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N-025 ネコ族の人は魚好き

 

 マイデルさんから、針金の切れ端を貰うと、マルチプライヤーで形を整え、炉の端に入れて真っ赤に焼く。

 

 「結局、何を作ってるんだ?」

 「これか? 釣針だよ。雑貨屋には無かったし、港の雑貨屋にあるのはどうも俺の欲しい物とは違うようだ」

 「自分で、好みの針を作るというのか? まぁ、頑張ってみるこった」


 マイデルさんは信用していないようだ。まぁ、俺もちゃんと出来るかは判らないけどね。釣り針を知らない魚がいるんだったら意外と大漁かもしれないぞ。


 真っ赤に焼けた釣針をプライヤーで挟むと水を張った皿に投入する。

 シュ!っと一瞬湯気が出る。

 そっと指で釣針を取り出して、硬くなっていることを確認する。うん、大丈夫だな。


 次ぎは、先端を研ぐだけだな。

 プライヤーでしっかりと釣針を持つと、ヤスリで針先を研ぎ始める。


 「針金をヤスリで研ぐ奴は、初めてみるぞ」

 「普通は研がぬ。じゃが、あのように真っ赤に焼いて水に入れれば話は少し変わるんじゃ。昔はドワーフの秘密じゃったが……」


 俺の作業をパイプを片手に2人で見ているのはいいのだが、声に出して色々言わないでほしいな。まぁ、確かに珍しい光景なのかもしれないけどね。


 それでも、しばらくすると針先を綺麗に研ぐことができた。釣針自体は1cmにも満たない小さな物だから、我ながら良くもこんな細かい作業を継続できたものだと思う。


 「見せてみろ」


 マイデルさんが腕を伸ばしてきたので、その掌に釣針をのせる。

 受取った釣針を、ルミナスと一緒に覗き込んでるぞ。


 そんな2人を無視して、小屋の傍から竹竿を取ってくる。去年竹を運んだ時に持ってきた物だが、1年近く天井付近に寝かして置いたから上手い具合に乾燥が進んでいた。

 ボロ布で綺麗に煤を払うと、結構いい色合いになっている。

 そこに、パラロープから取ったナイロン糸を結ぶ。途中には小さな木片を毛糸で止めて浮きの代わりだ。

 ルミナスに貰った散弾にナイフで切れ目を入れて、ナイロン糸を挟んで軽く歯で噛んでおく。これで散弾が糸から離れることはない。

 

 「マイデルさん釣針を……」

 「こんなんで、釣れるのか?」

 「まぁ、マイデルさんが帰ってくる頃には分る筈です」

 「そうじゃな。……どれ、リスティナの準備も終った頃じゃろう」


 そう言って俺に釣針を返してくれた。焚火の傍から立ち上がると小屋の方に向かっていく。

 

 「悪いな。俺達と留守番で」

 「気にするな。それに、この先の湖で釣ができそうだからな。上手く行けば夕食のオカズが増える」

 

 釣り糸に釣針を結んで準備は完了だ。

 クルクルと釣竿に糸を絡めてベンチの端の方に置いておく。


 そんなところへエルちゃんがポットを持ってやってきた。新しい水を汲んできたようだな。

 ポットはルミナスが受取って焚火に掛けた。


 エルちゃんが俺横に腰を下ろすと、バッグから袋を取り出して中をチラリと見せてくれた。

 リスティナさんにハムの切れ端を貰ってきてくれとお願いしたんだけど、結構沢山切取ってくれたようだ。俺達の昼食にも使えそうだぞ。


 「それじゃ、行ってくるわ。特に必要なものは無いのよね」

 「できれば、タバコの葉を1袋お願いしたいんだけど……」

 「それは、俺も頼みたいな」


 俺達の注文をリスティナさんが微笑んで頷いてくれた。

 

 「後を頼むわね」


 小屋から出て来たサンディにリスティナさんが頼んでる。

 

 「出掛けるぞ」

 

