N-021 斬るということ
久しぶりにラクト村へと辿りついた時は日暮近くだった。
南門の門番さんに片手を上げると、向うも軽く手を上げてくれる。ちょっとした事だけど何だか知り合い同志の挨拶みたいで嬉しくなるな。
先ずは肉屋に向かうと、マイデルさんとルミナスが店に入っていった。
肉屋の扉を見てみると、肉買取ります。と書かれているが値段が書いていない。これって、交渉ってことなのかな?
しばらくして、2人が店を出てくる。
顔がほころんでるところを見ると、それなりの値段で売れたって事になるのかな?
「次ぎはギルドよ!」
リスティナさんの言葉に俺達はギルドを目指す。
「テッちゃん達はレベルの確認をしなさい。あれからだいぶ経ってるから上がっている筈よ」
そんな事を道すがら教えてくれた。
レベルが上がれば魔力の保持量も上がる筈なのだが、20以下では【リロード】の意味が無い。それに魔法を覚える事も中々できないでいるのが残念だ。
ギルドの扉を開けるとぞろぞろと中に入る。チェリーさんと目が合ったので片手を上げてご挨拶。
「薬草はエルちゃんが持ってるのよね。私達はテーブルにいるから、レベルの確認と薬草を渡しといてね」
リスティナさんに了解したと告げて早速エルちゃんを連れてカウンターに向かう。
「すみません。レベルの確認と薬草を引き取ってもらいたいんですが」
「頑張ってるわね。マイデルさんが一緒なら安心ではあるけど、無理は禁物よ」
そう言いながらカウンターの下から例の水晶球を取り出すと、俺達のカードを受取った。
「薬草は別の係員にお願いするわ。この笊に出して頂戴」
エルちゃんがバッグから魔法の袋を取り出すと、種類ごとに区分した薬草の袋をそれに乗せる。
「エルミナ!……これをお願いね。依頼書のあるものは依頼書報酬で、無いものは通常の買取価格でね」
奥で書類整理をしていた、少女を呼ぶと笊を渡している。
「では、てっちゃんからよ」
俺とエルちゃんが順番に水晶球を神妙な面持ちで握る。
「はい、もう良いわ。……2人とも赤7つよ。狩りをしたの?」
「ピグレムを狩って村に来たところです」
「ピグレムは近付くと逃げちゃうから難しいって、ハンターは言ってるわ。で、何匹狩ったの?」
「6匹です」
俺の言葉にちょっと驚いている。普通はそんなに狩れないのかな?
それでも、「ほどほどにね」と言いながら、報酬を渡してくれた。全部で425Lか、だいぶ採ったからな。
「どうだった?」
俺達がテーブルの椅子に座るよりも先にルミナスが聞いてきた。
「1つ上がって、赤の7だ。そして薬草の方は425Lになったぞ」
「凄いわね。一年では精々赤の5つ程度よ。そしてピグレムの肉は612Lで売れたそうよ」
「そうだ! 野犬の牙と毛皮があるんだ。ちょっと待ってくれ」
ルミナスが席を立って、カウンターへ向かった。
意外とおっちょこちょいなところがあるな。
そして直ぐに戻って来た。
「野犬が5匹で75Lだ。これで全部だな」
「それでは、分配です。その前に、食料分として1割を削減します。そして今夜の宿代と夕食と朝食、それにお弁当2つ分を引きます」
そう言って、紙と鉛筆を取り出した。そんな物があるのが不思議だが品質はあまりよくないみたいだな。
え~と、総収入は薬草と肉と牙だから、1112だ。
1割を引くと、1001だな。宿代は20Lそして食事代が8Lni弁当2個で6Lで34L。6人分だから、204Lだ。
残ったのは、797L。これを6人で分けると、132Lになるのか。5L余るけど、これは食料分に入れるみたいだ。
リスティナさんが硬貨を積み上げてそれを分配してくれた。
俺達の分はエルちゃんに任せる。
「もう少しだな。秋には長剣が買えそうだ」
「まだまだ今の剣で十分じゃ。そろそろ長剣の使い方を教えんといかんな」
「マイデルは長剣を使えるの?」
「ワシは、棍棒と斧じゃ。剣を使うドワーフ等見たことがないぞ。だが、その違いは分るつもりじゃ。斧や棍棒は叩きつける。そして剣は斬るものじゃ」
何となく、分るような気がしないでもない。棍棒は打撃を重視する。斧も刃は付いているが使い方は同じだ。そして剣は斬る事を重視する。まぁ、突くことも叩きつけることもできるのだが、それは本来の使い方ではないと言っているのだ。
「おもしろそうな話をしてるじゃないか?」
そう言って話に加わってきたのは、レムナスさんのチームの5人衆だ。
その辺のテーブルから椅子を持ってきて俺達の輪に加わる。
サンディはエルちゃんを誘って席を立った。そしてカウンターに歩いて行く。お茶を頼んでるのかな?
