N-155 俺達の版図
次の朝、西の森の先にある町を見て驚いた。
どうやら、南の湿地帯まで柵を作ったらしい。簡易な柵ではあるが、レムナム王国の意思表示なんだろう。
現在はその柵の東西に堀を作っている。
俺達の方は、今日が柵作りの予定だからレムナム王国の方が進んでいるな。
アルトスさんから届いた捕虜の数は60人程だ。最後の制圧でかなりの兵士が逃走したらしい。
そして、森の広場から民衆が西に移動している。どうやら堀作りに動員されているようだな。
少なくとも、レムナム王国の版図は西に縮小したことになる。そして、東の柵と堀が完成するまではこちらに兵を向けることはないだろう。
ケリムの西にある森が少し不安要素ではあるけどアルトスさんの作り始めた柵からは2km以上離れている。俺達の作る柵と堀で十分強襲の時間を遅らせることは可能だろう。
「エルちゃん、第4段階終了だ。これからは国造りだよ」
「そうですね。畑を作り、狩りをして……、迷宮にも出掛けましょうね」
まだ白の低級だからな。黒は無理でも青にはなりたいものだ。
だが、その前に俺達の版図を侵略から守るべき手立てだけはキチンとしておくことが必要だ。
一応、2つになるか。
1つ目は軍の即応体制の確立だ。少ない兵力を機動力で補うことを考えねばなるまい。
それには駐屯地と見張り所を兼ねた砦の建設が一番だ。そして武器や食料の保管場所と運搬も考えねばならないな。
2つ目は治安の維持だな。
たぶん近々にも難民がやって来るだろう。単なる農民であれば問題ないが外部勢力と呼応するような者でも困る。反乱などになったら薮蛇だからな。
それが、ある程度決まれば、俺達ものんびり出来るかもしれないな。
そんな事を考えながら地図を眺める。
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そんなある日、作戦指揮所に明人さん達一行が訪ねてきた。
総勢7人。ユングさん達も一緒だ。
わざわざやって来たのは、単なる旅行という分けでもないんだろう。
アルトスさんとエクレムさんを呼び寄せて、明日にはその話をしようと言うことで、今日は、俺とエルちゃんそしてクアルのお姉さん達がお相手だ。
「中々おもしろい事になってるな。ここで版図を確定するのは俺も賛成だ。ゆっくりと国造りをやる考えなんだろう?」
「国力からみて、これが限界です。農地が多いですから難民の流入にもある程度対応出来るでしょう」
俺の答えに、美月さんがうんうんと頷いている。
答えとして正解という事なんだろうな。
「俺達の戦の方は小康状態だ。たまにはてっちゃん達の顔が見たいと言うんで皆で押しかけて来た。急がしい時に済まんな」
そう言って明人さんが頭を下げる。
慌てて、頭を上げてもらい、現在の状況をスクリーンを展開して説明を始める。
「内海への出口が出来たんだな。とりあえず内海の守りが出来るように3隻を贈ろう。大型商船に積めば運べるだろう」
「あれね。動かし方も教えないとダメだよ」
帆船なのか? そうだとすれば確かに訓練が大変そうだ。
「武装は75mm無反動砲だ。射程は2km程だから上陸部隊も叩けるぞ」
「それで、ご相談があります。供与していただける榴弾砲ですが、残りを75mm砲に
……」
「大丈夫だ。もうすぐ運ばれてくるぞ。75mm砲だが2種類だ。長砲身カノン砲と端砲身の榴弾砲だ。カノン砲は105mmとほぼ同じ重さになる。飛距離は15km、直接照準で5km先が狙えるぞ。短砲身の方は重量が105mmの三分の一だ。2つに分解出来るから運ぶのも楽だろう。だが、飛距離は最大で5kmだぞ」
「十分です。105mmを拠点に据えて75mmを機動運用すればこの版図は十分に守れます」
「20門ずつ供与する。機動運用は使役獣がいれば楽なんだが……それも手配してやる。ガルパスなら楽なんだけど、雪があると冬眠してしまうからな」
という事は、明人さん達はガルパスを使ってるという事なんだろう。
確かにあの亀はかなり荷物も運べるし悪路に強い。その上速いときてるからな。
「それで、今後の見通しは?」
「一応、これで版図を広げるのは終了です。後はこの地を守ることに専念しようと思っています。何と言っても国力がありません。無駄に版図を広げるより国力の充実を図って行こうと」
人間から見れば、ネコ族やドワーフを下に見る傾向がある。
俺達の王都の種族構成を長老達が重視するのは、その不満が表面化しないようにだろう。
難民達も可能な限り1つの村に纏めておきたいところだ。
「お前も苦労するな。連合王国ではそんな差別が表面化することはないんだがな。だが、心の奥底にある意識はそう簡単に変わるものでもない。もし、難民が蜂起してパラム王国に迫ったらどうする?」
「殲滅します。そんなに不満ならパラム王国を出れば良いんです。それを逆手に考えるようでは保護する必要などありません」
明人さんがニヤリと笑いながら俺を見る。
俺には無理だと思ってるようだな。確かに、それがベストだとは思うが、いざという時にそこまで非情になれるかは自信がない。
「かなり困難だぞ。正解ではあるが、非情になりきれまい。相手が銃を持つなら、たぶん可能だろう。だが農具や棍棒を持った相手に発砲するのはそれなりの度胸がいる。
それも仕方が無い事なんだ。俺達は人間だからな」
「という事もある。それにどの様に対処するかを含めて、専門の部隊を作れ。前に話しているよな。カウンターテロの専門部隊だ。治安維持部隊で鎮圧するより遥かに容易だぞ」
カウンターテロか。住民蜂起もそれを煽るものがいると思えば、一種のテロ行為になるんだろう。
という事は、狙撃に特化した部隊なのかな?
