N-143 レムナム軍の陽動
「すると、レムルは諜略を仕掛けるというのか?」
暖炉近くに設えたソファーに座った、アルトスさんが俺に聞きかえす。
隣で、エクレムさんがおもしろそうな顔で俺を見ていた。
「レムナム軍を一気に弱体化させると同時に、サンドミナスの兵力を削ぐことが出来るかも知れません。
いくら他国から4個大隊を傭兵として雇い入れても、俺達の北の砦を破ろうとすれば西の砦に陽動を掛けるのが戦の手順でしょう。その規模は不明確ですが増員規模は少なくとも1個大隊。旧ガリム地方の兵力が手薄になります。
サンドミナス王国としては良いチャンスになるでしょうね。
という事で、サンドミナス王国への商船の船乗り達を使って、レムナム王国のパラム王国侵攻の噂を流そうと思ってます。
たぶん俺達が動かずとも、いずれ知ることになるでしょうが、それを少し早めに、そして大げさにすれば俺の目的は叶います」
暖炉でパイプの火を点けたアルトスさんがジッと考え込んでいる。
「それは俺達にも理解出来るが、レムルの狙いはそれだけか?」
「次の戦を有利に進めるためには都合が良いです」
エクレムさんの質問に答えると、アルトスさんが俺を見据える。
「パラム王国の版図を広げるのか?」
「早期に、パリム湖周辺を押さえる事が必要だと思っています。出来れば来年にはパリム湖を版図に含みたいですね」
2人の将軍が唸ってる。
少し、戦が早いと思っているのだろうか?
「これを見てください」
そう言って、小さなテーブルに地図を広げる。
「エイダス島の約四分の一。それが俺の中間目標です。それには、この旧ボルテム王都が是非とも必要になります。砦は破壊しても問題ありませんが、この砦を得るという事は内海に出口を持つことになります。
西は旧王都の砦とケリムの町まで防衛線を築けば、ラクト村をネコ族以外の者で周辺を耕す事も可能です。昔は良い畑が沢山ありましたからね。
そして南は……」
「南の砦とヒーデム町の廃墟それに旧ボルテム王都を防壁で結ぶという事だな」
「確かに、それならば旧ボルテム王都の砦を駐屯地として使うことで西と南の睨みが利くという事になる。そして、内海への睨みも出来るという事になるんだな」
「そうです。北の守りは、俺達がラクト村を脱出して峠を越えた場所に砦を作れば的の攻撃は阻止出来るでしょう。今回の戦でレムナム軍が敗退すればしばらくは俺達への北周りでの侵攻は不可能になります」
敵の敗退を追う必要は無い。冬が彼らに追い討ちを掛けるだろう。
どれだけの兵士が再びレムナムの王都を見る事ができるのだろうか。
彼らの敗退を見届けたら、すぐさま正規軍をパラム王都に移動させ、一気に西に進出する。
それは大砲があれば容易に出来ることだ。
数kmの射程がある大砲の前には、如何に強力な歩兵であろうと敵うものではない。
唯一、これを打ち破る方法も無い訳ではないが、そんな人海戦術には機関銃とライフルが彼らを薙ぎ倒すことになる。
「武器の優劣で、こんなことが簡単に出来るという事なのか?」
「その武器を使うのは人間です。如何に優れた武器でも、使い方を誤れば敗退しますよ」
俺がタバコに火を点けるのを見て、エクレムさんがパイプを取り出した。
アルトスさんはジッと地図を眺めている。
「で、俺達の進軍は何時行なうんだ?」
「出来れば、来春以降。冬の間に部隊や装備を移動しておきたいですね。進軍はサンドミナスの状況を見てからです」
「サンドミナス王国が旧ガリル地方に派兵すればかなり状況が変わるな」
「その時は大規模な戦にならないでしょう。砲撃を加えれば逃げ出すと思います」
「少し、分ってきた。確かにこの地域を守るなら俺達の兵力で可能だ。それを容易に行なう為に諜略をするという事なら、港の酒場で噂を広げれば良いな。可能であれば船乗りに金を掴ませてサンドミナスの港で噂を広げる」
「お願いします。ダメ元ですからね。上手く行かなくとも、それなりに効果があると思います」
「それなりの効果とは?」
すかさず、エクレムさんが俺に聞いてきた。
「旧ガリム残党の動きが活発化します。彼らにとってはチャンスですから、積極的になるでしょう。そうなれば、直ぐに動かなかったサンドミナスとしても援軍を送らねばなりません」
「そして、レムナム軍の敗退を知れば本格的な派兵を行なうという事か?」
俺は、タバコを暖炉に投げ捨て、温くなったお茶を飲みながら頷いた。
「ならば、レムナム軍の進軍、そして我が軍との戦闘、その後の敗退と言う形で3回に分けて噂を広げれば効果的だろう。サンドミナスとて、レムナム領地に間者は潜ませている筈だ。その報告と噂が合っていればその後の噂も信憑性が増すというものだ」
「そうですね。その辺りはアルトスさんにお任せします」
これで良い。
敵の敵は味方って言うからな。
同盟を結ぶ訳ではないが、少しうごいてくれれば後がやりやすい。
そんな事を考えながら、2人で話しながら指揮所を出て行く2人の将軍を見送る。
2人が帰ったので改めて端末を操作して仮想スクリーンを展開し、レムナムの情勢を見る。
ゆっくりと前進しているレムナム軍は、体力を温存しながら進んでいるようにも思える。最後の砦に着いたら全軍を休ませて、例のバリスタを持ち出すのだろう。
バリスタの射程は300mに満たない。そして105mm榴弾砲は射程が10kmはある。はたして、どれ位の距離で最初の砲弾を撃つのだろう?
