N-023 体を鍛えよう
エイ!……ヤァー!……っと言う掛け声にカン、カンという木刀の打ち合う音がひとしきり小屋の前で響く。
「ハァハァ……今日はこの辺にしよう。俺の体力が持たん」
「……そうだな。俺のほうも似たようなもんだ。ありがとう、てっちゃん」
「ハァハァ、何の何の、ルミナスの頼みだ。最後まで面倒を見るよ」
とは言っても、俺だって初心者だぞ。たまたま道場に通っていた時に、道場のお姉さんが見せてくれた棒術を思い出しながら教えてるんだからな。期待はしないで欲しいところだ。
2人でドテッと座りこんっでいるところにサンディがお茶を持ってきてくれた。
「頑張ってるね。でも、てっちゃんは片手剣なんでしょ?」
「ありがとう。……そうだよ。でもね、基本は一緒なんだと思う。片手剣も斬る動作は行なう訳だしね」
「だけど、不思議な動きだよな。足元を固めないでいるから、どちらにも軸足を瞬時に移動出来るんだ。だけど、こんな動きは鎧を着たらできないよな」
「鎧を着ることがあるのならばさっきの動きはできないよ。だけど、ハンターが鎧を着ることがあるのか?」
「獣の狩りには要らない筈だ。だけど、魔物相手になるとやはり必要になるのかな。マイデルさんも着ていたろう」
そういえば初めて見たときには鎖帷子を着ていたな。そしてヘルメットに丸い盾だからバイキングに見えたんだ。
「そうだな、その練習は意外と簡単なんだ。それもやってみるかい」
「何でも教えてくれ。覚えて損な話じゃない筈だ」
「それじゃ、ちょっと森に道具を作りに行こう」
俺達の話を聞くと、サンディは小屋の中にいるエルちゃんを呼んでいる。
どうやら、俺達に付いてくる考えのようだ。
護衛だよ。って言っているけど、早い話が暇潰しだな。
そんな2人に監視されながら俺とルミナスは10cm程の広葉樹の枝を切り取って小屋へと運んだ。
長さが1.3m程になるように鋸で2本切り取り、それとは別に同じような長さの棒を4本作る。
「明日は、竹を取りに行くぞ。壊れても直ぐに直せるように沢山切ってくるからな」
「なんだかおもしろくなってきたな。俺はいいぞ」
夕食を取りながら、明日は竹を取りに行きたいとマイデルさんに話す。
マイデルさんも一緒に来てくれるようだ。
暇なんで竹細工でもしようと思ってたところじゃ。なんて話してくれたけど、俺達が心配だったに違いない。
夕食後は女性達は編み物を始めた。マイデルさんは両刃の斧を砥石で研いでいる。俺と、ルミナスはナイフで棒を削って木刀を作り始めた。
「どんな木刀を作るんだ?」
「とりあえず握れればいい。形は適当でいいよ。でも握りはキチンとしておかないと後が大変だ」
「丸太にしか見えんがそれで木刀なのか?」
「はい。ルミナスと話して気が付いたんです。鎧を着た相手を倒す方法を教えようと思いまして……」
そんな事ができるのかと言うような訝しそうな目だな。
まぁ、ダメ元だし、少なくとも腕力は付く筈だ。
「そうだ。エルちゃん、これを使ってくれないかな。エルちゃんの持ってるのは短剣だし、ぐるぐる巻きで腰に下げてるからイザという時に使えないよ」
「ありがとう。でも、これって……」
俺の渡した片手剣を抜いて吃驚してるな。
サンディとリスティナさんも驚いてるし、ルミナスも目を見開いてる。
「おもしろい剣じゃろう。武器屋のオヤジめ、全くこの剣のいわれを知らん」
「そんな変な剣に、言われなんてあるの?」
「今から数百年も前の話じゃ。東の大陸の共和国が、かつては6つの王国からできていたのは知っているな。そして、その王国が連合し共和国となった裏には、ハンターの働きがある。誰もが一度は聞いたことがあるヨイマチと呼ばれるチームだな」
俺達は手を休めてマイデルさんの話を聞くことにした。
エルちゃんとサンディーが俺達にお茶を入れてくれる。
そのお茶を美味そうに飲むと、マイデルさんは話を続けた。
「チームの人数は4人とも8人とも言われているが、まぁ、それはどうでもいいことじゃ。問題は、そのチームのリーダーとその妻の1人が持つ剣にある。
