N-024 ラディッシュ狩り
俺達は湖を右手に見ながら東へと歩いている。
リスティナさんが150M(22.5km)は先だと教えてくれた。
という事は、今夜は野宿になるな。まぁ、初夏の季節ではあるし、今のところ雨は降りそうもないから丁度いいか。
途中、昼食を食べるために1時間程休憩したが、それ以外は数分の休憩を挟んでいるだけだ。
それでも、エルちゃんは元気にサンディと手を繋いで歩いている。
まぁ、疲れたと言ったらオンブしてあげればいいだろう。
一行の最後尾でルミナスと雑談しながらも、周囲への気配りは欠かせない。
杖代わりの槍も、イザという時には役立つだろう。それにルミナスだって結構太い杖をついて歩いている。彼なりの備えなのかもしれないな。
俺達は竹林を抜けて荒地を進んできたが、ようやく目的地であろうこんもりした森を目にすることができた。
「あの森じゃ! 森の手前で一休みするぞ」
先頭のマイデルさんが振り替えって俺達に告げる。
一休みできると聞くとちょっと元気が出るな。
皆も同じ考えらしく、顔に笑みが戻ってきたぞ。
「さて、此処で休憩じゃ。ルミナス焚火を頼む」
「了解!」
俺とルミナスは森に向かうと、適当に薪を集める。両手で持てるだけ集めると、直ぐに取って返す。
そこではマイデルさんが既に小さな焚火を作っていた。早速薪を追加してお茶のポットを乗せる。
「この森に目撃情報が集まっとる。結構大きな甲虫じゃから、いれば間違いなく見つけられるぞ」
「ここで、焚火をしたのはデルトン草を飲む為よ。お茶に入れても効能は変わらないからちゃんと飲むのよ」
そう言って、リスティナさんはデルトン草の球根をスライスしてポットに投入していく。……1個ではなく3個も入れたぞ。
それを見て俺とエルちゃんは思わず顔を見合わせた。それでもちゃんと飲むんだぞと目で注意すると、小さく頷いてくれたから分ってくれたかな。
男衆3人が風下でパイプを楽しんでいると、「できたわよ」って言いながら、サンディが毒消し草入りのお茶を並々とカップに注いで持ってきてくれた。
「ありがとう。これは少し口に合わぬが、この後のためじゃ。ちゃんと飲んでおくんだぞ」
そう言って、マイデルさんが注意してくれたが直ぐに飲もうとはしない。
熱いのかな? と思ってカップを手で触ってみたがそれ程でもない。冷ましてから注いだようだ。
「チェリーさんの薬を思えば、どんな物でも飲めるような気がします」
「だな……。あれに比べれば、これなど水と一緒じゃ」
「もう、俺は2度と飲みたくないぞ!」
俺の言葉にあの光景が頭を過ぎったようだ。
そして、俺達は立ち上がると、森を見ながら一気にカップの中身を喉に流し込む。
そう……、飲むのではない。流し込むのだ。こうすればどんな不味い物でも、体に入る筈だ。
「ウエェ……。やはり、不味かったな」
「だけど、あれよりは遥かにマシだ」
そんな言葉が俺の横から聞こえてくるが、これも狩りのためだと思えば少しは楽になる。
「はい。こっちはただのお茶よ。少しだけど、口直し」
そう言ってサンディが俺達のカップを軽く洗ってお茶を入れてくれた。
それを飲んでどうにかホッとした顔になる。
「さて、森に入るぞ。横2列じゃ、前はワシとてっちゃんにルミナス。後ろはリスティナ頼むぞ」
「そうだ、リスティナさん。これを使ってください」
俺はリスティナさんにライフルを渡した。強装弾も3個程渡しておく。
「いいの? 助かるけど、てっちゃんはどうするの」
「これを使います。向かってくると言ってましたから、近付けばこれでも当るでしょう」
そう言って、腰のM29を見せる。
俺達が前衛を務めるなら、命中率の高いライフル後ろの3人が使った方がいい。
片手に槍を持ってマイデルさんの左手を歩く。
ゆっくりと森に入り、注意深く辺りを見渡す。
「木の根元に注意しろよ。奴らは10D(3m)以上には登らんからな」
まるで、カブトムシを採るような感じだな。実際、甲虫なんだからそれは間違ってはいないのだが。
30分程過ぎたころ、マイデルさんが両手を広げて俺達の歩みを止める。
「いたぞ。……あれじゃ。見えるか?」
マイデルさんの伸ばした腕を視線で延長すると、……いた。確かに見た目は大きなカブトムシのメスだ。でも、その背中の羽は透明で下の体が透けて見える。その体はまるで迷彩色だな。緑、黒、茶色の線が複雑に絡み合った模様だ。
「150D(45m)まで近付くぞ。ゆっくりとだ」
カブトムシ……(いや、ここではラディッシュだな)に近付くにつれ、周囲の木々にラディッシュが鈴なりになっているのが見えてきた。
「ほう、大漁が期待できるな」
マイデルさんはニヤリと笑っているが、あれが一斉に襲ってきたらと思うと、ゾッとするのは俺だけか?