「ルミナス。マイデルの言う事が分るか?」
「それはもちろんです。長剣は剣の中で最も切れ味が高く、それを持ったハンターはチームの前列で見方を守ります」
う~ん、ちょっと違うな。
「俺からの答えでいいでしょうか?」
全員がジロリって俺を見た。ちょっと萎縮してしまうぞ。
「確か、てっちゃんだったな。斬るということはどういうことか? と言う問いなのだが」
「それに先ほどの棍棒の違いとの区別を端的に言えば点と線の違いです。打撃は点、そして斬るのは線……どちらかと言えば直線ではなく曲線になりますね」
俺の言葉に絶句したのはレムナスさんとマイデルさんだ。
他の連中は隣の人とひそひそと話をしている。
「余程の師に教えられたとみえる。そこまで明確に違いを言い当てる者は初めてだ」
「確かにのう。そしてそれが曲線を描くと言える者は更に少ないじゃろう」
「どういうことだ? 俺達にも説明がいるぞ!」
「実に簡単に言い当てたんだ。いいか、これを棍棒だとする。これを振りかぶって此処に当てれば、棍棒と当った場所は一点だ。これが点という訳だ。
そして、線……これは長剣を使う者にしか分らんのだが。ケリオム、お前は長剣だったな。此処に立って俺をゆっくり長剣で斬る動作をしてみろ。本当に斬るんじゃないぞ。斬る真似だ」
ケリオムと呼ばれた男は、立ち上がるとレムナスさんの肩口を切る動作をゆっくりと行なった。
「どうだ?」
「確かに線だ。それも曲線になる。長年長剣を使ってきたが、斬るということが何なのかを初めて知ったぞ」
「明日からのお前の腕が楽しみだ」
「待て待て! 俺達にはやはり分らんぞ。もっと丁寧に説明してくれ」
「そうだな。もっともこれ位は、経験でお前達は知っているんだ。だから、ルミナスに教えてやる。いいか、先程のケリオムの剣の動きを思い出せ。ケリオムの長剣の動きはどのように動いた?」
「肩口に長剣が振り下ろされると長剣の刃を滑らすように引いた……っ!」
「気が付いたか? それが線と言う言葉でてっちゃんが表現したことだ。更に、それは直線ではなく、曲線になるように動いていたのが理解できれば宜しい」
「でも、それを実際に行う時はどのようにすればいいんですか?」
「簡単なんだ。長剣を相手に打ち付けたら手前に引けばいいんだよ。それが斬るというなんだ」
「確かにそうだな。棍棒は殴ればいい。その後は次の攻撃の準備に入れる。だが、長剣は剣を相手に打ち付けてから手前に引く動作が加わる。そう言うと、如何にも長剣の攻撃が隙を作るように聞こえるのだが実はそうではない」
「そこからは練習がものをいうんだ。俺は人を斬ったことはないし、獣だってまだ剣を使って倒した事はない。でも、これ位のことはできるぞ」
そう言って、背中の片手剣を抜く。
ギルドのホールの中ほどまで歩いて周囲に人がいないのを確かめると、簡単な演舞を行なって見せた。
通っていた道場のお姉さんが教えてくれたんだけど、あれは棒だったが片手剣でも煮たようなことはできる。
「それができて、今だ剣で獣を相手にしたことがないのか?」
戻って来た俺に対するマイデルさんの言葉が皆の思いだったのだろう。皆がそれって深く頷いてる。
「訳があるみたいなんだけど思い出せないんだ」
「無理はするな。転移魔法は禁忌だ」
「まるで踊ってるようだったな」
「そんなことしか見ておらぬのか、まだまだ道は長いぞ」
「俺は分りました。なるほど理に適っています。それで隙がなくなる訳ですな」
「確かに、隙がない。あれでは一方的にやられるぞ」
「あのう……、できれば俺にも理解できるように言葉で教えていただきたいんですが?」
おずおずとルミナスがレムナスさんに尋ねた。それに何人かが賛同の意を頷く事で示している。
「そうだな、先ずは一息入れよう。お茶が届いたからな」
レムナスさんがお茶を運んで来たギルドの職員に硬貨を何枚か握らせている。
「それは私が」ってリスティナさんが言い換えたけどレムナスさんは片手でそれを制した。
何時の間にか俺達の回りに大勢のハンターが立っている。
長剣の使い方について村一番のハンターが説明してくれているのだ。見逃すことはないって感じなのかな。
「まるで踊っているようだ。というのは俺もそう思った。と同時に背筋が寒くなった。何故だか分るか? それは、さっき話題になった長剣を引くことによって生じる隙が相殺されているんだ。てっちゃん、もう一度、ゆっくりやってみてくれ」
俺が立ち上がるとギャラリーが後ろに下がって丸い輪ができる。その中に歩いて行くと、ゆっくりと演舞を始める。
「大上段に振りかぶって、叩きつける。そして刃を滑らせるように腕を下に持っていく……そして、止めろ! 此処だ。片足が移動を始めているのが分るな。これは何の動作だ?」
「あのまま体を動かすと、軸足があれだから下からの攻撃が始まる!」
「いいぞ、動いてくれ!」
レムナスさんの指示で次の動作が始まる。軸足を移動して振りぬいた剣を戻すような形で横に剣を凪ぐ。
「判ったようだな。てっちゃんの今の演舞には攻撃の終わりがないんだ。攻撃の終わりで次の攻撃が始まる。剣を引く動作が、剣を振りかぶる動作と全く同じになる」
「それを軸足と体重移動でおこなうから、まるで踊っているように見えるんだな」
「うまい具合に一緒に暮らしているんだ。てっちゃんから剣の使い方を学ぶのも後々役に立つぞ」
「と言う事だ。てっちゃんよろしく頼むぞ!」
なし崩し的に、ルミナスに教えることになってしまった。
更に、そのまま皆で食堂に向かって食事と酒盛りが始まった。
確かに、碌な娯楽もないから皆でワイワイやりながら酒を飲むのを止めることはしないが飲めない人間に強引に飲ませるのはどうかと思うぞ。
木製のエールジョッキを持たされて、皆の質問に応えてる。
質問と言っても他愛ないものが殆どだ。そして応え難いものは、その辺の記憶が曖昧で……といえば向うから悪かったなと言ってくれる。
飛ばされてきたのは確かなんだが、それを転移魔法と勘違いしてくれているから助かるな。
そして、俺が宿のベッドに入ったのは深夜を過ぎてからだった。
二日酔いにならなければいいんだけどね。