チームは一時連合王国を離れた時があるらしい。1人の娘が仲間と共に探し出したそうだが、それ以降は共和国の山村に移り住んだと言われている。
そして、10年に一度5人のドワーフにその持っている剣を見せてくれたそうじゃ。
その剣を見たドワーフは我が目を疑ったと祖父さんに聞いたことがある。祖父さんのそのまた祖父さんは実際にその剣を見せて貰った事があるそうじゃ。
自分の工房に帰ると、直ぐに剣を鍛え始めた。あの剣と同じ剣を作ってみたい。その思いはその剣を見た全てのドワーフが思うことじゃ、と祖父さんは言っておったぞ。
じゃが、全ての技を使ってもその剣を作ることができなかったようじゃ。指2本分の幅を持った片刃の刀身は少し反っていたらしい。そしてなによりその刃には波をような波紋があったと話してくれた。
その片手剣はそんなドワーフの作ったものじゃ。
悪い品ではない。むしろ、そのドワーフの持つ最高傑作じゃな。しかし、本物には程遠かった」
皆がエルちゃんの持つ片手剣を見詰める。
俺にはどうしても色物にしか見えないが、刀を模したのか……。
改めてエルちゃんの剣を見てみる。確かに少し反りがあるな。
そして、波紋は……全くない。と言うか、この国の人達は刃物を乾いた砥石で研いでいるんだよな。あれでは波紋は浮き出てこないだろう。
「ありがとう。これを使ってみる」
そう言って装備ベルトのバッグの下に着けた短剣をバッグに仕舞って、俺と同じように背中に取り付けている。サンディが手伝ってくれてるから、ちゃんと着けてもらえるだろう。
◇
◇
◇
次の日、早朝から竹を取りに出掛けて昼頃に帰ってくると、小屋の前に数人のハンターが集まっている。
「何じゃ? ワシ等に用でもあるのか」
「マイデルさんか。この小屋を見せて貰おうと思ってな。グラルさえ退けたと聞いて、俺達も小屋を造る前に見ておこうということになったんだ」
「そんなことなら、容易いことじゃ。そして作ったのは後ろにいるルミナスとてっちゃんじゃから、質問するならあの2人じゃぞ」
そんな事を言いながら小屋に招きいれている。客用の場所は炉の入口側だ。そこまでなら誰を入れても問題はない。
俺達は小屋の前から少し離れた場所に薪打ちの練習台を作る。最初から薪はちょっと反動が強そうなので、先ずは竹を割ったのを丸めてそれを打つことにした。
「こんな物かな? まぁ、慣れれば少しずつ薪を入れていけばいいだろう」
「どうするんだ?」
「見てろよ」
そう言って5m程後ろに下がる。昨夜作った木刀を振りかぶって、走ってきた勢いを殺さずに、キェーイ!と木刀を振り下ろす。
「ひたすらこれを繰り返すんだ」
「分った。走ってきて、ガツンだな」
「木刀を打ち下ろす時に声を出せよ。それで更に勢いがつく」
2人でしばらく、キェーイ!ガツンとやっていると、何時の間にか俺達の周囲に人が集まってきた。
「急に何を始めたの?」
「てっちゃんに鎧を着た状態の相手を倒す方法を教えて貰ってたんだ」
リスティナさんが俺の方を向く。説明しろって目をしてるな。
「示現流っていう流派の真似をしてるんだよ。走ってきた勢いを殺さず剣を叩きつけるんだ。二の太刀いらずって言われてる剣の使い方だよ」
「斬るってことは考えないの?」
「力で押し斬るんだ。たとえ相手が剣で防ごうとしても、その剣ごと相手を斬れるようにってね」
「初撃に全てを掛けるんだな。じゃが……、まぁ、いいか。ルミナスには合っているやもしれんな。それより、ちょっとワシに付き合え。森から数本木を切って此処に運ぶ。小屋の前にベンチを作ろうと思うての」
この頃、小屋に人が訪れるようになってきた。
小屋の外には焚火をする炉を作ってあるが、確かに座るのは地べただからな。簡単なベンチがあれば助かるに違いない。
早速、小屋から斧を持ってマイデルさんに付いていく。
森から3本の木を切ってそれぞれ担いで帰る。何時の間にか力が着いてきたみたいだ。前はルミナスと担いだ丸太を今は1人で担ぐことができる。
レベルが上がっているからそれに見合った体力の増加もあるんだろうか?
