N-154 ケリム攻略
射撃開始2分前にタバコに火を点けた。
手元の懐中時計をじっと眺めて、その時を待った。
長針が12時を示した時、スクリーンに目を向ける。
着弾によって町の外に作られた柵が吹き飛んだ。
町の通りに食うに人が溢れ出した。
門に向かう兵士と、北の門から逃げ出そうとしている民間人が至る所で衝突している。
かなり効果があったようだな。次は30分後だ。
「アルトス将軍からです。次の警告射撃には4門追加出来ると言っています」
「なら、北と東に2発ずつだ。ついでに、本射撃に他の砲が間に合うか聞いてみてくれ」
出来れば数が欲しい。
圧倒的な火力を見せ付ければ、戦わずして敵の逃走が期待できるからな。
「確認出来ました。本格的な使用にはどうにか間に合うとの事です」
少しスクリーンに映る画像を引いて町の周辺1kmを見えるようにする。
脅しの砲撃で民間人達が森に急いでいる。
2台程荷車がひっくり返ってるけど、そんなに慌てなくても良いような気がするな。
改めて、西の門に目を向ける。
そこでは逃げ出そうとする者達と押し留めようとする兵士で睨み合っているようだ。
集まった民衆だけで100人は超えるぞ。意外と残っていたようだな。
そして、広場に到達出来ない者達が通りに溢れている。
時計を見ると次の射撃が5分前に迫っている。
そんな所にエルちゃん達が帰ってきた。
「始めたんですか?」
「ああ、もう直ぐ2回目の警告射撃だ。座って見ると良いよ」
少しスクリーンを拡大する。
これなら部屋の端にいる通信兵にも状況が分かるだろう。
1430時、予定通りに柵の手前に12発の榴弾が炸裂した。
西の門はその音に驚いた民衆に強行突破されたようだ。狭い門を我先に民衆が通り抜ける。
その民衆に向かって兵士が銃撃を加えているようだ。
だが、発砲した兵士は民衆に押さえ込まれて踏み躙られている。
「惨いですね」
「ああ、守るべきものを間違えている。あれでは、民衆を統治出来ないな。恨みが残るから、後でどんな報復を受けるか分からないぞ」
「だいぶ逃げたにゃ。まだ残っているのかにゃ?」
「分からない。だが、2時間の猶予を与えることにしてる。2時間後には本格的に榴弾を打ち込むぞ」
ケリム町からは帯のように民衆が西の森を目指して動いている。
最早、ケリム駐屯部隊には成す術がないようだな。
1時間もすると町から離れる民衆はまばらになり、総攻撃30分前には途絶えてしまった。
反対に森の広場には民衆が溢れている。山に向かった者達はいないようだ。
「あの人達はどうなるんでしょうか?」
たぶん王都に向かうだろうな。途中にある、この町に保護を求めるかもしれない。でも、この人達の処遇いかんでレムナム王国の命運は決まると思うよ」
たぶん3千人は超えるんじゃないだろうか?
彼等に衣食住を提供できれば問題はないだろうが、もしそうでないなら悲惨な結末を迎えることになる。
俺達に殺されたとデマを流すのも方法の1つだが、生き残って真実を語るなら王国からの離反者が増えることになる。
そこまでの愚はしまいと思うが、現実のレムナム王国にそれだけの福祉を行う余裕はないだろう。
一月を待たずに難民として俺達の王国にやって来るだろうな。
食料と住居の提供は急務かもしれないぞ。
「アルトス将軍より連絡です。『全ての榴弾砲を配置完了』以上です」
「了解だ。これで本格的な攻撃が出来るぞ」
そして、1630時。ケリム町の16箇所に榴弾が炸裂した。
1分の間をおいて3撃が終る。
「次回の攻撃は1700時。様子を見る。」
俺の言葉を従兵が通信兵に伝える。
1km四方もない小さな町だ。46発の榴弾が炸裂した後には、土煙と火災でしばらくは何も見えない。
それでもサーマルモードの画像には、よろよろと歩き回る輝点が見え始めた。
榴弾の炸裂した熱で着弾点が分かる。
東の丸太を立てた柵は半壊しているな。町のあちこちに火災も見える。
そんな状況下で沢山の輝点が東の崩れた柵の周囲に群がり始めた。
どうにかレムナム軍の指揮官は兵達を纏める事が出来たようだな。
「両軍に連絡。『アルトス将軍配下の砲兵は東門周辺に砲撃。エクレム将軍配下の砲兵は町を満遍なく砲撃。5射した後、待機せよ』以上」
通信兵の打つ電鍵が小さく聞こえる。
ここは静かだが、ケリム町は騒乱で溢れてるだろうな。
「東の柵を破壊して突入を図るんですか? でも、エクレムさんへの指示は?」
「町の中にいる兵士や指揮官を炙りだすんだ。後ろで見てる筈だからね。そして最初に逃げるんだ」
兵士は使い捨ての風潮があるからな。
指揮官なら最後まで兵士と共にありたいものだ。
「臆病にゃ!」
「臆病な指揮官程、残酷なんだ。ネコ族を虐待した連中もそうだと思うよ。生き残れば仕返しされるのが嫌なんだろうな」
アルトスさんやエクレムさんもレムナム王国の軍隊には手心を加えないだろう。
戦で死ぬならともかく、捉えられて虐待されながら死んだ仲間を忘れてはいない筈だ。
「でも、敵兵を捉えたらどうするんですか?」
「捕虜にして柵造りをさせるんじゃないかな? そして終ればレムナム側に帰すと思うよ。反抗的な連中を俺達の王国内に留めるのは得策じゃないから」
「甘いにゃ……。反対の立場なら斬首になるにゃ」
アイネさんが俺に強い口調で呟いた。
たぶんパラム王都が陥落した時は、大勢のネコ族の兵士がそうやって死んだんだろう。
その意味も少しは理解出来る。
何時、反乱を起こされるか分かったものじゃないということだろう。
疑わしきは、早めに措置する。これも、1つの方法には違いない。
だが、それでは何時までも禍根が残るし、建設的ではない。
強制労働を強いて、それが終れば開放する。出来れば西の防備はしっかりとしたいからな。
「一応、俺が作戦の指揮官だ。そしてエルちゃんがパラム王国の統治を行う立場にある。俺としては、捉えた兵士を一時的にアルトスさんの軍に預けることで対処したい。そして、長老の意見もあるだろう」
「その旨、アルトスさんに連絡します」
エルちゃんはそう言ってメモを書いて従兵に渡した。
そして、席を立つ。
「長老の意見を確認してきます」
「私等も一緒にゃ!」
慌ててアイネさん達が後を追う。
そんな中、次の砲撃が始まった。
前の2倍、80発の榴弾が小さな町に落下する。
町の東は完全に廃墟だな。
それでも動き回る輝点があるから、やはり突入する外に手はないんだろうな。
それでも10人程が逃げ出したようだ。
逃げ出した兵士を森の連中がどう扱うのだろうか?
