N-177 終る命と終らぬ戦
王都の宮殿にある会議室の円卓をパラム王国の重鎮達が囲んでいる。
ユングさんの言う悪魔の軍団5万を殲滅したが、俺達の顔は勝利者である表情は微塵も無かった。
「では、これからも悪魔の遠征軍はやって来るのだな?」
「はい。連合王国の美月さん達が対応を考えてはいるようですが、かなり先になるでしょう。少なくとも億を超える軍団です。根絶やしにするのは俺達には考えも及びません」
「どれぐらい続くのだ?」
「少なくとも俺の寿命が尽きる内に反攻が始まるとは思えません」
エイダス島の西半分は戦場になってしまうだろう。俺達以外には南にサンドミナス王国がまだ残っているが以前の面影はない。西の旧ガリム王国の版図は狙っているのだろうが、それが果たされるのは悪魔の軍団が壊滅した後の事だ。
「幸いにもヘイムダルとケリムの石垣は敵を阻止できています。我らパラム王国の領民はラクト村より東方に暮らすことで戦に巻き込まれずに済むでしょう。国力を上げ、兵力を蓄えれば長い戦を続けられます」
「滅びることはないか……。それに、戦を知らずに暮らすことも可能だと言うのだな」
ケリムからヘイムダルに広がる穀倉地帯は、避難民に任せよう。それなりに作物を育てているようだ。2割の税を取ることで、そのままの居住を許可してはいるがラクト村から東への移動は禁止している。自由をあこがれるなら、石塀の西もしくはサンドミナス王国に移ればいい事だ。彼等に国政権は未来永劫与えることはない。
「柵の中の平和ではあるが、ネコ族の旧版図よりも広いのだ。島中を自由に移動はできんが昔を考えてもそれ程不自由はないだろうな」
「レムルが勝ち取ってくれた版図じゃ。無駄にはすまいぞ」
問題はこの後だよな。進歩しているとは言いがたい。どちらかと言うと、更に難題があるような気がする。
「それで、今後の我等の行動じゃが……。レムル王よ。いかにするのじゃ?」
「現在のパラム王国の住民は3万を超えました。1割を兵員にするのは問題ではありますが、現状では致し方ありません。4個大隊と1個中隊を作って続々とこの島を襲う悪魔に備える事にします……」
西の石垣に2個大隊。南の石垣に1個大隊。北の石塀に2個中隊で2個中隊は王都に待機させれば良い。残った1個中隊は治安維持とカウンターテロが目的になる。
ハンター部隊は半減させて、迷宮探索に力を入れねばなるまい。迷宮は3つあるが、遺跡の迷宮は連合王国に開放しても十分だろう。
「次に内政ですが、長老にはもう少し手伝いをお願いします。島の東岸に畑を作り少しでも穀物輸入を減らす努力が必要になります。漁業もパリム湖だけでなく、東の港を使って漁船により大型の魚を捕らえましょう。我等が種族は獣肉よりも魚肉を好みますからね」
「レムルは防衛で対応すると考えているのか?」
「そうです。イオンクラフトによる爆撃は効果があります。今回は島の中で使いましたが、本来ならば海上で使うべきでしょう。海上と上陸時に爆撃すればこの島に悪魔が溢れることはないでしょう。精々、2、3万を相手に戦をすることになると思います」
その為には、少し強力な爆弾がいるが、それはユングさんと話し合ってみよう。
「逆を言えば、精々3万に相手を押さえれば我等の暮らしが立ち行くということだな?」
エクレムさんの言葉に俺は頷いて答えた。
「その範囲でなら、我等の昔の暮らしが出来るのであれば容易いことだ。子を育て、猫族のかつての繁栄を築けるのだな」
アルトスさんの言葉にも俺は頷く。だが、容易くはないぞ。人口の1割を兵員にするのは異常だと思わなければならない。
美月さん達も、大軍を相手に戦っているが兵士の数は総人口から比べれば至って少ない。
たぶん3%にも未たないはずだ。それが戦を継続できる国力の安定にも繋がっているのだろう。
「最後に、パラム王国は連合王国と同盟関係を結びます。連合王国には他国を侵略する野心はありません」
「そうしたいが、可能なのか?」
「峠の飛行部隊を我等で運用する事を提案してみます。大陸ではまだまだ戦が続いています。飛行部隊も本来ならば自分達の阻止線近くで運用したいでしょう。遊撃は我等に任せて欲しいと提案してみます」
それだけのイオンクラフトが運用できれば俺達にもメリットがある。敵の軍船の洋上破壊が現実を帯びてくる。
「引き続き軍と外交はレムルが責任を持って当たれば良かろう。我等はそれに従う。内政は我等に任せるが良い。エル女王の成果として後世に残せるよう努力するつもりじゃ」
「俺達も同意見だ。ここまでやってくれたのだ。その功績は長く伝えられるだろう」
長老とアルトスさんは俺に丸無げな感じだが、美月さんと対等に話し合える事を重視しているんだろうな。
そんな事で、これからのパラム王国の前途を考える会議は終了してしまった。
別荘に帰ると、コタツでのんびりエルちゃんとキャルミラさんを交えて相談を始めた。
キャルミラさんは、更に1台端末を揃えて作戦指揮所の機能を高めたいらしい。
「我が状況監視を請け負う。レムルはその他にやる事があるじゃろう?」
「連合王国との調整ですか。購入するものも沢山ありますね」
「長い戦になるのじゃ。それを止めるわけにもいかん」
「でも、私達の暮らしは戦中心では悲しすぎます。畑を作って、果樹を育て……」
そうだ。戦中心ではいけない。美月さん達もそれを危惧して軍備を拡張していないのだろう。国民には豊かな暮らしを続けさせてやりたい。それは国政に寄与出来る立場にあるものなら是非とも考えるべきものなのだ。
「そういえば、あの娘達は?」
「おめでたいことになりそうです。クアル4姉妹ともお相手ができたようですよ」
微笑みながらエルちゃんが報告してくれたけど、俺とキャルミラさんはアングリと口を開けてしまったぞ。
ミイネさんにシイネさんなら何となく分かるんだが、アイネさんの相手になれるような人っていたんだな?
