N-165 キャルミラさん
海の幸山の幸の殆どが連合王国からもたらされた物だ。
何となく、これから先の治世が困難に思えるけど、いつかはこのような食材をエイダス島で整えられるだろう。その為には、連合王国から帰化した屯田兵の人達に協力してもらえば良い。
そんな想いで次々と出てくる料理を頂いている。
たぶんエルちゃんも同じ思いに違いない。ひとつひとつの料理をじっくりと味わっている。
「……次は、連合王国のハンターチーム『マキナ』によるダンスが披露されます」
進行役の声に目の前のテーブルに取り囲まれた会場を見た。
明人さんが持参した音響装置はカラオケモドキだったが、たぶん明人さん達だけが使っているんだろう。
ユングさん達の衣装が変わっている。どこかの小部屋で着替えたんだろうけど、俺としては最初からこっちのほうが良かったと思うぞ。
その衣装でだいたいの演目まで分ってしまった。どうみても帝政ロシア時代のコザック兵の衣装だもんな。
「普段見慣れないもの程喜ばれると聞いて、俺達のダンスはこれにした。たぶん最初で最後だからな」
そんな言葉が終ると、太鼓とバラライカの音が広間に満ちる。その音に合わせてユングさん達のコザックダンスが始まった。
軽快なリズムと、中腰になって繰り出される足裁きに皆が注目して見ている。
実際のダンスを見るのはこれが初めてだけど、ユングさん達のダンスは乱れることもなく音楽にシンクロしている。
ナノマシンによる体の形成は、ある意味ロボットのようなものなんだろうけど、これ程人間くさくダンスが出来るとは思わなかった。
演目が終ると広間は拍手の渦になる。恥ずかしそうに、ユングさんが顔を赤くして再演してくれた。
明人さんがファイヤーダンスでフラウさんが剣舞を披露してくれた。
アルトさんはカチューシャをアカペラで歌い上げたし、美月さんに至っては広間の真ん中にどかりと胡坐をかいて平家物語を語ってくれた。
意味が分かるかどうかは怪しかったが、長老達が目頭を抑えていたぞ。
そんな演目の合間に俺達への贈り物が披露される。
明人さんやユングさんの狩りの様子は大型スクリーンを展開してディーさんとフラウさんがそれぞれ解説してくれたけど、スノービューを仕留める明人さんの素早さは目にも留まらない程だ。一瞬手が4本に見えたぞ。
フラウさん達のレグナス狩りは、殆ど柱と言っていいような投槍を3人が次々と投げて倒してる。動きが鈍くなったところでアルトさんが穂先だけで片手剣程ありそうな槍を持ってフラウさんに体ごと投げてもらってた。空中で体制を整えて心臓を一突きするんだからとんでもない身体能力だな。集まった全員が口をポカンと開けて見ていた。
「これが、俺と姉さんからだ。後もう1つ、俺の作ったカヌーがあるんだがそれは別荘に届けておくよ」
手に持った真っ白な毛皮はふかふかして暖かそうだ。ありがたくお礼を言って頂いた。次にアルトさんが立派な木箱を手に持ったフラウさんを従えてやってきた。
「柄にレグナスの牙を使った片手剣じゃ。2振りあるぞ」
あの恐竜の牙を使ったとは驚いたな。そんな贈り物を順番に受け取ると、アルトスさんの番になった。
「俺とエクレムそれにクアル姉妹からの贈り物だ。現物は別荘に運んでおいたぞ」
そう言いながら目録を読み上げると、周囲から笑みが漏れる。俺とエルちゃんは赤面ものだぞ。何と、ゆりかごと赤ちゃん用品一式! ちょっと気が早いんじゃないか?
「そうよね。直ぐに必要になるもの! 何で気が付かなかったんだろう?」
そんな事を美月さんと明人さんが離しているぞ。
少なくとも、当分は必要ないんじゃないかな?
やる事が色々ありそうだし、数年もすれば戦乱が起こるかもしれない。子育てに適した時節とは言えないよな。
それでも、エルちゃんはそんなクアル姉さん達の心根を知って涙ぐんでるぞ。ひょっとして、早く欲しいのかな?
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「招待してくれてありがとう。これで、心配も少なくなるわ」
「俺達はいつまでも、レムルの味方だ。困った事があればいつでも相談に乗るぞ」
「俺達の方も一段落している。後は帰化した戦闘工兵に任せれば良いだろう。カウンターテロの部隊も出来たからな。この島での俺の仕事は終ったと思う。俺も、ネウサナトラムに帰るぞ」
次ぎの日、王宮の応接室に明人さん達を招いて、ちょっとしたお茶会を楽しんでる。
終ればさっさと帰るのはいつもの事だけど、もう少しのんびりしていっても良いのにな。
「ところで、エルの隣の御仁は?」
『我は、キャルミラじゃ。ネコ族の始祖とも言えるじゃろう。じゃが、それは昔の話。墓所でもある神殿に暮らすものじゃったが、この2人の招きで地上に戻る事にした』
「念話!」
「何か、言ったのか?」
明人さん達には聞こえるが、ユングさん達には聞こえないらしい。
生体と機械の体の違いなんだろうか?