「1800時に総攻撃をアルトスさんに伝えてくれ。エクレムさんには2射した後は町から逃げ出してくる兵士を追いやれと伝えればいい」
従兵は俺の言葉をメモにして通信兵に届けた。
ケリムの町に駐屯していた兵力は3個中隊程度だろう。砲撃で半減しているだろうが完全に潰せたわけではない。
総攻撃前の砲撃で更に敵兵を減らすことは出来るが、当初の予定とはだいぶ狂ってきたな。
改めて作戦地図を眺めた。
ケリムの町から1km程離れた場所に柵を作れば、エクレムさんの作っている柵と連結出来そうだ。
これが、俺達パラム王国の版図になる。
防備を固めて、国力を充実させよう。他国の戦乱はしばらくは俺達に影響を及ぼすことはない。
総攻撃の30分程前になると、エクレムさんが北に展開している中隊が横1列に展開を始めた。
砦からも2小隊を派遣しているようだ。
アルトスさんの方は、まだ砲撃を続けている。
そして、2個大隊を町の手前200m付近にまで前進させている。
南北に部隊を展開して一気に町をローラー掛けするつもりのようだ。
画面を引いて30km四方の状況を確認する。
この段階でレムナム軍の援軍が来たら、たまったものではないが……やはり援軍は来ていないな。
王都の南北で争っているときに、1個大隊の派遣は難しかろう。軍船の乗員すら陸戦兵にしている状況だ。
そして、俺達に兵力が無い事も知っている。俺達に後3個大隊があればレムナム王都に攻め入ることも可能なんだが……。
総攻撃の時間通りに、アルトスさんが部隊を町に進める。
一瞬南北に光が走ったが、この状況で榴弾を使うわけはない。摘弾筒で爆裂球を発射したんだろう。
まだまだ物陰に隠れている敵兵がいる筈だ。
俺達は出来るだけ負傷者を出したくないからな。
東西に並んだ兵士達がゆっくりと町を西に向かって進んでいる。
数人がその前を忙しく動いているのは、家や物陰に潜むものを確認しているんだろう。
そして、西の門からは2、3人ずつ兵士が逃亡しているようだ。
中には銃を使って反撃してくる兵士もいるが極僅かのようだ。
突入の1時間後には町の三分の一が制圧されたようだ。
今のところは順調だな。
「アルトス将軍から連絡。『敵の抵抗は軽微。今の時点で死亡したものは無し』以上です」
「ご苦労。エクレムさんにも転送しといてくれ。そして、長老のところにエルちゃんがいるから伝えて欲しい」
従兵がテーブルを離れるのを見ながら、タバコに火を点ける。
この知らせは既にレムナム王都には届いているだろうな。
南北の戦線はこう着状態のようだから、援軍は出せなくとも俺達の進軍を防ぐ手立てを考えているのだろうか?
それとも、やはり俺達の国力を正しく把握しているのだろうか?
どうやら、防備を固めるようだ。
西の森を抜けた場所にある町から人が溢れ出している。更に、松明をもって森の街道を進むものがいるぞ。
かなりの人間が森に入って行くようだ。そして、森の出口付近で人が集まり出した。
柵でも作るのだろうか?
だが、木の柵等何の足しにもなら無い。
サンドミナスの軍船が内海から砦を偵察しているようだ。
砦まで2km程離れているからエクレムさんも榴弾砲で攻撃しないとみえる。
サンドミナスとしても俺達の情報が欲しいのだろう。
エクレムさん達の築いた南の柵を越えて来るかどうかは向こうも知りたいに違いない。
それによっては現在進行中の旧ガリム王国地方の侵攻を中断せざる得ないからな。
南の柵付近に小規模な偵察部隊を送って俺達の様子を探っているようだが、柵の1km以内には近付かないようだ。
あれでは有効な情報は得られないだろう。
そして、レムナム王国側も、内海沿いに偵察部隊を東に進ませている。
現在地と進行方向をメモして、従兵に取りに来させる。
「エクレムさんにこの文面で送ってくれ。小さな部隊だから放っておいても大丈夫だとは思うが、念の為だ」
そして、再度ケリムの町を眺める。
制圧範囲は町の半分を超えている。時間は総攻撃開始より2時間程だ。今夜半には、制圧が完了するだろう。