「てっちゃん、ルミナス中腰じゃ。リスティナ、立射で行けるな?」
「だいじょうぶ、任せといて。エルちゃんにサンディ。かんたんに狙えるのを選ぶのよ。次発は用意でき次第、自由に撃ってね」
「ルミナス、乱戦では銃ではなくこれを使うんじゃ」
「これがある。大丈夫さ」
マイデルさんが背中から棍棒を取ってルミナスに見せると、ルミナスは太い杖をちょっと上げている。
俺は槍の穂先に着けたケースを外してその紐をベルトに挟んでおく。
鍬の柄の先には短剣が付けてある。
殴るにしても、刺すにしてもこれで十分だろう。
「狙って……。3、2、1、テェー!」
殆ど同時に3発の銃弾が発射された。
木にとまっていた3匹のラディッシュが頭を吹き飛ばされて下に落ちた。
エルちゃん達は懸命にバレルにカートリッジを押し込んでいる筈だ。
「来るぞ、後ろには行かせるな!」
ガサガサと下草を押し分けるようにしてラディッシュが押し寄せてくるのが分る。
少し前に走り、近付いてきた奴の頭を狙って槍を振り下ろすと、ズブリという手応えが返ってきた。
後ろに跳び下がりながら槍を引き抜き次ぎの獲物に槍を突き刺す。
3匹目を刺した所で、再び銃声が響く。
そして、サンディとリスティナさんが槍と片手剣を持って俺達の応援にやってきた。
「ギャァー……」
右手で叫び声が上がる。あの声はルミナスだな。
ドォン!っと直ぐに銃声が聞こえてきた。
今は目の前のラディッシュで手一杯だ。ルミナスの介護は少し後になるな。
「終ったか? リスティナ、ルミナスの手当てじゃ」
「いや、もうだいじょうぶだ。エルちゃんが手当てしてくれた。それに、デルトンを飲んでいたのが良かったみたいだ」
よろよろと杖をついて立ち上がったルミナスの傍には、エルちゃんが心配そうな顔をして着いていた。
急いでサンディが駆け寄ると、念のために【デルトン】の魔法を使っている。
「あまり動くと毒が回る。少しそこに座っておれ」
「ルミナスは2人に任せて、俺達は甲虫の羽の回収じゃ。少し傷があっても構わぬ」
俺達は直ぐに作業を始める。ラディッシュの羽の付根にナイフを差し込むと簡単に羽が取れる。それを魔法の袋に詰め込むと、直ぐに森を出る。
ルミナスも杖を頼りに歩けるようになってきた。やはり作戦前のあのお茶は利いてるのかな。
「あの林まで行くぞ。あの先は湖じゃ。今夜はその辺で野営する」
マイデルさんの言葉に、ルミナスも少し元気になってきたな。これから20km以上歩くんでは堪らないと思う。
湖の岸からは30m位ある。そして俺達の直ぐ後ろは大きな岩だ。
その岩影に柱を1本斜めに立て掛け、シートで簡単なテントを作った。
数人が寝るには問題ないだろう。
その手前に石を運んで焚火を作って寛いでいる。
ルミナスも焚火の片隅でパイプを楽しんでるところを見ると、だいぶ楽になってきたみたいだな。
「いやぁ、痛かったぞ。思わず叫んだぐらいだからな。でも、直ぐにエルちゃんが【サフロ】を使ってくれたから傷は何とかなったんだ」
俺達に経緯を説明しながら、最後に「ありがとう」ってエルちゃんに礼を言ってる。
こういうのは大事だよな。礼を忘れないのはいいことだと思う。
でも、あの乱戦で良くエルちゃんが動けたな。確か、リスティナさんも【サフロ】は持っていた筈だが、気転が利いたのはエルちゃんだったようだ。
「でも、後衛って大事ね。後衛を任されたら最後まで後衛にいないとイザという時に大変なことになるわ」
