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N-136 北方の砦群


 「アイネ達が見えないと思っていたら、そんな訳か」


 仮設指揮所にやってきたアルトスさんは、俺の説明を聞いて呆れていた。


 「まぁ、少しは気を抜いていた方が良い。これからもアイネ達はいそがしいからな」

 「何か?」


 エクレムさんの言葉が気になったので聞き返してみた。


 「だいぶ、移民が増えている。ネコ族ならば王都への立ち入りも許さざる得ないだろう。どこに間者が紛れているとも限らないからな」

 「その危険は承知しています。ユングさんが別荘をつくってくれるのもそれを恐れての事でしょう。帰ったらしばらくはそこで暮らしますよ」


 王都の方は王宮と迷宮の囲いは出来たが、その外の建物は手付かずだ。

 職人達がこれからは頑張る事になるだろうが、他にも町や村を作らねばならない。

 人手が欲しいなとつくづく考える今日この頃だ。


 「まぁ、王都はゆっくりと直して行けばいいだろうが、やはり住居は必要だ。かつての庶民の住居は木造であったが、この際、王都を石作りにしてはと思うのだ。町を作ったときのように、あのレンガというもの使ってはどうだろうか?」

 「火事対策として有効です。それに、木材を大量に必要としませんからね。基本的な構造を同じにして材料の共通化を行うえば費用も安く済みますよ」


 ある意味大量生産方式になるんだろうな。

 そして、その建設を通して技術の習得も図れるだろう。将来的には丈夫な城壁を作ることも可能だ。


 「連合王国に発注してはどうでしょうか? 港の商会と話を進めれば可能だと思います」

 「それなら、メイヒムに頼む事にしよう。あの町を管理しているからな」


 

 という事で、早速図面を書いて届ける事にした。

 材料の手配やその値段等の交渉が必要だから出来るだけ丁寧に書く必要がありそうだな。


 「西の戦線は静かですか?」

 「あぁ、不気味な位にな。次の戦はしばらく無いと聞いたが、本当なのか? 胸騒ぎがしてならんのだ」


 「レムナムにしてもサンドミナスにしても、動きたいが動けない状態になっているのでは?と考えています。互いに内海の海岸線が長いですからね。とはいえ、何時かは我が国を目指してきます。

 先程のレンガですが、上手く技術を我がものに出来れば城壁を造れますよ。木造よりは遥かに堅固に成ります」


 連合王国の戦闘工兵の技術はたいしたものだ。あそこまでに到達できなくとも、石の城壁は何とかしたいものだな。

 

 「それは俺も考えた。西の城壁は確かに必要だろう。現在荒地から石を運んでいる。

ある程度蓄積できてから、10D(3m)程の城壁を造ろうと思っている。1個大隊が駐留しているのだ。それぐらいは何とかなるだろう」

 「エクレムさんのところもそうしたいですね」


 「向こうはもう始めてるぞ。2M(300m)程、南に造り始めたようだ。折角造った堀を版図に取り込んでしまったが、そこに網を仕掛けて魚を捕らえているらしい。

 こっちの魚をいらぬと言ってきたので不思議に思い行ってみたのだ」


 それ程大きな堀ではないのだろうが、そんな事をしていたんだな。

 3個中隊だけど、何とかなるんだろうか?


 アルトスさんは王都への水道を上手く使って同じような手立てを考えているようだ。魚に関しては皆の意見が直に一致するからな。

 俺も、何か思いついたら教えてあげよう。

               ・

               ・

               ・


 アルトスさんが帰った後で、端末の仮想ディスプレイを覗きながら、状況をテーブルの上の地図載った駒の配置を修正する。


 現在の課題は、レムナムとサンドミナスの両国で大規模に行われている新兵達の訓練だ。

 2個大隊を超える人数に見える。この兵士達の訓練が終れば、現在両国の手駒である3、4個大隊を侵攻軍として運用できる筈だ。

 そして、その侵攻は旧ボルテム王都になりそうだな。

 時期的には来年ということだろう。今年は睨み合いだ。その前にサンドミナス王国は森から溢れた魔物を何とかしなければならないだろうし、一部の魔物はボルテム王都に達している。

