N-030 逃避行
秋が訪れ、村では畑の取入れで忙しいらしい。
その収穫物は軍がどんどん運び出している。
そんな感じだから、ハンターに回される食料は少なくなってきた。
マイデルさん達があらかじめ食料を早々と確保していたから、俺達は問題なく冬を越せるらしい。
それでも、度々マイデルさんは村へと向かって少しずつ食料備蓄を増やしていった。
さらに、カートリッジもパレトの通常弾は100発を越えている。
最後に武器も長剣と片手剣を武器屋から譲って貰い、小屋の炉で再度鍛え直している。
「来春かと思ったが、どうやらワシらが動けぬ季節を選んでやってくるようだ。てっちゃんの方は準備が整ったか?」
「はい、おかげさまで食料は5か月分以上確保してあります。カートリッジもライフルにあわせたパレトの通常弾を20発。ロアルの通常弾が40発、そして減装弾を20発も手に入れました。冬の山越えを考えて防寒用の革の上下に毛皮のマントも確保してあります」
「そうか。今日、村であったネコ族の娘達に一緒に逃げるように伝えてある。明日にでもやってくるだろう。いいか、ボルテナン山脈を越えてラクトー山の東を目指すんじゃぞ」
「はい。何とか辿り着いて見せます」
「頑張れよ」
マイデルさんはそう言うと、自ら鍛えた長剣を俺に手渡してくれた。
俺達2人にライフル銃を作ってくれたのに、こんなにして貰っていいのだろうか。
「ネコ族の連中にはだいぶ世話になっておる。これぐらい容易いことじゃ」
そう言って戸惑っている俺に更に革袋を渡してくれた。
「パレト通常弾のカートリッジだ。50発入っておる」
「いいんですか? この小屋でも必要じゃないですか」
「だから半分じゃよ。たっぷりと手に入れた」
「私は、これね」
そう言ってリスティナさんがくれたのは、平べったく焼いたパンだ。20枚はありそうだな。
「俺は、これだ。無ければつまらないぞ」
そう言って渡してくれたのはタバコの包みらしい。3個もあるぞ。
サンディはエルちゃんに手編みの手袋と毛糸球を渡している。
「申し訳ない。俺が遺して置けるのはないんだ。次に会う時にはきっとお礼をするから、その約束で……。」
「それで、十分じゃ。それに、レインボウを獲る方法を教えて貰っとるし、こんな丈夫な小屋で暮らせるのもてっちゃんのおかげじゃ。十分じゃよ」
俺とエルちゃんは改めて頭を下げる。
貰った荷物をバッグに詰め直して、小さな籠に天幕用のシートと特注の毛布を入れる。そして、籠に2人のスノーシューを吊るしておく。
俺の槍とエルちゃんの杖をその隣においてあるから、これで忘れ物はない筈だ。
◇
◇
◇
次の日、朝早く起きて荷物を焚火のベンチに置いて、最後の釣りを楽しむ。
途中からルミナスもやってきたから、たちまち10匹以上のレインボウを釣り上げた。
早速、焚火の周りに刺して遠火で炙り始めた。
焚火でリスティナさんが薄いパンを焼き始める。サンディも一緒になって何枚も何枚も焼いている。
エルちゃんはマイデルさんと一緒に簡単なスープを作り始めた。
そして、この小屋で食べる最後の朝食が始まった。
誰も何も言わずに静かに食事を取る。
そして、朝食が終るとエルちゃんがお茶を配ってくれた。
「これをお弁当にしてね。沢山作ったから皆で食べられるわ」
「どうもありがとうございます」
丁寧に礼を言って傍らに置いた背負い籠の中に仕舞いこむ。
「これもだ。俺達の分はまた釣ればいい。これは皆持って行ってくれ」
ルミナスが、焼きあがったレインボウを串ごと紙に包んで渡してくれた。
そんなところへ西からやってくる2人組みに気がついた。
「お早う。確か此処にネコ族のハーフがいたな」
着いて直ぐにそう聞いてきた。
「エルちゃんがいます」
「なら、今すぐ此処を出るんだ。今日にもラクト村にレムナム軍がやって来る。掴まれば命は無いだろう」
