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N-160 貧乏症は治らない

 パラム王都の中に厳重な石塀で囲まれた迷宮は、崩れかけた神殿に見えなくもない。

 太い列柱に囲まれた迷宮の地上部はギリシャ風の神殿のような構造だ。

 そして、東に向かって大きな開口部がある。1辺が6mはありそうだ。その開口部を縁取る緻密な装飾の彫り物が至る所破損していた。


 石段を登ってその開口部に辿り着いた俺達は、しばしその大きさに圧倒されて足を止めた。


 「魔石がはめ込まれていたにゃ。これを破壊した途端に魔物が出て来たにゃ」


 アイネさん達は侵略者から逃げ惑う際に、その時の光景を見たんだろうか?

 

 「私等を負い掛けて来たボルテム兵も魔物にやられたにゃ。王都を見たら魔物がたくさんいたにゃ」


 直接的には見ていないってことだな。

 たぶん逃げる途中で、その光景を見た者から迷宮の破壊行為にあわせて、ここから出て来た魔物の話を聞いたんだろう。


 迷宮に入る前に、エルちゃんが【アクセル】を全員に掛けてくれる。

 ユングさんは遠慮したけど、そういえば、機械の体には【アクセル】は利かないって言てたな。


 「さて、入ってみるか? 1階は大きな広間で、右奥に1体魔物がいるぞ。……グラミスだな」


 ユングさんの言葉に俺達は思わず顔を見合わせる。

 あの群体生物だ。前回はありったけの【メル】と銃撃でどうにか倒したんだよな。


 「最初から強敵にゃ。エルちゃんとミイネが頼みにゃ!」

 

 俺は散弾銃を持ち、エルちゃんに頷いた。

 アイネさん達もそれなりに覚悟を決めたようだ。

 そんな俺達をおもしろそうにユングさんが見ていた。


 「最初からそれじゃ、後が大変だぞ。これをやるよ」


 そう言って、俺とアイネさんに3個ずつ少し細長い筒のような爆裂球を渡してくれた。

 

 「小型の爆裂球の周囲を可燃性のジェルで包んである。グラミスなら1発で十分だ」


 ちょっとした焼夷弾ってことか? 部屋が狭いと酸欠を起こしそうだぞ。

 

 「酸欠なら心配ない。一応焼夷弾だが、硝石が塗してある。教室程の広さがあれば、酸欠にはならないとフラウが保証してくれたぞ」


 そんな言葉に俺達は安心した。

 ユングさんよりも、何となくフラウさんの言っていることに納得できるんだよな。


 「なら、やってみるにゃ。シイネ……、【シャイン】にゃ!」


 シイネさんが部屋の中に光球を作って投げ込む。

 その光球の後を追って、飛び込むようにアイネさんが迷宮の中に入って行った。


 鈍い炸裂音がすると、ユングさんが背負いかごをヒョイっと肩に掛けて、迷宮にのんびりと足を踏み入れる。

 俺達も、かごを肩に背負うと、アイネさんの結果を知ろうと足早に迷宮に入って行った。


 体育館より少し狭い平屋の片隅に炎が見える。

 その少し手前で銃剣を付けたアイネさんが炎を凝視していた。


 「使えるだろう?」

 「使えるにゃ。今度沢山買い込んでおくにゃ」


 アイネさんとユングさんの話し声が聞こえてきた。

 グラミスなら、この小さな焼夷弾で一撃ということか? ならば、王都の雑貨屋に揃えておいても良いだろうな。


 炎が床に吸い込まれるように消えて行くと、アイネさんがその場所に歩いて行って、床から魔石を拾い上げる。


 「中位の茶にゃ」


 そう言ってエルちゃんに魔石を手渡している。

 