 折角の穀倉地帯を耕すものがいなくなってるな。

 その魔物を何とかしない限り、2国間の大規模な戦は起こらないだろう。

 

 内海には両国の軍船が睨み合っているが、連合王国の商船は問題なく行き来している。武器は売らないようだが、どんな商品を遣り取りしているかは気になるところだ。

 

 そして、エイダス島の北の荒地を見た時だ。そこに集落が幾つか点在している事に気が付いた。

 拡大してみると、ちょっとした砦に見えなくもない。見張り台と長屋のような建物が数棟石塀に囲まれて建っていた。

 だが、駐留軍はどう見ても分隊規模だ。そうすると、あの長屋は……。


 倉庫か? だとしたら、何のために?


 北の荒地を西から東へ辿っていくと、ほぼ等間隔に作られている。そして最も東のものは倉庫だけで10棟もあり、2つ程はそれまでの倉庫の倍の大きさがある。

 たぶん、ここだけは小隊規模で駐留している筈だ。

 そして、尾根が邪魔をして俺達の石塀にある見張り所からは見えない位置にある。


 たぶん迅速な部隊移動を考えての策だろうが、1番東の砦が大きすぎる。

 兵站基地にしてもあれ程大きくしないで済むだろう。

 他の倉庫は、それまでとたいして大きさが変わらないのに、2つだけ大きいのが気になるな。

 何か大きなものを保管しているか、それともその中で作っているのかという事だろうが、そんなに大きなものって一体なんだ?


 考えても思い付かないので、これは保留だな。

 毎日、見てればその内思い付くだろう。


 端末を仕舞って、アイネさんたちの様子を見に行く事にした。

 見張り所の南の岸壁で釣りをしてる筈だからそれ程遠くない。でも、朝出かけてから一度も戻ってないんだよな。エルちゃん達もいっしょだから、一応護衛の任についている事になるんだけどね。


 警備兵に、釣りを見てくると伝えて、のんびりと見張り所の周囲の石畳を歩いて湖の方に向かった。

 

 角を曲った途端、にゃあにゃあという嬌声が聞こえてくる。

 大漁のようだぞ。


 「釣れてる?」

 「お兄ちゃん! うん釣れてるよ。さっきまでエルも釣ってたんだけどね」


 ちょっとがっかりして俺に話してくれた。もうちょっと早く来てあげれば良かったかな。

 どれどれ、って桶を覗くと形の良く揃ったレインボウが沢山入ってる。

 

 「これで、2杯目なの。今日は沢山釣れるってオリザさんが言ってた」

 「あにゃ? レムルも来てたんにゃ。これで12匹目にゃ!」


 そう言ってアイネさんが桶にポイってレインボウを投げ入れて戻っていく。

 やはり、アイネさんは釣りが向いてるようだ。


 そんな釣り人の状況を見ていると、やはりオリザさんが一番上手みたいだな。それをアイネさんが張り合ってるみたいだ。

 そして、じっと糸を垂れてるのはシイネさんだが、竿先の浮きピクリとも動かない。


 という事は、棚の位置がマズイみたいだな。

 オリザさんが釣り上げたところで棚位置を確認すると、シイネさんの竿を受取って調べてみる。やはり1m程違ってる。


 浮きを調整したところでシイネさんに返すと、そっと水面に仕掛けを投げ入れた。

 直にぴくぴくと当たりが出る。浮きが吸い込まれたところで竿を上げると30cm程のレインボウが掛かっていた。


 「ありがとう。ずっと私だけ釣れなかったにゃ」

 「釣れてる人に聞けば直に教えてくれるよ」


 俺の言葉にうんうんと頷いてる。

 釣り人は教えることをいとわない。聞けばちゃんと応えてくれるのだ。教えても、自分の方が上手だと思ってるからだろうけどね。


 携帯灰皿を取出して、見張り所の土台の石に座りながら、皆の釣りを見ていた。

 やはり、自分で釣らなくてはおもしろみに欠けるな。

 オリザさんに暗くなる前に帰るように伝えて、仮設指揮所へと戻ろうとすると、エルちゃんが付いて来た。

 やはり、自分で釣らないとね。


 仮設指揮所のテーブルに座って、エルちゃんの入れてくれたお茶を飲む。

 

