N-003 俺の妹?
薬草採取の報酬を受取ると、ギルドを出て反対側の食堂に向かうと、カウンターのおばさんに5Lを渡して夕食を頼む。
きょろきょろと目を動かして空いてるテーブルを探すと、壁際のテーブルでリスティナさんが手を振っていた。
早速そのテーブルにお邪魔する。
「私達も、今来た所なの。今日のシチューはラッピナよ」
シチューを食べるのを止めて、リスティナさんが教えてくれた。
「明日も薬草を取りに行くの?」
「あぁ、何か今の内に稼いでおかないといけないみたいだし。」
「此処は冬の間、殆ど依頼が無くなるの。その分、今の季節に沢山貯めておかないとダメだから、仕方が無いわ」
話を聞くと、この地方の冬は雪が多いらしい。3ヶ月は雪に閉ざされるそうだ。その間の依頼は雪レイム狩りや野犬狩りの狩りが主体になるらしい。
蓄えが尽きて野犬狩りで命を落とす赤レベルの者も毎年何人かいるとの事だ。
「大体、1人1,500L位必要になります。今は6月ですから後5ヶ月の内にそれだけ蓄えないといけないわ。もし蓄える事が出来ない時は、早めに南の町に行って仕事を探すか、村の外にねぐらを作って過ごす事になるの」
意外と大変な地方のようだ。俺も明日から頑張らないといけないみたいだな。
そんな話をしながら4人で食事を取る。
結構量のある食事を終えると、3人に別れを告げてギルドのホールに入った。
明日の依頼を探しに依頼掲示板に行くと、今日と同じジギタ草を見つけた。
早速、カウンターに持って行くと、受領印を押して貰い部屋に引き上げる。
食堂でリスティナさんが言っていた、後5ヶ月で1,500Lが気になる。
今日1日の収入は56Lで支払いは飯代の5Lだから51L増えた事になる。手持ち分と合わせて、404Lだ。後1,096Lがとりあえずの目標だな。
次の日、朝食を終えて食堂で弁当を購入してから、昨日と同じ場所に向った。
同じように球根を採取しながら、ふと考える。
俺が、この球根を掘っている時に襲ってくる奴はいないよな……。
そう考えた途端に不安が体の中から込み上げてくる。
その場で辺りをきょろきょろと眺め、立ち上がって周囲をもう一度見渡す。とりあえずは、何もいないみたいだ。
それからの薬草採取は周囲を気にしながら探す事になり、中々薬草を見つけることが出来ない。また見つけても採取に入る前と後で、周囲に危険な獣がいない事を確認するので作業が捗らない事この上ない。
幾ら低レベルの薬草採取とは言え、やはり1人で行なうのは少し不安だ。
早めに、同じ位のレベルの仲間を見つけなくてはなるまい。2人いれば、常に片方が周りを見張って、もう片方が安心して薬草を探す事が出来る。もし獣を見つけたら素早く逃げればいいし、戦う事になっても1人より遥かにましだ。
それでも薬草採取4日目になると、少しは作業に慣れてくる。
「この辺りにいる危険な獣は野犬位だわ。湖周辺まで下りていかなければ見かけることは少ない筈よ。湖の周囲に広がる森に踏み込んで薬草を取る時には、周囲の確認をする人が必要になるわ」
その遥か手前で薬草を採取している俺にはそんな危険性は殆ど無いと言われたけど、全く無い訳ではないようだ。
それでも少しは安心できる。たまに周囲を確認すれば問題ないんじゃないかな。
そんな訳で、4日目の薬草採取は順調に進んだ。
依頼の数を確保したところで、のんびりと昼食を取る。食堂で買った昼食はピザのように焼いたパンだった。量的には、前の世界のイタ飯屋で食べるピザの半分位の量だけど、昼食には丁度いい。
雑貨屋で購入した小さなヤカンでお湯を沸かす。同じく雑貨屋で購入した、マテ茶を飲む道具のような入れ物に、枯れた葉っぱのようなお茶を入れて飲んでいる。
暖かい麦茶のような、以外にさっぱりした味だ。それに、昼食のピザモドキに良く会う。
昼食を終えて、後片付けを終えたところでタバコを取出し一服を楽しむ。
この世界にも喫煙の風習があるらしく、ハンターの多くがパイプを楽しんでいる。俺もタバコが無くなったらパイプを購入するつもりだ。
結構、パイプの種類が多いらしく、凝った作りのものもあるけど、それなりのものを買うとなれば安くはないはずだ。
そんな目先の目標もあるから、薬草採取も頑張れる。
午後の作業に入ろうかと、タバコを焚火に投げ捨てようとした時、此処からずっと下の方で動くものに気が付いた。
双眼鏡を取り出して、その姿を確認すると、子供が薬草採取をしているようだ。そして、その傍に寄り添うように立つ姿がある。
俺の口からポロリとタバコが落ちた。
子供の姿は人間だけど、ちらちらと尻尾が踊っている。そして、ショートカットの髪からちいさな三角の耳がのぞいている。……ネコ人間?