1km位なら直接照準射撃になるぞ。
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そして10日が過ぎた。
朝食を終えたところでエルちゃんと仮想スクリーンを眺めると、北の石塀の西に大きく2段の隊列を組んだレムナム軍が勢揃いしている。
始まるのは、時間の問題だな。
王都の西を守るアルトスさんの砦の前にも数日前からレムナム軍が対峙している。
やってきたのは、王都からの1個大隊に旧ボルテム王都の砦から1個中隊。それにケリムの町から1個中隊の部隊だ。全部で約千名の兵力になる。
頑丈そうな盾の下に車を付けて数人掛かりで壁を作っている。
対するアルトスさんの兵力は全部で1個大隊だが、榴弾砲が4門ある。近寄ればライフルを浴びるし、群れればバリスタと摘弾筒で対処出来る。
「北は明日だろうな。とすると、西は今日になる」
「アルトスさんはだいじょうぶでしょうか?」
「大砲4門がどれだけ活躍できるかだな。陽動だから最初から積極的に来るだろうね」
そんな事を話していると、突然通信兵がこちらを見て大声を上げる。
「レムナム軍が王都の西に攻撃を仕掛けました!」
「だいじょうぶだ。アルトスさんがいる。次の通信を待てば良い。そして、状況は町の長老とエクレムさんそれにメイヒムさんとライナスさんにも伝えてくれ」
向うも状況は知りたい筈だ。
情報が来れば安心できる、それが敵の攻撃開始だとしてもだ。
「続いて連絡が来ました!……的の2割を削減。現在敵は10M(1.5km)程後退……。以上です」
「了解。アルトスさんの部隊からの通信は全て転送してくれ。連絡先は先程と同じで良い」
「いよいよ大砲を使うんでしょうか?」
「使いどころではあるけど、初めてだからな。まあ、敵が逃げ出せば上出来じゃないかな」
王都の西をスクリーンに映すと、なるほど柵から離れた所に盾を使って陣を作っている。
「始まったって聞いたにゃ!」
アイネさん達4人がテーブルの周りに集まってテーブルに付くと早速スクリーンを眺め始めた。
そんな俺達に従兵がお茶を運んでくれた。
そして、いきなり敵の陣近くで数発の砲弾が炸裂した。
散布界が広いな。敵陣の被害は殆ど見受けられない。
1分程過ぎて再び砲弾が炸裂する。
どうやら射撃修正を行なったらしく、1発が敵陣の中で炸裂した。
次の一斉射撃では2発が敵陣で炸裂する。
そして、敵の兵士達が我勝ちに先を争って西へ逃げ去っていく。
更に、追い討ちの砲撃が2回行われると、西の戦闘は終結したようだ。
敵陣のあった場所には100人前後の兵士が倒れている。
最初で2割を削減したと言っていたから、合わせて3割になる。かなりの痛手だぞ。
「西の戦闘終了を伝えてきました。3割以上を葬ったとのことです」
「ごくろう。これで、北の戦いが終れば一安心だ」
アイネさん達は信じられない様子だ。
「これで、終わりにゃ?」
「そうだよ。これぐらい俺達の武器は強力なんだ。前の散弾銃ならアルトスさんの部隊にも被害が出てる筈だ。でも、今回は敵よりも先に一方的に攻撃している。あのまま逃げずに戦っていたら全滅させる事も出来たろう。敵が逃げてくれればそれで良い」
一方的な戦は俺達を慢心させかねない。
北の戦もそうなるだろうが、ユングさんや明人さんが言っていた悪魔との戦が本当の戦になるんだろう。
同じ人間同士なら、去るものは追わずで済ませたい。
「明人さん達の戦はこんな戦ではないんでしょうね?」
「確か、東の防壁がどうとか言っていたな。ちょっと見てみようか?」
端末を操作して、連合王国の版図を東に向かってスキャンしていく。
森があって、荒地が広がり、そんな中に2つの大きな町がある。その先にも荒地が広がっていく。
そして更に東へと移動すると、南北に連なる壁が見えた。
拡大していくと、兵士達が塀の上を何かに乗って進んでいるのが見える。
その兵士と比べると作られた防壁の規模が見えてきた。
横幅5mで高さは10mはあるぞ。それが南北に連なって伸びている。
途中途中に櫓や、兵士の駐屯地らしきものまである。
そんな中で防壁を境に戦が起っている場所を見つけた。
塀の東には黒々と敵軍が押し寄せている。
その敵兵目掛けて、西から数十の榴弾砲が射撃を続けていた。
更に少し離れた場所にも砲列が見える。
敵兵の中に、数十秒間隔で砲弾が炸裂しているが、敵兵は逃げることをしない。
塀の上にいる兵士達が何かを投げている。たぶん爆裂球なのだろう。塀に近い場所で盛んに炸裂して土煙が舞い上がっている。
そんな兵士に向かって敵軍から火炎弾が放たれている。
まるで水の流れに抵抗しているような気がしてならない。
これが、明人さん達の戦なんだ。
逃げることをせずにひたすら押し寄せてくる魔道師の群れ。そして敵陣にキラキラと輝くものが見えるから戦士も大勢いるに違いないひょっとしたら、戦士が火炎弾を放っている可能性だったある。
こんな軍隊に俺達はたちうち出来るんだろうか。
見ただけで不安と絶望感が押し寄せてきた。




