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N-151 南侵

 エクレムさんの陣に6個中隊が勢揃いしている。

 総勢1千人程だが、民兵もその後ろに控えている。

 

 「まるで夜逃げだな」

 「築城資材が沢山ありますからね。前のアルトスさん達だってそうでしたよ」


 端末のスクリーンを眺めながら決行の時間を待っている。

 焚火の数は何時も通りだ。相手方に俺達の動きが気取られる事は考えられない。


 「エクレムの奴、どう動くつもりだ?」

 「柵の南の杭やロープは粗方撤去したそうです。門を開いて静かに前進。20M(3km)程進んだところで砲撃を加えると聞きました」


 戦になるんだろうか?

 たぶん逃げ出すんじゃないかな。105mm榴弾砲の威力は爆裂球数個分に相当する。

 8門の砲撃が敵の前線に満遍なく降り注いだら、武器も取らずに南に逃走するんじゃないかな。サンドミナス軍が榴弾砲を浴びるのはこれが最初の筈だからな。


 「作戦開始20分前だ。エルちゃん、エクレムさん宛てに0時作戦決行の連絡をしてくれ。それと、受信と送信に通信兵を割り振って、1人を常にエルちゃんの隣においといてくれ」

 

 エルちゃんが通信兵を呼んで俺の言葉を伝える。そして、自分のバッグからも通信機を取出して万が一に備えている。

 

 「サンドミナスの守備兵屯舎の位置は教えなくても良いのか?」

 「既に、連絡済みです。この4箇所ですが、部隊規模は1個中隊から2個小隊に減っています。王都周辺に3個大隊がいますが、既に2個大隊を旧ガリム王国に派兵してます。

 この大隊は動きませんよ。精々、王都の北に防衛線を張る程度でしょう」


 そして、防衛線を築く資材すら軍船で旧ガリム王国に移送しているのだ。

 精々、塹壕を掘るか、空堀が良いところだ。


 作戦指揮所の壁にある鳩時計が0時を告げた。

 途端にエクレムさんの陣が動き始める。

 端末を操作して画像をサーマルモードに変える。

 ネコ族の人達は僅かな明かりでも周りが見えるけど、スクリーンの画像では殆ど行動が見えなくなってしまう。


 「まるで蟻の行軍に見えるな」

 「物騒な蟻ですよ。既に先遣隊は10M(1.5km)程進んでいます。まだサンドミナス軍は気付いていません」


 作戦開始20分後。今のところは順調だ。

 ミイネさんの入れてくれたお茶を飲んで、スクリーンを見守る。


 作戦開始1時間後、エクレムさんの部隊は2方向に分かれる。西に2個中隊、南に4個中隊だ。民兵は南に向かっている。

 

 タバコで時間を紛らわす。

 見守るだけなのは退屈だが、現場は作戦通りに行動しているようだ。

 1時間後に、先遣部隊はサンドミナスの守備兵から500m付近で停止した。砲撃の観測と偵察を行う為だ。

 

 まだ2km程しか進んでいないのが砲兵部隊だろう。

 後1時間は掛かりそうだな。


 本来なら王都に陽動を駆けたい位だが、飛行機も船も無いからな。

 それでも武器の性能は圧倒的だ。

 作戦は成功するだろうが、どれだけ頑強な柵を作れるかがこの作戦の鍵になる。

 

 突然、エルちゃんの前の無線機が通信を受信し出した。

 その信号の表示灯の点滅を見て、エルちゃんが驚いている。


 「ユングさんからです。『頑張れよ』って言ってます」

 「まったく、自分達も忙しそうなのに俺達にも気を回すのか」


 「向こうは、かなり広い範囲で状況確認をしているようですからね。俺達の意図も、この間来た時に話しておきましたから、それで状況を見てたんでしょう」


 そうなると、美月さん達も見ている可能性があるな。

 下手な作戦だと、後で怒られそうな感じだ。ここは上手く進めなければなるまい。


 作戦開始後2時間が過ぎる。

 エクレムさん達の前進が止まった。いよいよ砲撃が始まるのか?

 

 「エクレム将軍から連絡 『0220時砲撃開始』以上です」

 

 通信兵が俺達の所にやって来てテーブル越しに報告してくれた。

 

 「後、10分程だな。サンドミナス軍はどうでるか……」

 「問題は、2つ。どこまで後退してくれるか。そして砦のレムナム軍の行動です。一応、砦方向に2個中隊を派遣していますから、攻勢を掛けられても対処は出来ます。ですが、攻勢を掛ける程兵士がいるとなると、後が面倒です」


 「こっちも見ないといけないのか? 全く面倒な場所に砦があるな」

 

 アルトスさんがそう呟いたけど、だからこそその位置に王都を築いたのだ。初代のボルテム国王はかなりの人物だったんだろうな。

 そんな人物が今でもいれば、ボルテム王国はパラム王国を攻めることは無かったろうに……。


 時計を見ながら、その時を待つ。

 そして、2時20分。8門の榴弾砲から砲弾が放たれ、敵陣で炸裂する。

 

 「2箇所に集中してるな。こっちはどうなるんだ?」

 「たぶん様子を見ながらバリスタを使うんでしょう。海沿いですからね。敵の数も一番少なそうです」


 3射して、様子を見ているようだ。偵察部隊が動いているのが分かる。

 そして、再度砲撃が始まった。今度は2射で止まる。


 屯舎から飛び出したサンドミナス軍の兵士の中で砲弾が炸裂すると、その場から南へ逃走し始めた。

 屯舎に逃げ込んだ兵士達に3度目の砲撃が襲い掛かる。


 「一斉に逃げ出したな。これからだな?」

 「出来れば20M(6km)は逃げて欲しいんですが……」


 横隊を取りながらエクレムさん達が前進して行く。

 榴弾砲の最大射程は10kmを越える事はない。前進させるのはバリスタ部隊だろう。

 