 マイデルさんの言葉に、リスティナさんが俺達に手を振りながら急いで追い掛ける。

 2人の身長差は俺とエルちゃん並みにあるんだが、ドワーフ族のマイデルさんは健脚だ。たちまち森の中に2人は消えていった。


 「ライフルはカートリジを装填して小屋に置いてあるわ。小屋に中の水は全て交換したし、私とエルちゃんの持ってる銃もカートリッジが入ってるわ」


 ルミナスの隣に座ったサンディの言葉に、エルちゃんも頷いてる。

 野犬の群れが来ても何とか撃退出来そうな感じだな。でも、ちょっと大げさな感じもするぞ。


 「まぁ、備えあればってやつだな。俺も、これに散弾を入れてある。撃って怯んだ隙に小屋に逃げ込めば大丈夫だ」


 そこまで、考えるか? 物事を最悪方向で考えておけば、イザという時に対処出来ないってことは無さそうだけどね。


 「それじゃ、俺は釣りに行ってくる。何かあれば……」

 「これを、撃つさ」


 そう言って、もう1丁の銃を俺に見せる。あれは、前に使っていた銃だな。

 そんな彼の方を叩いて、釣竿を持って湖に歩き出した。

 焚火をしていた場所から20mも離れていないのだが、釣をしている間は集中力が浮きに向かうからね。

 周囲の見張りはルミナス達に頼ることになる。


 小屋から30m程南に下がると湖の岸になる。1m位の崖のような感じだからあまり近づくことは無かったが、岸辺の雑木を数本倒すと丁度いい釣座ができる。

 そんな場所に腰をおちつけ、釣竿の糸を解く。出掛けにエルちゃんが切取ってくれたハムを千切って針に刺すと、浮き下を適当に決めてポイっと湖に仕掛けを投入した。


 思ったとおり、この岸辺は深そうだ。浮き下を1.5m程にしたのだが浮きはちゃんと立っている。もっと深いということだな。

 

 もうちょっと深くしようかな……と考えていると、浮きがピクピクと動き出した。

 スイーっと水中に浮きが引き込まれる時を逃さずに、竿を持つ左手の手首を返す。

 グイグイと竿先を持ち込む手応えがかえってきた。


 常に糸を張っていれば竿先の弾力が、魚の引きに合わせてしなってくれるから釣針が外れることはない。

 弱ってきたところで、一気に魚を手元に引き抜く。


 「釣れたぞ。バケツか桶を持って来い!」


 魚を釣針から外しながら皆に聞こえるように声を上げる。

 直ぐに、エルちゃんが桶を持って走ってきた。


 「ハイ、これだよ。図鑑で調べてみよう。食べられるなら早速塩焼きだ」

 「これは、レインボウだよ。美味しい魚なの」


 レインボウって虹鱒の呼名だよな。確かに横腹に赤い帯があるけど、虹鱒とはちょっと違ってるような気がするぞ。

 エルちゃんが桶を持ってルミナスの所に歩いて行く。バッグから図鑑を取って調べてみると、確かにレインボウで記載されているな。

 食用で美味とある。俺の違和感はその頭だった。丸みを帯びているのだ。その他の特徴は虹鱒と同じだな。


 「てっちゃん、もっと釣って来いよ。俺は3年ぶりだぞ。サンディもしばらく食べてないし、エルちゃんは食べた記憶があるだけだ」


 結構手馴れた手付きで腸を取って竹串に刺しているぞ。チョンチョンと塩を振って遠火で焼くつもりだな。虹鱒は白身の筈だが、レインボウは赤みだ。

 紅鮭系統なのかもしれない。だったら美味しそうだ。


 「おう、任せとけ。どんどん釣り上げるからな」


 そう言って、元の場所へと向かう。

 竿を振って新しい餌を付けた仕掛けを投げ込むと、直ぐに当たりが出る。此処は魚の寄り場に違いない。


 釣り上げると、直ぐにエルちゃんが駆けつけてくる。魚を桶に入れてあげると、ホォ!って言いながらルミナスの所に走っていく転ばなければいいんだけどね。


 そんなことを数回繰り返すとサンディが様子を見に来た。

 そしてサンディの目の前で1匹釣り上げると感心してその魚を運んで行った。

 

 2時間程経つと、少し辺りが遠くなってきた。

 そろそろ、納竿かな。あまり場を荒らすと次が釣れなくなるからね。

 最後の1匹を釣り上げて、今日は此処までにする。


 魚をぶら下げてルミナスの所に行くと早速始末を付けてくれた。

 釣竿に糸を巻きつけ、小屋の中に仕舞いこむ。


 「釣れたろ」

 「あぁ、まさかこれ程とはな。もう少しすれば最初の頃の魚は食べられるぞ」

 

 エルちゃんはジッと焚火で炙られてる魚を見ている。でも、尻尾が嬉しそうに左右に揺れているから、待ち遠しくて仕方がないのかな?


