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N-153 ケリムへの進軍

 時計は3時を回っている。

 エクレムさんの部隊は砦を制圧して後に、2個中隊を使って西に柵を作り始めたようだ。

 材料は砦から調達しているみたいだな。

 榴弾砲を砦の東に展開しているから、反攻があっても対処できるだろう。

 砦は再建すればいい。幸いにも石材は豊富だからな。

 

 アルトスさんの部隊はラクト村を越えて西に向かっている。

 そろそろ進軍を一時停止して榴弾砲の到着を待つ事になるだろう。榴弾砲の先頭はまだラクト村まで1km以上距離がある。

 

 「エルちゃん。アルトスさんやエクレムさんとの通信の中継は大丈夫なの?」

 「パリム湖の代船に通信機を2台乗せてますから、中継出来ます」


 かなり気疲れしているようだ。顔色が悪いな。

 

 「コタツで少し横になったほうが良いな。現在のところは順調だ。ケリム町の攻防は今日の昼を過ぎると思う」

 「分かりました。アイネさん達を起こしましょうか?」


 エルちゃんの問いに俺は首を振った。

 折角寝てるのを起こすのも可哀想だ。朝になればミイネさん達なら起きてくる筈だ。

 俺の仕草を見て微笑ながら、今度はコーヒーを入れてくれた。

 そして、コタツに向かってシイネさんの隣に潜り込んでる。


 タバコに火を点けて、熱いコーヒーを息で覚ましながら飲む。

 確かにこの作戦の最大のポイントはケリム町になる。

 レムナム軍としては旧ボルテム王都の砦をさほど重視していなかった。

 侵攻軍との戦が始まって直ぐに中隊規模で兵士を移動している。

 確かに通常装備の軍が攻略しようとしても容易に打ち破れ無い事は確かだし、サンドミナス王国の目は、北上策を取ることではなく、旧ガリム王国の版図を意図していたからだろう。

 

 レムナム王国の戦略としては間違っていないと思う。

 俺達が連合王国の支援を受けていなければ、今頃はエイダス島の北半分を手中に納め、サンドミナス王国を狙える状況が出来ていたことになる。

 サンドミナスを手に入れた後に、一時的に向かえた大陸の王国の植民地を攻略することは、いとも簡単に行えただろう。


 だが、兵器に劣り、情報戦に劣ることで今の事態が生じている。

 レムナム王都が南北から圧力を掛けられた場合、西をどのように考えるかだ。

 当初は王都を離れて西の町に移動すると思っていたが、まだ王都で頑張っている。この状態だと、西は手薄になるはずなんだが……。


 端末を操作してケリム町周辺10kmを表示する。

 さすがにエクレムさん達はこの場所までは移動していないな。

 

 更に画像を拡大する。サーマルモードで見るケリム町は慌しく人が動いていた。

 そして町の外に柵を急造しているようだ。東と南に町の丸太作りの柵から100m離して2段の柵を設けている。

 塹壕まで掘っているように見えるな。

 やはり、ケリム町はレムナム王国の東の拠点と考えているようだ。

 

 そして、西の森に向かう人の列がある。

 これは民間人と考えるべきだろう。町から4km程離れた森の中の広場に一時避難しているようだ。何箇所かに焚火が作られているから森の獣を心配しているのかも知れない。


 これだと、ケリム町の攻略には榴弾砲が必要不可欠になるな。

 その榴弾砲は、未だにラクト村まで移動していない。

 雪の中、ソリで移動している筈なんだが、やはり重量が半端じゃないからな。

 となると、エクレムさんのところにある榴弾砲を移動するか?