「喜ばしい限りじゃが、レムルでさえ想像出来なかったようじゃな」
「それはそうですが……。やっぱりおめでたい事は確かですよ」
たぶん一番喜んでいるのは、4人の亡くなった兄達だろう。
そして、何を贈ろうかと3人で悩み始めた。
どうせ悩むなら、こんな悩みが望ましいな。そんな事を考えると自分でも笑みが浮かんでくる。
「となると、その次はエル女王の懐妊じゃな。たぶんパラム中がそれを待ち望んでおる筈じゃ」
そんな事をキャルミラさんが言うもんだから、エルちゃんは真っ赤になってコタツに潜ってしまったぞ。
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2年が過ぎ去り、作戦指揮所のコタツでは5人が赤ちゃんを抱いて坐っている。
キャルミラさんも1人抱いているんだけど、その赤ちゃんはエルちゃんの双子の1人だ。
髭を引張られても嫌な顔をしないで赤ちゃんをあやしているのは見上げたものだ。
「レイナスのところは2人目だそうじゃぞ。どんどん増えるのは良い事じゃ!」
そんな事を俺に言いながらも、備え付けの大型スクリーンを眺めている。
峠の航空部隊は24機のイオンクラフトを要している。
指揮官はレイナスなんだが、たまに自分でも飛んでいるようだ。
エイダス島の軍備は全てパラム王国が運用している。レイクは潜水艇とヘイムダルの副指揮官を兼任している。
今のところ、エイダス島に上陸した悪魔の軍団は1万を越える事は無い。
サンドミナス王国も海を渡って南の穀倉地帯の開拓を小規模ながら始めたようだ。見張り台を複数作って小規模ながらも石塀を作り始めたようだ。
更に年月が重なる。
子供達は連合王国の士官学校を卒業し、俺達の手助けをしてくれる。
今ではアルトスさん達が長老に納まっている。
王都から東では戦の話すら殆ど無いそうだ。やはりこの版図の大きさのせいなんだろうな。
更に年が過ぎ去り、かつて行動を共にした友人達も土に帰っていった。
俺とエルちゃんそれにキャルミラさんだけが、昔の戦を知る人間だ。それでも俺達の軍勢は4個大隊を越える事は無い。
圧倒的に性能に差がある兵器を装備しているのだから、これで十分だ。
そして俺達の寿命もそろそろ尽きようとしている。
エルちゃんがなくなった3日後、俺も最後の時をベッドで待っていた。
「ユングさん。色々とありがとうございました。そして、明人さん。最後に1つだけお願いがあります」
「何だ? 俺にできることか?」
「キャルミラさんをよろしくお願いします」
俺の周りにいたパラム王国の重鎮達はそれで俺の言葉を理解したようだ。
パラム王国の将来はパラム王国の民が決める事。それは残された者達の勤めである。
だが、キャルミラさんを地下の神殿から連れ出した俺とエルちゃんがいなくなったら。また地下の神殿に戻ってしまうかもしれない。それは寂しいことだ。
なら、同じ寿命を持たない明人さんに頼むのが一番良い。
きっと、連合王国とパラム王国の将来を案じてくれるだろう。
「ああ、だいじょうぶだ。俺達と一緒に暮らせばいい。今まで良く頑張ったな。後は俺達が見守って行くよ」
俺はゆっくりと目を閉じた。
遠くにいるのはアイネさん達だろうか? すぐ近くでリスティナさんと手を繋いだエルちゃんが俺を呼んでいるようだ。
また狩りをする日々が続くのだろうか? 確か俺とエルちゃんは青の中ぐらいだが、ちゃんと獲物を狩れるかな?
ゆっくりと、腰のM29を引き抜いた。
「明人さん。パラムではこれは誰も使えません。俺の形見です」
「ああ、預かるよ。後は任せろ」
俺は小さく頷いた。
意識は、既にエルちゃんの手を握っている。
マイデルさんが呼んでいるぞ。一体何を狩るんだろう?
2人でゆっくりと歩いて行く。レイナス達が手を振って俺達を待っているぞ。
(何だ? ここで狩るのか?)
そんな俺の言葉に皆は微笑むだけだ。それでも先に向かって歩いて行く。俺達は遅れないようにその後を付いていった。
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新パラム王国歴175年。悪魔の侵略軍との戦は173年が経過しているが、いまだに終わりを迎えてはいない。
新パラム王国建国の王レムルは、連合王国のハンター明人達に見守られてその生涯を終えた。
その後、新パラム王国に明人達は訪れる事はなかった。また、レムルの死を境にネコ族の始祖キャルミラは姿を消している。
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END