 「全部で15匹はすごいわね。直ぐに3匹、今夜に6匹でも、6匹が余ってしまうわ。軽く焼いておけば悪くならないかしら?」

 「確かに大漁過ぎるな。今度は人数分で止めておくよ」


 そんなことを話していても、俺達の顔には笑みが浮かんでいる。

 久しぶりの魚だ。絶対に美味しいぞ。

               ◇

               ◇

               ◇


 「此処にゃ!」

 鋭い声が小屋の右手から聞こえてきた。

 数人の男女が現れたということは、ハンターのご一行だな。


 ネコ族の女性が素早く焚火に駆け寄ると、焚火の回りに刺してある魚の串焼きをジッと見ている。

 エルちゃんは尻尾をピンと立てて警戒しているぞ。


 「やぁ、すみません。家内がこっちで焼き魚の匂いがするといってやってきたんです」

 「焼き魚にゃ。沢山あるにゃ……」


 「皆さんもどうです。今夜のオカズにするにしても少し多すぎるとさっき話していたんです。1本ずつ進呈しますよ」

 「済みませんね」


 そう言いながらハンター達は焚火の回りに集まってきた。

 ネコ族の夫婦と人間の男女はちょっと珍しい組み合わせだな。


 エルちゃんが皆に1本ずつ配り終えるとサンディがめいめいのカップにお茶を注いでくれた。

 

 「「頂きます!」」


 一斉に焼き魚に齧りついた。うん、塩味が絶妙だな。そして紅鮭のように甘みがあるのがいい。

 「美味い」、「久しぶりだ」等の声がするところを見ると、それなりに好評らしい。


 「どうした。食べないのか?」


 最初にやってきたネコ族の女性は、ジッと焼き魚を見ていた。まだ一口も食べていないみたいだな。


 「これは持って帰るにゃ。私は昔食べたことがあるにゃ。でもあの子達は食べたことが無いにゃ。これからも食べさせることはしばらくは出来ないにゃ」

 

 そう言って、溜息をつきながらバッグから布を取り出して丁寧に包み始めた。


 「お子さんは何人ですか?」

 「あぁ、10歳と6歳で2人いるんだ」

 「なら、これをお土産にしてください。残りの6本で俺達は十分です」


 そう言って2本をネコ族の女性に渡す。

 それを見て驚いたように旦那の顔を見ている。

 

 「ありがたく貰っておきなさい。我等でできる恩返しの機会もあるだろうからね」

 

 それを聞いて奥さんは新たな2匹を丁寧に布に包んでバッグに入れて新た馬手最初の魚を食べ始めた。

 齧りついた瞬間に至福の顔になったぞ。


 ネコ族の人にとって魚は最上級のご馳走のようだ。

 エルちゃんはどうなったのかな? っと隣を見るともう食べ終わってしまったようだ。

 焚火の回りに並んだ6本の焼き魚に目が行っている。

 1本じゃ足りなかったかな。

 

 「エルちゃん。これ、食べる?」

 「いいの? ありがとう。お兄ちゃん!」


 ちょっと齧ったけれど、俺から焼き魚を受取ったエルちゃんは嬉しそうに食べ始めた。

 

 「それにしても、これだけのレインボウを良く捕まえましたね」

 「それは、あれだ。てっちゃんがそこで釣り上げたんだ」


 「釣は海で漁師がやると聞きましたが、この湖でも可能なんですか?」

 「出来ることをさっき確認したってところです。この魚はこの直ぐ下で釣ったものですからね」


 「そうですか。ネコ族にとって魚はご馳走ですが、この山深い村ではめったにみることはありません。たまに売り物として並んでいても塩漬けの魚です」

 「たまに寄ってください。何匹かは分けることができると思いますよ」


 「ありがとうございます。たまに寄らせていただきます」


 そう言って4人のハンターは村へ向かって行った。

 子供達はお母さんのお土産に吃驚するだろうな。

 

 「残り6本だから、これは夕食用ね」

 そう言って、サンディが焼き魚を纏めて笊に入れている。エルちゃんはちょっと残念そうだ。

 もうすぐ、昼食だから2、3匹改めて釣ってみようか。俺もゆっくりと食べられなかったしね。


 


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