N-031 逃避行 2nd
歩き続けて3日目に俺達は森に入った。湖の近くの森には広葉樹が沢山あったが、この森は松のような針のように長い葉を持つ針葉樹の森だ。
その森を1日掛けて縦断すると岩交じりの荒地が俺達を待っていた。そして、目の前には急峻な山が聳えている。
「もう直ぐ、最初の水場だ。そこで1日ゆっくりと休む。でないと、あの山の谷間を越えるのは苦労するからな」
「まだまだ大丈夫にゃ。でも、ゆっくり休むのは賛成にゃ」
お姉さん達も結構疲れているみたいだな。
そして、昼を少し過ぎた頃、俺達は水場に到着した。
水場は岩の間から流れ出る湧き水だ。結構な水量があり、水は荒地を小川になって流れているようだが、200mも流れないで荒地に吸い込まれている。
伏流水の一部が地表に顔を出しているって感じだ。
そんな水場の直ぐ近く、そして風が遮られる場所を選んで俺達は野営の準備を始めた。
「最初に、水を補給しておけ。何時でも出発出来るようにだ」
エクレムさんの指示で、俺達は水筒の水を交換する。まだ三分の一位残っていたから、水を補給すれば5日は何とかなりそうだな。
皆で周囲の藪から薪を取って、早速焚火を作る。
俺の持ってきたポットを焚火の傍に置けば皆でお茶が飲めるな。
「スープはまとめて作る。材料は持ってるな?」
エクレムさんは担いで来た籠から大きな鍋を取り出して太い棒を使って三脚を作りそれに具材を入れた鍋を掛けた。
「交替で作れば不満も出まい。この鍋を使ってくれ」
「エルちゃん。あれを焼いて食べよう」
俺の言葉を聞いて嬉しそうにバッグの袋を開けると、レインボウの串焼きを取り出した。
人数分を焚火の周りに並べて炙り直し始める。
「持ってきたのか? ありがたい話だ」
「此処で食べられるとは思わなかったにゃ」
「後、数本残ってますから、次の水場に着いたら鍋に入れて皆で頂きましょう」
「何よりのご馳走にゃ」
夕食を終えると、のんびりと皆でお茶を飲む。
明日は休みだし、風が来ないから毛布を被って焚火の傍にいると結構温かだ。
「エクレムさん。ちょっと気になってるんですが?」
「何だ?」
俺の問い掛けに、パイプに火を点けようとしていたレクレムさんが俺に顔を向けた。
「これから向かう先は、ネコ族の集落ですよね。俺はネコ族とは異なりますが、このまま向かっても大丈夫なんでしょうか?」
「確か、人とエルフのハーフと聞いたぞ。なら、問題はない。まして、エルの兄として暮らしてきたのだ。兄妹を裂くような考えはネコ族は持たぬ」
ちょっと安心した。
場合によっては、山脈を抜けたらエルちゃんを連れて別行動を考えていたのだが、その必要は無いようだ。
ワォォーーーン……
野犬の遠吠えにしてはちょっと異なるな。
エクレム夫妻とお姉さん達がたちまち銃を取り出した。
ヤバイ相手ってことなのかな?
