Ｎ－１７５　砲撃開始！

　「エルちゃん、フラウさんに連絡だ。『空を飛ぶ奴の性能が知りたい』で頼む」

　

　直ぐに、通信機に飛んで行って電鍵を叩き始めた。

　「爆撃を続行するのか？」

　「出来れば続けたいですね。１０５ｍｍ砲の射程に捉える前に少しでも減らしたいと考えています」

　直ぐに端末へのメールで返事が来た。

　開いてみると、飛行する悪魔の性能が書かれている。速度は時速１００ｋｍを越える事がない。経験上の最大飛行距離は３０ｋｍ。高度は１０００ｍ……。

　高度１，５００ｍならだいじょうぶそうだな。

　急ぎアルトスさんのところに１，５００ｍで爆撃を指示する。

　１５分ほど経った時、スクリーンの一部に５０ｋｇ爆弾の炸裂が確認できた。

　「１２発を落としたか。後一撃しておきたいところじゃ」

　「ユングさんから『追加の爆撃を請け負う』と連絡がありました」

　スクリーンに峠の飛行場から出撃するイオンクラフトが８つの光点で表示される。

　「１６発が追加されるか。だいぶ散開しておるな」

　

　スクリーンには先程の爆撃で散開した敵の部隊が映し出されている。散開することで被害を小さくするつもりのようだ。

　５０ｋｇ爆弾の殺傷半径は５０ｍ程度だから、どの程度効果があるかは分からないが、やらないよりは遥かにマシだ。集団になれば攻撃されると思ってくれるなら石垣の前にやってくる軍勢は小規模になる。但し、後から後から途切れなくやってくるだろうけどね。それでも、１度に来れれるよりは遥かに迎撃がし易くなる。

　「ユングさんにお礼の返信を打っておいてくれ。予想よりは楽になりそうだ」

　「集団で来られると厄介じゃったな」

　キャルミラさんも一安心したようだな。さっきまでは王都のおいた中隊の駒をジッと見ていたから、彼女も敵の集中を気にしていたのは確かなようだ。

　スクリーンに爆煙が広がり、収まってきたところで再度爆煙が広がる。

　これで、一旦爆撃は終了だ。状況を見ながら敵の後部を爆撃したいが、それはすこし先になるだろう。

　「次ぎは榴弾じゃな。準備は出来ておるのか？」

　「どこを狙ってくるかで使える砲の数が決まります。ヘイムダルとケリムに１０門、その間の砦に６門を置いています。城門は３つともありますが、一番大きいのは真中の砦ですから、敵がそこを狙ってくれると助かります」

　「ヘイムダルとケリムから援護出来るという事か？　７５ｍｍ榴弾砲と１０５ｍｍ短砲身砲は後ろに控えておるのか。移動を考えればそうなるのう……」

　ロバに似た使役獣を使って運搬できるのだが、移動速度は人間が歩く速さだ。それでも１０５ｍｍ砲を人力で運搬する事に比べれば遥かにマシになっている。

　１時間ほど経過したが、敵軍はいまだに散開したままで進んできている。

　後１時間もすれば榴弾砲の射程に入ってくるぞ。

　「砲撃地点は？」

　「５０Ｍ（７．５ｋｍ）で１０５ｍｍ榴弾砲を使います。軽砲は３ｋｍで良いでしょう。１Ｍ（１５０ｍ）で擲弾筒を使います。４０Ｄ（１２０ｍ）でライフルとなるはずです」

　「この線がそうなのか。なるほど２本あるな」

　「バビロンが爆撃評価を送ってきました。『１２％の被害を与えた』とのことです」

　エルちゃんが端末の画面の１つを使って状況を常に把握してくれている。

　「５万であれば、６千になるのう。先が遠いぞ」

　「先ずは６千と考えましょう。敵は必ず集まります。その時を待ちましょう」

　これが最後ではない。有効な戦い方を覚えなくてはならないのだ。兵器は全て連合王国で作られている。物量で押しつぶせないのが問題なんだよな。

　弾薬を大切に使わなければならないのは皆が知っていることだが、かと言って使う事をためらう用でも困る。

　ヘイムダルの航空隊には敵の後続を随時爆撃して貰おう。

　　