 そして俺達は地下へ続く階段に向かった。

 幅2m程の石段が暗闇に続いている。

 すぐにシイネさんが光球を階段の先に送り込んだ。

 何もいないように見えるが、ユングさんが俺達を片腕を横にして、降りるのを停めている。


 「先ずは偵察だ。ちょっと待ってくれ!」


 背負いかごの中にある大きな袋を開くと、カブトムシを取出した。

 ちゃんとした角まであるけど、大きさが30cmもあるぞ。


 ユングさんが床にカブトムシを置くと、すぐに羽を広げて地下に下りて行く。

 俺達はそんな光景をじっと見守った。

 

 「降りた先は、小さな広場だな。石壁の通路が3方向に北と東西に伸びている。縦横3mはある広い通路だ。少なくとも50m先までは、どの通路も魔物はいない」


 さっきのカブトムシからの映像を直接見ているのだろう。

 呟くように声を出して俺達に状況を教えてくれた。

 

 「なら、問題ないにゃ」


 アイネさんとマイネさんが先陣を切って階段を降りていく。

 苦笑いのユングさんが後に続き、エルちゃん達が降りるのを待って、最後に俺がかごを担いで付いて行く。


 教室程の広場から通路が直角に3方向に伸びている。

 アイネさん達は迷わず、左側の通路を選んだ。コンパスだと西に向かって伸びる通路だな。

 その後を、カブトムシを回収してかごに入れたユングさんがエルちゃんと並んで歩き、殿はミイネさん達と俺の3人組みだ。


 2つの光球が前方を照らし、俺達の後ろ15m付近をふわふわと浮かんだ光球が付いてくる。

 何時もの光球の配置だが、ユングさんがいるから周囲の魔物は全て感知してくれるだろう。

 とはいえ、万全というわけでもない筈だ。

 たまに振り返って、ストーカーがいないことを確認する。


 「前方の脇道に魔物が3匹だ。グロッグだな」

 「わかったにゃ。グロッグならレムルとエルちゃんに任せるにゃ」


 アイネさんがその場に留まり、俺とエルちゃんが先に進む。


 「そのかごは置いて行け。前方に見える右の脇道の先20m程に固まっているぞ」

 「了解です」


 かごをその場に置くと、かごの中から散弾銃を取出す。

 スラッグ弾を詰め込んで、安全装置を解除した。

 エルちゃんも、かごに杖を差し込むと背中のライフルを両手に持った。

 

 アイネさん達も援護しようと散弾銃を手に持っている。

 そんな光景をおもしろそうにタバコを咥えて見ているぞ。


 「グロッグだからそれ程気負いするな。少し大きいぞ。まあ、頑張ってみろ」

 

 少し大きいと言うのが気になるが、ユングさんが譲ってくれるなら俺達の技量には見合っているのだろう。

 エルちゃんと顔を見合わせて、小さく頷いた。そして、走り出す。


 T字路で右の通路を見ると、光球に照らされてグロッグの姿が見える。

 大きいなんてもんじゃない。殆ど天井につかえそうな太ったグロッグが3匹そこにいた。

 

 散弾銃を連射して、カートリッジを交換する。更に連射したところでカートリッジを交換しながら様子を見た。

 

 合計8発の弾丸を受けたグロッグはその場でもがいている。

 大量の体液を撒き散らしながらもがくから、後ろのグロッグが俺達に近寄ることも出来ないようだ。

 そんな手負いの仲間を踏み潰すようにして後ろのグロッグが俺達に進み出る。

 2発の銃声が通路に木霊すると、進み出たグロッグの両目が潰された。

 エルちゃんの射撃の腕は中々良いようだ。


 10m程のムチのような舌が伸びる直前に、M29のマグナム弾を発射する。

 顎から入った弾丸は後頭部に抜けたようだ。

 ドサリ……っと、グロッグの巨体が倒れる。

 まだ、もがいているグロッグに1発。その後ろでこちらを睨んでる奴に1発撃ってホルスターに拳銃を仕舞い込んだ。


 「まだ終らないのかにゃ?」

 「もうちょっとです。少し大きいんで手間を取ってるだけですから」


 早く終らないと、アイネさん達が乱入しそうだ。

 散弾銃を再び手にして、グロッグを至近距離から撃った。

 