 ケリム町から住民が退避する流れが終れば、町に残るものは敵兵とみなして攻撃するのも仕方の無い事だろう。

 警告射撃を2度行って様子を見てから、攻撃するか……。それ位の時間は与えるべきだろう。


 「アルトス将軍より通信です。『ラクト村から街道に沿って20M(6km)前進。現在休息中。砲兵はまだラクト村に到着せず』以上です」

 「ご苦労。この電文をエクレムさんに送ってくれ。アルトスさんには了解と伝えてくれれば良い」


 報告に来た従兵にメモを渡した。

 メモの内容は、エクレムさんの砲兵を北に前進させるものだ。護衛に1個中隊を付けるから、心配はないだろう。何かあれば柵作りをしている中隊を救援に回すことも可能だ。


 画像を砦周辺に戻して対応を見る。

 パリム湖の砲台船は、順調に岸辺に近付いているようだ。昼にはエクレムさんの部隊に合流出来るだろう。

 砦の役割は海上からの攻撃に対する備えと、新たな国境の防衛だからな。現状の部隊を大きく削減できないが、サンドミナス軍の反抗がない今なら、ある程度の部隊を北に送れるだろう。


 30分も経たない内に柵作りの部隊の一部が北に向けて移動を始めた。砦の西に待機していた砲兵部隊も北に向けて移動を開始している。

 砦に向かっていた砲兵部隊は既に砦内に入っているから、エクレムさんも反対はしてこないようだ。

 砲兵部隊の移動には数時間掛かるだろう。

 俺も、ここで少し休憩しよう。

 従兵に休憩することを告げて、3時間後に起こして貰う事にする。

 作戦地図を広げたテーブルを離れると、暖炉に薪を継ぎ足してソファーに寝転んだ。

                ・

                ・

                ・


 体を揺すられて目が覚める。

 熾してくれた従兵に状況を聞きながら、ポットにお茶を注いだ。

 窓の外はすっかり明るくなっている。時計は7時近くになっていた。

 どうやら、2時間以上寝ていたらしい。


 「アルトス将軍、エクレム将軍から連絡はありませんでした」

 「ご苦労。直ぐに2つの部隊に連絡して現在の状況を確認してくれ」


 お茶を飲みながらスクリーンを展開してケリム町の20km四方を確認する。

 アルトスさんの部隊は朝食中のようだ。

 移動はまだ先になるな。

 エクレムさんの部隊は中隊単位で作業をしているようだが、やはり朝食を取っている。

 派手に砦を攻撃したから復旧するのは大変だな。まあ、しばらくは戦闘もないだろうから、西の柵が出来た段階で本腰を入れて作り直せば良い。時間は十分にある筈だ。


 従兵が2つの部隊の状況をメモにして持ってきてくれた。

 上空からの観測とほぼ同じだ。

 アルトスさんの砲兵部隊はやっとラクト村に着いたらしい。

 1個小隊4門を優先的に移動すると書かれていた。

 エクレムさんの部隊とパリム湖の砲船台との連絡も着いたらしい。

 エクレムさんの部隊に編入すると書かれていた。


 ケリム町の攻略は昼過ぎになりそうだな。

 最初の砲撃だけは、警告をするために日中に行いたいものだ。


 8時を過ぎるとエルちゃん達が起きて来た。

 遅めの朝食は簡単なハムサンドだ。かたい干した果実が付いていた。

 

 「中々上手くいかないにゃ」

 「榴弾砲が重くて中々前進出来ないんです。現在は第3段階の途中ですね」


 アイネさんのきびしい指摘に、説明をしてあげる。

 榴弾砲の展開方法は今後の課題だな。俺達には一回り小型の物が良いんじゃないかな?

 後でユングさんと相談してみよう。


 「ケリム町には民間人も沢山いるんですよね?」

 「一応、町の西にある森の広場に避難しているみたいだ。最初から町を叩かずに警告射撃をして少し様子を見る。それで、逃げてくれれば良いんだけどね」


 ネコ族にしたことを考えれば、あまいかも知れないが俺達にも人情がある。

 警告位は与えておいた方が俺達だって気が楽だ。


 食事が終ると、エルちゃん達は長老達に状況報告に出掛けた。

 長老達も心配してるだろうな。

 