「ガトルだな。まだ山に雪は降っていないが、降りて来たようだ。全員銃は持っているな。カートリッジを確認して何時でも撃てるようにしておくんだ。てっちゃん、俺と一緒に来い。少し丸太を集める」
エルちゃんが籠の中に入れてあるライフル銃を取り出すのを見て、俺はエクレムさんの後を付いていった。
藪から太い木を切り倒して2本ずつ抱えて運ぶ。
俺達が野営している場所は風を遮るために大岩の懐に位置している。
運んで来た木を鉈や斧で半分程にすると焚火の左右にそれを置いて即席の柵にした。
さらにもう一回取りに行って柵を補強する。
「まぁ、無いよりはマシだろう。幸い薪は沢山ある。奴等が接近したら、俺とてっちゃんで左右に位置すればいいだろう。そして焚火を大きくすれば正面から来る奴はいないはずだ」
エルちゃんはライフル銃を抱えて待機している。
ふと、左のお姉さん達を見ると……驚いたことに全員がロアルを持っている。
エクレムさんもそれに気付いたようだ。
「お前達、何者だ? ハンターがロアルを持つ事はあるが、全員がロアルと言うのは初めて見るぞ」
「私等は、今はハンターにゃ。でもパラム王国が健在な時は貴族の端にいたにゃ。王都が火に包まれた時、兄さん達が逃がしてくれたにゃ。これは私等がクァル一族である証にゃ」
「クァルの生き残りか……。兄達は俺も知っている。勇敢な連中だった」
「私等は4つ子にゃ。アイネ、マイネ、ミイネにシイネにゃ」
4つ子だったんだ。確かに似てるけど、ちょっと尻尾の色が違うな。それで区別するしかないのかな?
「でも、私等のロアルよりもその嬢ちゃんの持つ銃の方が変わってるにゃ」
「これは、マイデルさんに作ってもらったんだ。ロアルの通常弾を使うんだけど200D(60m)を狙えるよ」
「ほう。ならば、此処にはロアルを使う者が5人とパレトを使う者が2人いるのか、そういえばてっちゃんは何を使うのだ?」
「これです。反動が大きいので近くを狙う事しかできませんが威力は絶大です」
そう言って、M29を見せる。
「魔道具なのか? 初めて見る形だな。頼りにさせてもらうぞ」
「カートリッジの数が気になるにゃ。私等は1人30個を持ってるにゃ。無くなるとこれで戦うことになるにゃ」
お姉さんが背中の片手剣を引抜いた。
片刃の剣だ。しっかりと研いであるみたいで焚火の炎で光ってるぞ。
「魔法は誰が使える?」
「私が使えます。攻撃魔法は【メル】だけですけど」
「マイネも【メル】が使えるにゃ。後は攻撃には使えないにゃ」
エルちゃんに続いてお姉さんもそれに応えている。
後は攻撃につかえないということは、【サフロ】や【デルトン】を使える姉妹がいるってことだろう。
「なるべく魔法で攻撃してくれ。魔法は回復するが、カートリッジは使えばそれっきりだ」
遠くで複数の鳴き声が聞こえる。
やはり来るんだろうか?
「大丈夫だ。まだ距離がある」
エクレムさんはそう言うとパイプに火を点ける。
俺もパイプにタバコを詰めると、エルちゃんから少し距離をおいた。
一服を終えてパイプを仕舞おうとした時、辺りが異様に静かになったことに気が付いた。
「来るぞ。てっちゃん、左を頼む」
「エルちゃん、頑張れよ」
エクレムさんの声に、エルちゃんの頭を撫でてそう言った。
槍のカバーを外してベルトに差し込むと左側に移動して槍を地面に突き刺しておく。
そして、M29を引き抜いて左手に持った。
「後ろは任せるにゃ」
「この銃は連発できます。俺に近付いてくる奴をお願いします」
「分ったにゃ」
お姉さん達2人が俺のカバーについてくれるらしい。
残りの2人はエルちゃんを焚火の真後ろに移動させてその左右に着いてくれた。
そして、焚火の薪を追加する。
少し広がって勢い良く燃え出したから、焚火を中央突破してくる獣はいないだろう。
【シャイン】と叫ぶ声が2つ上がった。
俺の見詰める急造の柵の先にスルスルと光球が移動して周辺を照らす。レクレムさんの方にも光球が飛んでいった。
これで50m先位までの視野が確保できたぞ。ネコ族の人ならもっと先まで見通せるのだろうが、生憎とその遺伝子は俺にはない。
でも、俺の必中距離は10m前後だからこれで十分だ。
ガルルゥゥ……
唸り声が聞こえたと思うと闇の中に光る目が見えてきた。
こちら側は数匹だな。
ゆっくりと近付いてきて、光球の光の中にその姿を見せた。
やはり、ガトルのようだ。野犬よりは大きいから注意しなくては。
少しずつ、こちらの様子を覗うかのように近付いてきた。
俺は銃のハンマーを起こすと両手で一番前のガトルに狙いを定める。
【アクセル】……自分に言い聞かせるように魔法を呟く。身体能力2割増しを初めて使うが、果たしてその効果はどうなのかな?
