N-168 敵の侵攻がもたらすもの
端末で遠征軍の様子とエイダス島内の戦況を確認して俺の前に広がった地図上の駒をキャミルさんとエルちゃんが動かしている。それをアイネさん達が読み取って通信兵に伝えているから、アルトスさん達も状況が見えているだろう。
6隻の船がエイダス島から100km程の地点にまで来ている。明日にはレムナム軍と対峙している大陸からの侵攻軍からは船の姿が見えるんじゃないかな。
いよいよ、大きく戦況が動く時が来たようだ。
俺達は一応静観することにしているが、峠の航空隊は夜間偵察部隊を攻撃する構えだ。
新に4機のイオンクラフトが訪れて都合15機が駐屯している。まぁ、3機は輸送用だから直接攻撃には参加しないだろうけどね。
ヘイムダルのイオンクラフトの数も6機になっている。練習機といえど機関銃が付いているからイザとなれば戦闘に参加出来るだろう。
連合王国からやってきた3隻の潜水艇がどんな戦いを見せてくれるか楽しみでもある。
「ところで、この別荘の隠蔽は終了したのじゃな?」
「昨日には終了しています。と言っても網で包んだ程度ですが……」
ユングさんが言うにはこれでも十分効果があるらしい。敵は夜間のみ活動する。ボロ布が結わえ付けられた網はお世辞にも綺麗とは言えないが、遠目には森に見えるらしいのだ。
「さすがに王都は無理じゃろうが、あそこは石造で2階建てが多い。1階に避難すれば被害を軽減出来るじゃろう」
「薬草はレムナスさん達が大量に運んでくれました。【サフロ】と【デルトン】が使える魔法使いを集めて救護所を何箇所か作っています」
そんな話をエルちゃん達がしてくれる。確かに被害が無いとは言えないからな。軍の内部にも救護部隊を作っていると聞いているから、少しは安心できる。この世界には病院が無いんだが、大病を患う人はどうなっているんだろう。その辺りもエルちゃんに調べて貰った方が良さそうだ。
「他の王国から、俺達はどう思われているんでしょうね?」
「まだ狙っている事は間違い無さそうじゃな。我等が動かぬ事を良いことに戦線の兵力を削減しておるが、相変わらず監視の目は緩めておらぬ」
確かに、俺達の戦線に対峙する兵力はレムナム、サンドミナスとも1個中隊に満たない兵力だ。これ以上の版図拡大をするには俺達の兵力が不足している事を知っているんだろうか?
「峠の航空隊から連絡がありました。遺跡の東の港に連合王国から1個中隊増援があったそうです。2個小隊はいつでも私達の増援に応えられると言っていました」
「ありがたい話だね。場合によっては東への救援部隊として役立って貰える。王都の東は俺達でどうにかしたいね」
新に兵を募集して1個中隊を編成したけど、ヘイムダルのアルトスさんのところに送ってしまったから、相変わらず王都の守りは2個中隊のままだ。民兵はドワーフ族を中心に1個中隊を編成している最中だ。マイデルさんの話では2個中隊は出来るだろうと言っていた。たぶん、これが俺達の予備兵力になるんだろう。
総動員体制についても長老達が検討しているが、検討で止めておきたいものだ。
・
・
・
「どうやら、東の連中が遠征軍の軍船に気がついたようじゃ!」
昼食を終えてスクリーンを眺めていたキャルミラさんが呟いた。
大陸からやってきた連中が海岸地帯に集まっている。レムナム軍と対峙しているから、それ程の移動ではないが、杭を打って陣構えをしている部隊までいるようだ。
現在、沖合い数kmの位置だ。ゆっくりと進んでいるから夕暮れ前に接触するぞ!
「まだ、レムナム王国とサンドミナス王国は気が付いていないようですね」
「サンドミナス王国軍は夕暮れ前に気が付く筈じゃ。旧ガリム王都の山向こうに防衛線を築いておる。ここの守備兵達が見つけるじゃろう」
レムナム軍と対峙している大陸からの侵略軍は、悪魔軍の先兵達と戦闘を開始すれば一当たりで壊滅するんじゃないか?
その時敗走する方向は、南方のサンドミナス軍、東のレムナム軍そして北に大きく回りこんで俺達の北の防衛線の3方向だ。レムナム軍に降るとは思えないし、サンドミナス軍では蛮行のツケえを払わされそうだ。となれば北ルートだが、悪魔達の艦隊の上陸場所いかんでは北ルートが閉ざされかねない。
「篭城か、レムナム軍への帰順の選択じゃな……」
「近くにドワーフの洞窟があります。でも、食料が尽きればそれまでになります。となれば、レムナム王国への帰順でしょうか?」
「たぶんそうなるじゃろう。レムナム国王はこの艦隊を知っている可能性がある」
「この見張り所を見てください。西の大陸から来る艦隊を何らかの方法で知った可能性が高いです。早急な島内の統一を企てたのはこの艦隊への備えを考えていた節があります」
俺とキャルミラさんがスクリーンを眺めながら相槌を打つ。お互い、レムナム王国に合流するとの考えで一致した。
とは言え、レムナム軍と大陸からの侵略部隊を合わせても7個大隊が良い所だ。更に兵士を徴兵しても2個大隊というところだろう。約5千人の兵力に対して艦隊に乗船している兵士は多くて2千。跳ね返せるか?