「連合王国にもあるんだが、活躍の場は無いな。まあ、それに越したことはないんだけどね」
「だが、レムルのところには必要だ。避難民の受入を武装解除だけで無条件に受け入れる気だろう?」
ユングさんに頷いた。正にその通り。
「と言うことで、俺達3人が残る。部隊を鍛えてやるぞ。だから、レムルはパラム王国に入国を希望する難民を保護するが良い」
「ありがとうございます。難民はこの場所に受け入れるつもりです」
そう言って地図の一角を指差した。
ケリムの町と旧ボルテム王都のあった砦の真ん中だ。
元々穀倉地帯だから農業には困らないだろう。井戸を3つに長屋を4つ程作れば十分だ。周辺に獣は殆どいないし、南北には駐屯地がある。この地に留まる限り彼等に自治を与えるのもやぶさかではない。
「不干渉策か……。それも良いだろう」
「税を取れればしめたものです。1年は援助が必要でしょう。2年目は半分。3年目から収穫の2割を考えています」
「確かに、それ位にしておいた方が良いだろう。交易所を1つ作って商売も出来そうだな」
彼等の生活の管理も必要だろう。反乱の原因となるものはなるべく取り除かねばなるまい。それと交易所を合体したような施設を作れば良いのかもしれないな。
「後は婚礼ね。この状態では他国の侵略もしばらくはないでしょう。今の内に挙げておけば国民も喜ぶわよ。パラム王国が安定したことを示すものだもの」
唐突に告げられた美月さんの言葉にエルちゃんと俺の顔が赤らむ。
でも、エルちゃんが上目使いに俺を見ているぞ。
「俺も賛成だ。それだけで人心を和らげることが出来るぞ。まあ、引き出物は適当に見繕って送るから早めに決めて連絡してくれ」
「その時は俺達もだ。明人よりは期待するなよ。オタクの贈り物等碌なもんじゃないからな」
そう言ってユングさんが笑い声を上げる。
これは一度長老と相談した方が良いだろうな。
「出来れば、数年はこのままでいたかったのですが……。一度皆で相談してみます」
そんな俺の言葉に、皆の笑顔がこぼれる。
アイネさん達も喜んでいるけど、アイネさん達の方がお姉さんなんだよな。自分達の方こそ考えるべきだろうに。
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そして次の日。
早朝にアルトスさんとエクレムさんがやってきた。
それぞれ副官を連れて来たから、作戦指揮所の大型テーブルに座るとほぼ満席になったぞ。
フラウさんが2つの端末を取出して大きなスクリーンを2つ窓際の壁に展開する。
その画像の状況説明をディーさんがレーザーポインターを使って始める。
「ジェイナスの状況を簡単に説明します。まず、こちらの大陸はこの島の西にある大きな大陸です。連合王国の属する大陸のほぼ三分の二の大きさがありますが……」
南北アメリカ大陸はその姿をかなり変えてはいるが南北に細長く伸びた大陸には違いない。
その大陸を手中に納めた国家が、かつてのユーラシア大陸に触手を伸ばしている。
かつてのアジア地区を手中に納め、現在は東欧から中近東に軍勢を進めているらしい。
「連合王国の軍はアクトラス山脈と東の防壁に沿ってこの軍勢と対峙しています。数百年前、この時のために作られた防壁は現在その働きを完璧にこなしています。これを破るには敵軍の規模が10倍以上に膨らまなければならないでしょう……」
前にも見せてもらったが、万里の長城の規模ではないな。長さは300km程のようだが、その城壁の厚さだけで50m以上はあるぞ。
そして要所には塔が建てられ屯所と見張り所を兼ねているようだ。
末端には大きな砦が作られ、長城の延長方向に小さな城壁が数km続いている。
「現在の敵軍の規模は2百万に膨らんでいます。榴弾砲を展開し、且つ歩兵と亀兵隊による機動戦で対処しています……」
座布団形のイオンクラフトが20機程並んだ飛行場も何箇所かにある。
特に砦に隣接した飛行場の規模は大きい。アクトラス山脈と長城の南の砂漠地帯はこれで守っているようだ。
「このような状況ですから、東からの侵攻は頓挫しています。ですが、西からの侵攻は……」
前にも増して、大型のガレー船が大西洋の北を縁取るようにして、こちらの大陸に向かってきている。
1隻に150人として船団の規模は30もある。5千人規模で東を目指して進んでいるぞ。
途中の幾つかの島々は完全な中継基地に姿を変えている。
その先方は、この大陸に100km付近の島にまで達しているぞ。
「かつて西には2つの王国がありましたが、現在は1つに統一されました。統一により兵力に若干の変動がありましたが、3千人規模の師団を4つ持っています。武器はパレトに爆裂球が主体ですけど、1船団規模であれば撃退は可能です……」
レムナムに侵攻している連中はこの国家に敗れたんだな。
少なくとも兵力は1万2千人。更に数千人を動員できるだろう。
頑張って貰わねばなるまい。