「それが分っただけでも、収穫じゃろう。意外と前衛の派手さに気がとらわれがちだが、信頼できる後衛がいてこそ前衛は動けるのじゃ」
深い教えだな。そうなると、エルちゃんの存在は俺達にとって重要な存在となる。
魔法が使えて、長距離攻撃ができれば最適な気がするぞ。
お湯が沸いたところで、ポットを下ろし、今度は鍋を焚火に乗せる。
干し肉と乾燥野菜のスープに、ビスケットのような固いパンはハンターの常食だ。
そんな夕食を食べて、のんびりとお茶を飲んで朝を待つ。
エルちゃんとサンディは早速テントに入って毛布に包まる。
残った俺達はスキットルから蜂蜜酒を皆のカップに注ぎお湯で割って飲み始めた。
「しかし、ラディッシュは少し早すぎたかもしれんの。済まぬな」
「いや、たまたま数匹が一緒になってきたんでどうしようもなかったんです」
「そういう時はあれを使うんじゃ。自分が怪我をしてまで俺の指示を守ることはない。まだまだ実戦の駆け引きが足らんか……」
「もうちょっと難度が下の獣をお願いします」
「となると、少し考えねばならんのう」
これで少し楽になるかも知れないな。
ルミナスも少しホッとしているように見える。
「そうだ。てっちゃん、このライフルを返しておくわ。確かに命中率は凄いわね。狙ったところに当ったわ」
「しばらくお貸しします。たぶん、この冬にマイデルさんが作ってくれると思いますが」
「確かにな。リスティナ、貸りると言うよりそれを譲って貰え。てっちゃんにはそのライフルは使いづらいんじゃ」
その言葉にルミナスとリスティナさんが俺を見た。
「実は、そうなんです。そのライフルを構えると、発火カラクリの部分が俺の顔に来るんです。そうすると、そこから火花が出るでしょ……」
「左利きか。確かにそうなるな」
「ワシも気が着かなかった。だから、この冬ちゃんとした物を作ってやるつもりじゃ」
「ありがたく頂くわ」
確かに問題だった。ボルトアクションなら少しはマシなんだが、フリントロックに近い構造だからね。
「しかし、日頃の鍛錬の成果はあったようじゃな。杖で殴って倒せるならあの鍛錬も無駄ではないようじゃ」
「まだまだです。まだ竹が雑じってますがそのうち太い棒を数本にまで持って行きます。そして振り下ろした木刀で煙を出せるようになるまでがんばるつもりです」
「ほう、それ程に打ち込みを重視するのか? その理由は何じゃ」
「【二の太刀いらず】と言われる所以です。初撃で相手の長剣ごと相手を断ち斬ります。防御は二の次の攻撃です」
俺の言葉に唖然としている。
確かに長剣は斬るための道具だ。
だが、相手は斬られることを避けるために長剣でその斬檄を受け流し、それが叶わぬ時には鎧で防ぐ。
それを、纏めて斬り裂くと言っては驚くに違いない。
「あの走ってからの攻撃はそんな意味があるのか……。走る速度も剣速に加わるのじゃな」
マイデルさんの言葉に俺は頷いた。
「でも、斬るということとは少し違うような気がするけど?」
「ある意味、実戦用です。皆に見せるならば、俺のような踊ってるように見える剣の使い方もいいのかも知れません。でも、魔物相手に対峙する時は一撃でし止める方が良いに決まってます」
「体裁に囚われぬか……。田舎者と言われようとも、一撃で倒せるならそれが一番じゃ」
「なら、2人とも【アクセル】の魔法を覚えなさい。自分にしか掛けられないけど、身体機能を2割程上げられるわ」
何か車の部品みたいな魔法だな。しかも使い方まで似てるぞ。
でも、そんな魔法があるならこの世界で示現流の必殺技を真似することができるかも知れないな。