ドゥン!
誰かの放った銃声が聞こえると同時に、俺もトリガーを引く。
鋭い発射音が響いて、先頭のガトルが倒れた。
続いて、その後ろのガトルを狙ってトリガーを引く。
3発撃ったところで状況を見る。
近付くガトルはいないみたいだな。
光球に照らされて5匹のガトルが倒れていた。エクレムさんの方を見ると、カートリッジを急いでバレルに詰めているみたいだ。
「何匹殺った?」
「5匹にゃ」
エクレムさんの問いにお姉さんが応えてくれた。
「こっちは4匹だ。9匹殺ったなら、引き上げたかもしれんな。一応銃にはカートリッジを詰めておけ。そしてしばらくは様子見だ」
残りは3発。お姉さん達も銃にカートリッジを詰めている。
「凄い銃にゃ。カートリッジがいらないにゃ」
「でも、1日に6発だけです。後3発ありますからそれが無くなったら、この槍で戦うことになってしまいます」
「大丈夫にゃ。さっきと同じようにまた5匹殺れるにゃ」
ネコ族の人らしく前向きな考え方だな。
でも、そう考えるとちょっと安心できるぞ。
何時でも戦えるように交替で仮眠を取る。
しかし、その夜はそれ以降の襲撃は無かった。
朝を迎えた俺達は簡単な食事を終えるとガトルの毛皮と牙を回収する。
ギルドがこの先にあるかどうかは分らないが、ハンターに合う事があれば、カートリッジと交換して貰えるかも知れない。
「やはり、人数が多いと心強いな。それに、嬢ちゃんの持ってる銃は凄いな。200D(60m)のガトルを1発だ。ロアルの通常弾と聞いて驚いたぞ」
「てっちゃんの銃の方が凄いにゃ。カートリッジを使わないで連発してたにゃ」
「しかし、凄い音だな。パレトの強装弾の発射音より大きいぞ」
「威力もありますよ。でも反動が凄いんで中々命中しなかったんですが、昨夜は【アクセル】状態で撃ってたんです。腕の力も2割増しですから、上手く反動を抑えることができました」
あれは、瓢箪からコマだった。乱戦を考えて使ったのだが、反動を抑えるのにも使えるとは撃った後で知ったからな。
「まぁ、助かったことは確かだな。今日はなるべくゆっくりしろよ。次の水場は峠の片隅にある。後3日の行程だが、坂はきつくなるからな」
のんびりと俺達は1日を過ごした。夕食はお姉さん達が作ってくれたシチューだった。まさかこんなところで食べられるとは思わなかったが、村を出るときに殆どの蓄えを使ってきたらしい。
「魔法の袋1つに食料は満杯にゃ。ナイフも5つも買い込んだにゃ」
それって、後で役に立つんだろうか? ナイフは1人1本あれば十分な気がするけどね。
そして、次の日。
俺達はエクレムさんを先頭に峠を目指して歩き出す。
確かに荒地も勾配がきつい。
エクレムさんは、真直ぐに登らず、左右にジグザグに登っている。そして、荒地が殆ど岩場になる手前で、俺達は薪を集める。
俺とレクレムさんの担ぐ籠に束にした薪を載せて、他の人達は小さな束を背中のバッグの上に載せる。エルちゃんも皆と同じように小さな束を載せていた。
30分程歩くだけで息が詰まる。
休み休み俺達は岩場を登って行った。