だが、それでも子供の傍に立っている人影よりは遥かにマシだ。
俺と同じ位に見えるその姿には尻尾もネコ耳もない。……しかし、その姿は半透明なのだ。
その半透明の姿をした人物が、俺を見て片手を伸ばしておいでおいでと手を振っている。
俺は、誘われるように荷物を纏めると、荒地の斜面をゆっくりと下りていった。
近づくにつれ、子供と思っていたのは小さな女の子だと分かったし、俺位の背丈の人影も女性のようだ。
「こんにちは!」
ある程度近づいたところで、俺は彼女達に声を掛けた。
座って薬草を掘っていた少女が驚いて、素早く半透明の女性の後に隠れてこっちを伺っている。
そんな少女の頭を片手でポンポンっと叩くと、半透明の女性は俺をじっと見詰める。
「……待ちましたよ。これで私もようやく本来の場所にいけます」
「俺を待っていたんですか? ……でも、俺はこの世界ではイレギュラーな存在ですよ」
俺がそう言うと女性はニコリと微笑んだ。
「でも、貴方は私が見えるでしょ。……私を見ることが出来るのは、この子と貴方位だわ」
「どういうことですか?」
俺に応える前に、半透明の女性は傍にあった岩を指差した。座われという事らしい…
岩に腰を下ろすと、俺の前に女性が座る。まるで、その場に椅子がある見たいにだ。
「私は思念体……。思いにより形作られた者だけど……、貴方には幽霊と言った方が分かりやすいかもね」
「この子と私は遥か遠く町から、この村に逃れてきたのだけれど、最後に熊に襲われてね。この子は助かったけど私は、ダメだった。
でも何とかこの子に、日々の暮らしを立たせなければならないと思って、最後の魔力を使って自らを思念体に変えたの」
この話は、長くなるぞ。俺はタバコを取り出した。
そんな俺の行動に興味を持ったのか、女性の後から女の子が顔を出して俺を見ている。
「この体でいられる期間は1年間。その間に、この子を託せる者達を探す事が私の仕事だったのだけれど、ようやく見つけることが出来たわ」
「まさか……。俺?」
俺は自分を指差して言った。そして俺の言葉に彼女が頷いた。
「思念体の私を見ることが来るのは、魔法の発動を見ることが出来るはず。思い当たる事があるんじゃなくて」
思い起こして見ると、リスティナさんに【クリーネ】を使って貰った時に一瞬彼女が光ったし、その後俺の体を白い靄のようなものが取巻いたような気がする。
後で、リスティナさんにそのことを話したら、「なにそれ?」って逆に聞かれた事があった。
「あれが、魔法の発動?」
「やはり、見えてたのね。……だから、残留思念を形にする魔法により私が作られている以上、貴方には見えるのよ」
「でも、俺は未だこの世界に来たばかりですよ。ハンターレベルも低くて、薬草採取がいいとこです。とてもお子さんの面倒を見るなんて……」
「あの子は、妹! でもね、レベルが低ければお互い補えるでしょ。あの子はネコ族とエルフのハーフ、とても珍しいハーフだわ。能力的には良いとこ取りになってるから、身体能力は人間以上。そして、魔法も使えるの。傷を治す【サフロ】、攻撃魔法の【メル】と汚れを落とす【クリーネ】を持ってるわ。決して貴方の邪魔にならないと思うの」
それだけ持ってれば大概の事が出来そうだ。でも、俺なんかでいいのかな。もっと高レベルのハンターだっていると思うんだけど。
「貴方は魔力は持っていそうだけど、魔法は残念ながら使えないわ。この世界で生まれた訳では無いようだしね。だから、妹を託す礼としてこれをあげるわ」
そう言って、半透明の女性は小さな球体を取り出した。
ビー球より小さな黒く透き通った球体だけど、それだけは現実味を帯びている。
「飲んでみて…。」
俺の掌にその球体を乗せると、そう呟いた。
腕が独りでに動いて球体を口に運ぶ。口に含んだ球体を勝手に口がゴクンと飲み込んだ。
同時に半透明の女性が何事か呟いた。
すると、それに呼応するかのように俺の全身が虹色に光り始める。
さらに数個の虹色の輪が俺を取り囲み、凄い勢いで回転し始めた。
輪の煌きと先程飲み込んだ球体のせいなのか段々と眩暈がしてきて、ついにはその場に倒れてしまった。
「どう?……どこかおかしな所は無い?」
その声に、我にかえる。
どうやら、草むらに寝かされていたらしい。
立ち上がろうとしたらまだ眩暈が続いているらしい、ふらふらするぞ。
「貴方の体をエルフ並みに変えたわ。前より体が身軽になったはずよ。そして、エルフの特徴である、魔法の行使も可能だわ。そして、その姿を長い間保っていられる」
確か、エルフは森の民。そして長寿の種族じゃなかったか?