「サンドミナスが何もしなければ良いんですが……」
「確かに、この機を逃さず……。と言う考えも出来るか」
海の向こうから更なる大軍が来るらしいとの噂を流しているのだが、その噂が自分たちへの企てかもしれないと疑ってしまったようだ。
2つの軍勢が合流して南下すれば、サンドミナスの旧ガリム王国の領土を頂戴する企ては頓挫してしまう。
敵軍の南下を防ぐ為に、旧ガリム王都を拠点にして空掘や土手を築いているが俺の背丈ほどの物でしかない。奇襲程度は防げても本格的な攻勢にはそれ程役に立たないんじゃないかな。
それでも、サンドミナス軍の兵力は旧ガリナム軍を引き入れているから5個大隊は確保しているし、本拠地の防衛兵力として1個大隊がいる。更に彼らには俺達の旧式銃を売り払っているのだ。
「エルちゃん。アルトスさん達に状況は伝えてるよね。どうやら、夕方前に接触すると俺達が思っていると連絡してくれないかな。
連絡は次ぎの3点だ。
1つ。接触は今夕と考えられる。夜間は指定の場所に焚火を作ること。
2つ。連絡を密にするため、通信兵を確保すること。
3つ。可能な限り、兵を休ませること。
以上だ。必ず、返電を受けてくれ!」
直ぐに、書き取ったメモを従兵に頼んで通信兵に渡している。
問題はここだよな。
「8時間交替で3人の通信兵が常時この部屋に待機しています。心配しなくても大丈夫ですよ。私だって通信が出来ます」
俺の顔を見てエルちゃんが教えてくれた。エルちゃんには連合王国との通信をお願いしたいところだ。俺達3人がいるから常時連絡体制は維持出来るだろう。
「となると、今夜の夜食を手配するにゃ。ミイネ、お菓子を沢山作るにゃ!」
アイネさん達もそれなりに準備するつもりだ。でも、マイネさんだけ置いてったって事は、アイネさんは夜食の魚を釣るのか?
「レムル! 後続の艦隊が2つに別れたぞ!!」
「連合王国南岸の探索とこの島の探索でしょう。既に峠の航空基地は動き始めたようですね。夜間攻撃をする考えのようです」
後続の艦隊は3隻ずつ2つに別れ、1つはエイダス島の北を進むようだ。甲1つの艦隊は更に南進している。この島を1周するのかな?
「更に次ぎの艦隊が大陸の西から出るようじゃ。数は20を超えるようじゃな」
5千を超えるのか! レムナム王国の崩壊はその艦隊から兵士が上陸してからになるだろうな。
「まだ、出港準備中の船もありますね。艦隊がそれってエイダス島にやってくるのは早くて10日は掛かります。これは少し考える必要がありますね」
敵軍が自軍と拮抗するなら士気はそれなりに温存出来るが、あまりに戦力差が開きすぎると総崩れになりかねない。その場合に南のサンドミナス軍の方向に逃げてくれれば良いのだが、東に遁走されると俺達が迷惑だ。
「この艦隊の上陸した夜に爆撃演習をしましょう。地上120mから爆裂球をばら撒きます。紐を引いて5秒後に爆発ですから、相手の魔法攻撃を回避して爆裂球を炸裂させる事が出来るでしょう」
「爆裂球で爆撃か……。少し改良したと言っていたな。大軍が押し寄せる前に効果を確かめることは必要じゃろう。それに互いの部隊を拮抗させるにも良い手じゃ」
後1時間足らずで敵軍が上陸するというところで、来客が訪れた。
「どうだ? 悩んでるんじゃないかと思ってやってきたぞ」
どうやらユングさん1人のようだ。
エルちゃんが暖炉の傍のソファーにユングさんを案内する。
「唐突ですね。どうにか準備を終えたところです……」
そう言って、現状と今後の対応に付いて説明した。
「基本的に問題はないみたいだな。美月さんに様子を見てきてくれと頼まれたんだが……。まあ、これなら大丈夫だ。それと、これがそっちのキャルミラさんへのお土産で、これがお前のだ。もう1つ、あるんだが、別荘の護衛に渡しておいた。爆裂球が50個だが、いいか、持ってきた爆裂球は紐を引いて7秒だ。この意味が分かるな?」
ユングさんに頷いた。爆弾用に使えって事だな。俺達が爆弾攻撃をする事を知っていたという事か?
「まあ、俺達の戦略シュミレーションでほぼ現状の再現は出来ている。レムルが爆撃を開始するのも分ってたよ。だが、爆裂球単体では威力が乏しい。3つを1つに纏めてくず鉄を周囲に巻くんだ。それで威力と殺傷力が増す。悪魔の連中はお前が思っているよりも強靭だ」
実際に戦火を交えたユングさんが言うんだから間違いは無いだろう。
それも機甲師団で対峙したというんだから半端じゃない。たった3人とAIの戦車だとしても数の前には成すすべが無かったらしい。
いくら高度な兵器があっても、兵站が無ければどうしようもない。
それに比べれば俺達には3万近い国民がいる。その精鋭となる兵力は3個大隊。さらに弾薬と食料は連合王国が頼りに出来る。
「どうじゃ! 似合うか?」
そんな言葉とともにキャルミラさんが現れた。
そのいでたちは、黒の戦闘服にコンバットシューズ。装備ベルトは両肩のサスペンダーに繋がっている。ベルトには拳銃が下がってるが、あれはエルちゃん達と同じ38口径だな。片方には2つの小さな弾丸ポーチが付いている。腰の後ろには小振りなカバンが付いている。
まあ、それは良い。クラリスさんやユングさん達もそんな格好をしている方が多いからな。でも、目の前のキャルミラさんは……。
まるで、何処かの特殊部隊員のように着こなしているぞ。
体の線が出るんだけど、スレンダーな体形はそれだけで敏捷な動きを想像させる。
「似合ってるというか……。似合いすぎてます!」
「そこまで似合うとは思わなかったな。その上にあれを着れば問題ない!」
ユングさんも絶賛してるけど、あれって何だ? 敵の艦隊も気になるが、こっちの方がもっと気になるぞ!




