N-026 小競り合いがもたらしたもの
「しかし、それ程釣れるとはな。そして、ネコ族の鼻も侮れんということになるのう」
マイデルさんは美味そうに、片手に持ったエールのカップを飲みながら、レインボウの串焼きを頭からバリバリと食べている。
リスティナさんも俺の釣り上げた数を聞いて驚いてたな。
「てっちゃん。俺にも作ってくれよ」
「あぁ、いいとも。2人で釣れば人数分はすぐにも手に入るからな」
「ネコ族の2人は美味しそうに食べてましたね」
サンディの言葉に隣でマイデルさんのように頭から齧っていたエルちゃんが頷いている。
「さもあらん。レインボウは、昔ネコ族の祝いでは欠かせぬ品じゃったが、今では湖で漁をする者もおらぬようになった。古きよき時代を思い起こす品でもあるのじゃ」
そんなことなら、少し数を揃えて食堂に卸ろしてあげようかな。
そうすれば、この小屋を訪れなくとも食べることができるかもしれない。
「そうじゃ。例のラディッシュの羽じゃが、報酬は1470Lじゃ。220Lずつ分配して残りの150Lは食費に回す」
220Lは大金だな。リスティナさんの配ってくれた分け前をリムちゃんに纏めて渡しておく。
「そして、これが頼まれたタバコの葉の包みよ。5Lずつ頂くわ」
リスティナさんからタバコの包みと引換えにエルちゃんが革袋から5Lを取り出して渡している。
そして、タバコの包みを俺に渡してくれた。
「ありがとう。残り僅かになったんで少し不安だったんだ」
「てっちゃんもか? 俺もそうだったんだ。後2、3回で終わりだと思うと、ちょっと吸えないよな」
そういえば、今日は2人ともタバコを吸っていなかったな。夕食が終ればゆっくり味わうことにしよう。
「それにしても、虫の羽は高価に取引されるんですね」
「1匹分で100L前後じゃ。小さな傷があれば直ぐに半値以下になるんじゃが、今回は17匹分を手に入れたからのう」
「今度は、レインボウを売ってみよう」
「ギルドで引き取らん時は、食堂に持っていけばよい。今度暇な時に10匹以上釣ってみるがいい。ワシが売ってきてやるぞ」
夕食は、サンディとエルちゃんがじっくり煮込んだシチューだ。5時間以上煮込んだ干し肉は柔らかくて噛む必要もないほどだ。
そして、リスティナさんが村で買い込んできた野菜とハムの入った黒パンサンドは俺達には久し振りのご馳走だな。
エルちゃんが早速おかわりしてるし、ルミナスも負けずとおかわりをしている。
俺には、レインボウ1匹は少し量が多かったようだ。大好きなシチューを1杯で終えるしかなかったのが残念で仕方がない。
「食べながら聞いて欲しいの。村で聞いてきたんだけど、山の魔道師達が今年は降りてきそうだと言っていたわ。出来れば、魔法の購入を考えておいた方が良いわよ。上手い具合に、今年は冬越しの準備は昨年ほど掛からないわ。雪が降る前に、冬の食材費を稼いでいなければいけないけど、去年のようには必要無いからね」
リスティナさんの言葉では、買える時に魔法を買っておけって聞こえるよな。
後で、エルちゃんと相談してみよう。俺が【アクセル】、エルちゃんが【デルトン】と【シャイン】を買っておけば当座は必要ないだろう。
「もうすぐ夏ですが、今年の冬の食費はどれ位必要になるんですか?」
「そうね。ギルドの報酬の1割を食費として貰ってるでしょ。このままなら、1人100L位かな。上手く行けば改めて集める必要もないかもしれない。でも、100Lは準備しておいて」
塵も積もればって奴だな。報酬の1割りは宿代位に思えばなんてことはない。それが毎回の報酬から引かれていれば結構な総額になるんだろう。
とはいえ、毎日の食費もそこから出ていることは確かだ。冬近くにならない限り、食料の購入費はつかめないのかもしれないな。
「それと、薪が必要じゃ。明日からはしばらく薬草を採って、ワシ等は薪を取るぞ」
マイデルさんの言葉に俺とルミナスが頷いた。確か梯子は入口近くに置いておいたな。
「それで、何の薬草を採るんですか?」
「レムナム王国とボルテム王国が小競り合いを起こしたらしいわ。それで、サフロン草とデルトン草の需要が凄いことになってるの。普段は1本1L位で成功報酬が10L前後上乗せされるんだけど、1本1.5Lで30本ごとに15Lの成功報酬よ」
それって、30本で60Lってことじゃないか!