「ええ、俺達も今日此処を発つ予定です。もうすぐ、ラクト村からネコ族の4人のハンターが来る予定なんで、一緒に行こうと思っています」
「なら、俺達も同行したい。人数が多い方が心強いからな」
確か、この二人はエクレムさんとレイミーさんだったな。
レイミーさんはちょっと怪しいけど、エクレムさんは落着いてるから安心出来るな。
丁度お茶を飲み終えた時に、西から4人がやって来る。
ネコ族のお姉さん4人組みのチームだ。
「待ったかにゃ。色々買い込んで来たんで遅くなったにゃ」
「さて、全員揃ったみたいだな。で、行き先はネコ族の集落でいいんだな?」
「ボルテナン山脈を越えねばならんのが難点じゃが、ラクトー山の東なら追っ手の心配は無いじゃろう。万が一、追っ手が迫ったら迷わずに殺すんじゃぞ。相手もそれが目的じゃ、恨みはせんじゃろう」
殺すのか? 俺に出来るんだろうか……。
とはいえ、エルちゃんを捕らえようなんて奴等なら殺るしかないか。
俺もいよいよ、腹を決めねばならないのかも知れないな。
「では、行くぞ。雪の降る前に峠を越えて行きたい」
「私等は何時でもいいにゃ」
「エルちゃん、準備はいいかい。予備の水筒も持ったね。……俺達も準備は出来たぞ!」
そして、俺はベンチを離れて籠を背負い槍を持った。
エルちゃんも肩掛けバッグを膨らませて杖を持って俺の傍に立つ。
「てっちゃん、色々世話になったな。また合えるといいな。頑張れよ!」
ルミナスが俺の手を握って言った。そんな事を言うから涙が出てきたじゃないか。
「あぁ、頑張るよ。ルミナスも頑張れよ」
そう言ってルミナスの肩を叩くと、ルミナスもお返しに俺の肩を叩く。
「それでは、今までお世話になりました。行ってきます!」
そう言ってマイデルさん達にエルちゃんと一緒に頭を下げると、前を行くレクラムさん達の後を急いで追い掛ける。
「達者でな!」
俺達に手を振るマイデルさん達に、俺とエルちゃんは振り返って手を振った。
俺達が見えなくなるまで、焚火の傍から何時までも手を振って見送ってくれる。
レクラムさんに先導された俺達8人は小屋を東に進み、森を抜けた所で今度は北に向かう。
確か峠を越えると言っていたけど、道なんて何処にも無いぞ。
こんな感じで歩いて行ってちゃんとネコ族の集落に辿り着けるんだろうか?
荒地は何処までも続いている。そして俺達は緩やかな坂を登っている。
たまに小さな獣を見かけるけど、上手い具合に野犬等の物騒な奴等は見掛けない。
そして、2時間程歩いたところで最初の休憩を取る事になった。
お茶を沸かすことをせずに、籠に入れてきた1.5ℓほどのポットから皆にカップ半分程の水を注いで上げる。
マイデルさんの事前のレクチャーでは、ボルテナン山脈の山越えをする時に水場は2箇所しかないと聞いている。大切にしなければ直ぐに無くなってしまう。
「ありがたい。生き返るな。それに満杯にしてきたのか?」
「はい。水場が少ないとマイデルさんから聞いたんで、持てるだけ持ってきたつもりです」
「私等も持ってきたにゃ。1人水筒2つに、大型水筒が2つにゃ」
「ならば、だいぶ楽になる。最初の水場まで後3日は掛かるからな」
カップに半分の水は直ぐに無くなってしまう。俺達は再び歩き出した。
昼近くになっても荒地が続いている。
ひょっとしたら、今夜は荒地で野営しなければならないみたいだな。
エルちゃんは俺の直ぐ前を元気に歩いている。杖なんか必要ないみたいだけど、これからきっと必要になってくるだろう。目の前に聳える山々を見るとそんな感じがしてならない。
昼食は、荒地の中で輪になって食べる事になった。
今度も焚火をせずに水で我慢する。皆にポットの水を配るとポットが空になったが、まぁ、これはしょうがない。
カップの水を飲みながら、リスティナさんが作ってくれたお弁当を頂く。
