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N-150 進軍準備


 凍ったパリム湖の氷の上に長さ6m程の筏が2列になって並んでいる。沖合いに向かって3台並べてあるから、15m程の桟橋みたいに見える。横幅は2mはあるから、そのまま浮かべたとしても転覆はしないだろう。


 筏の左右の距離は6m程だ。そして、2つの筏の間に横木を渡して、盛んに氷を割っている。

 交代で休めるように、風除けの布を張った台船が作業が終った水面に浮かんでいた。


 「今、砕氷船を運んでくるから、待ってるが良い」

 

 パイプを咥えて作業を見守っていたマイデルさんが、振り向きもせずに呟いた。

 現在岸辺から20m程の距離まで進んでいる。

 厚さ30cm程の氷を割ってそれを氷の下に滑り込ませる作業は遅々として進まない。


 「沖に進めば氷も薄くなると思うんですが……」

 「それでも、あの筏作業はいるじゃろうな。砕氷船は氷を割るだけじゃからのう」


 そんな俺達の耳に、大勢の掛け声が聞こえて来た。

 どうやら、砕氷船が到着したらしい。


 「台船を引き上げて、砕氷船と交換じゃ!」


 マイデルさんの指示で薄く氷が張り始めた水面に船が浮かべられ、台船を引くロープが運ばれて行く。

 台船の後部にロープが結ばれると、見物人も動因してロープを引く。

 岸辺に台船が引き上げられ、代わりに砕氷船が作業場に進んで行った。

 

 「少しは効率が上がるでしょうね」

 「そうであって欲しいものじゃ。少なくとも湖の対岸から数百mに近付かねばなるまい。10日は掛かるじゃろうなぁ」

 

 それ位なら十分許容できる。

 当初の予定ではエクレムさんの部隊展開に合わせて湖に砲台船を浮かべたかったが、湖上からの砲撃はエクレムさんの部隊が展開した後でも問題はない。

 そして、エクレムさんは準備を全て整え、侵攻の連絡を待っている。

 

 ガツン!っと氷を鉄の三角錐が砕く音が聞こえて来た。

 砕氷船から発光式通信器で連絡が届いている。


 「問題はないようです。ツルハシよりも効果的だと連絡がありました」

 「そうか。……後はわし等に任せて、お前は全体の指揮を取れ。ある程度沖合いに進んだところで、砲台船を浮かべる」


 マイデルさんに後を託して別荘の指揮所に向かった。

 指揮所は暖炉があるから温かく感じるな。マントを壁の金具にひっかけて、暖炉傍のソファーに腰を下ろす。

 

 端末を取出してスクリーンを展開していると、エルちゃんがお茶を運んでくれた。

 

 「湖岸にマイデルさん達がいる。全部で30人位だけど、結構冷えるから、温かいスープを差し入れしてやってくれないか?」

 「アイネさん達が準備してますよ。さっきミイネさんが人数の確認に行きましたから、大丈夫です」


 俺が考えるまでも無い事だったか。それにしても、味付けは誰がやるんだろう?アイネさんのスープは当たり外れがあるからな。


 スクリーンには大陸からの侵攻軍とレムナム軍の小競り合いが映っている。

 少しずつ規模が大きくなってきているな。後続の部隊も移動中だから、明日には本格的にぶつかる可能性が高い。

 そして、レムナム軍の主力は王都周辺に待機しているようだ。南の傭兵部隊が動くと王都が挟撃されることを心配しているのだろう。

 旧ボルテム王都に駐屯している部隊の動きはまだ無いな。


 サンドミナス軍の方は、資材を外海を使って旧ガリム王国の残党に送っているようだ。

 今日も、外海に1隻の船が見える。

 噂を流したのは正解だったかな?