それなら頑張って採取しなければならないぞ。幸い俺達は森の湖近くに住んでいる。村から来るより2時間以上採取場所に近いってことだ。それだけ、採取時間を長く取ることができる訳だしね。
「薪は2束を運べばいい。後は薬草採取だ。ルミナスの足は大丈夫なのか?」
「もう、バッチリだ。4束だって運べるぞ」
ルミナスはそう言って3杯目のおかわりをしている。
もう完全に復活したみたいだな。
◇
◇
◇
あくる朝。
朝食を終えると、リスティナさん達がお弁当を作っている間に、俺達は薪を取る準備を始める。
俺とルミナスは梯子を背負い、マイデルさんはロープを背負う。小屋作りに使った斧を腰のベルトに差し込んで背中の片手剣は梯子と当って痛いのでバッグの魔法の袋に入れて置く。
野犬が出ても、M29と槍があるから大丈夫だろう。
ルミナスも太い杖を持っているし、マイデルさんは両刃の斧をベルトの背中に差し込んでいる。
「お待たせ!」
3人が小屋から出て来た。
3人とも、採取用の布製のバッグを肩から下げている。リスティナさんの背負っている小さな籠にお弁当と大きめの水筒やポットなんかが入っているんだろう。
「さて、出かけようかの。この森の北東の外れに行くぞ」
マイデルさんの後ろに付いてぞろぞろと俺達は歩いて行く。
エルちゃんは竹竿の杖をついている。軽いから丁度いいのかな。去年取ってきた竹の残りでもっとマシな杖を作ってやるか。
リスティナさんとマイデルさんも杖を持っている。もっとも薪の中から手頃な物を見つけたって感じだな。
2時間程で森の北東部に辿り着いた。そこから山裾までは広い荒地だ。潅木の藪と足首程の雑草の緑が土色の中に点在している。
「さて、探し始めよう。ワシ等は薪を取ってから手伝うぞ。ルミナス、お前は回りを見張っておれ。薪の束はワシとてっちゃんで作るからの」
エルちゃん達は直ぐに薬草を探し始める。
ルミナスも神妙に荒地を見張っている。野犬が出れば銃を撃つだろうから、それを合図に俺達が馳せ参じることになる。
「これが良いかの」
「立ち枯れですか」
「どれ、少し下がっておれ」
マイデルさんが両刃の斧を持つと勢い良く立ち枯れた幹に叩きつけた。
ガツン!
とんでもない力だな。半分程斧が幹にめり込んだぞ。
4打で幹を切り倒した。
直ぐに60cm位の長さに幹を輪切りにし始めた。
「てっちゃんは枝を払ってくれ」
マイデルさんの指示に斧を握ると枝を払い始める。払った枝はやはり60cm位の長さに斧で切り取り、地を張っている蔦を使って丸めておく。
「さて、2個を運べるか?」
「梯子に載せて下さい。ついでに枝の部分を1束付けてちょっと担いでみます」
30cm程の丸太が2本と枝の束を梯子にのせてロープで固定する。
どれ……、よいしょっと担いでみた。
少し重いが歩けない事はない。
「大丈夫です」
「よし、次ぎはルミナスの分だ」
そう言ってルミナスの担いできた梯子に同じように丸太と薪の束を乗せてしっかりとロープで固定した。
残った丸太は3本を纏めると2つの輪をロープで作る。
「これでワシが背負えるぞ」
そう言ってルミナスの梯子を持つと丸太を背負って森を出る。
俺も急いで、マイデルさんの後を梯子を背負って追いかけた。
丁度太陽が頭上にある。昼食だな。
マイデルさんを見張りに残して、俺とルミナスは先程の場所に戻ると、残った薪を両手に抱えて戻る。
それに火を点けて、水を入れたポットを掛けておく。
「おーい、昼時だぞ!!」
マイデルさんの大声に薬草採取をしていた3人が顔を上げて、こちらに歩いてくる。
薪の方は何とかなったから、午後は俺達も薬草採取だな。
昼食は何時も通りの薄い黒パンに野菜とハムを挟んだ物だ。それをお茶を飲みながら頂く。
「どう、沢山取れた?」
「うん。もうこんなに採れたよ」
エルちゃんが肩掛けバッグを開いて見せてくれた。なるほど、30個以上は優にあるぞ。