 「後、20本位釣竿を注文するといいよ。見てるのはつまらないからね」

 「良いんですか?」


 「あぁ、他の連中も欲しがるだろうし、他の見張り所だって欲しがる筈さ。それだけ皆に魚を渡せるんだから無駄にはならないと思うけど。それに、トローリング用の竿と仕掛けもあったほうが良いな。これは10セットもあれば十分だ」


 直に俺の前から姿を消して、通信機の馬車へ駆けて行った。

 10日もすれば、倍以上の魚が獲れるだろうな。


 そんな事を考えながら端末を取出して例の砦を見る。

 今度は、砦への輸送部隊を探すことにした。


 どう考えても、北方向から俺達を襲う為の施設である事は間違いない。最終の砦の規模を考えると1個大隊以上になりそうだ。南北の2面作戦は俺達には荷が重過ぎる。

 それに、あの大型倉庫がどうも気になるんだよな。


 しばらく画面を流していくと10台程の牛車が並んで動いているのを見つけた。

 2分隊が警護をしているな。

 獣が多い土地だからそれぐらいは必要だろう。


 荷車の荷物は穀物らしい。袋の形が荷を覆った布に形が浮き出ている。

 だが、最後の2台は違っていた。

 木材が積まれている。

 そして、車輪まで載せているのだ。いったい何だろうと考えていたが、突然頭に閃いた。

 あの湾曲して先細りの柱には見覚えがある。同じではないが目的は一緒だ。

 連中、バリスタを運んであの倉庫で組み立てるつもりのようだ。

 更に詳細に部品を見る。

 確か、これって画像を保存できるんだよな?

 急いでマニュアルを取り出して、荷車の上の拡大画像を取り込んだ。


 次に、バビロンにメールを送る。

 画像を添付して、それの完成姿と射程距離を質問してみた。

 数分もせずに返事のメールが届く。

 添付された図を見ると、軍船に搭載されている大型バリスタらしい。

 その最大飛距離は推定で320mと書かれていた。

 俺達の移動式バリスタの飛距離は最大でも250mに達しない。……これは問題だぞ。

 直に通信兵へアルトスさんとエクレムさんに招集をかけて貰った。


               ・

               ・

               ・


 その日の夜遅く、2人が副官を連れて仮設指揮所にやってきた。

 エイダス島全体の地図を広げて、状況を説明する。


 「レムナム軍が大人しいのは、こういう裏があったのか……」

 「北の石塀は屯田兵によって強化されてはいますが、あくまで侵攻軍を歩兵として考えています。このような大型バリスタを持ってすれば、中央突破は容易になるでしょう」


 「飛距離で半M(75m)程の開きがあるのか。石塀の破壊を黙って見ていることになりそうだぞ」

 「現在俺達が使っているバリスタは連合王国の標準品です。そして、これ以上の武器の供与はないでしょう。俺達で何としても飛距離2M(300m)を超えるバリスタを作る必要があります」

 

 「間に合うのか?」

 「うまい具合に、敵は北の荒地をやって来ます。侵攻軍の推定は1個大隊以上。冬の行軍は困難でしょう。戦端が開かれるのは早くて来年の初夏辺りだと思います」


 雪解けの泥濘地を歩くのは時間が掛かり過ぎる。ある程度乾燥してから一気に軍を移動するものと考えられる。

 それまでの期間が俺達に残された時間となるだろう。

 

 「そこで、相談です。王都の人員構成はネコ族を主流に考えていましたが、1割程度の他種族の在住をお願いしたいんですが……」

 「ドワーフか……。レムルの考えるものを形にするには必要だろう。一応、長老に確認するが、許可は得られるだろう。誰を連れてくるかを早急に考えておけ」

 

 先ずは、メイデルさん達だな。ルミナス達にも手伝って貰おう。

 気心が知れているほうがやりやすいし、同じ鍋の飯を食った同士だ。警備兵達に余分な心配をさせずにすむだろう。

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