 これで、兵員を輸送してくれればしめたものなんだけどね。


 内海の両者の軍船が減っている。

 現在浮かんでいるのはどちらの軍も3隻だけだ。

 2隻は港に停泊しているが、停泊している軍船に動きはない。


 どうやら、本格的に3つの軍隊が動くのは明日のようだな。

 作戦地図へ状況が変わった部分の駒を修正しておく。


 暖炉でタバコに火を点けると、作戦地図をジッと見詰める。


 「良くないんですか?」

 「いや、そうじゃないんだ。中々レムナムが動かないと思って考えてただけだよ。俺達の軍に問題は全くない。どちらかというと、戦が始まらないからイラついてるんじゃないかな?」


 エルちゃんにはそう言ったけど、作戦準備が終了しても開始しないのは、やはり問題の1つと言えるだろう。だが、アルトスさん達には都合が良い筈だ。


 たぶん、軍が動かない原因は情報伝達の手段が伝令に頼るものだからだろう。島とはいえ、エイダスは広い。レムナム王都からボルテム王都に伝令が走るには馬を使っても半日以上は掛かるだろう。

 やはり、本格的な戦闘は明日以降になりそうだな。

                ・

                ・

                ・


 次の日、朝食前に端末で小競り合いの状況を確認すると、サンドミナス軍が王都方向に移動している。

 慌てて画像を拡大すると、兵士の多くが武器を持っていない。

 敗走してる?

 

 王都の周辺に駐屯していた部隊が急拵えの柵を作っていた。

 南の傭兵部隊も昔の国境の柵を乗り越えようとしている。

 そして、旧ボルテム王都の砦に篭っている部隊は……、援軍を組織したようだ。移動しているが到着するまでに1日は掛かってしまうな。

 1個中隊が、北の町からも出発したようだ。

 サンドミナス軍の軍船は5隻とも王都近郊の港に移動して、船員を武装させて王都に進軍している。

 

 そして、サンドミナス軍は内海を軍船を使って移動している。サンドミナスの港に停泊した軍船に次々と兵士が乗り込んでいる。

 

 これで、俺達の侵攻作戦の前提が揃った。

 サンドミナス軍の軍船が全て港を離れるのは午後になるだろう。となれば、俺達の作戦開始は今夜で良いな。


 朝食を済ませたところで、エルちゃんに今夜作戦を開始することを告げた。

 テーブルの上の作戦地図に乗った駒の配置が、大きく変わっているのを見て納得したようだ。

 

 「長老の内諾は得ているが、一応連絡してくれないかな。再度了承を得て作戦開始だ。一応、アエウトスさんとエクレムさんには今夜の作戦開始を知らせておいたほうが良いかもしれないね」

 「分かりました。アイネさん達と王都に出掛けてきます」


 部屋を出る前に通信兵のところに寄って行ったから、アルトスさん達への事前連絡はOKって事だな。

 端末の映し出す映像を見ながら、タバコを楽しむ。


 何度か重点区域を見ていると、北に布陣したサンドミナス軍の動きに気が付いた。

 荷を満載した荷車の列が南に動いている。

 どうやら、レムナム軍の砦が手薄になったことを知ったようだ。

 旧ガリム王国への派兵を考えているのだろう。

 港に停泊中の軍船も2隻になった。

 

 だが、レムナム軍にとっては援軍になるのだろうか?

 旧ガリム王国の国境近くに布陣している傭兵部隊は後ろからサンドミナス軍に攻撃されるからな。2個大隊近くの軍を一気に壊滅する事は出来ないから、しばらくは小康状態になる筈だ。

 それとも、旧ガリム王都に傭兵部隊が立て篭もるということも考えられる。

 この場合は睨み合いになりそうだぞ。

 

 そして、レムナム王国の北の郊外では傭兵部隊と侵略軍が合流したようだ。

 互いに塹壕と柵を作り始めている。

                ・

                ・

                ・


 「長老は全てを任せると言っていました」

 「ありがとう。となれば、今夜12時が作戦決行としたい。アルトスさんとエクレムさんに連絡だ。もっとも、最初に動くのはエクレムさんだけどね」

 