　「策があるのであろう？　そろそろ始めぬと時を逃すぞ！」

　「もう少し、前進してくれたほうが都合がいいんです。上手くいけば敵が一箇所に集まります」

　策と言えるかどうか迷うところだが、ケリムの西に広がる森を焼き払うのだ。

　ヘイムダルではイオンクラフトに焼夷弾を搭載して攻撃の指示を待っているだろうけど、遠征軍の部隊は森の半分にも達していない。

　「焼くのか？」

　「はい。山麓側から焼夷弾を落とします。南に移動してくれれば、南岸に広がる湿地帯との間の狭い範囲に誘導出来るでしょう。ヘイムダルと石垣に設けた砦の榴弾砲で挟撃出来ます」

　テーブルの地図上に駒を移動しながらキャルミラさんに説明をする。

　

　「これを長老様に知らせても良いかにゃ？」

　「ああ、そうだね。確かに長老達も気をもんでいるだろう。現状と、これからの動きとして伝えてくれないかな？」

　アイネさんがエルちゃんに手伝って貰って状況図を書き写している。たぶん、王宮まで馬車を走らせるんだろうな。

　

　「遠征軍の先陣、榴弾砲の射程内に入りました！」

　「了解だ。もう少し進んだ所で攻撃だけど、それは指示してあるからだいじょうぶだよ。山麓側を注意してほしい。そっちは守りが薄いからね」

　遠征軍が少数部隊で行動するとは考えられないけれど、一応念を入れて置く必要があるだろう。ユングさんはそんな話を１度もしていないが、無いとも言っていないからな。

　

　「行ってくるにゃ！」

　アイネさんが部屋を飛び出していく。次ぎはマイネさんが飛び出す番かな。

　スクリーンには１００人単位と思われる集団が散開しながら東を目指して進んでいる。先陣は既に８ｋｍを越えているんじゃないか？

　１０５ｍｍ榴弾砲は砦内に設置しているから上空からでは見えないな。短砲身砲の部隊がずらりと砲身を西に向けている。

　「いまだに散開して進んでおる。砲撃は予定通りで良いのか？」

　「先ずは数発撃ってみましょう。それでも、１００発近く敵軍に降り注ぎます。行軍の速度が緩めば敵が集まります」

　ちょっとした交通渋滞になってくれれば、そこを狙える。

　

　「エルちゃん、航空部隊の発進準備は出来てるんだろう？」

　「準備完了です。焼夷弾を全機焼夷弾を積んでいます」

　分かった。とエルちゃんに答えておく。

　後はスクリーンの画像を見ながらその時を待てばいい。

　

　突然、画像に広範囲の炸裂煙が上がった。集中した砲撃ではないから、この一撃で相手に与えた被害はさほど無いだろう。

　炸裂煙が薄れると、次ぎの炸裂煙が広がる。

　そんな攻撃が数回続いた。

　「進軍速度に変化なし……。激戦になるぞ！」

　「まだ、石垣から７ｋｍも離れています。これからですよ」

　後、１時間半も掛からないか。夕暮れ前に始まりそうだな。

　長距離榴弾砲が少ないから、今のところはこんなものだろう。段々と濃密になればいい。

　

　「バビロンの判定が出ました。先程の攻撃による敵の損耗は３００程度という事です」

　「了解だ。散開してるからそんなものだと思う。やはり敵を集中させないと不味いね」

　敵軍は既に森に入っている。森の出口から石垣は数百ｍないんだが、もう少し、森の中に敵が入ってきてからの方が良さそうだな。

　