「ユングには聞こえなかったのか? この人物はネコ族の始祖らしい。キャルミラと名乗った。まだネコとしての面影が強いんだろうな。言葉を話す事が出来ないようだ。だが、自分の意思を相手に伝える事が出来るようだ」
「それで、念話って分けか。了解した」
『そちらの4人は変わっておるな。人であらざる存在のようじゃが、危害を加えることは無さそうじゃ』
キャルミラさんの念話をアキトさんがユングさんの耳元で小声で話している。
それを、聞きながらユングさんはジッとキャルミラさんを眺めていた。
「訓練された大きなネコだと思っていたんだが……。失礼した。俺達はこっちの明人の仲間と思ってくれ。見た目で判断して申し訳なく思っている。だが、始祖という存在はあまり聞かなかったから、その辺りを踏まえて許して欲しい」
ユングさんの言葉にキャルミラさんが頷いた。
優雅に、細い指でカップを掴んで少しずつお茶を飲んでいる。かなり温くなってから飲み始めたから猫舌なのかな?
『バビロンには行ったか? 我はバビロンのバイオテクノロジーの産物じゃ。あの頃の自然環境は今とは比べ物にならぬ。まだまだ人間がバビロンから出て自立するには環境の改善が不可避であったのじゃ……』
先ずは動物からという事らしい。次に人間の遺伝子を使った半獣半人の存在を作り上げ、数代の世代交代を確認していたらしい。キャルミラさんはそんな初期の実験体という事だった。実験体が問題なく暮らせる事を確認した後に人間達が周囲に散って行ったようだ。
だが、そうなると先に暮らしていた獣人族と反発が起る。小競り合いも起ったらしいが、多くの獣人たちは人間族から離れて小さな集落を作っていったらしい。
『我等ネコ族の多くはこの地に小船で渡り現在に至っておる。我等種族の姿も更に変わっていった。より人間族に近くなり、いつしか言葉を話せるようになったのじゃ』
「だが、1つ疑問が残る。キャルミラさんは、そんなに生きて来たということか?」
『少なくとも季節変化を3千回近く経験しておるぞ』
細い手には皺すらない。健康そうな少女の手のようだ。顔はネコだから歳なんてまるで分らない。
「だが、今では1人と言う事では寂しくはありませんか?」
『その思いは常にある。じゃが、この2人が我を招いてくれた。過去に我を招くという事は無かった事じゃ』
嬉しかったのかな? 1人であの神殿は寂しすぎるからな。
これからは子孫の暮らしぶりを見ながらのんびり暮らせるだろう。
『それに、クラリス達を鍛えてくれたようじゃ。後は我に任せるが良い』
「だが、クラリスに教えたのはカウンターテロだぞ。貴方にそんな事が出来るとは思えないんだが」
ユングさんの言葉を聞いてキャルミラさんが笑ってるように見える。顔に変化は無いんだけどね。
「そうですね。それだけの気を扱えるなら十分です。それに魔法も使えるようですね。それも魔法が体系化される前の魔法のようですが?」
『さすがじゃ。そこまで見抜かれるか……。確かに我の魔法は今のように4つの神殿に係わるような魔法ではない。だが、この国を守るには役に立つじゃろう』
美月さんはキャルミラさんから何を見たんだろう。エルちゃんが使えるような魔法ではないようだけど、そんな魔法を美月さんは知っているのだろうか?
「後で、装備1式を送ります。レムルは俺達と同郷。よろしく後をお願い致します」
美月さんの一言で納得したかのようにユングさんが丁寧に挨拶をしている。
装備一式って、あのコンバットスーツなんだろうと思うけど、キャルミラさんって女性なんだよな。お婆ちゃんがあれを着て大丈夫なんだろうか? 別な意味で破壊力がありそうな感じがするぞ。
頑張れよ! そう言って明人さん達は部屋を出て行く。
色々世話になってしまったが、恩返し出来そうも無いな。ありがたく善意を頂くこにしよう。
王宮で、昼食を取って俺達も別荘に帰る。王宮とはそれ程離れていないから、エルちゃんはしばらく別荘暮らしだ。長老との連絡は必要に応じてアイネさん達が行なってくれることになっている。
キャルミラさんはクラリスさんから部下を2人譲り受け、俺達と一緒に来ることになった。別荘暮らしなら世間も煩わしく無さそうだし、俺達とのんびり暮らせる筈だ。
別荘の作戦本部に着くと、大きなテーブルの地図を眺めている。
思うところがあるのだろうが、特に何も言わなかった。
部屋の端にあるコタツに脚を入れるとキャルミラさんの顔が途端に至福の表情になった。なんていってもネコだからね。きっとこのコタツを定位置にするんじゃないかな?
一緒に来た筈のアイネさん達はいつのまにか魚を釣りに出掛けたようだ。
そんな訳で、この部屋には俺達3人と通信兵が2人通信機を前に座っている。連絡事項は今のところ無いようだから、のんびりしているように見えるが、ちゃんと通信機のランプを見ているから問題は無いだろう。
『微妙な時期らしいのう』
従兵が運んで来たお茶をちびちびと飲みながら、呟くようにキャルミラさんが言った。
「分りますか? 危うく種族を滅ぼされかけました。現在は島の四分の一程を版図にして3つの国から民を守っています。王都で会った明人さん達の協力で何とか王国を復活染ましたが、更に西には悪魔的な軍勢が控えているようです」
テーブルから端末を持ってきて、コタツの上に乗せる。スクリーンを展開して状況の説明を始めたのだが、キャルミラさんはこの端末について何も言わない。
ひょっとして、昔これを使っていたのか? 始祖と言うだけあって、バビロンの暮らしも覚えているのだろうか?