 まだ15時。9時間あるから、侵攻の為の準備品と、段取りをエクレムさん達は確認していることだろう。今夜は長い夜になりそうだ。


 テラスに出て双眼鏡を使って砕氷船の状況を確認する。

 既に300mは沖に出ているようだ。10日を待たずに砲台船を浮かべられそうな気がするぞ。

 

 「ここにいたか……」

 

 声の主はアルトスさんだな。

 振り返ると、パイプを咥えたアルトスさんが立っていた。


 「今夜開始です。……アルトスさんの出番はちょっと後になりますよ」

 「まあ、順序は大切だ。マイデル達も頑張っているな。たぶん、ドワーフの郷の事を思っているのだろう。明後日には救援隊と合流できるだろうから、また俺達の国に人が増えるな」


 「そうですね。小さな島なのにどうしてこんな争いが起こってしまったんでしょうか?」

 「分らん。だが、実際に起こってしまった。これをどう収拾させるかがこれからの問題だな」


 前の戦ではこちらの森が焼けた。

 次の戦では対岸の林が焼けてしまうのだろうか?

 木材は貴重な資材だ。それを無駄にするような事は避けなければならないだろうな。


 「中に入りましょう。ジッとしていると凍えそうです」

 「そうだな。ところで、長老には?」


 「エルちゃん達が確認してくれました。『俺に全てを任せる』と言ってくれました」

 「なら、問題あるまい。それがパラム王国の総意に違いない」


 指揮所に入ると、テーブルの地図を見る。

 だいぶサンドミナスの守備兵が少なくなった。現在は2個中隊程、400人にも満たない。まだ、旧ボルテム王都の砦には3個中隊程がいるようだが、今後の戦の展開でどうなるかな


 シイネさんが俺達にお茶を入れてくれた。

 エルちゃんたちはコタツで何かを作ってる。

 ありがたく頂いて、アルトスさんと暖炉傍のソファーに移動して飲み始める。

 

 端末を展開してスクリーンに湖の対岸を拡大して映し出した。

 今はのんびりした風景だが、今夜はどうなるのだろうか。


 「ほう、エクレムの奴、だいぶ荷車を集めたな」

 

 エクレムさんの陣には数十台の荷車が荷を満載にして並んでいた。

 その外には籠や、木材が積まれている。あれも持っていくのだろうか?

 

 「一応、サンドミナス側の柵を転用しようと思ってたんですが、エクレムさんは少し欲張る事を考えてるようですね」

 「アイツらしい。前回もそうだったな。だが、そうなると、何処まで下がるつもりだ?」

 

 「精々10M(1.5km)程度でしょう。場合によってはこの流れを手に入れようとしてるのかも知れません」

 

 パリム湖から内海に注ぐ流れは周囲を灌漑するには都合が良い。

 ボルテム王国の穀倉地帯だったのだが、今では川の周囲の林に魔物が住み着いている。

 だが、それを駆逐すれば、再び穀倉地帯に帰る事が出来るだろう。

 独断ではあるが、容認できる範囲だ。


 そんな事を考えながらタバコに火を点けた。アルトスさんもパイプに火を点けている。

 今夜は長くなる。

 アルトスさんも、此処でエクレムさんの首尾を見てみるつもりなんだろう。


 夕食を皆で食べると、エルちゃんに夜食を準備して貰う。

 今夜は色々と忙しそうだ。何か摘む物があると助かる。


 「ドーナツを作ろうと思ってます。それと、スープがあれば大丈夫ですよね?」

 「そうだね。少年兵達も多いから数は沢山が良いな。余れば、砕氷船の連中にも配ってあげたいし」


 「そっちは考えてませんでした。大丈夫です。ちゃんと届けますから」

 

 そう言って、ミイネさんと一緒に部屋を出て行った。

 コタツでドーナツを丸めていたようだ。

 それぐらいならアイネさんも手伝えるだろうしね。


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