薄いパンは少し塩味が利いている。挟んだ野菜とハムは新鮮だった。皆も昼食は用意してきたみたいで固いパンを齧る人はいなかった。
だいぶ登って来たみたいで、眼下に俺達が暮らしていた森が見える。その西側にはラクト村が小さく見えるぞ。
「ここまで来れば、とりあえずは安心できる。今日、村にやって来る兵隊達も先ずは村の様子見だろう。村にネコ族は残っていないのだな?」
「昨日の内に皆出て行ったにゃ。私等は、マイデルさんに誘われて今朝村を出たにゃ」
村を出る前に買い物までしてきたとは恐れ入る。兵隊達が怖くないんだろうか? それとも兵隊の来る時間が判っていたとか……。
「兵隊が村に来るのは午後になると聞いてたにゃ。チェリーの言葉は信用できるにゃ」
やはり、情報をギルドから得ていたのか。
としたら、俺達は少なくとも半日以上先行していることになる。しかも、俺達が何処を目指しているかは兵隊には判らないはずだ。
食事を終えて、俺とエクレムさんは一服を始める。
エルちゃんは辺りで薬草を探し始めた。何個か見つけたみたいでポケットに球根を入れている。
「さて、出掛けるぞ。もう少し先に大きな岩がある。今夜はその影で野宿をする」
そう言ってエクレムさんが先行して歩いて行く。
昼食前より少し坂がきつくなったみたいだ。
30分位の間隔で小休止を取りながら、俺達は荒地をひたすら登っていった。
少し息が荒くなり始めた時m前方に大きな岩が互いに合わさるような形で斜めに立っている。
どうやら、あれが今日の野営地のようだ。
それを見て少し気も楽になる。
「エルちゃん、大丈夫? もう少しで野営地に着くからね」
「大丈夫だよ。荷物も背負ってないもの。お兄ちゃんこそ、もう少しだからね」
逆に励まされてしまった。
まぁ、エルちゃんが大丈夫なら問題ないな。
そして、30分ほどした後に、俺達は岩屋のような場所に到着した。
「今夜は此処で野宿だ。てっちゃん、悪いが俺と薪を拾ってくれ。レイミー、皆を頼むぞ!」
直ぐに籠をその場に置いて、斧を持つと周囲の藪から適当に薪を取る。
両手で抱えられるだけ薪を取ると、皆のところに急いで運んだ。
岩の陰に薪を纏めると、100円ライターで火を点ける。
小さな焚火だが、これで暖かいスープが飲めるな。
「てっちゃん、さっきのポットを貸してくれないか?」
エクレムさんの求めに籠からポットを取り出す。エクレムさんはレイミーさんの担いでいた俺と同じような籠から革の水筒を取り出してポットに水を入れて焚火の傍に置いた。
「食事はめいめいで取ってくれ。たぶん夕食までは用意してきたと思う」
確かに俺達もまだ残っていたな。
貰ったパンエルちゃんに温めてもらって、その隙に、小さな鍋でスープを作る。竹の水筒から水をカップ2杯分入れると、乾燥野菜と干し肉を適当に入れて火に掛ける。
お姉さん達は中位の鍋を使って同じようにスープを作り始めた。エクレムさん達は俺達と同じようなちいさな鍋だな。
「村から、この焚火が見えるでしょうか?」
「いや、見えないはずだ。岩の裏側だし、俺達からも村は見えないからな」
確かにそうだな。こっちから見えないのに、向うから見えるはずがない。
食事が終ると、簡単に食器をゆすいで【クリーネ】をエルちゃんが掛けてくれた。この魔法は便利だな。ハンター必携だと思うぞ。
食事が終ると、順番に焚火の番をしながら俺達は岩陰に毛布を広げて眠るのだが、最初の当番は俺とエルちゃんだった。
焚火を前にして小さなポットでお茶を沸かす。これで竹筒の水筒には朝のお茶を飲む分位しか残っていないが、革製の大型水筒には10ℓ以上の水があるから後3日は大丈夫だろう。
2人で毛布に包まってたら、何時の間にかエルちゃんは寝てしまった。
朝からずっと歩き続けていたからな。小さいのに良く頑張ってくれたと思う。
エルちゃんをしっかりと毛布に包み込み、M29を膝において俺はジッと焚火を見詰め続けた。