午後は俺も手伝うから50個以上になることは間違いない。
お茶を飲みながらのんびりとタバコを楽しむ。結構日差しは強いが帽子を被っていれば結構涼しく感じる。
「最初は俺とリスティナが見張りに立つ。その後はルミナスとサンディだ。最後はてっちゃん達にお願いするぞ。此処に棒を立てる。この棒の影をここから此処まで3等分する。この線に影が来たら見張りの交替だ」
簡単な日時計だな。1チーム当たり1時間ってとこだ。
「そんなもので時間がわかるのか?」
「十分に分るとも。本当はちゃんとした日時計と言う物があるらしいが、ワシはまだ見ておらん。じゃが、昔から見張りの時間はこうやって決めたものじゃ」
ルミナスは信じられないようだが、ここはマイデルさんを信用することにしたのかな。それっきり黙ってしまった。
「それじゃ、始まりだ。時間になったらルミナスに知らせるからな」
マイデルさんの言葉に俺達4人は荒地に散らばって薬草を探し始めた。
森から少し離れると、ぽつりぽつりと薬草が生えている。
「お兄ちゃん、此処に数個固まってる!」
エルちゃんの言葉に、俺達は腰を落としてスコップナイフで慎重に球根を採取する。これはサフロン草だな。
直ぐ近くに今度はデルトン草を見つけた。
次々と薬草が現れる。上から見るよりも、座って横から見たほうが見付け易いみたいだ。
瞬く間に2時間が過ぎたようだ。
「てっちゃん。交替だ」
「あぁ、分った。エルちゃん、今度は見張りだよ」
「うん。だいぶ採ったね。どこで見張るの?」
ルミナスは、先程の焚火を指差した。
「あそこで、時間までだ。今の所異常はないから、てっちゃんの見張りも大丈夫だと思う」
「分った。ありがとう」
エルちゃんと一緒に焚火の所に向かう。
焚火の所から立って周囲を見渡すが、確かに獣の姿は何処にも無いな。
エルちゃんが入れてくれたお茶のカップを持ってチビチビ飲みながらも周囲を監視する目を休めない。
ちょっと目を離した隙に獣が近寄ってくることだってありえるのだ。
エルちゃんも俺と反対方向を見ているようだ。数回視野をゆっくりと眺めると、少し体の向きを変えて同じように監視を行なう。
「お兄ちゃん、あれ!」
エルちゃんが俺の服を引張りながら林の奥の一点を指差す。
その姿を確認すると同時にM29を引き抜いてぶっ放した。
ドォン!
44マグナムの発射音は音の暴力だ。回りで薬草採取をしていた全員に異常を知らせたに違いない。
更に近付く黒い姿に再度銃を撃つ。
「何だ。どこにいる?」
真っ先に駆けつけたのはマイデルさんだ。
俺は蹲まった黒い奴を指差した。
ルミナスが銃を手に俺の傍にやってくる。俺はM29をホルスターに戻すと槍をもってマイデルさんと共にゆっくりと近付いた。
俺達の後ろではルミナスが銃を構えて何時でも発射できる態勢を取っている。
「これは、グリードじゃ。大丈夫だ。もう死んでおる」
マイデルさんが太い杖で獣を仰向けにすると、そう呟いた。
「グリードがいるなんて聞いた事もないわ。何処からか流れてきたのかしら?」
「たぶんな。小競り合いを起こしたのは西の森じゃ。たぶんそのおかげで獣達が東へと流れたんじゃろう。ルミナス、手伝え!」
ルミナスは銃を仕舞うと、ナイフを持ってマイデルさんのところに向かった。
「グリードの毛皮は高く売れるわよ。良かったわね」
「これも皆で分けましょうよ。俺が仕留められたのも、見張りをたまたましていただけですから」
「欲がないわね。でもレベルは上がる筈よ。そして、これで冬の食料の目処が立つわね」
グリードの解体を2人に任せて、俺達は焚火に戻るとお茶を沸かす。
グリードはグラルと同じ小型の熊だ。グラルと違って体毛が弾丸を通さないという事はなかった。
それでも、体重は100kgほどあるだろう。ルミナス達はきっと疲れて戻ってくるに違いない。
そして、俺は少しはなれた場所でのんびりとパイプを楽しむことにした。