 息の根が止まったところで魔石を回収する。

 赤の中位が2個もあったぞ。


 「あの口に爆裂球を1個で終わりだろうに……」

 「根が貧乏性ですから」


 ユングさんが笑って俺の肩を叩く。

 

 「全くだ。俺もそう思う!」


 通路を歩きながらユングさんが昔話をしてくれる。

 

 「フラウやラミィなら、迷うことなく爆裂球を使うだろうな。だけど、俺は中々使えないんだよ。ずっと考えてたんだけど、どうやら俺の性根にあることが分かった。お前と同じ貧乏性だ。

 ちなみに明人なんかはお前よりひどいぞ。駆け出しのハンター並みの暮らしをしている。

 趣味を持ってるのが不思議なくらいだ。その趣味だって釣りだからな」


 「狩りをする閑もないってことですか?」

 「いや、そうじゃない。明人が私財を叩いて作った施設は全て成功している。その持ち株配当だけでも莫大な金額だ。だが、奴は殆どを教会への寄付と次の計画の為に使っている。

 自分達の暮らしは、たまに狩りの依頼を受けてやりくりしてるみたいだな」


 「連合王国の教会はそれ程、権力があるんですか?」


 俺の問いに、ユングさんは俺に振り返って首を傾げる。

 ちょっと、考えているようだったが……、突然笑いだした。


 「ははは……、そうとったか。そうだな、まだ話をしていなかったな。

 連合王国には義務教育がある。まだ6年という期間だが、その教育システムにも明人は絡んでいるんだ。学校は神殿に隣接して、教師は神官が行っているんだ。どんな小さな村にも分神殿があるから、教会を利用することはアイデアとしては問題ない。ただし、維持費が掛かるんだ。それに、身寄りない子供達の世話も教会の仕事だ。寄付は幾らあっても足りないくらいだよ」


 本来の仕事もしてるんだろうな。

 そうだとしたら、とんでもなく余計で手間の掛かる仕事を請け負ったものだ。

 当然、そこには教会としての思惑も働くんだろうが、科学の発展で宗教裁判等が起こらないのだろうか?


 「ジェイナスと言われているこの地球が球体である事も、ジェイナスが太陽の周りを回っていることもちゃんと教えている。この世界はある意味多神教だ。相手の意見を聞いてそれを確認するだけの技量を教会は持っている」

 

 無駄に過ごしてはいないんだな。

 しっかりと、この世界の住民を導いているようだ。

 俺も、そんな風にパラムの住民を導いて行けるだろうか?


 明人さんは困ったことがあれば力になると言ってくれたが、明人さん達は頼れる人もいなかった筈だ。

 よくも自暴自棄に走らなかったと感心するな。

 

 俺達の進む通路はこのまま進めば行き止まりらしい。

 昔の地図を取出してエルちゃんがしっかりとマッピングしている。

 でも、ユングさんがいるから必要ないかもしれないな。脳内で簡単にマッピング出来る人だからね。


 「アイネ!前方に魔物だ」

 「了解にゃ。……今度は何にゃ?」


 「ガルパンだな。かなり大きいぞ」


 そんな話を前方のアイネさんとしている。

 ガルパンはツチノコみたいな蛇で確か触手を持ってたな。大きいって言ってたが、前に見たやつだってエルちゃんの胴体位はあったぞ。それより大きいってことか?


 アイネさんとマイネさんの尻尾が床と水平になってる。中腰にも見える前傾姿勢で散弾銃を手に進んでいる姿は、前の世界で家で飼っていネコのミケを思い出すな。

 スズメを狙うミケそっくりだ。


 「見えたにゃ。……大きいなんてもんじゃないにゃ!」

 

 前方に曲がり角の先からアイネさんの声が聞こえてきた。

 アイネさんが驚く大きさってどれ位なんだ?

 そんなことを考えながら俺達は前方に走り出した。



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