そういえば、ギルドカードにレベル意外にも何か刻まれていたな。
その意味を教えて貰うのもいいかもしれない。
今日は1日休みだったからエルちゃん達は薄いパンを焼いていたみたいだ。
夕食には、そんな出来立てのパンとシチューが出た。
薬草採取をしていると、こんな手の込んだ料理はできないから休みの時の楽しみでもある。
夕食後には、俺達男衆にはカップ半分程の蜂蜜酒が出て来た。お湯で割ってもほんのりとした甘さが伝わる。
これぐらいなら二日酔いになる心配もあるまい。
カップを持って外に出ると小さな焚火を囲んで3人でパイプを楽しむ。
何となくキャンプ気分だけど、これが生活の一部でもある。厳しい労働とちょっとした息抜きが俺達の生活の全てだ。
「遠くで何かが鳴いてますね」
「あれは野犬だ。距離は遠いから心配はない」
「遠吠えってのは、仲間を呼ぶ合図だと聞いたぞ!」
「ああやって鳴いている内は襲って来ん。唸るような時は殺し合いじゃ」
今日は、月が無い。空にはまるで今にも落ちてきそうな星空だ。
町ではこんな星空を見ることはできなかったな。そして、知っている星座が見当たらないことが残念だ。
小屋に戻ると戸締りをして俺達はベッドに入る。やはりちゃんとしたベッドがあるのと無いのでは寝心地が全く違う。
エルちゃんの寝息を聞きながら俺も目を閉じる。
次の日。
俺達が朝食のスープと薄いパンに挟んだハムを食べていると、リスティナさんから今日の狩りの説明が始まる。
「今日は、ラディッシュを狩るわ。此処から東の湖の近くでハンター達が見掛けたそうよ」
俺は急いで図鑑を捲るとラディッシュを探す。
俺の知ってるラディッシュは赤カブだけど、この世界のラディッシュが野菜とは限らない。
そして、やはり俺の予感は当っていた。そこに描かれていたのは虫だった。
甲虫の一種なんだろうが、背中の硬い左右の羽根が融合して1枚になっている。その上透明だ。
雌のカブトムシのような形をしているが50cm以上の大きさがある。
「ラディッシュの透明な羽は窓に使うの。羽を木組みの間に挟むと窓を閉めたまま外が見えるのよ」
ガラスの代用品になるのか。そうなるとそれなりの値段で買い取って貰えそうだぞ。
注意点は、好戦的とある。そして毒を持っているみたいだ。
難易度は高そうだな。
「普段は十匹近い群れで草を食んでるわ。でも、仲間が攻撃されると向かってくるから注意してね。噛まれるとその場所が腫れてくるわ。毒は弱いけど2、3日は痛みが続くから毒消し草か毒消しのボトルを忘れないで」
毒消しのボトルって、ポーチの薬草セットに入っていたよな。ポーチを開くとちゃんとある。それに少しはデルトン草の球根を持っているから何とかなるだろう。
「頭を撃つのよ。襲ってきた時も頭を潰せばそれで終わり。背中の硬い羽のところはなるべく攻撃しないでね。ルミナス!貴方の銃は使用禁止。サンディのハントを借りなさい」
俺とエルちゃんはライフルだからこんな時には便利だな。
サンディもライフルを持ってるからバッグの中からハントを取り出してルミナスに渡している。
最初の射撃で何匹倒せるかだな。その後は向かってくるラディッシュの相手をしなければなるまい。その後は再度エルちゃん達が次弾を放ってくれるだろう。
そんなレクチャーを受けながら、昼食のパンを炙ってハムを挟んで紙に包む。俺の分はエルちゃんが持ってくれるようだ。一緒に包んで自分のバッグに入れている。
「さて、準備はいいな。てっちゃんとルミナスは槍を忘れるな。俺はこれを使う」
そう言って俺達が練習している木刀のような杖を持って席を立った。
俺達もマイデルさんに続いて席を立ち小屋を出て行く。




