楽しみだな。

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