　「ケリム砦の榴弾砲は次ぎの砲撃が終れば焼夷弾に変えてくれ。森を焼き払う！」

　

　俺の言葉を指示書に書き換えると、シグちゃんは通信兵にそれを渡した。

　「そろそろ始めるのか？」

　「次ぎの一斉射撃を待ってからでいいでしょう。森に逃げ込めば火で焼く事も可能です」

　数万を迎えるんだからな。奇麗事は言っていられない。どんな醜態を晒しても石垣を超えさせてはならない。

　スクリーンに再び炸裂煙が広がる。これで後７ｋｍになるな。

　敵の進軍、５００ｍごとに砲撃を加える。

　まだ、空を飛ぶ敵は現れてこない。

　距離、５ｋｍ地点で砲撃を加え時、敵軍から高速で東に向かう個体を見つけた。

　直ちに、砲を収めたトーチカに木製の扉で蓋をする。

　「エルちゃん、航空部隊発進だ。森の北部を爆撃して、飛行する敵を叩け。但し石垣には近付くなと厳命してくれ。対空銃撃を受けてしまう！」

　メモを掴んでエルちゃんが通信機に向かった。

　自分で指示するつもりらしい。

　「【メルダム】をどの程度防げるか……。それが、１つの課題ではあるな」

　「はい。ですが、【メルダム】の炎の乱舞は極めて短時間です。地上に出なければ何とかなると思っています」

　それが、酸素を消費する炎であれば話は別だが、火炎弾の広範囲な炸裂と聞いている。直接体をさらさなければ問題ないはずだ。

　

　ケリムとヘイムダルの中間にある砦付近に紅蓮の炎が広がる。【メルダム】攻撃を受けたようだ。拡大してみると、周辺の壕から機銃やライフルで銃弾が打ち出されている。

　

　「いくつかは落としたのだろうか？」

　「たぶん。翼の皮膜が破れれば落ちてしまうとユングさんが教えてくれました」

　

　至近距離なら散弾銃でも良さそうだな。

　そんな事を考えている時、森の北側に山火事が発生した。

　焼夷弾を投下したようだ。今頃は地上を掃射しながらヘイムダルに帰還しているだろう。

　「火勢が弱いぞ。更に落とす必要がありそうじゃ」

　「分かってます。エルちゃん、反復爆撃を指示してくれ！」

　ヘイムダルとケリムからの砲撃が始まった。石垣まで、後４．５ｋｍ。

　

　「ヘイムダルより連絡です。『敵航空兵、６体の墜落を確認』以上です」

　

　通信兵がやってきて、受信したメモを読み上げた。

　「中々じゃな。少しは【メルダム】攻撃を控えるじゃろう」

　「ですね。後は、この森です！」

　２回目の焼夷弾攻撃で森は最大に燃え出した。これなら、森から出なければならない。それは散開して進撃する軍団の集結を促がす。

　既に、石垣まで４ｋｍを切っている。

　「エルちゃん。一斉射撃の準備は出来てるよね？」

　「だいじょうぶです。距離２０Ｍ（３ｋｍ）で１０５ｍｍ短砲身と７５ｍｍ砲が加わります。合計４０門の一斉砲撃です」

　敵軍は進軍当初と比べてだいぶ集団化してきた。このまま集まっていてくれればいいんだけどね。

　

　「イオンクラフト、ヘイムダルに帰還しました。現在次ぎの発進準備中です！」

　「了解だ。お茶でも飲まないか？　これからは目も離せなくなるぞ」

　そうですね。と言いながらエルちゃんがミイネさん達と皆にお茶のカップを配り始めた。通信兵の子供達にもお茶を渡してあげている。

　最後は、俺とキャルミラさんだ。

　２人とも頭を下げてカップを受け取る。

　のんびりとお茶を飲むのは、これが最後かもしれないな。場合によっては王都に残る１個中隊を率いて加勢に向かわねばなるまい。