「エルミア、いらっしゃい。この人が貴方のお兄さんになってくれます。2人で幸せに暮らしなさい。慎ましくとも助け合えばこの世界も捨てたものではない筈」
おずおずと女の子が顔を出した。
結構可愛いぞ。大きくなったらきっと美人になれる。
「エルミアと言います。お兄ちゃんって呼んでも良いよね?」
小さい声で言ったけど、良いに決まってるじゃないか。
「本当はてっちゃんって呼ばれたいけど、それでもいいよ。」
エルミアは嬉しそうに半透明の女性を見上げた。
「所で、貴方は薬草採取をしていたの?」
「そうだよ。大体終ったんだ。」
そう言いながら古い肩掛けカバンを空けると、あれ程取った薬草が1個も入ってない?
「やはり……。先程の身体変換を行なった際に本来出ないはずの色があったの。貴方の体を再構築する際にサフロン草が紛れ込んだみたいね。…貴方の体質に【サフロ】体質が付加されたはずよ。単純な怪我なら直ぐに治るはず。ちょっとした余禄ね」
それはいい。だが、これでは依頼が完遂出来ないぞ。
「私が周りを見張ってますから、エルミアと一緒に採取しなさい。まだ昼ですから十分間に合うでしょう。」
そんな訳で、俺と、猫耳少女のエルミアとで一生懸命サフロンを探し始めた。
どうにか依頼分を確保した時には夕暮れが近づいている。
急いで村に戻らなくてはならない。
「もう直ぐ日が暮れますよ。早く村に戻りましょう」
俺の言葉に半透明の女性は首を振った。そして、エルミアを俺の前に出す。
「私はもう直ぐ仲間の所に行きます。エルミアをお願いね。…エルミア、お兄ちゃんの言う事を良く聞くのよ。…それじゃぁ、次は、月が2つ重なった時に会いましょう」
それだけ俺達に告げると、女性の姿がどんどんと透明になり辺りの景色に重なっていく。
「行こう。お兄ちゃん。お姉ちゃんとはまた会えるの。あの月が2つ重なった夜にね」
エルミアが指差した空には2つの月があった。まだ昼間だから白い姿をボンヤリと示しているに過ぎなかったが……
村への帰り道、俺の横を歩くエルミアを改めて見てみた。
ブラウンの髪からピョンと白いネコ耳が飛び出している。耳の先端だけが黒い。お尻からもネコの尻尾がピョコンと飛び出しており、白いくてやわらかそうな毛に覆われている。耳と一緒で尻尾の先端が黒いのがオシャレだな。
着ている服は綿の服だけど、短い革のベストを着ている。綿のパンツは足首まであるのだろう、短ブーツの中に隠れてている。服の色は薄いブラウンだが汚れてはいないようだ。
幅広のベルトを締めて、腰の所には大きな革製のバッグが付いている。そのバッグの下には、全長30cm位の短剣が横に取り付けられていた。
俺と同じように小さな採取用のバッグを肩から掛けている。そして、スコップナイフは右の腰に下げられていた。
俺よりもハンター姿が似合って見える。しかし、その姿は、12、3歳位の少女だ。
何の因果か俺に義理の妹が出来てしまった。
この先、2人でちゃんと暮して行けるだろうか……
そんな事を考えながら俺達は村へと戻っていった。