 「砦に明かりが見えます」

 

 エルちゃんの指摘に砦を拡大する。

 どうやら、砲撃で飛び起きたらしい。砦内の至る所に篝火が焚かれている。

 だが、門は硬く閉じたままだし、広場に整列する兵士の姿も見あたらない。やはり、かなりの援軍を王都に送っていたようだ。


 サンドミナスの逃走兵士とエクレムさん達の距離は、1km以上をキープしているようだ。

 偵察部隊が頻繁に情報をエクレムさんに送っているのだろう。

 

 砲撃開始から2時間。まだ夜は明けない。

 エクレムさん達の追撃はまだ続いているぞ。


 「エクレムめ。一体どこまで追い掛ける気だ?」

 「たぶん、この2つを考えてるんでしょう。このまま進めば南の砂漠地帯。そしてパリム湖から流れ出す唯一の川を手に入れられます。作戦予定の1.5倍程進出しますが、後々を考えればかなり楽になります」


 俺達の領土を攻めるに砂漠を越えねばならぬ、となれば敵も容易に手を出すことはない。それだけ守備の兵士を削減できるのだ。


 夜が明ける頃、ようやくエクレムさんの部隊の前進が止まった。

 砂漠の手前1.5km。柵を作るには申し分がない場所だ。

 

 ミイネさん達が配ってくれたドーナツを食べながらそんな光景をスクリーンで眺める。

 画像は明るくなったので通常モードに変更してある。


 「少し西に部隊が移動しているようだが?」

 「川沿いの林に潜む魔物を狩るんでしょう。厄介ですからね。今の内に始末しておけば領民が畑を作れます」


 流れたと言っても1個中隊程だ。民兵を交えて柵作りを頑張っている。

 空堀と2重の柵。これで十分敵の攻撃を撃退できる。見張り用の櫓も3箇所に建設中のようだ。

 

 「エクレム将軍から連絡です。『進軍停止。柵作りを開始。西の川を掃討中。死傷者無し』以上です」

 

 通信兵の報告に「ご苦労」と告げる。

 

 「死傷者無しか……。従来なら死傷者が3桁はいただろうに」

 「敵の裏をかいてますからね。これで死傷者が出るようでは困ります。ですが、アルトスさん達はそうはいきませんよ。何と言っても、敵の逃走路を遮断することになりますから、かなりの反撃を受けることになります」


 「何、基本は同じだ。榴弾砲で敗走させながら前進するだけのこと」

 

 エクレムさん達は見る間に柵を作り上げた。

 その柵を更に頑強にするためにサンドミナス軍が放棄した柵の資材を使って補強している。櫓も更に増やしているな。


 「どうやら、サンドミナス軍が動き始めたぞ。なるほど、レムルの言う通り、王都近くに空堀を作るだけのようだな」

 「あの周辺には森がありませんからね。民家だって石作りです。そして、これ以上の援軍や資材を旧ガリム王国に送れなくなります。派遣軍を戻すにしたって時間は掛かるでしょう。まだ俺達の侵略の知らせは派遣軍に届いていませんから」


 小船が内海を渡ってるから、これがその知らせを告げる伝令なんだろう。

 旧ガリム王国には後2時間は掛かるだろうし、既に旧ガリム王国に着いた軍は部隊を北上させている。

 派遣軍全体に知らせが届くのは今晩になってからだろうな。


 「これだけサンドミナス側に侵出してもサンドミナスは攻撃してこないのか?」

 「国力が足りません。犠牲を厭わなければ、俺達の装備が敵を上回っていても、容易に破ることは可能です。そうですね……10倍の軍勢が一斉に突撃されたら、防ぎようなんてありませんよ。それ以下なら阻止出来ます」

 

 少なくともそれ位の事はサンドミナスの指揮官も理解出来るだろう。1万人を殺す覚悟なら、エクレムさんが作っている柵は破れる。

 俗に言う、人海戦術という奴だ。

 だが、それには事前の準備が大変だろうし、すぐに俺達の知るところになる。そして守備兵を増やせば事足りる。

 そして、それだけの兵士を消耗した国家がそのままの状態を保てるかも疑問だ。

 勝てば良いのだろうが、万が一にも敗退したら民衆の蜂起が起きる可能性だってあるのだ。

 

 「どうやら、エクレムさん達の方は終ったようですね。数日で、次の作戦が始まりますよ。アルトスさんの方も準備をお願いします」

 「だが、最初はエクレムからの砲撃だ。それに湖の砲台が連動、そして俺達の砲撃と3段階に推移する。榴弾砲12門は既に前線に移動してある。問題は山沿いだから移動速度が遅くなる。その辺りは、作戦開始時に考慮してくれ」


 そう言って、席を離れた。

 自軍に戻って準備の再確認をするのだろう。

 

 「エクレムさん達はこれで終了なんですか?」

 「終了というより一段落って所かな。今度は旧ボルテム砦の砲撃だ。3個中隊は回さないとね。その為に、頑丈な柵作りを行ってる筈だ」


 だが、そのためにはパリム湖に砲台船を浮かべねばならない。昼夜兼行で作業をしているようだが、どう考えても後数日は掛かりそうだ。

 

 レムナム王都への知らせも今日中には届くだろう。だが、現状でこちらに振り向ける兵力はない筈だ。

 レムナムの北の穀倉地帯では両者が激しくバリスタを打ち合っている。

 夜間のちょっとした監視兵の見落としで大きく事態が変化する恐れが多分にあるのだ。

 既に第2の柵までレムナム軍は用意しているところを見ると、古参兵が大分少なくなっているのだろう。

 

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