 そして残った俺は、動き出した2つの部隊を眺める。

 そういえば、第二次大戦前の大砲って、75mmが主流だったよな。

 砲の重量は砲身重量でほぼ決まる。

 連合王国のような場所ならともかく、このエイダス島では展開が容易な榴弾砲が良いに決まってる。

 供与してくれるんなら、小型の砲を強請ってみるか。

 移動するのに時間の掛かる105mm榴弾砲を拠点防衛用にして、強襲用に75mm砲を使うのが良いかも知れない。

 

 端末からキーボードを取出して、ユングさんにメールを打った。

 タバコを1本吸い終える内に返信が届く。


 やはり、小口径の大砲も作っていたみたいだな。

 明人さん達と相談して対応すると結んである。

 だが、そうすると105mmを50門供与してくれるのは、次の戦に備えてって事になりそうだ。

 75mmだと有効的に使えないという事だろうか?

 そうなると、作戦が必要になるな。単に上陸時を叩くのではなく縦深陣地に誘い込む方法を考えねばなるまい。

 先は遥かだが俺達の子孫に苦労を掛けないで済む方法を考えなくてはならないようだな。

 

 昼を過ぎてアルトスさんの部隊とエクレムさんの部隊から位置に着いたとの連絡が入って来た。

 ケリム町の10km四方の画像には南のエクレムさんの部隊が町まで5km付近に進出しているのが見て取れる。

 アルトスさんの部隊は東に3km程の位置だ。2個中隊を1kmまで前進させている。ケリム町の見張り台からは十分に見えるだろうな。

 この状態で砲撃を受けたら、東からの攻撃を疑う筈だ。

 これで、攻略の下準備は終ったと考えて良いだろう。


 スクリーンの画像から2つの砲兵部隊の座標位置を読み取って、メモに書き込む。

 従兵を呼ぶと、砲兵部隊の位置と攻撃方法それに砲撃開始時刻を告げる。


 位置に着いた榴弾砲は8門。南北に2発。東に4発を町の柵から100m離して撃ち込む。30分後に距離を50mにして再度攻撃。そして2時間の猶予を与える。

 攻撃開始は1400時だから、軽い昼食も取れるだろう。


 従兵に食事を用意してもらい、攻勢開始を待つ事にする。


 食事を終えたところで、ケリムの町を拡大して状況を観察し始めた。

 消火用の桶や樽を集めているようだ。

 東の門や北門それに南門の広場には多数の杭を打って、それに板や丸太を連結している。

 やはり、通常の戦を前提にしているようだが、聞く耳を持たぬ指揮官なら榴弾砲の砲撃は信じられないだろうな。精々強力なバリスタによる攻撃位に考えているのだろう。


 そして、一番気になる民間人の存在を探す。

 水を汲んで運んでいるのは民間人のように見えるな。焚火に掛かった鍋を掻き混ぜているのは、どうみてもおばさん達だ。

 まだ、100人近くの民間人が町にいるように思える。


 避難した森の広場からも、何人かが連れ立って町に向かっている。

 持ち出すのを忘れた家財を取りに向かっているのだろう。

 町から荷車に積んだ家財を運ぶ一団もいる。

 警告射撃まで、後30分を切った。果たして、どれだけの民間人が脱出するんだろうな。


 「警告射撃を予定通り行うと両部隊から連絡がありました」

 「了解だ。2つの部隊に作戦は予定通りと返事をしてくれ」


 従兵が通信兵に伝えるのを見ながら冷たくなったお茶を飲む。

 後15分だ。

 

 「エクレム将軍から連絡。『パリム湖の砲兵部隊と合流』以上です」

 

 砲兵部隊の駒を砦に移動する。

 これで砦を落とされることはないだろう。

 砲弾の残りが気になるところだが、1門当たり数発あ残っていれば、十分役に立つ。


 警告射撃10分前になった所で、ケリムの町全体をスクリーンに映し出す。

 敵の作った急造の柵まで視界に入ったし、通りを歩く人も十分に確認できる。

 夜襲を考えているのだろう。部隊はあまり外に出ていないぞ。


 

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